※ 未来の欠片の続編です。
※ フレンが多少残念ですがwww
※ それでも愛はある…はず?wwww



夢の香り



僕は本気で迷っていた。
四月の初めに僕はユーリにプロポーズをした。
勿論ユーリの保護者の許可を取ってから、きちんとプロポーズをしたつもりだ。
だが…。
そこに問題が一つあった。
そう、それは…。

「やっぱり二人で暮らす『家』は広い方がいいな」

『家』だった。
何だ、そんな事かと言われるかもしれない。
でも、僕達はまだ大学生で、それに勉強に集中するとなるとやはりアルバイトをする時間は限られてくる。
けれど、僕はどうしても卒業したら直ぐにユーリと一緒に暮らしたい。
ユーリのご飯を毎日食べて、ユーリの寝顔を毎日見て眠って、朝ユーリにおはようのキスをして……はっ!?
違う違う。
今はそんな事を考えている場合じゃない。
思考がそれた。
ユーリがどんな職業につくかわからないけれど、出来れば駅に近い方が出勤の時都合がいい。
それは僕だって同じだ。
とは言え、駅近くのアパートやマンションは正直家賃が高い。
勿論一軒家を買うだけのお金はある訳がないし。
どうしたものか…。
本当なら、ユーリと相談して二人で決めるべきなのかもしれない。

「けど…あれ、買ってしまったし…」

ぼそりと呟くと、

「あれってなんです?」
「うわぁっ!?」

真後ろから声をかけられて、思わず心臓が口から飛び出そうになった。
このですます口調。
誰と考える必要もなく、

「エステリーゼ様…」
「ご、ごめんなさい。そんなに驚くとは思わなかったので」
「い、いえ…こちらこそ、申し訳ありません。しかし、エステリーゼ様が何故ここに?」

そう。
今日は休日でしかもここは不動産屋の前。
こんな所に何故いるのだろう?
疑問を言うとエステリーゼ様はにっこりと笑い、嬉しそうに『待ち合わせですっ』と答えた。

「リタと、ですか?」
「はいっ!」

キラキラと桃色の髪に太陽の光が反射する。
満面の笑顔も伴って、凄く可愛らしい。
とは言え、ユーリには敵わない。
ユーリが照れながら微笑んだり、日光をあの黒髪が反射して凄く眩しかったり…。
本当にユーリは可愛い。
…今日も本当ならユーリと出掛けたかったのに、ユーリは用事があるとかで今日は無理と言われてしまった。
凄く…物凄く寂しい。
けど、ユーリだってユーリの予定があるだろうし…。
泣く泣く諦めた。
一緒に住むようになれば少なくともこんな事は無くなる。
だからこそ、今日は不動産屋巡りを決めたのだ。
それに真っ先に買ってしまった、『あれ』。
『あれ』を置く為にも新しい家が欲しいってのもある。
その『あれ』と言うのは、…さっきエステリーゼ様の質問をはぐらかしてしまったけれど、要するにベットである。
しかもキングサイズのベットを買ってしまったのだ。
以前ユーリが僕の家に泊まりに来た時、ベットからふわりとユーリのあの優しい匂いがして…。
それが忘れられずに、今日気付いたら真っ先に家具屋に向かっていた。
良いベットが欲しいなぁと欲を言って行ったら…今の僕の部屋もユーリの部屋にも入らないサイズになってしまい…。
仕方ないんだっ!
僕はユーリとずっと一緒に寝起きしたいんだからっ!
いっそ開き直る。
だからこそ、より良い部屋を探さなくてはっ!
決意新たにぐっと拳を握ると、「あの〜…」と言う声が聞こえてはっとした。
そうだ。
今はエステリーゼ様と話しているんだった。
ついつい思考の海に沈んでしまう。
むしろユーリの海だろうと言う突っ込みは無い事にする。

「も、申し訳ありませんっ。エステリーゼ様っ」
「あ、いえ。大丈夫です。そんな事より、フレン」
「はい。なんでしょう?」
「ここで会ったのも何かの縁です。ちょっとお聞きしたい事があるんです」
「聞きたい事?」
「はいっ!」

大きく頷き、エステリーゼ様は肩に下げていた大きな桃色の鞄から一冊の雑誌を取り出しパラパラとめくり大きな特集が組まれているページを開いた。
その特集は『夏祭り 今年のトレンド浴衣』と書かれていた。
どうやらファッション誌らしい。
そのページには様々な浴衣を着たモデルが載っている。

「フレンはどの浴衣が好きですっ!?」
「……え?」

予想を上回る質問に、一瞬思考が停止して思わず聞き返してしまった。
しかしエステリーゼ様は一切気にせず、もう一度同じ質問をしてきた。

「どの浴衣、ですか…?」

これが思った以上の難問だった。
正直どれも同じに見えてしまう。

「うぅ〜ん……、好き…好きな浴衣…」

この女性が着てるのもいいとは思うけれど、何でかこうパッとしないと言うか、…好きだなって思えないと言うか…。
ずっと首を捻って悩んでいると。
見かねたエステリーゼ様がヒントを下さった。

「あ、あの…フレン?そこまで難しく考えなくてもいいです。ただ…そう。例えばユーリにだったらどの浴衣が似合うかなとかそういう風に考えて頂ければ…」
「あ、成程。そうですね…ユーリになら…」

そう言う考え方もあるか。
えーっと、ユーリになら………。
どうしよう。
逆にどれも似合い過ぎて決められない…。
ピンクはピンクで可愛いし…。でもユーリならきっとこの深い緑も着こなしそうだし…あぁ、でも紺色も可愛い。
それとか逆カラーで黄色とか…うぅ…。

「ふ、フレン…?」

このページのは全て似合いそうだ。
…次のページ捲ってみて、もう一度考えよう。
ぺらりと、ページを捲ったら、紫色の浴衣に朝顔の花模様のついている凄くユーリに似合う…いや、着て貰いたい浴衣が載っていた。
これだっ!

「エステリーゼ様」
「は、はい?」
「この浴衣が僕は好きです」
「え?、どれですっ!?」

エステリーゼ様が一緒に雑誌を覗きこみ僕が指さしているのを見ると、ぱっと顔を輝かせた。

「確かにっ!ユーリにはとても似合いそうですっ!!」
「ですよねっ!僕もこれを見た瞬間、これしかないとっ」
「はいっ、じゃあ、これをユーリに進めておきますねっ!」
「ユーリに、ですか?」
「あっ!」

慌てて口を塞ぐ。
それだけで、ピンと来た。
そうか。ユーリの用事ってこれなのか。
エステリーゼ様達と遊ぶ約束をしていたのか。
だったらそう言えばいいものを。何で隠しているんだか。
けど、ユーリがもし僕と出掛ける為に浴衣を買ってくれるんだとしたら…かなり嬉しい。
…じゃあ、僕もその為には最高のシチュエーションを用意しないとな。

「あ、あのあのあの、フレン?リタと待ち合わせの時間がありますからもう私行きますね」
「あぁ、はい。僕も用事がありますので、失礼いたします」

そう言って駆けだしたエステリーゼ様を見送り、僕は引き続き不動産屋を廻った。
そのまま日が暮れるまで、不動産屋をめぐり、僕は漸く望む物件に巡り合った。

「あぁ、良かった。凄くいい物件が見つかった」

僕は無意識の内に呟いていた。
手元にある契約書を見て、知らず笑みが浮かぶ。
これは本当にいい物件で、きっとユーリも喜んでくれる。
ユーリの喜ぶ顔を思い浮かべると、本当に幸せだった。
若干テンションが上がり気味のまま、家に帰る道を歩いていると、ふと思いつく。
ユーリが浴衣を買って、もし着るとしたら今度近くの河川敷で行われる花火大会兼七夕の『夏祭り』の時の筈。
…夏祭り…。もし…もしも、ユーリの方から誘ってくれたら…。
手に持っている紙を握り締める。
僕は市役所に走った。
何の為って?
勿論、婚姻届を取りに。
僕の頭を占拠していたのはユーリの喜ぶ笑顔だけ。
その笑顔が走るスピードを加速させていた。
無事、役所が受付を終える前に婚姻届を受け取り帰宅した、その日の夜。
僕の携帯にメールが届いた。

『今度の日曜にある夏祭り。一緒に行かねぇ?』

嬉しさでテンションがマックスになり、当然、速攻で行くと返信をした。



※※※



ドキドキドキドキ……。
ユーリとのデートなんて初めてじゃない。
と言うか、むしろ昔から何処に行くのも二人一緒で、一人で出掛けるより二人の方が多かったりする。
なのに、こうして外で待ち合わせて、ユーリが来るのを待っていると、心臓がドキドキして…。
正直、お祭りの太鼓の音より自分の鼓動の音の方が早い。
こんなにユーリが好きだって思い知らされる。
少し落ち着こう…。
大きく息を吸って…吐く。
空を見上げると、日が落ちかけて、川に綺麗なオレンジ色が水面の青と混ざり合ってきらきらと光を放っていた。
ぼんやりと堤防からそれを眺めていると段々気分が落ち着いて来た。
すると、遠くから僕を呼ぶ声が聞こえる。
そっちへ視線を移すと、……えっ!?
見間違いか?
目を擦って、もう一度しっかりと声がした方を見る。
あの黒髪に白い肌…。
間違いない。あれはユーリだ。
…ユーリなんだけど…ちょっと待ってくれ。
頭が付いていかない。
僕はてっきり、エステリーゼ様と見た普通の浴衣を着て来ると思ったんだ。
確かに、確かに紫の生地で、青とピンクの可愛い花が咲き乱れてるよ…。
なのに、何で足を出して、しかもミニのスカート丈の浴衣ワンピース。
……何故…?
って言うか生足っ!
僕だけのユーリの生足だったのにっ!
可愛い、可愛いんだけどっ……複雑だ。
けどそんな僕の心中をお構いなしに、ユーリは満面の笑みで走ってくる。
あぁ、可愛い…。
でも、でもぉ…。

「フレンっ、待たせたかっ?」

ごめんと申し訳なさそうに、隣にしゃがみ込もうとするユーリの足を見て…まさか、中に…下着、だけ…?
スパッツとか…ないっ!?
僕は慌てて立ちあがった。
中が見えてしまうっ!!

「いや、全然待ってないよっ、大丈夫っ!!」
「そうか?」
「うんっ。それより、そろそろ行こうか」
「え?もう?少し早くないか?」

不思議そうに小首を傾げるユーリの黒い髪がさらっと横に流れると何時もは下ろしている髪が結いあげられてる所為か、首筋がはっきりと見えて…。
あぁ、僕もう泣きそう。
何度も言うけど、可愛いよっ!?
可愛いんだけど…でも、それを周りのしかもナンパをしようと画策している連中が沢山いるであろうお祭りの会場に連れて行くかと思うと…。
頭を抱えたい。
ユーリがいるからそれも出来ない。
…取りあえず、誰も近寄らない様にして、今日の予定を少し繰り上げる。

「どうせならまだ明るい内に食べたいもの買って、ゆっくり花火見ようよ」
「それもいいな。綿あめ、林檎飴、かき氷、クレープにシェイクっ」
「…そんなに食べきれるのかい?」
「食べるっ!そん為に晩飯抜いて来たんだっ!」
「そ、そうか。じゃあ、やっぱり早く行こう」

早く、ねっ!
僕はユーリの手を取り歩き始める。
最初、手を繋ぐ事に戸惑っていたユーリも素直に歩きだす。
お祭り会場に着いて、案の定、ユーリは注目の的だった。
もともと、綺麗なユーリが更に白い肌をさらけ出して、ナンパされない訳が無い。
効率が悪いとは知っていたけど、ユーリを一人にする訳にはいかなくて、絶対に一人に出来る訳はなくてっ。
常に手を繋いで、屋台に並ぶ時も一緒。
それでも僕の我慢の限界は来てしまった。
だってありえない数の男が僕がいるにもかかわらずナンパしてくるわ、ユーリの生足をじっと見るわで。
あんな連中がユーリの生足をマジマジと見れるのに、僕が見れないなんて、そんなの不公平だっ!!
一通り食べたい物を買ったら、僕はユーリの手を引っ張り、祭り会場を出た。

「フレン?何処行くんだ?」

疑問に思いながらも僕について来てくれるユーリ。
それを嬉しく思いながら、僕は堤防を降りて会場に向かう人の波を逆流して行く。
…そう言えば、ユーリ下駄だっけ?
足、痛くなるかもしれないか。

「ユーリ、これ持ってて貰えるかな?」
「へ?あ、おぉ」

僕が買った物をユーリに渡すと、僕はユーリを抱き上げた。

「ぉあっ!?」

何が起こったか理解できないユーリに、説明は後回しと走り出す。
急に走り出したからかユーリは持っていた物をしっかりと持って僕に掴まり、そのお陰で態勢が安定した僕は更にスピードを出して、目的地へ向かった。

着いた場所。
そこは、ちょっと古いけれど、それなりに大きい一軒家だった。
ゆっくりとユーリを降ろし、ポケットから鍵を出してドアを開けると僕はユーリを中へと誘う。

「…なんだ?ここ?」
「いいから、ほら。来て、ユーリ」

純和風の造りの家屋。
廊下から居間を抜けて、縁側に着く。
窓を全開にして、そこへ座り横にユーリに座る様に言った瞬間夜空に大輪の花が咲いた。

「…良かった、間にあった」
「…フレン。何か色々聞きたい事があるんだけど…?」
「…僕もある。寧ろ僕から聞かせてくれ」
「何だよ…?」

僕はずっと聞きたかった事を聞いた。

「その恰好と言うか浴衣?それはユーリが選んだのか?」
「これか?いや、これはオレとエステルが選んだ普通の浴衣をジュディスがつまらねぇからってパティとリタが悪乗りして改造した結果だ」
「…そうか」

やっぱりと言うか何と言うか…。
でも取りあえずユーリに罪はない。まぁもともと無いんだけど。
僕はユーリをぎゅっと抱きしめた。
何がなんだか分からないユーリは取りあえず僕に抱き締められていながらも、疑問を口にした。

「所でここ、なんなんだ?お前の別荘?」
「こういう家はユーリ嫌い?」
「いや。どっちかって言うとかなり好きな方に入るけど、そうでなくて」
「そう。良かった。ここは僕とユーリの家だよ」
「へぇ、そうなのか…って、はい?お前何言ってんだ?」
「…ユーリ、これ書いてくれる?」

僕はポケットから封筒を取り出して中から一枚の紙を取り出した。
それをユーリに渡すとユーリの目が大きく見開かれた。

「おま…これっ」
「ユーリ、僕とここで一緒に暮らしてくれるかい?」
「……っ!?」

ユーリが俯く。
しかも顔を上げないから、僕は不安になって来てしまった。
嫌だったのかな?
おろおろとユーリに触れようかどうしようか迷っていると、ユーリが顔を上げた。

「……っとに、何なんだよ、お前」

ユーリの瞳は泣きそうに揺らいでいたけれど、花火の光を受けて微笑むその顔に僕は見惚れて…。
僕はユーリをきつくきつく抱きしめた。

「お前には驚かされてばっかりだ。何かずりぃ…」
「うん」
「けど、悪くねぇ。…いいぜ」
「…ユーリ?」
「一緒に暮らしてやる。お前がオレに飽きたって言うまで、ずっと一緒にいてやる…」
「飽きるなんてありえないっ!…ユーリ、愛してる」

ユーリの腕が僕の背中にまわされて、僕もユーリを抱きしめる。
ふわりとユーリの香りがして、僕はまた幸福に包まれる。
これからはずっと一緒にいられる。
嬉しくて、幸せで…。
ユーリがそろそろ離せと暴れるまで、僕はユーリを抱きしめていた。

これからも色々難題はある。
身近な所で言えば、学生である僕が土地と家セットで『購入』出来る位の荒れた土地。
ハッキリ言ってボロい。
実は夏祭り迄、必死に修復したものの出来たのは、廊下と居間と寝室(勿論キングサイズのベットは既に届いていてセットも完了している)位で、他はまだ床が抜けた所だってある。
土地のお金だって払っていかなきゃいけないし。
僕達はまだ大学生でお金はない。
それに、就職試験だって待ってる。
けど、ユーリは…。

『は?んなの、二人でやればどうとでもなるって』

あっさりと笑い飛ばしてしまった。
だからきっと、何とかなる。

―――七夕の笹が揺れる日。
花火の光の中、僕とユーリは夫婦になった。

忘れる事の出来ない…幸福な記念日。