僕だけの君の形
【前編】
春休み。
中学は課題も特になく、僕は机に向かって本を読み、たまにぼんやりと窓から空を眺めていた。
二階からだと空も近い気がする。
凄い澄んだ青空。
こんな日は本屋にでも買い物に行こうかな…。
そう思った、その時。
「フレンっ!!フレ〜ンっ!!」
階下から母親の大声が聞こえて、なんだろうと思いながらも、まぁ、あのテンションの声を聞く限りそんなに慌てる事じゃないだろうとゆっくり階段を降りて居間に入るとそこには誰もいない。
「?」
そう言えば、さっき玄関のチャイム鳴ってたっけ?
足を玄関の方に向けると、そこでは母親が黒髪の女性と会話をしていた。
凄い美人だけど…誰だろう?
「母さん」
声をかけると、母親が振り返った。
「あ、やっと来た。こっちが家の息子のフレンです。今年中学二年生」
「はじめまして」
挨拶をして礼をすると、黒髪の女性はにっこりと笑い、こちらこそと礼をした。
「お隣に越してきました、ローウェルと申します。よろしくね。あとこっちが」
こっち?
じっと女性の行動を見ていると、女性の脇からひょこっと同じ黒髪の…。
女の子…?
か、…可愛い…。
視線が女性からその女の子に釘付けになる。
黒いサラサラの髪。
アメジスト色の瞳。
白い肌…。
どうしよう、凄く可愛いっ!
「ユーリって言うの。今年で小学二年生よ。仲良くしてくれると嬉しいわ」
「はいっ!是非っ!!」
僕は急いでユーリの側に走り寄り、ニッコリと笑った。
「僕はフレン。よろしく、ユーリっ!」
「……よろ、しく」
母親の背後に隠れながらも、挨拶をするユーリが可愛くて、僕はユーリの手をとって歩き出していた。
「母さん、ちょっと出かけて来るっ!」
「はいはい。気をつけてね」
「行こうっ!ユーリっ。僕と遊ぼうっ」
「う、うんっ」
僕達は近くの公園へ走って行った。
それが、僕達の出会いで、学校が始まった今では、ユーリはフレン、フレンと懐いてくれて、学校まで迎えに行くと満面の笑顔で迎える程になった。
中学生の僕の方が授業が終わるのは遅いのだけれど、意外と悪戯っ子なユーリは学校が終わってもまだ校庭で遊んでいて、調度良く一緒に帰れる。
今日も授業が終わり、生徒会の仕事も昼休みの内にすませ、ユーリを迎えに行こうと立ちあがる。
そのまま椅子をしまい、教室の外へと移動する。
廊下を歩いていると、たまたま同じ方向に向かおうとする同級生が後ろで大声で話をしながらついて来た。
一人で歩いているからその内容は嫌でも耳に入ってくる。
「だろぉ?だから、そんな碌でもない奴に奪われる位なら自分が奪った方がいいって思ったんだよ」
「お前、ばっかじゃねぇの?女にして見たら望んでねぇんだから、どっちもかわんねぇよ」
「そうかぁ?好き合ってんだから別にいいだろ」
「そうは言うけどよぉ、処女だろ?」
「まぁな」
「じゃあやっぱり…」
……。
どうやら後ろを歩いていた彼は、自分の彼女を無理矢理抱いたらしい。
僕が玄関へ曲がり、彼らは直進だったようで彼らの声は遠ざかったものの…。
頭の中をぐるぐると回っている、彼らの言葉。
確かに、他の人間にユーリの唇だったり、処女だったり奪われたりしたら…。
そう考えるだけで最悪だ。
出来るならユーリの初めては全て欲しい。
…どうしたらいいかな?
靴を履き替えて外に出る。
そもそも、ユーリは僕の事どう思ってるんだろう?
僕はユーリの事が大好きだし、それこそ結婚してもいい位で…。
でも、ユーリは女の子だし、これから好きな人とか出来て……いらっ。
ユーリに好きな男とか、いらないな。
うん。いらない。
取りあえず聞いてみよう。
ユーリが僕の事をどう思ってるか。
それで、もし好きじゃないって言ったら、好きになって貰えるようにしよう。
うん。決めたっ。
僕は少し足を速め、小学校まで急ぐ。
小学校の門を抜けると、今日はブランコで一人遊んでいるユーリがいた。
「ユーリっ!」
呼ぶと、ばっとこっちを振り返り、ぱぁっと笑顔を浮かべ、ブランコを飛び降り僕の方へと走り寄って来た。
「フレンっ、お帰りっ」
「うん。ただいま」
「あのな、フレンっ、今日なっ」
「何か良い事でもあったのかい?」
手を繋いで、二人で帰路につく。
どのタイミングで聞けばいいかな…?
ユーリの話に相槌を打ちながらも、そのタイミングを計る。
「でな、アシェットがな。フレンのことかっこいいってゆーんだ。フレンが、かっこいいのはじじつだからなっ」
「ははっ、ありがとう。ユーリも可愛いよ」
…はっ!?
もしかしてタイミングは今なんじゃないだろうかっ!?
繋いでいる手に少し力が入る。
「ねぇ、ユーリ」
「うん?」
「ユーリは、僕のこと好き?」
「おうっ。大好きだぜっ」
う、嬉しいっ。
でも、ちょっと待って?
ユーリ位の年齢の子は、その…下心とかそういうの無しで純粋に好きって言うよね?
だとしたらユーリの言葉は涙が出そうな位嬉しいけれど、僕のこの気持ちとは違う訳で…。
僕は、…その、ユーリを抱きたいって意味で好きで。
もう少し深く聞いてもいいだろうか?
「どのくらい好き?」
「うぅ〜ん…。この位っ」
ユーリが両手一杯広げて、繋いでいる僕との手を上げてまで全身で現わす。
それでも、僕の好きとはちょっと次元が違う様な…。
『碌でも無い奴に奪われる位なら、好き合っている俺の方が…』
ふと、学校で聞いた言葉を思い出す。
…そうだな。
幸い、ユーリは僕の事を好きだって言ってくれてるし。
僕は繋いでいた手を離し、ユーリを片腕で抱き上げた。
「うわっ、たっけぇっ。いいなぁ、フレン。毎日、こんなけしき見れて」
「ユーリも直ぐに見れる様になるよ。それより、ユーリ」
「ん?」
「僕もユーリの事、大好きだよ。だから、その証」
ユーリの顔に顔を近づけて、その小さな唇にちゅっとキスをした。
「…フレン?」
不思議そうに目を丸くするユーリに僕は微笑み帰宅した。
隣の家にユーリを送り、自宅へと帰ると、何かやたらとバタバタしている。
「母さん?」
「あ、フレン。お帰りなさいっ」
どうやらキッチンでバタバタしていたようだ。
「どうかしたの?」
「今日町内の集まりがあるの忘れてたのよーっ!」
「へぇ、そうなんだ」
「そうなの。町内の大人全員参加だから、お父さんと二人で行ってくるわね」
…ん?ちょっと待て?
町内の集まり?
「ちょっと待ってくれ、母さん。って事は、隣も、ユーリも一人なんじゃ…?」
「え?あ、そう言えばそうね」
「…ユーリ迎えに行くから、母さん。二人分のご飯作っておいてくれないか?」
「そうね。そうしましょ。二人分作っとくわね」
僕は急いで家を出て、隣の家へと戻る。
ピンポーンピンポーン。…1、2、ピンポーン。
ユーリとの約束。
知らない人間とかを家に上げたり、会話したりしない為に、僕はチャイムを独特の押し方をしている。
ユーリに直ぐ僕だと分かる様に。
すると、気付いたユーリがドアを開けた。
「フレン?どうした?遊びに来たのかっ?」
わくわくと楽しそうにするユーリの後ろをユーリの母親がついて来た。
「フレン君?どうしたの?」
「今日、町内の集まりがあるので、その間ユーリと一緒に家で留守番していようと思いまして、誘いに来たのですが」
「えっ!?町内の集まりっ!?」
ばたばたばたとユーリの母親が中へと走り戻って行ったかと思うと、「きゃーっ!!」と言う叫び声と同時に手に一枚の紙を持って帰って来た。
「ほ、本当だわっ!教えてくれてありがとう。フレン君っ!ユーリをお願いしてもいいかしらっ?」
「はい。そのつもりで来ましたので」
大きく頷き笑うと、ユーリの母親は家の奥へと戻って行った。
「ユーリ、今日は僕の家で遊ぼう?お泊りで」
「お泊まりっ!?行くっ!!」
ユーリと手を繋ぎ、もう一度だけユーリの母親に挨拶をすると、僕とユーリは僕の家へと戻った。

