覚悟





『結婚してくれないか?』

そう言ったのは出来心でも何でもない。
心からの、心の底からの僕の気持だった。
けれど、彼女のくれた答えは。

『何の冗談だよ。お前、自分の立場分かってる?オレは下町の出のただのメイド。お前は貴族のお坊ちゃま。無理に決まってる』

と言う、辛辣な言葉と悲しそうな微笑みだった。
彼女は僕を好きでいてくれた筈だ。
あんなに一緒にいて、僕が好きだと伝えると、彼女も好きだと、僕だけだと言ってくれていた。
だから、こんな答えが返ってくるとは予想もしていなかった。
彼女と結婚できると疑いもしなかった。
なのに、結果はどうだ。
泣きそうに歪む微笑みと、きっと言いたくなかったであろう言葉を僕は口にさせてしまった。
ぼんやりと天井を見上げる。
いつも、こうしていると彼女は僕の顔を覗き込み、『どうした?』と尋ね微笑んでくれていた。
それだけで僕は救われていた。
…今はその姿すら見る事は叶わない。
彼女に結婚を申し込んだ翌日、彼女は辞表を出して出て行ってしまった。
その辞表を僕が受け取っていたなら、そんな事許さなかった。
君が僕の傍からいなくなる、そんな事が堪え切れる訳がないじゃないか。
でも、その辞表を受け取ったのは父だった。
この家では、父の発言が絶対だ。
良くも悪くも。
その父は僕に言った。

『そろそろ、フレンも妻を迎える時期だな。後で、写真を渡すから確認しておけ』

後でと言っておきながら、その後部屋に戻ると山の様に写真が積まれていた。
父の命は絶対。
全てに一応目を通した。
けれど、どれも心に止まる事はなく、ただただ彼女への思いが募るのみだった。
もう、どうしようもない。
父が選んだ相手と結婚するしか、僕には道はない。
僕の中には父に逆らうと言う選択肢はないんだ。
彼女へのこの気持ちは…、ユーリへの恋心はもう捨てなければいけない。
捨てなければ…いけないんだ。
ユーリと一緒に過ごしてきた思い出もろとも…全て。
こんな辛いのならば、心ももういらない。
僕に必要なものは…父の為に動く体と脳だけでいい。
それだけで…。

「フレン様。お父上がお呼びです」
「あぁ、今行く」

静かに瞳を閉じると、世界が黒くなっていく。
でも、これでいい。これで…忘れられる。
ゆっくりと目を開き、僕は起き上がると、機械の様にジャケットを着て、父の下へと向かう。
呼び出された命令を聞き、事務的に仕事を仕上げる。


―――そんな日が毎日繰り返されて、1年が経過した。


今日も今日とて父の命令で仕事をしていた。
今日の仕事は下町の税の徴収。
問題なく、回収して家へと帰る。
父の部屋へと報告に向かうと、父の部屋から話し声が聞こえた。
聞いたことのない声?
メイドにもこんな色っぽい声をした女性はいないし、一体誰だ?
一瞬入るのをためらったものの、ここでこうしていても仕事は終わらない。
僕はノックをすると、中から入ってこいと声が聞こえ、僕は失礼しますと声を出して中に入った。
そこにいたのは椅子に座って話す父と、黒のドレスに身を包んだ青い髪の美しい女性だった。

「ちょうどいい所に帰ってきたな。フレン。お前の婚約者がやっと決まったぞ。ジュディス君だ」
「初めまして」

にっこりと笑う女性に初めましてと微笑み返す。

「彼女はクリティア族の貴族の娘でな。この婚約は絶対我家にとっていい婚約になる」

父の話に僕は頷いた。
父が言うならきっとそうなんだろう。

「結婚式は、来月だ。いいな、フレン」
「はい」
「彼女の暮らす部屋はこちらで用意しておくが、構わんな?」
「はい」
「あぁ、そうだ。今日は彼女はお帰りになるのだ。送って差し上げなさい」
「はい。…ジュディスさん。お送りします」
「……ありがとう」

そう言ったジュディスの表情はとても…怒ってる?
ここで、ジュディスを縁談を断られたら、父の命に逆らう事になる。
僕は彼女の手をとり微笑むと、父に一礼して二人で部屋を出た。

「…貴方。…そんな生き方をして、楽しい?」
「?、なんの話でしょうか?」
「……わからないわ。どうして、ユーリはこんな人を好きになったのかしら」
「ユーリ?誰ですか?」

問うと、ジュディスの表情は一変した。
僕に対する嫌悪感がその表情に有体に現れていた。

「私、そう言う冗談は好きではないのだけれど?」
「冗談、とは?」
「……ふぅ。最低ね。貴方にとってユーリはその程度の人間だったって事なのね」

ジュディスのその瞳が僕を刺し殺そうと言わんばりに僕を睨み付けている。
最低と言われたり、その程度と言われたり…一体何なんだろう…。

「今日は帰るわ。でも、私人形に嫁入りなんてしたくないの。…次に会った時はもう少しまともになっている事を願っているわ」

玄関まで彼女を送って、僕はそのまま部屋へと引き返す。
殺風景の何もない部屋。
あるのは机と椅子だけ。
他のものなんて必要ない。
仕事に関する物さえあれば、どうにでもなる。
椅子に座って仕事をこなしていく。
そう言えば、ベットって何処に置いたっけ?
隣の部屋だったかな…?
ふらりと隣の部屋へ行こうとドアノブを握る。
すると、目の前が真っ暗になった。
そうだ…。
この部屋は入っちゃいけないんだった…。
この部屋に入ろうとすると、黒い幕が頭に掛けられたみたいに思考が停止して、目が潤み始める。
駄目だ…入っちゃ、ダメだ…。
机に戻って椅子に座ると、もう一度仕事に取り掛かる。
すると、脳が落ち着きを取り戻したように、僕は仕事へと没頭した。
また毎日が同じように進んで行く。
だが、変化と言えば婚約者のジュディスが通ってくるようになった。
父と軽く会話をして、僕が呼ばれて庭を散歩したりお茶を飲んだりして帰っていく。
今日もきっとそうなんだろう。
疑問にも思わず、目の前のジュディスと話していると、ジュディスが突然僕の部屋に入りたいと言ってきた。
断る理由もないから、部屋へと案内する。

「…机と椅子、だけ?」
「はい。それ以上何か必要でしょうか?」
「ベットやクローゼット、それに絨毯とか色々あるでしょう?」
「…僕には必要ありません」

はっきりと言い切ると、ジュディスの瞳が今度は憐れみに変わった。
この人は何なんだろう?
僕が嫌いってのははっきり分かるけど…。

「…フレン。貴方…」
「何でしょうか?」

にっこり笑って聞き返す。
ジュディスは何も答えず、きょろきょろと辺りを見渡す。
そして、僕の部屋にある一つのドアに気付いた。
つかつかとヒールを鳴らして、ドアに近寄る。
何でだろう。
その扉に近づかれると、心臓がバクバクして落ち着かなくなる。

「ジュディス、その扉には触らないでくれ」
「…何故?」
「……そこは開けちゃいけないんだ…。絶対に…」
「そう。……なら、開けないとね」

え?
と聞き返した時にはもう遅かった。
ドアノブをぐっと回され、ドアが開けられる。
ジュディスがその部屋に入った。

「……こ、れは…」

ジュディスの後ろから僕は後を追う。
その部屋は、僕の思い出の部屋だった。

「ユーリと貴方の写真?写真だけじゃないわ。もしかして、フレン、貴方は…」
「だから、言っただろう…?開けちゃ、ダメだって…くっ」

ぼろぼろと涙が零れた。
ユーリが出ていってから、僕はユーリを忘れるために、父の命にのみ従うために、ユーリと関わりある全ての物をなくそうとした。
でも、完全に捨てることが出来なくて…。
無意識に、ユーリとの思い出をこの部屋に隠すようになった。
思い出も、気持ちも全て。この部屋に閉じ込めて。
そうでもしなければ、僕はユーリを思い出してしまう。
ユーリは僕の一部なんだ。
どうあがいても、切る事なんて出来ないんだ…。

「…自分に暗示をかけていたのね…。ユーリの事を忘れた訳じゃなかったのね?」
「忘れられるわけがないっ!!忘れられるわけ…ないだろ…」

涙がとめどなく溢れ続ける。

「僕が、唯一、愛した女性なんだ…心から…」

僕は膝から崩れ落ちた。
どうしていなくなってしまったんだろう。
君が、君が手をとってくれたなら、僕は君と二人で逃げても良かったのに。
ずっと一緒にいたい。
今だって、こんなに君を求めてる。

「フレン…。貴方は、覚えている?」
「……っ?」

ジュディスが僕を包み込むように抱きしめた。

「昔、貴方はユーリと約束をしたの」
「約束…?」
「そう。約束よ。思い出して…」

ユーリと僕の約束?
記憶をめぐる。
僕がユーリとした約束。それをジュディスが知っている…?

『…いつか、もしも、本当にお前がオレを求めてくれるなら、オレを迎えに来てくれよ』

僕はいつも君を求めてるよ?

『ばぁか。そう言う意味じゃねぇよ。心が壊れそうなくらいオレを欲してくれるなら、その時はオレも覚悟決めるから。ずっと傍にいるって約束する』

約束…。
小さい時にした僕とユーリの約束。

「思い出した…?」

僕は小さく頷いた。
迎えに行っても…いいんだろか。
僕が今迎えに行ってユーリは、今更と言わないだろうか。
僕と一緒に生きる覚悟を持ってくれるだろうか。

「フレン…」

ジュディスが僕の頬にを両手で包んだ。

「私も、ユーリと約束していたの」
「……?」
「フレン。私にも心から愛している人がいるのよ。貴方と違って全てが私とは違う。人種も位も何もかも。…でも、とてもとても大事な人」
「ジュディス…」
「私はあの人と一緒になりたい。でも、私には家がある。家を捨てたら私の家で働いている全ての者を見捨てる事になる。そんな事出来ないの」

その気持ちは僕も痛いほど理解できた。
捨てられる訳がない。
何百人も路頭に迷わせるなんて、出来るわけがない。

「それを言ったら、ユーリが言ってくれたのよ」
「ユーリが?」
「えぇ。貴方がユーリをもしも忘れられないと言うのなら、フレンと結婚したらいいって」
「どういう事ですか?」
「表むきの結婚をしたらいいって事よ。私も貴方も大事な人がいる。でも、捨てられないものもある。だから、フレンと共同戦線をはればいいって」
「…共同戦線…」
「そう。でもこれは貴方がユーリをまだ好いているって事が大前提だった」

そうか。
だから、僕が『ユーリ?誰ですか?』と聞いた時、殺しそうな目をして睨んでいたのか。
そんなジュディスが今は嬉しそうに微笑んでいる。

「フレン…。…私はあの人のためなら、親の一人や二人、騙してみせるわ。フレンは?」
「それで、ユーリを取り戻すことが出来るなら、僕は…」

最初からユーリには全て分かっていたのかもしれない。
僕がユーリを忘れられない事も。
父や家族を捨てられない事も。
だからこうしてジュディスと言うもう一つの道を作っていてくれた。
君には本当に敵わない。

「…迎えに行く。ユーリを」
「そう。なら私は義父のご機嫌をとっておくわ」
「頼むよ。戦友」
「えぇ、任せて」

ジュディスはとても格好良く微笑んだ。
彼女に家の事を任せ、僕は急ぎ下町へと向かった。
ユーリの家がどこにあるか、僕は知っていた。
変わっていなければ、僕を待っていてくれるのであれば、そこにユーリはいる筈だ。
坂道を下り、宿屋の裏手にある小さな家。
僕は、息を整えるのも惜しみ、ドアを開けた。
そこには…。

「ユーリ……」

僕の待ち望んだ姿がそこにあった。
ずっとずっと忘れられなかった、あの姿が…。
ベットの上で気持ち良さそうに寝ている。
そっと近づき、その頭を撫でてみる。
さっきあんなに泣いたのに、まだ涙が溢れる。

「……どうした…?」
「ユーリ……」

ゆっくりと目を開いて、その紫暗の瞳が僕を優しく見つめ、その手がそっと僕の頭に触れた。

「ユーリ、ユーリっ!」
「うん?」
「僕は、君がいい。傍に、いてくれっ」
「……ばぁか。約束、しただろ。お前の心が壊れそうなくらいオレを欲してくれるなら、オレも覚悟を決めるって」
「あぁ」
「…っ…。もっと、早く、迎えにこいよ、ばかっ」

大好きなその瞳が揺れて、涙が頬を伝う。
我慢、出来なかった。
僕はユーリをきつくきつく抱きしめる。
すると、ユーリも僕に腕を回してくれた。

「ユーリ…ずっと僕の傍にいて」
「あぁ。お前が望む限り…」

結婚は出来ない。
世間的には認めてもらえない、そんな関係だけど。
そんなもの関係ない。

僕にはユーリがいれば、それでいい…。
それだけで―――いいんだ。




アトガキ的なモノ。



『フレユリ女体化で貴族のお坊っちゃまとメイドで身分差に悩むけど最後はLoveLoveでお願いします。』
とのリクエストでした(*´ω`)
でした。
シリアスっぽくなっちゃいましたねー。
補足的に書くと、フレンはユーリを思い出すのも辛くて、ユーリと関わりになっていたものを全て封印しました。
記憶も、心も。でもやっぱり大好きすぎて、どんな物を見ても思い出しちゃうわけですよ。
だから部屋を作ってそこに全部仕舞い込んじゃったんですねー。
で、何とか封印したのに、自分が幸せになりたいジュディスはそんなのかんけーねーっとあっさりフレンの心の壁に入って行っちゃったんですw
因みにユーリはずーっとフレンを待つつもりでいました。
結婚もしないで、迎えに来てくれたら嬉しいけど、例え来てくれなくてもフレンを思い続けて年老いていくつもりでした。
こんな話でしたが気に入って頂ければ嬉しいです(≧▽≦)
リクエスト有難うございましたっ!!