magicmirror
【4】
う〜ん。
ユーリの首筋の赤い痕を見てからずっともやもやが晴れない。
あれから色々考えてみたんだけど、ユーリにもそれらしい記憶はないらしいし、虫に刺されたが、打倒なんだろうけど。
けど、何故かそれで納得できない自分がいる。
なんでだろう。
きっとどこか自分の中で引っかかってる所があるんだ。
それを思い出しさえすれば…。
「…ってそれを思い出せてれば、苦労はしないよね…」
はぁ。
大きくため息をつく。
家へと帰る足取りが重くなっていた。
しかし、その重くなっている理由は、実はもう一つある。
あの日。
ユーリさんを抱いたあの日から、ユーリさんと一度も会えていない。
一度も、だ。
…もしかして、考えたくないけれど、高確率で…嫌われたんだろうか。
会ってしかも数回で、あんなこと。
嫌われて当然だけど、当然だけど…こんなことになるのなら、あの時死ぬ気で理性を抑え込めば良かった。
うぅぅ…泣きたい。
「…フレンっ」
落ち込み絶頂期にいた僕を呼び止めたのは、僕が今まさに会いたくて泣きたくなっていた人物で。
慌てて振り向くと、そこにはユーリさんがいた。
あまりに嬉しくて駆け寄ると、ユーリさんはぎゅっと僕に抱き着いた。
「えっ?えっ?ユーリさんっ?」
「フレン、遊びに行こうぜっ」
「そ、それは勿論構いませんが、え、と、何処に?」
「んー…あ、ゲーセン行きたいっ」
「ゲーセン、ですか?」
ユーリさん、でも、僕と多分そんなに変わらないと思うんだけど…。
って事は未成年だよね。
未成年がゲーセン。
いや、行っている人は一杯いるが、僕はこれでも一応生徒会長で、ゲーセンで遊んでる学生を取り締まる立場だし…同じ理由でカラオケとかもちょっと…。
でも、ユーリさんの誘い…。
この葛藤、どうしたらっ。
「…ゲーセン、ダメ?」
「さぁ、ユーリ、行こうか」
仕方ない。
ユーリさんの前だと仕方ない。
可愛いから仕方ない。
何でも許しちゃうのは仕方ないんだ。
ただ、流石に制服のままで行くのは気が引けたので、取り敢えず家へ帰り、着替えてから行くことにした。
ユーリさんは見た目が女っぽい所為か、街中で手を繋いでいても何の違和感もない。
僕とユーリさんは仲良く手を繋いで、ゲーセンへと足を踏み入れた。
僕もこのゲーセンに入るの何か月ぶりだろう?
見渡す限りゲームもほぼ新機種に変わっていて、僕にはわからない物が一杯だった。
そんな中ユーリさんは真っ直ぐ僕の手を引いて歩く。
何か目的の物があるのかと思えば、連れていかれた先は。
「…え?プリクラ?」
「撮ろーぜ、フレン」
「あ、うん」
まさかのプリクラ。
そう言う感じの遊びするタイプには見えなかったから余計に驚いた。
断る必要もないから頷き、幕をめくって中に入る。
ユーリさんは手慣れているのか、ちゃちゃっとお金を入れて何かを操作している。
ハッキリ言って、何をしているのかさっぱりだ。
勿論ちゃんと読めば分かるんだろうけど、ユーリさんが楽しそうにしてるから見守る事にした。
ユーリさんが望んだ形に出来たのか、僕の腕を引っ張りカメラ位置を意識した場所に立つ。
機械がカウントを始め、ぱしゃりとシャッター音がなる。
どうやら、連続で撮影するようで、色々体制を変えて、最後に。
「んっ!?」
ユーリさんと僕のキスシーンがしっかりと写されてしまった。
へへっと恥ずかしそうに笑うユーリさんを見ていると怒るに怒れなくなってしまうが。
ユーリさん。こういう機械は店員さんは確認出来るように出来てるんだよ。
と、言いたくなる言葉を必死に呑み込んだ。
写真を取り終えて、幕を開けて外に出ると、ユーリさんが楽しそうに落書きを始めた。
正直僕はこういう機械は得意ではないので、ユーリさんに任せ後ろからユーリさんを眺めていた。
落書きを終えたユーリさんがじっとプリントされるのを待ち、出来上がったのを嬉しそうに持って僕の方へ来て、それを見せつけた。
……これは、ほぼ別人だな。
そう漏らしたくなるような修正ばかりで、しかもユーリさんに至ってはあり得ない眉毛の太さになって凛々しくなっていた。
どうやら、ユーリさんは女顔なのがコンプレックスのようだ。
写真を見るとそれが一目でわかる。
それから僕たちのキス写真は…大きなハートで囲まれていた。
その後、様々なゲーム機で遊び、ゲーセンを堪能して外へと出た。
外はすっかり夕焼けが辺りを赤く染めていて、カラスの声が寂しそうに響く。
二人でデートした帰り道。
ユーリさんに手を引っ張られ、僕たちは二人、公園へと入った。
「…?」
「フレン、この前のあそこにいこ」
「えっ?」
まさかの言葉に僕は足を止めてしまった。
すると、ユーリさんは顔を赤くして俯きながらも、「ダメ?」と小さく呟いた。
「ダメって事はないよ。むしろ凄く嬉しい。けど、いいのかい?」
僕としてはてっきりこの前いきなりあんな事をしたから、嫌われたと思ってたんだけど…。
でも、ユーリの様子を見る限りそんな事はないようで、むしろ何処か期待されてる?
この期待に抗う事は不可能だ。
僕はユーリさんを連れて以前使った小屋へと向かった。
小屋の中は以前と変わらず…変わらず?
…アシェット…使えてないのか。
少し友人を憐れに思いながら、それはそれとして、ユーリさんを抱きしめた。
思う存分ユーリさんを抱いた後、僕は気絶してしまったユーリさんを支えるように背中から抱きしめ後始末をしていた。
うぅ〜ん。
ユーリさんを抱いていると、つい理性を忘れてしまう。
僕はそう言う欲はない方だと思っていたんだが…。どうやら間違いだったようだ。
「…あれ?」
ユーリさんの首筋をハンカチで拭いていると、ユーリさんの首筋に僕がつけたキスマークが…かぁっと顔に熱が集まって、ふるふると頭を振って熱を逃がす。
冷静になってもう一度さっき引っかかった所に思考を戻す。
なんか、引っかかるんだ。
首筋のキスマーク…キスマーク…首筋…?
あ、そうか。
ふと過ったユーリの首筋の赤い痕。
あれだ。
そうか、そう言えばユーリと同じ所にあるんだ。
けど、え?なんでだろう?
普通に考えると、そっくりな他人なんだろうけど…なんでか納得出来ないというか。
そんな事が気にかかったまま、僕は目を覚ましたユーリさんと一緒に小屋を出て、今回も家まで送ると訴えたが断られ、僕はそのまま自宅へと帰った。
家に帰って、いつユーリが来てもいいように、ご飯を作っていると、「ただいまー」と玄関先から声が聞こえ、僕はユーリを出迎えた。
とてとてと嬉しげに走り寄ってくるユーリの顔がとても可愛いけれど、なんでこんなに髪が濡れてるんだろう。
しかも滴るくらいに。
「ユーリ、どうして髪が濡れてるんだい?」
「ん?沢山遊んで汗かいたからシャワー浴びてきた」
「そう。でもユーリ。僕はいっつも言ってるだろう?髪が濡れたままでは風邪をひくからちゃんと拭いてから次の行動に移すことって」
「あー…まぁ、いいじゃん」
「ダメ。ほら、おいで」
ぶすくれるユーリの手を引き、居間へ入るとタンスからタオルを取り出して自分が先にソファに座り足の間にユーリを座らせる。
何故この態勢なのかというと、ユーリが嫌がって速攻で逃走しようとするから、それを防止するためで。
わしゃわしゃとユーリの髪を乾かす。
って言うか、見た通りびしょ濡れじゃないか。
全く。ついこの前風邪を引いたばかりだというのに。
まさかあの時も髪濡れたまま外を歩き回って風邪ひいたんじゃないだろうな…?
じっと目の前にある頭を見つめる。
…って、あれ?
このユーリの首筋にある赤い…あれ?
凄く既視感があるんだけど…と言うか、この場所。
今日僕がユーリさんにつけた痕と同じ…?
いや、でも、…え?
あり得ない話だ。
あり得ない話だけれど、なんでだろう。
そう考えると色々納得がいく。
ユーリさんに会っている時、ユーリは何処にいるんだろう?
そもそもユーリさんは一体どこの人なんだ?
彼が会おうと思わない限り僕は会う事が出来ない。
でもそれっておかしくないか?
「…ねぇ、ユーリ?」
「んー…?」
頭を乾かされて気持ちいいのか、眠そうな返事を返される。
けれど…もし違う理由があったら?
「ユーリ、今日は何をして遊んでたんだい?」
「んー?色々ぉ…」
「色々って例えば?」
「……友達の家にいった」
「友達の家?」
「お、おぅ…」
友達の家?
…これは、嘘をついてるんだろうか?
それとも…実際に?
友達って誰だろう?
まさか、その友達がこの痕をつけたのか?
とにかく、前にユーリが言った虫に刺されたってのは嘘だ。
これだけは確かに言える。
その証拠に…そっとその痕に触れると。
ビクゥッ!
と大きく体が反応する。
これは間違いない。キスマークだ。
…僕の知らない男が僕の(可愛い)ユーリにキスマークをつけた?
キスマークをつけるような事をしたと?
胸の中にぐるぐると何か黒いものが充満していく感じがした。
もやもやする。
何でこんなにもやもやするんだろう?
この感じは…ユーリさんを好きになった時と…似てる?
だとしたら、この感情は、もしかしなくても嫉妬?
僕は一つの答えに辿り着き、無意識に動きを止めていた。
僕の手から力が抜けたからか、すっかりもたれかかってユーリは気持ち良さそうに僕の腕の中で寝ている。
色々確かめたいことがある。
というか今、出来た。
だから…。
僕は一つ覚悟を決めた。
知りたいことは一杯ある。
けれど、ユーリはきっと素直に言わないだろう。
こう見えてユーリが頑固なことは僕がきっと一番知っている。
だからこそ聞き出そうとしても、多分一度言わないと決めた事は言わないだろう。
だったら、言わなくてもわかるようにするまで。
今すぐにはしない。
けど、必ず実行する。
僕はそう決意をして、ユーリを抱き上げて、自室へと向かいそっとベッドへと寝かしつけた。
何度も何度も眠ったユーリの頭をなでる。
「…色々分からない事が一杯あるんだ。でも…もう、自分で解決するのが限界でね。これはユーリにしか解決出来ないんだよ」
眠ってるユーリに囁く。
「だから…」
そっとその額にかかった黒髪をかきあげて。
「…ユーリも覚悟を決めてくれ」
その額にキスをする。
「…数日の間に、ね」
僕は眠っているユーリを一人残し部屋を出た。



