※ユーリの黒髪と刀の経緯を考えて萌えて燃えて書いた話。
君の証
どうして、良い人は死んでいくんだ…?
オレは星が瞬く空を見上げた。
帝都までの道程。
ラピードと一緒に、ただ歩き続ける中、その言葉が浮かんでは消えた。
フレンの親父さんも、隊長も……。
考え始めると眠る事すら出来ない。
実際、ここ数日眠っていなかった。
「帝都までまだ距離はあるってのに…情けねぇ」
「…わふぅ?」
「…ラピードもそう思うか?」
下から声がして、自分の足に乗っかっているラピードに問いかける。
ラピードはただ首を捻るだけだった。
「お前はどう思う?」
「…?」
「お前の父ちゃんも良い奴だったよな」
「わんっ」
「カッコよくて、人の事を第一に考える位優しくて…」
それを、オレが…。
「オレは人の生死に、どうしてこんなにも…」
関り易いのか…。
出しかけた声を飲み込んだ。
言ってしまったら、それが本当に、続いてしまいそうだったから。
オレは頭を振り余計な考えを捨てようと、再び空を見上げた、その時。
―――ガサッ。
草の音がした。
風なんかない日にそんな音がする訳が無い。
「……ラピード。動くなよ…」
そっとラピードを抱き上げ、気配を消しながら音がした方とは逆の物陰に隠れる。
―――ガサガサッ。
音が増えた。
どうやら、一人じゃないらしい。
と、なると…?
…オレの嫌な予感は的中した。
オレがさっきまでいた所に5、6人のいかにもな男達が集まってきた。
「逃げたな…?おい、野郎共っ。まだ近くにいる筈だっ。探せっ」
やばいな…。
武器も大した物持ってねぇし…。
とにかくタイミングを見計らって逃げるしかない。
親玉らしき人物の命に従って、男達が探し始めた。
っとに、オレは何にも持ってねぇっつーのに。
ぎゅっと手に力がこもる。
「きゃんっ」
しまったっ!?
ラピード抱いてたの忘れてた…。
今のラピードの声に気付かない訳もなく、男達はアッサリとオレに気付いてしまった。
「そんな所に隠れてたのかぁ?ユーリ・ローウェル」
親玉が歩いてくる。
もう、隠れても無駄だな。
オレは腹を括り、ラピードを草むらに隠し、物影から出た。
「オレに一体何の様だよ。おっさん」
「簡単な話だ。その、武器魔導器を渡してもらおうか」
「……何で」
「そいつはナイレン・フェドロックの武器魔導器だろう?隊長クラスの魔導器は高く売れるんでなぁ」
「成る程な。っとに…」
「さっさと、そいつを俺様に渡しちまいな」
「……断る。あんた等みたいな下らない連中にこの魔導器を持つ資格なんざねぇよ」
オレにだって持つ資格なんて本当はねぇんだ。
けど、隊長が『オレ』に託してくれた。
だったら、せめて…。
力ずくで奪おうと親玉が部下をオレに嗾ける。
この程度の相手なら武器が無くても…。
斬りかかって来る相手を先手必勝で殴り倒し、後ろを抑えようとする奴を蹴り飛ばす。
殴って殴り返されて、それでも膝は付かない。
だが、多勢に無勢。ある程度の反抗は出来ても、敵う筈も無かった。
顔を殴られ後ろから蹴り飛ばされる。
地面に顔がぶつかる。口の中は土の味がした。
起き上がろうとする前に背中を踏みつけられ、力の限り髪を引かれ顔を持ち上げられた。
「遊びはここまでだ。その腕、貰うぜ?」
親玉の顔が目の前でニヤリと笑う。
腹が立った。
自分の甘さに。力の無さに…。
いつもこうして後になって気付かされる。
親玉の剣が抜かれた、その時。
目の前を何かが走り抜けていった。
「がうっ!!」
「な、なんだこの犬っ!?」
「ラ…ピード?」
剣を抜いた親玉の手に小さな犬が…ラピードが噛り付いている。
「駄目だっ。ラピードっ!!」
―――ザシュッ…。
ほぼ同時だった…。
オレの声と、ラピードが斬り付けられる音が…。
「きゃうんっ」
まるで時間が遅くなったみたいに、ゆっくりとラピードが血を流しながら地面に落ちていく。
「ラピードっ!!」
無意識に―――動いていた。
背中に乗っている男を振り払い、バランスを崩した所を蹴り飛ばし、ラピードの所へ走る。
「ラピードっ、ラピードっ!!」
いつものホワホワの毛が出血により赤く染まっている。
血で汚れようが関係ない。必死にラピードを抱き上げる。
まだ、暖かい…。
急いで止血をっ!!
服を切り裂き、ラピードの頭に巻きつける。
オレはラピードに夢中で奴等を忘れていた。
ラピードをこんな目に合わせた原因を…。
奴等に背を向けていた所為で、再び髪を引かれ引き摺られる。
けれど、オレはラピードから決して手を放さなかった。
せめて…せめて、ラピードだけはっ!!
決意した、その時。
『そこで何をしているのっ!!』
懐かしい声が聞こえた。
数日前に別れた筈なのに酷く懐かしい…。
「ヒ、スカ…。シャスティル…」
『ユーリっ!?』
二人の声がフェドロック隊を呼び寄せた。
皆、オレの姿から全てを理解し、直ぐに武器を構えた。
そうだ、あの二人なら、ラピードの傷を…。
しかし、オレの髪を掴む手に力がこもる。
「騎士団か…。でも、こっちには人質がいる」
…このままだと、ラピードは…。
親玉の剣がオレの喉下に突きつけられる。
だが、オレは今自分の命より…。
それに…何より、隊の中にアイツがいない。
アイツなら…。
絶対的な信頼を持って、オレは自分の怪我など気にも止めず、親玉の突きつけている剣の刃を掴み、己の髪を断ち切った。
そして、全速力で赤毛の双子の下へと走る。
「逃がすかっ!?」
「ユーリをやらせたりしないっ!!」
横からの蹴りが親玉を吹き飛ばした。
「賊を取り押さえるっ!!」
オレが逃げ出した事により、フレンを筆頭に一斉に隊が動き出した。
「ユーリ、大丈夫っ!?」
「ヒスカ、シャスティルっ。頼む、ラピードをっ!!」
「えっ!?」
二人の前にラピードを見せると、一瞬泣きそうな顔をしながらも直ぐに大きく頷いた。
回復術式が発動され、ラピードの怪我が少しずつ治って行く。
腕の中のラピードが小さく…本当に小さくだが動き始めた。
「…これで、応急手当は終わったわ」
「命に別状はないけれど…でも」
「うん…。もしかしたら、もう片目は見えないかも…」
「………そう、か……。ごめん、な、ラピード。…オレはい、つも……」
「ユーリっ!?」
お前から奪ってばかりだ…。
最後まで言えたのか、分からなかった。
※※※
目を覚まして見えたのは、見慣れない天井だった。
「……そうだっ、ラピードはっ!?」
慌てて痛む体を無理矢理起こす。すると…。
「いるよ。君の横に」
声の主を確認する前に、言われた様に横を向くと、そこには包帯を巻きながらもスヤスヤとラピードが眠っている。
生きている事にホッと胸を撫で下ろし、改めて声のした方を向くとフレンが何時もの態度でそこに立っていた。
「…フレン」
「君らしくないね。ユーリ」
「………」
「いつもの君なら、あの程度の奴等から逃げる位どうって事無かっただろう?」
「……くっ…」
フレンの顔を素直に見ることが出来なかった。
顔を逸らし、ラピードを見る。
しかし、フレンは言葉をとめなかった。
そして、オレは何かがプッツリと切れた。
「どうして」
「……るせぇよ…」
「ユーリ?」
「うるせぇっ!!どうせオレはお前みたいに強くないっ!!ラピード1匹助ける事が出来ねぇよっ!!」
悔しかった。
どうして、オレはいつも……。
「ユーリ…」
「いつもいつもいつもっ…オレは人の生死に関ってばかりだっ。オレが大切にしたい物ほど失っていくっ!!」
視界が歪む。
涙が溢れて止まらなかった。
「ユーリ、こっちを向いて」
「……嫌だ」
「いいからこっちを向くんだっ」
フレンがベットに乗り上げ、顔を逸らすオレの頬を両手で包み半ば強制的に顔を向き合わせた。
泣き顔を見られるのが恥ずかしくて手を放そうとするが、その手は微動だにしなかった。
「……ごめん」
「何で、お前が謝るんだよ。お前には関係ない」
「関係なくない」
「…フレ、んっ!?」
唇に何かが触れた。
目の前にはフレンの顔しか見えなくて…。
キスされていると、直ぐには分からなかった。
一瞬触れて、離れたかと思うと角度を変えて今度は深く。
何度も何度もキスをされた。
「んっ、ふれ……んぅっ…」
「……ユーリ……」
解放されたかと思うとまた、キスが降って来る。
『息が苦しい』そう思った時ようやくフレンのキスから解放された。
「なん、で…?」
「ユーリがいなくなって数日、寂しくて堪らなかった。ユーリの姿を見た時、傷だらけで…。傷をつけた奴を殺そうと思った。ユーリが自分で髪を斬った時、ラピードを血塗れになりながらも先輩達に見せた時、泣きたくなった」
「フレン…」
「ユーリの中に、こんなにも僕の感情が隠れているんだって驚いたよ。そして、気付いたんだ。僕は君が好きなんだって事に」
「なっ!?嘘だろっ!?」
「こんな嘘言わない」
「なら尚更駄目だっ!!言っただろっ!!オレの側にいれば、お前もっ!!」
「そんなの関係ない」
「フレン…。頼むから…オレから離れてくれ。ラピードと一緒に」
「嫌だ。……ずっと一緒にいる」
「……フレン……」
頬を涙が伝う。
そんなオレをフレンは力強く抱き締めた。
※※※
オレは病院の中庭で空を眺めていた。
青くて澄んだ大空だ。
「気持ちいいな〜…な、ラピード」
「わんっ」
天気もいいし良い風も吹く。
うとうとと眠りそうになる。
だが、その眠気も次の瞬間一気に吹き飛んだ。
「ユーリっ!!」
「げ、フレン…」
目の前に覗き込むように現れたフレンの顔につい本音が出てしまった。
「また君は病院を抜け出してっ!!」
「別に病人じゃないんだ。いいだろ」
「そうゆう問題じゃないっ!!」
「あー、うるせぇな。いいじゃねぇか。こんなに天気がいいんだ。少し位昼寝したって」
「全く君は…。でも、確かにいい天気だね」
「だろ?」
フレンがそっとオレの隣へ座った。
すると、オレの傍らにある物に気が付いた。
「ユーリ、それは…?」
「んー?騎士団辞めた時に入った金で買った。もう誰も失わない為に」
「綺麗な…剣だね」
「刀…だよ」
刀を鞘から抜き出すと、きらりと太陽の光を浴びて輝いている。
「まだ、何も斬っていない。綺麗な刀だ」
「うん」
「オレは、オレが信じた道の為にこの刀を振るう」
「うん…ユーリらしいよ」
「サンキュ、な。フレン」
オレのここからの礼にフレンはニッコリと微笑んでくれた。
……のだが…。
「さ、ユーリ。病室に戻ろうか。ラピードもだよ」
「…へいへい」
「くぅん…」
やっぱりフレンはフレンのままらしい。
フレンに促され、立ち上がると病室へと向かう。
その後ろをフレンが見張るようについてくる。
ふと、何を思ったのかフレンがオレの髪に触れた。
「ん?どうした?」
「ユーリの髪…」
「あぁ。あの時切っちまったから、長さバラバラだろ?」
「……やっぱり、もっと殴り飛ばしておけば良かった…」
「お、おい?フレン?」
「僕のユーリの髪…。凄い綺麗な髪だったのに…。大好きだったのに…」
……。
久しぶりにフレンのマジ切れを見た気がする…。
こいつニッコリ笑いながら怒るんだよな…。
怒りが顔に出ている時はまだ可愛いもんだ。
「ユーリ、僕ちょっと行って来る」
「は?おい、どこに行く気だ?」
「うん?悪人を懲らしめに」
「ま、待て待て待て。っとにお前は」
「だって…」
剣を握り締め歩き出すフレンを引きとめる。
だが、全くとどまる気配が無い。
「…分かった。なら、これからオレはお前の為だけに髪を伸ばす」
「ユーリ…?」
「髪も目も足も手も心も、全部お前のモノだ」
「…ユーリ、それってっ…」
「っ…二度は言わねぇっ」
歩き出すオレの手を引っ張りフレンはオレを抱き締めた。
「ユーリ…大好きっ」
フレンからの言葉。
言い返すのも何か木っ恥ずかしさが勝ってしまう。
だから…。
フレンの首に手を回し、そっと唇を重ねた。
この気持ちが伝わるように、と…。