感情螺旋  前編





『好きだよ。ユーリ。君の事が誰よりも、何よりも…』

…フレンの声が耳に残る。
そのセリフを言われたのは何時だったか…?
オレの記憶が正しければ、確かオルニオンが作られる前。
ただの野原だった頃の夜。
フレンが見張りを買って出てくれて、オレ達は皆眠りについた。
けど、最近特に眠りが浅くなったオレは、目を閉じていただけ。体を休めていただけだったんだが。
ふと、…自分の髪に何かが触れた。ただ愛おしそうに触れ、撫でるそれは…。

『…覚えてなくてもいい。いっそ、聞こえてなくていい…。でも、言わせてくれ。君が、好きだよ…ユーリ』

あんな、寂しそうな声を聞いたのはガキの頃以来だ。
その声をオレは忘れられなかった。
それこそ、星喰みを倒して、こうしてギドの依頼をこなしている最中も思い出す位には…。

「……ってか、あのセリフ、嘘だったんじゃねー?」
「え?何か言ったかい?ユーリ」
「いんや。なーんにも言ってねぇよ」

フレンが疑いの眼差しでこっちを見るが、それを受け流し視線を逸らした。
それが、またフレンの癪に触ったらしく、厳しい目で睨まれた。

「…ユーリ。仕事に集中してくれ」
「……そうは言うけどな。フレン。これ、どー見ても騎士団長(フレン)の『見合いパーティ』にしか見えねぇんだけど?」

どこを見ても…、ってか、オレ等の周りには女しかいねぇ…。
こんなドデカイ城の狭い一室にどうしてこんなに人がいるんだ。
不思議で堪らない。だが、フレンは更に目を吊り上げ反論する。

「そんな訳ないだろ。今日は、重大な会談があって、それにはしっかりとした警護が必要なんだ。特にギルドのトップも来る重要な会談だ」
「重要、ねぇ」

フレンの話によると、今回は城で開かれた、そのトップの会談とやらには帝都、ギルド平等に警護の人員を割かねばならないらしく、今回はウチのギルドが駆り出された。
んだが…。さっきも言った様に、見合いパーティにしか見えない。
何せ、帝都側の代表の横には必ずと言って良い程、その家の娘達がぴったりとくっついてる。
更に言うなら、さっきから、そいつらがフレンに群がっている。
一言で言うならば…邪魔くせぇ。

「重要な会談に何で娘が必要なもんかね?」
「それは、僕も言ったんだけど、……その」
「何だよ」
「どうしても、今後の為にと言われてしまって…」
「今後の為、ね。ま、確かに今後の為だろうけどな。んで?」
「?」
「好みの娘、いたのかよ」
「…はぁ。だから、ユーリ、今はそんな事を言ってる場合じゃないって言ってるだろう」
「ふぅん…。ま、いいけどな」
「…ユーリ?」
「フレン様っ!ちょっと、よろしいでしょうか」
「あ、はい。何でしょう?」

心配そうに手を伸ばしたフレンを遮る様に、オレとフレンの間に、ブロンドの髪を靡かせた貴族の娘が割り込んで来た。
割かし、可愛い方だと思う。
フレンと二人並ぶと、お人形みたいだな。とかぼんやり思う。
何時もなら、茶化して、『お似合いだな』『彼女にどうだ?』『結婚しとけって』とか言えるのに、言葉は出て来るけれど、何でか声に出来ない。
言おうとする度に、頭の中にフレンのセリフがくるくると回る。

『君の事が誰よりも、何よりも…』

『―――好きだよ』

「――――っ!!」

―――イライラする。
意味も無く。
―――モヤモヤする。
フレンが女に笑いかける度に。
―――クルシイ…。
胸が、痛い…。

…何でだ?
オレはこんなことで感情を動かされる様な人間だったか…?
フレンが女と話してる。
それを見てるだけなのに…なんで?
フレンを見て居たくない。
……フレンの側にいたくない。

「ユーリーっ!ちょっと、こっち来てーっ!」
「お、おう。今行くっ!」

ナイスなタイミングでカロルからのお呼びがかかり、これ幸いとオレはフレンの側から離れた。
フレンが何か言いたげにしていたが、それはあえて見えないふりをした。
今、あいつと話しても、八つ当たりするだけだ…。
その後、オレは会談が終わるまで、フレンと話す事はなく、でもモヤモヤもイライラも消えることなく、オレの中で消化不良を起こしていた。
会談が終わり、今日来ていたカロルとジュディは、ハリーを中心としたギルドメンバーと共にバウルでダングレストへと帰って行き、オレはと言うと、少し気持ちを落ちつけたくて、無理を言って一人下町に一泊する事にした。
夜の月明かりで少し照らされている下町の自室のベットで寝転がる。
一眠りすれば少しは気が晴れるかと思って、こうして目を閉じていると言うのに全然眠気がやってこない。
それ所か…。

―――イライラが増すばかりだ。

「…いっそ、剣でも振ってくっかな。そうすりゃ、発散出来るだろ」

勢い良くベットから跳ね起き、愛刀を手に取り窓から外へ出ようと、足をかけた、その時。

「…ユーリ、いるかい?」

ギィと古いドアが軋み開く音がしたと思ったら、そこには夜に映える金髪が見えて、一瞬気が抜ける。

「もしかして、何処かに出かける所だったのか?」
「出掛けるって、まー、そんなトコ」
「…そうか。何処に行くんだい?」
「…何処でもいいだろ。別に。お前には関係ない」
「それは、まぁ、確かに」

会話が途切れる。
今はこんな間ですらイライラする。
自分の感情が制御出来ない。
…だから、会いたくなかったってのに、こいつは。「急ぎなのか?」と事もなげに話しかけて来る。
急ぎな訳ない。
ただ、イライラの解消の為に外の魔物でも狩ってくるかなって思ってただけだ。
何も答えない自分に焦れたフレンが、ドアを閉め一気に距離を詰めて来た。

「…どうしたんだい?今日は」
「何が…?」
「ずっと、イライラしているね」

言い当てられて、カッと頭に血が昇る。
駄目だ。冷静に。…冷静に…。
呪文の様に自分に唱え、窓枠にかけていた足を降ろし、窓枠に腰をかけた。
目の前にいる蒼碧の瞳を真っ直ぐ捕え、睨みつける。

「何か、あったのか?」
「別に、何もねぇよ」
「…その割には、さっきも言ったけどずっとイライラしてるよね?」

イライラしてる。
ずっとしてる。
フレンの顔を見て居られなくなる位には。
お前には関係ない。
もう一度、そう言って顔を逸らす。
こいつの顔が映らない様に。なるべくイライラしないように。

「…もしかして、原因は僕か?」

違うともそうだとも言えない。
顔を逸らしたままのオレに完全に焦れたフレンがオレの顔を両手で包み、無理矢理視線を合わせて来た。
鼻が触れ合いそうな程近くにフレンの顔がある。
ふわりとフレンの香りがする。だけど…何時もフレンは春風の様な柔らかな香りがする筈なのに、今日は人工の…香水の匂いがする。
あの女達と香りが移る位側にいたって事か…?

『君が…好きだよ』

―――ウソツキ。

衝動的に動いていた。
気付けば力任せにフレンの襟もとを引っ張り、フレンの唇へと喰らい付いている。

「んンっ!?」

目を白黒させて驚くフレンを見て、少し気分が晴れた。
もっと、驚かせてやりたい。
唇を解放してやると、何時もきっちり着こんでいる、騎士服の襟を寛げて首筋へと吸い付き、痕をつける。

「―――っ!?」

ビクリとフレンの体が震える。
へっ、ざまぁみろ。
フレンから体を離し顔を覗き見ると、フレンの目は完全に据わっていた。
あの、冷静沈着なフレンにしては珍しい表情だった。

「……ユーリ、それ、意味分かってやってるの?」
「意味って、何の…?」
「そうか。…成程?」
「えっ!?ちょ、うわっ!?」

勝手に納得して、一体何なのか理解出来ずにいるオレを抱き上げてベットの上へと放り投げると、自分の鎧をさっさと脱ぎ捨てオレをベットへと縫いつけた。

「ユーリ、可愛いね」
「はぁっ?お前、何言って…ンッ!?」

オレの両腕をベットへと押さえつけたまま、唇が重なる。
フレンとのキス…。
確かに、さっきオレも自分から仕掛けておいて言う事じゃないが、オレ達男同士…。
けど、そんな思考すら吹っ飛ぶ位、フレンは深いキスをしかけて来た。
唇をなぞり、息すらも奪う様にオレの口を塞ぎ、呼吸が出来ない事に恐怖して口を薄く開いた隙を狙ってフレンの舌が侵入する。

「ンんぅっ…はッ…ふ……っ」

フレンのキスは、何時ものあいつとは程遠く激しいものだった。
コイツに主導権を握られまいと抵抗を試みるが、やっぱり先に制したものの勝ちらしく反抗して押し返そうとした舌は逆にフレンの舌に巻き込まれ絡まり吸われる。
ってか、何でコイツこんなに慣れてるんだっ?
オレに息をさせる為に、少し離れては更にキスが深くなる。
フレンがオレを解放した頃にはもう呼吸がままならなくなっていた。

「可愛い」
「かわ…ぃい、って…なんだよ」
「その言葉通りだよ。ユーリ。君は凄く可愛い」

そう言って、また顔が近付く。
けど、今度はそう簡単にさせるものか。
顔を逸らし、キスをさけるとフレンは少し驚いた様に目を大きくして、クスクスと笑った。

「本当は、諦めようと思ったんだ。けど、君が…君の気持ちがこっちを向いているなら、遠慮はしない」
「―――ッ!?」

フレンの顔が肩口に埋まり、首筋を強く吸い上げた。
さっき、オレがやったように…。
仕返しのつもりなのか?
けど、フレンの手が不穏な動きをし始める。

「ちょっと待て、フレンっ」
「駄目。待たない」

ニッコリ微笑むフレンの笑顔が、何よりも怖く感じて、ここで逃げなかった事を後悔する事になるのをオレはまだ気付けなかった。