Daily life not to change
ギルドの総本山、ダングレスト。
ここの喧騒は何時も同じで、一歩街に足を踏み入れると、帰って来たと嫌でも思わされる位に賑わっている。
依頼された仕事も漸く目処がつき、ダングレストのギルド【凛々の明星】のアジトへと足を進めた。
商店街のおっちゃんやおばさんに声をかけられながら、それに軽く言葉を返しオレはアジトの前に立ちドアを押し開けた。
「やぁ、ユーリ」
―――バタムッ。
ついついドアを閉じてしまった。
いや、そもそも何故あいつがここにいる?
そう思って止まっていたのが悪かった。
ドアが行き成り動き、予期せず動いた為バランスを崩し、そのドアに引っ張られる様に中へ入り倒れると思った瞬間。
「全く、人の顔を見るなり閉めるなんて、失礼だよ。ユーリ」
耳元で声がした。
どうやらオレはこの声の主に抱きとめられた様だ。
この金色に輝く髪を持つ男、フレン・シ―フォに。
「居る筈もねぇ奴がいきなり部屋にいたんだ。誰だって一度は冷静になろうって思うだろ」
「そうかな?」
「そうだ。ったく」
取りあえずフレンから離れ、きちんと自分で態勢を直すと、フレンと向き合う。
相変わらずフレンはニコニコと嫌みな位爽やかに笑っていた。
「んで?お前は何でここにいるんだ?騎士服着てねぇって事は、休暇か?」
「そうなんだ。ホントは今、騎士団と評議会の間でいざこざが起きてて、休暇なんてとっている場合じゃないんだけど」
「けど?」
「陛下に騙されてと言うか、気を使って頂いて…。ほんっと見事に騙されたよ」
「騙されたってお前何されたんだ?」
「実は先日、珍しくソディアが休みを申し出たんだ。一週間休みたいってね。勿論、彼女は働き通しだったし、二つ返事でOKしたんだ。それでね。帰って来た途端『団長の番ですね』ってヨーデル様と二人揃ってニッコリと」
珍しく、フレンが言い包められたらしい。
ははっと苦笑いを浮かべていた。どうやらあの猫目のねーちゃんが先に休みを取ったのは、フレンの逃げ道を塞ぐ為だったみたいだ。
「それで、いきなり休みを貰ってもする事がなくて、しかも、二週間もだよ?毎日下町に行くのも何か違うし…って考えてたら、そこでジュディスに会ってね」
「あぁ、そう言えばジュディの今の仕事は、帝都へ届け物だったな」
「そう。そしたら、だったら私達のアジトに来る?ってお誘いを頂いてね」
それで来たって訳さ、と言う。
成程。だから、騎士服も着ず普段着で、しかも当然の様にドアを開けたら直ぐにいる訳…って。
「いやいや。騙されねぇぞ。それで、お前は何でここで待ち伏せしてんだよ」
「待ち伏せなんてしてないよ。僕はユーリを出迎えに来ただけ」
「それを待ち伏せって言うんだろ。オレに何か連絡あるんじゃねーのか?」
「実は、そうなんだ。カロルとさっき話したんだけどね。どうせなら君たちも少し休みにして、温泉に行かないか?ってね」
「は?」
行き成り何を言っているのか、こいつは。
けど、カロルと話したって事はカロルも了承済みなんだろう。
はぁ、と肩で息を吐き、カロルは?と聞くと、フレンはにっこりと笑った。
「今、皆に収集をかけに行ったよ。どうせなら皆で行きたいってね。ジュディスもエステリーゼ様とリタを連れて来ると言って出て行った」
「そうかよ。まー、いっか。たまには」
そう言って笑うとフレンの表情が更にぱっと明るさを増す。
って言うかオレ等何時まで玄関で話してるんだ?
フレンの肩をポンポンと叩き、先に中へと歩む…はずだったのだが。
「ユーリ」
「うおっ!?」
逆に引き寄せられ、フレンの腕の中に逆戻り。フレンの体温を背中越しに感じ、何だか気恥かしくて軽く藻掻く。
「これから一週間は一緒だ。凄く嬉しいよ、ユーリ」
「…恥ずかしい奴」
首だけで振り返り、互いに引き寄せられるようにキスをする。
もう何度もキスをしているが、やっぱりこいつとのキスは凄く気持ちが良かった。
「…んっ…」
声が鼻から抜ける。
まるで自分が出してる声とは思えない。
と言うか…出してると思いたくない。
けれど、フレンとのキスはそんなオレの小さなプライドをあっさりと粉砕する程に気持ちのいいものだった。
フレンとのキスに酔いしれていると、そこで強制的なストップが入った。
「…ガウッ!!」
ビクッ!!
二人きりだと思っていて油断した。
ラピードがいい加減にしろ、このバカップルとでも言いたそうな目でオレ達を見ていた。
全く持ってその通りだから何の反論も出来ない。
「わんっ!わんわんっ!!」
「あー、分かった分かった。自重な」
「ごめんね。ラピード」
「ガウッ!!」
ラピードが止めてくれた?直後にカロル達が戻って来て、『凛々の明星』のメンバーは温泉『湧蔓壽(ユウマンジュ)』へと向かった。
―――湧蔓壽(ユウマンジュ)
「ユーリっ!!早く早くっ!!」
「へいへい。カロルー。前見てないと転ぶぞー」
折角だから連泊しようとフレンの申し出により、オレ達は湧蔓壽(ユウマンジュ)の宿の部屋を借りた。
場所は勝手知ったるなんとやらで、案内を申し出た女将さんを丁寧にフレンが断り、各々部屋に入った。
勿論男女で部屋は別だが、更にキチンと休める様にとフレンがプラス二部屋追加しエステルとリタ、ジュディとパティ。カロルとレイヴン。オレとフレンの四部屋に分かれた。
しかし、オレが気になってるのは…金だ。
結構あっさり四部屋って言ってとったが、フレンの奴、そんな金あるのか…?
思って聞いてみたら、何の事はない。あっさりと。
『タダ券貰ってたんだ。毎日。でもこんな所しょっちゅう何て来れないだろ?って言うより来る暇なんてないから、溜まる一方で。いっそ使ってしまった方が楽でいい』
との事だった。
どうやら歴代の騎士団長は皆貰っていたみたいで、毎日一枚贈られてくるんだそうだ。
そして、フレンもその例外ではなかったようだが、今までの団長と違い真面目すぎて休む事をしなかった為、一箱溜まってしまったらしい。
だったら部下にでもやったらどうだ?
と言ってみたが、それはもうやったそうだ。
それでも、捌き切れなかったと肩を落として笑っていた。
部屋にそれぞれ荷物を置くと、女達は土産物屋巡りに行ってしまい、ならオレ達は風呂に入るかと今風呂へと向かっていた。
「それにしても、誰ともすれ違わないわね」
「あぁ、それは僕が貸し切りにして貰いましたから」
「貸し切りぃっ!?お前、それこそ金大丈夫なのかよっ!?」
「平気だよ。さっきも言った通りタダ券あるし、それにこの温泉宿、部屋が四つしかないらしいんだ。だったらもう他のお客さんは泊まれないだろ?だったら、って事らしいよ。それに君達だってお風呂貸し切りの券を使ってるんだし」
「なるほどねー。確かにそうかもねー。元手がかからないなら、いいんじゃなーい?おっさん、お酒呑もー♪」
「あ、僕も僕もっ!」
「よぉーし。じゃあ、おっさんが奢ってあげようっ!」
「うわぁ〜いっ!!レイヴン太っ腹〜っ!!」
…親子か。
つい突っ込みをいれたくなる微笑ましさに、フレンもそうだったのだろう。
二人顔を見合わせて苦笑いを落とした。
適当に飲み食い出来そうなものをカウンターで頼み、脱衣所に着くとカロルとおっさんはさっさと服を脱ぎ風呂へと行ってしまった。
オレ達も後を追おうと服を脱ごうとして気付いた。
オレ、髪結いあげる紐もってきたっけか?
ボトムのポケットを探るがそれらしきものは入っていない。
かと言ってなー。そのまま入るのは流石にルール違反だろうし…。
仕方ない。
とりに戻るか。もしくはどっかで買ってくるか。
「ユーリ?」
「フレン、悪ぃ。ちょっと忘れもんした。先入っててくれ」
「忘れ物?」
「髪の紐。あれねーと流石に邪魔だしな。んじゃ、ちょっと行ってくる」
「あぁ。分かった。行ってらっしゃい」
フレン達を残し急いで部屋に戻ると髪の紐は見つからず、仕方ないとカウンターで買うと脱衣所に戻る。
結構時間が経っていた筈なのに、フレンはまだそこにいた。
「あれ?お前、風呂入って無かったのかよ?」
「うん。折角だから皆で入ろうと思って」
「ふぅん。ま、いいけどよ」
そこで、ようやく服を脱ぎタオルを腰に巻き、風呂の戸をあけると、そこには絶好調に泳ぎまくるカロルとハイテンションに酒を飲み続けるおっさんの姿があった。
「絶好調だな」
「だね」
取りあえず、体を軽く流すか。
桶を掴みばさっと頭からお湯を被る。ついでにシャンプーを頭に付けてガシガシ洗う。
「にしても、青年って白いわよねー」
「あ?」
「だってさー、筋肉も付いてない訳じゃないのに、細っこいし、フレンちゃんと比べるとほら」
髪を洗っていた為、がら空きになっていた腰におっさんが抱きつく。
「悪かったな。細くて白いもやしっこで」
「そんなこと言ってないでしょー、ごふぉっ!?」
「…セクハラですよ。レイヴンさん」
オレが肘鉄を落とす前に、横からフレンの拳が一発レイヴンの脳天に決まった。
「あーあ。レイヴンってば、テンションあがって寝ちゃったの?」
何処をどうしたらそう見えるのか?
しかし、カロルなりの処世術らしく、カロルはレイヴンを担いで先に上がるねと行ってしまった。
…カロル、何時の間に大の大人を担げるだけの力がついたんだ…?
「いつか、僕達も力で負けそうだね…」
「…おう」
どうやらフレンも同じ事を考えていたらしい。
オレ達は顔を見合わせて笑った。
兎に角洗っていた髪に付いた泡を流し、紐で髪を結いあげるとざっと体を洗い湯船に浸かる。
やっぱり温泉なだけあって、岩がごつごつしているがそれはそれで味なんだろう。
頭の上に絞ったタオルを乗せて、空を見上げると、何時の間にやらぽっかりと月が浮かんでいた。
しばらくぼんやりとその月を眺める。
ダングレストを出たのが、昼前だったから星が見える時間になって当然か。
「綺麗だな…」
「…何がだい?…あぁ、月か」
気付けば隣に空に浮かぶ月と同じ光を持った男が座っていた。
「…しばらく前は、こんな風に月を眺める事が出来るなんて思わなかった」
「……だな。ほんっと、良くやったと思うぜ。皆」
「勿論、君もね」
星喰み。
それを失くす戦いでどんだけの人を失くしたのか。
オレ達は決して忘れてはいけないんだろう…。
「ユーリ…」
「ん〜…?」
「僕は君とこうしていれて、幸せだ」
フレンが余りにも幸せそうに微笑むから、オレは柄にもなく「オレも」と答え、自分からキスをした。
その時のオレの表情は自分では分からなかったけれど、フレンが幸せになれるだけの笑顔であるといいと、そう思いながら、そっと瞳を閉じた。

