magicmirror
【2】
自覚してしまえば、色々な感情に整理がつく。
なんであんなに心臓が鐘を連打していたのか、とか。
でもそれ以上に、自覚してしまったことで厄介な欲求が芽生えてしまった。
恋した人間では当然かもしれない。
けど、今はそれが厄介なんだ。
厄介なんだけどけど…言わせて欲しい。
「会いたい…」
会いたい会いたい会いたいっ!!
会いたいんだっ!!
ユーリさんにっ!!
でも、名前しか知らないし、ユーリが来ない日にこっそり街に出て探してみたけど当然見つけられないし…。
八方塞がりで、頭を抱えたくなった。
いや、事実抱えてる。
こんな状況見られたくなくて、ほぼ教室と同じくらいに通ってる生徒会室で頭を抱えて机に突っ伏した。
「ん?どうしたよ?フレン」
頭上から声がして、ゆっくりと顔を上げるとそこには副会長のアシェットの顔があり、もう一度突っ伏す。
「って、無視すんなっ」
「……アシェットなんか見ても何も解決しないし」
「うぉー。酷い言い種。けど、珍しいな。お前が直球で悪口言ってくるなんて。テンションも見たまんまダダ下がり出し。どしたん?」
「………別に」
「何だ?マジに沈んでんな。…もしかして、恋煩いか?」
「っ!?」
まさか直球で来るとは、しかも、図星ど真ん中に来られるとは思わず、つい大げさに驚いてしまって、すぐに後悔する。
これでは、その通りと言っているも同じだ。
案の定アシェットにバレてしまい、僕がどうしたものかと頭を回転させる。
しかし、予想外にアシェットは僕の座ってる生徒会長の席の真向いに椅子を置くと、真剣な目で「で?」と聞いてきた。
「で?って?」
「何に悩んでるんだ?振られでもしたのか?」
「…そうじゃないよ。振られる所かただの片思いだよ」
「へえ。お前が片思いねぇ。そりゃ、凄い。けど、お前を振るような奴なんて滅多にいないだろ。文武両道、容姿端麗、超がつくほど優しい、将来安泰…何?俺ら一般人に喧嘩売ってんの?」
「売ってないし、ちょっと僕を買い被り過ぎだよ。…一目惚れ、したんだ」
「ふ〜ん」
「…名前しか知らない。でも…会いたいんだ。どうしたら会えるのかも分からない」
「なんか、特徴とかないのかよ。手掛かりになりそうなの」
「それが…。アシェット。ユーリ覚えてるかい?」
「ユーリ?あぁ、あのお前が目に突っ込んで目の代わりにしても良い位に溺愛してる隣の家の男の子だろ」
「うん。そう。そのユーリに似てるんだ。本当にそっくりなんだ」
「なんだ。手掛かりあんじゃねぇか」
「え?」
「ユーリに似てるんだろう?だったら、間違いなくそいつ絡みだろ」
「で、でも。ユーリに兄はいないんだ。ユーリの両親にも聞いた。ジュディスって言うまだ保育園児の妹はいるけど、兄はいないって」
「おいおい。なんですぐ兄妹って思うんだよ。俺はそいつ絡みって言っただろ。もしかしたら従妹かも知れないし、叔母かもしれねぇ。まだまだ探れるとこはあるだろ」
革命が起きたようだった。
そう言われればそうだ。
もう一度ユーリに聞いてみようっ!!
聞き方さえ変えたら何か違う事を言うかもしれない。
ユーリは僕に嘘を言う訳がないしっ!!
そうだ。そうしようっ!!
「ありがとう、アシェットっ!何か頭の中がスッキリしたよっ!」
「おう。うまくいったら紹介しろよ」
「勿論断固として断るよっ!!けど流石アシェットだ。沢山の恋愛に失敗しているだけのことはある」
「……フレン、頼むからいつもの調子に早いとこ戻ってくれ。でないと俺のメンタルがもたない…」
「?」
アシェットの言わんとしている事は今一理解出来なかったけど、心の中はすっきりしていたので、僕は今日も急いで生徒会の業務を終わらせて、急いで帰宅した。
そして、軌跡が起きた。
家の前に、彼がいたんだ。
彼も僕に気付き、にっこりとまた綺麗に微笑む。
「フレン、お帰りっ」
「えっ?あ、た、ただいまっ」
色々ユーリに聞き込もうと思ったのに、あっさりと会えてしまった。
「なぁ、フレン」
「は、はい?」
「遊ぼうぜっ」
「は、えっ?」
「駄目か?」
「あ、いえ。ダメって訳じゃないんですが。ユーリが待っているから」
「……ユーリならさっき甘いもの食べにくって家に帰ったぞ」
「え?あ、そう、なんですか?」
「おう。だから、な?」
言われて、手を掴まれて心臓が飛び跳ねる。
僕はユーリさんの誘いに、大きく頷いた。
少し断りを入れて、部屋に鞄を置いて急ぎ着替えると財布をポケットに突っ込みすぐさまユーリさんの下へと戻る。
「お待たせしました」言うと、ユーリさんは気にしてないと首を振った。
そして、また微笑むと僕の手を握り、僕たちは公園へと向かった。
二人並んで歩く。
好きな人と歩くとこうも景色が違うく見えるものかと驚き、そんな中楽しそうにはしゃぐユーリさんを見てドキドキと翻弄されっぱなしだ。
「なんか、良い匂いがする」
「え?」
ユーリさんがきょろきょろと匂いの元を探る。
良い匂い?
あぁ、そう言えば確かに甘い匂いがする。
これは…?
そうか。あの屋台のクレープか。
「もしかして、ユーリさんも甘いものがお好きですか?」
「大好きっ」
「じゃあ、食べますか?」
言うと、キラキラした目でいいの?と問いかけてくる。
こんな目をされたら…いや、むしろこんな可愛い顔が見れるならこっちから頼みたいくらいだ。
二人でクレープを買いに行って、ベンチに並んで座ってそれを食べる。
「…似てる」
「え?」
「あ、すみませんっ。横顔とかユーリに似てるからついっ」
「…そうか?」
「えぇ。あ、勿論、その、貴方の方が綺麗で大人っぽくて、その…」
つい口ごもってしまい、ふいっと視線をそらす。
すると、ユーリさんの持っているクレープのクリームが手に零れているのに気付く。
僕はつい、ユーリさんの手を取り、舌でクリームを舐めとる。
「っ!?」
ユーリさんが息をのむ音が耳に入り、僕ははっと我に帰った。
「す、すみません。つい、いつもの癖で…」
ユーリがクレープを食べてるといつもクリームを零してしまい、僕はいつもこうやって舐めとっていたから。
慌てて弁解するようにまくしたてると、ユーリさんは特に気にした様子はなく、目の前のクレープに集中した。
意識されていないのか、なんなのか…。
でも取り合えず、今ので嫌われたってことはないみたいでほっとする。
僕たちはクレープを食べながら一頻り会話を楽しむと、帰宅した。
途中でユーリさんと別れた僕はふわふわとした気持ちで家のドアを開けると、そこには仁王立ちして立っているユーリがいた。
「え?あれ?ユーリ?」
「…お帰り」
…あれ?
これって間違いなく拗ねてるよね?
なんで?
僕は何かしただろうか?
その後、ユーリと二人晩御飯を食べていても、ユーリはむすっとしていて。
僕は必死に頭を回転させた。
でも、どう考えても僕は何かした覚えはない。
おかしいな…。
首をひねるしかない。
結局全然思い出せない僕は、風呂も済ませて部屋に戻る。
今日はきっとユーリは家に帰るだろう。
あんなに拗ねてるんだ。
きっと僕とは一緒にいたくないだろうし。
思ってたら、部屋のドアが急に開いた。
そこには枕を持ったユーリが立っていて。
何だろう、この既視感。
ユーリは何も言わず、すたすたと僕のベットに乗り上げると、布団の中へと入ってじっと僕を見た。
きっと早く来いと訴えてるんだろう。
そんなユーリの拗ね方が可愛くて僕は布団をめくり入るとユーリを抱きしめる。
すると、ユーリは消えそうな位小さな声で問いかけてきた。
「なぁ、フレン」
「ん?何だい?」
「オレの事、好き?」
「好きだよ。当り前だろう?」
「…おっきいユーリとどっちが好き?」
「え…?」
「……おやすみ」
ぎゅーと抱き着くユーリから、静かな寝息が聞こえてきた。
…やっぱりユーリはユーリさんを知っている?
じゃなきゃあんな質問をしないだろう。
どこかで見ていたのだろうか?
そう言えば、ユーリさんもユーリの話を出した時、少し驚いていたような…。
もしかして…ユーリは焼き餅を焼いているんだろうか?
ユーリが可愛い。
可愛い過ぎて鼻血が出そうになり、僕はずっと深呼吸を繰り返していた。
この日を境に僕はユーリさんと沢山会えるようになった。
と言うより、帰ったらユーリさんは毎日家の前に立っていた。
決まってユーリさんは遊ぼうと誘ってきて、公園を歩く。
まぁ。帰ればもれなくご立腹ユーリのおまけ付だが。
しかし、ユーリさんの事はいまだに良く解らない。
知ってるのは名前とユーリと関係がある事。
あとは、甘いものが好きって事位だ。
でも、…どんどん好きになっていくのが解る。
だから、僕はアシェットの講義を受け、出来る限りアピールをしているのだが…ユーリさんはどうやら鈍いらしい。
鈍い人を落とすには直球しかないとアシェットは言っていた。
…僕は勝負に出ることにした。
「ユーリさん」
「何だ?」
「…好きです。僕と付き合ってくれませんか?」
「…オレも好きだぜ?でも、どこに行くんだ?」
……。
うん。多分通じてない。
僕はユーリさんを抱き寄せて、そっとその唇を塞いだ。
驚いたのか、ユーリさんの目がおっきく開かれる。
「もう一度言います。ユーリさん。僕はあなたの事が好きです」
「そ、れは…チューしたいくらい好きって事か?」
「はい」
「………恋人、って奴か?」
「…そうですね。ユーリさんさえ良いならば」
ユーリさんは顔を真っ赤にして、それでも小さく頷いてくれた。
それが嬉しくて僕はユーリさんをきつく抱きしめる。
可愛い。途轍もなく可愛い。
けど、なんでだろう?
既視感を感じる…?
気のせいだろうか?
「…フレン?」
名を呼ばれてはっと我に帰り腕の中のユーリさんを見ると、真っ赤な顔して僕の胸に顔を埋めている。
そっと額にキスを落とすとぱっと顔を上げたユーリさんが嬉しそうに綺麗に微笑んだ。
「ユーリ…」
初めてユーリさんの名前を呼び捨てて呼び、その唇に口づけを落とす。
一瞬驚いた顔をしたユーリはけれども嬉しそうにそっと瞳を閉じた。
最初は触れるだけのキス。
でも…段々と我慢が出来なくて、ユーリさんの口を割って、舌を押し込み歯列をなぞり、舌を絡め取る。
甘い…。
ユーリさんの唇はどうしてこんなに甘いんだろう…。
もっと味わっていたい。
こうしてユーリさんとキスをしていると…違う欲が芽生える。
抑えなきゃ…。
そう思っていても、ユーリさんが僕の舌に必死に動きを合わせようとしてくれてるのを思うと…。
抑え切れる訳がない。
僕はそっとユーリさんの唇を解放した。
はぁ…と甘い息が漏れる。
ユーリさんがくてんと僕の胸に体を預けてくれた。
……もっとユーリさんの違う顔が見たい…。
もっと、もっと…。
理性を働かせて…理性を…理性…。
………理性なんて必要ないか。
うん。いらない。
「ユーリ…。ちょっとごめんね」
僕はユーリさんを抱き上げて、そのまま歩き出した。
ベンチだと目立つから…。
人気のない場所へと移動した。



