失くせないモノ





【10】



眩しい…。
うっすらと瞳を開くと、カーテンから光が差し込んで、オレの顔を照らしていた。
ぼんやりとカーテンの隙間から差し込む外の光を眺めて、その窓からの景色が見慣れない物である事に気付く。
視線を彷徨わせ、ここがフレンの部屋だと言う事を思い出し、一気に昨日の状況を思い出した。

『動けなくさせて貰う』

フレンにそう言われて、ずっと…。
かぁっと顔に一気に熱が集中して、その理由を辿って血の気が引いた。
そうだ。火事っ!!
勢い良く起き上がり、腰を中心に体全体に痛みが駆け抜ける。

「〜〜〜っ!!」

どうやらフレンはしっかりと有言実行してくれたようだ。
痛みで腰が立たない。
かと言って、この状況で寝込む事はオレのプライドが許さなかった。
気合いで、足に力を込めてベットの下にそっと足をついてゆっくりと立ち上がる。
一歩歩くたびに痛みが響くけれど、敢えてそこから思考を無理矢理引き剥がす。
自室に行くだけの体力も勿体ないから、フレンのクローゼットから適当にスラックスとドレスシャツを取り出して何とか着込む。
オレだったら絶対に買わない組み合わせに、似あわねーと思いつつもオレはフレンの部屋を出た。
少し歩いて休んで、と休みながらリビングに向かうとそこに人の気配はなかった。
しかし、これはチャンスだろう。
きっとフレンはオレがベットで寝込んでいるだろうと思ってる筈。
オレは力を振り絞り、フレンの家を飛び出した。


※※※


…愕然とした。
目の前の光景に…。
重たい体を引き摺って来て、視界に入った光景は…オレの家が全て焼け落ちて灰となった姿だった。
事件の関連性もあるのか、警察官が来ていたであろうテープが張られている。
アイツ等は…アイツ等はどうなったんだ…?
がくんっと膝が落ちた。
必死にここまで来たのに…オレはこの施設に恩返しする為に働いていた。
学校卒業したら、きっと先生を助けるんだと、…でも、その目標も何もかもが、燃えて消えてしまった…。
ぎりっと拳を握りしめ、ガンッと地面に拳を叩きつける。
次から次へと感情が溢れて来て、何も出来なかった自分が悔しくて更に拳を叩きつけた。
もう、壊れてもいい。
この気持ちがどうにかなるのなら…。
ふと、叩きつけていた手を背後から止められた。

「……これ以上は…駄目だ。手を痛めてしまうよ」

カッと一瞬にして頭が沸騰した。
オレは力の限り、その声の主を―――フレンを殴り飛ばしていた。
フレンが後ろへと転ぶ。
でも、オレの怒りはそんな物で収まりつかなかった。
馬乗りになって、更に胸座を掴んで睨みつける。

「何でだっ!何であの時オレを止めたっ!?何でアイツ等の所に行かせてくれなかったっ!?」
「…君があの場でここに来ていたら、君は火の中へ飛び込んで行っただろう?そんな事をしたら、君が怪我をしていた。そんな事は」
「んな事…怪我なんてしても構わなかったっ!!アイツ等を守れるならそれで良かったんだっ!!」
「……ユーリ…」

フレンの瞳がふわりと柔らかく笑んだ。
一瞬の変化。
けれど、オレはその一瞬に目を奪われていた。
そんな自分自身に…。

「…悔しいっ」
「ユーリ?」
「あんな目にあわされて、アイツ等を失って…それでも、お前を嫌いになれない、なんて…。何なんだよ…、もう…」

涙で視界が歪む。
泣き顔を見られたくなくて…何よりも悔しくて。
オレはフレンの肩に額を押しつけた。
ふわっと風を感じたかと思うと、頭に何かが触れた。

「…ありがとう。ユーリ…。僕を嫌いにならないでくれて」
「何で、礼なんか…」
「これから、説明するよ。僕は、君の信頼に応えたいから」

ゆっくりと暖かい手がオレの頭を撫でている。
それが昨日散々オレに触れてきた、オレを止めていた手だと知っていても、オレは抗う事が出来なかった。
でも何時までもこうしていても始まらない。
フレンの話を聞こう。
今度こそ、落ち着いて。
フレンも信頼に応えたいと、真正面から向かって言ってくれている。
この瞳を信じてみよう。
オレはフレンの上からどこうと動いた、その時。

「…そんな所で何をいちゃいちゃしてるのじゃ?」
「あら、駄目よ。先生ったら。折角これからなのに」
「むむ〜っ!!フレン、抜け駆けはずるいのじゃっ!!」
「えっ?えっ?何なの?皆、何の話をしてるの?って言うか、何で僕目隠しされてるのっ?」
「……バカっぽい」

聞きなれた、今もっとも聞きたかった声が頭上から聞こえて、オレは瞬間的に声のした方を向いていた。

「…パティ、ジュディ、カロル、リタっ、先生っ!?」
「何じゃ?」
「何じゃ?じゃねぇよっ!お前等、どうして…?」

ここにいるんだ?
無事なんだ?
そんなにケロッとしてるんだ?
言いたい事が沢山あるが、何一つ言葉として出て来ず、口をパクパクと動かす事しか出来なかった。
すると、にやりと笑って…。

「む?ここにいる理由か?それは、焼けてしまった妾の家を見に来たのじゃ。皆でな」

先生がオレの聞きたい答えをくれたのは良い物の、その切なそうな瞳に何も言う事が出来ず先生の言葉の続きを待った。

「とは言え、もう、引っ越しを済ませ何も無くなった家じゃ。無くなったのは切ないがどの道取り壊す予定だった訳じゃし」
「……は?」
「おぉ、そうだ。お主が残して行った洋服とかも全て新居に運んであるから安心せい」

しんきょ…?
ちょっと、待て。
何だ?ここにきて全く納得が出来ない事が増えてきたんだが…。
目が点になるオレをフレンが寄せて立ち上がった。

「ユーリ」

フレンに手を差し出されて、それに素直に手をかけて立ち上がろうとしたが、ストンッと腰が抜けてしまった。
地べたに尻もちつく形で座り、腰に衝撃が走り余りの痛みに声も出ない。
すっかり、忘れていたけど、昨日フレンに好き放題されて体中が痛いんだった。
うぅ…。
悔しさ込みでフレンを睨みつけると、また微妙に嬉しそうな顔で隣にしゃがむとそのままオレを抱き上げた。
…死にたい。
屈辱的すぎる。
しかも何で姫抱きなんだよっ!!

「何じゃ?どうした?」
「すみません。ちょっとユーリは体調を崩していて」
「そう言う事を何故お前は早く言わんのじゃ。昔からお主は…」
「お、オレが悪いんじゃねぇよ…」

じっとりとフレンを睨みつけると、フレンは慌てて視線を逸らした。
オレとフレンの様子に何か気付いたのか、ジュディスが新しい施設、新居へと行く事を進めたのでオレはフレンに抱きかかえられたまま、向かう事になった。


※※※


新居はそう遠くなく、と言うか寧ろ…ここはフレンの家のマンションだ。
しかも、フレンの部屋の階下、全てだった。
ちょっと、待てよ。
どう言う事だ?
分からないことばっかりでどうしていいかさっぱりだ。
兎に角新しく施設になった場所に行ってみると、内装は前の暮らしていた施設と大して変わっていない。
横長の場所が縦長になっただけ。
そんな感じで。
…金がどれだけかかったんだろうか…。
つい、そんな事が過ってしまう。
フレンはそっと施設の居間のソファにオレを降ろすと、その隣に座った。
向かいにはジュディスと先生が座っている。

「さて、何から説明しようか」

そう言って、フレンは少し考え込むとふと鞄から紙の束が挟まれたファイルをとりだした。
そのファイルのタイトルは『ショッピングモール開発案』と書かれていて、オレはそれとフレンを交互に見る。
何で今このファイルなのか。
フレンはパラパラと中を見て、オレの膝の上にあるページを開いて置いた。

「君が見た書類の内容はこれ、だね?」
「……あぁ。そうだ」
「これはね、ユーリ。この案の一部なんだよ」
「一部?」
「そう。そもそもこの計画が立ったのは、明星地区の地盤に関係する事なんだ。君たちは気付いていなかったようだけど、あの明星地区の地盤は非常に危険な状態にある。地下水が地盤を揺るがしていてね。何時地面がぬかるんでも可笑しくない状態で、そこをどうにかするにはある程度再工事をする必要が出てくる。しかも、良く調査をしてみると明星地区全域に広がっているみたいなんだ。明星地区はそれなりに大きい地区。その地区に建てられた建物を一回取り壊し更に新たな建物を建て直すとなると莫大な資金と時間が必要になるんだよ。だからこの土地全域を商業化し、ここに住んでいた住民達には望んだ場所への移転をお願いして、結局ここの施設が最後だったんだ」
「とは言え、もともとこの施設はフレンの親が建てて妾に管理を任された施設。最後に回されたのは、まぁ、当然と言えば当然と言えよう」
「ちょ、ちょっと待て。頭がついていかねぇ。地盤とかそう言うのはまぁ、理解出来た。移動しなきゃならない理由もまー、何となく。百歩譲ってフレンの親が施設を建てたって言う事も納得しよう。けど、じゃあ、何であの施設を焼く必要があったんだ?それに、先生達を狙ってた男共。あれは?」
「あれは、僕達明星地区の管理者に歯向う人間。まぁ、言うなれば悪徳業者って奴だね」
「左様。漁夫の利を狙う連中じゃ。妾達のあの家の権利書を奪い、それを盾にフレン達に交渉をするつもりだったのだろう」
「その証拠にフレンも私も先生も、何度もあの人達とやりあったわ。けれど我慢の限界だったのね。まさか、家を燃やすなんて…」
「妾達は、その数日前にフレンから念の為に、移動した方がいいと言われていたから。数日前に引っ越しを済ませておいたのじゃ」
「でも、フレン。お前、昨日オレに行くなって。今行ったらどうのって言ってなかったか?」
「あぁ、言ったよ。あの時君が火事現場に行けば、その連中に罪をなすりつけられる可能性が出てくるからね。あの悪徳業者をスムーズに捕まえる為には、君を行かせる事は出来なかった」
「じゃ、じゃあ。最初からあの場所を離れるつもりだったのか?だったら、なんで…権利書なんて…」
「妾はの、ユーリ。施設を卒業した子供等全てが納得した上で移転したかったのじゃ。何故ならあの家が彼らの実家なのだから。しかし、それが取り壊されてしまえば、思い出も無くなってしまった様な気持ちになるのではないかと思ってな。それゆえ、全ての子供等。ユーリ、お主を含めた全員が納得できた上で権利書をフレンに渡して欲しかった。何よりお主が一番フレンの傍にいて、フレンを知る事が出来るからの」

疑問に思った事がボロボロと解決して行く。
オレは一気に脱力した。

「だったら、最初からそう言ってくれよ…知ってたら」

こんな状況にはならなかった。
そう言外で言うと。
フレンと先生は顔を見合わせて、同時にオレを見て。

『知ってると思ったのだが』

事もあろうか声を合わせて言ってくれた。
あー…何か、頭が痛くなってきて、体も重くなってきた気がするぜ…。
ずるりとオレはフレンに雪崩れかかった。

「え?おい、ユーリっ?」
「何か…安心、したら、…体が、重く…?」

オレの言葉を聞いて逸早く立ち上がったのはジュディだった。
額をくっつけて、その赤い瞳を険しく細めた。

「凄い熱…。先生、解熱剤残っていたかしら?」
「く、くすりは、…やだ…」
「駄目よ。飲まなくては下がらないわ」

嫌な物は嫌なんだ。
そう言おうと力を入れようにも全然力が入らない。

「取りあえず、ユーリの部屋に運ぶよ。ここだと他の子達に移る可能性があるからね」

そう言ってフレンはオレを 抱き上げると、急ぎフレンの家へと足を向けた。
施設の玄関を抜けてエレベーターに乗り六階を押す。
チーンと到着音が鳴り、見慣れた玄関に辿り着きオレを落とさない様に慎重に靴を脱ぐと、そのままオレの部屋に行き、オレを布団へと寝かしつけた。

「…大丈夫かい?」
「だい、じょうぶじゃ、ない…」

体中重くて、頭はふらふら。
全然大丈夫じゃねぇけど、オレはまだ聞かなきゃならねぇ事が一つある。
何で、あんな事をしたのか…。
足を止めるだけなら、鳩尾でも何でも殴って止めればよかったんだ。
それをフレンはオレを無理矢理抱いた。
その理由をオレは知りたかった。
じっとフレンを見つめてると、フレンは困った顔をして、オレの頭を髪を梳く様にゆっくりと撫でて。
口を開きかけた、その時。
ピンポーンとチャイムが鳴った。
するとフレンは、一瞬だけホッとした様な顔を見せ、直ぐに立ち上がると部屋を出て行った。
数分の間。
何をするでもなく天井をジッと眺めていると、

「薬を持ってきたわ。ユーリ」

恐怖の言葉をジュディスが発した。
声のした方を見ると、ジュディスがしっかりと手に薬と水を持って立っている。
オレが静かに体を背けると、足音が近づき、

「ユーリ」

ジュディスがオレの名を呼んだ。
けど、でもな?
どうしても薬は飲みたくないんだっ!
それにこれは風邪って訳じゃないし…。

「ユーリ」

もう一度名を呼ばれる。
いい訳、何かいい理由はないか?
必死に思考を巡らす。
あ、そうだっ!!

「す、空きっ腹に薬は駄目だったろ?な?」
「…そうね。貴方、朝から何も食べてないの?」
「た、食べてねぇ」
「…そう。じゃあ、はい」
「?」

ジュディスが背後から何かを頭上に持っている。
気になって体の向きを変えると、そこにはオレが作り置きしておいたパンケーキが。
甘い、旨そうな香りにグーッと腹が鳴る。
オレはゆっくり起き上がって、そのパンケーキを受け取った。

「これを食べたら薬飲んで頂戴ね」
「…う…。わか、った…」

もぎゅもぎゅとオレ好みにたっぷりとクリームとシロップのかかったパンケーキを食べる。
すると、ジュディスの後ろからオレをじっと見てる視線に気付いた。
どうやら、ジュディスも気付いたのか、フレンの方へと視線を送ると、フレンは苦笑する。

「さて、と。ユーリが食べている間に、聞かせてくれるかしら?」
『?』

オレとフレン二人で首を捻る。
言っている事が理解出来ないからだ。
けれどジュディスは言葉を続けた。

「どうして、ユーリはこんなに疲れているのかしら?」
「!?!?」
「ジュ、ジュディ、それはっ」
「ユーリは静かにパンケーキを食べていて?私はフレンの口から聞きたいの。もし、それがただの性欲処理の為だけにしたのであれば、私はユーリを施設に連れ戻すわ。勿論、慰謝料をたっぷりと貰って、ね?」

じゅ、ジュディス、一体何処まで知ってるんだ…?
妹ながら恐怖を覚える洞察力だ。
フレンは誤魔化す事が出来ないと思ったのか、ジュディスの前に真っ直ぐ向き合い座った。
そして真向に見据えて、

「僕は、ユーリの事を愛している」
「へっ!?」
「…そう。でも、そう言った行為は互いの同意を持ってすべき事では無くて?」
「お、おい…?」

完全にオレの存在を無視して、フレンへの尋問は続く。

「それは、…ユーリの足を止める為とは言え、無理矢理事に挑んだのは悪いと思っている。けど…その…ユーリが君たちの事を考えて、火の中ですら行こうとするのを見ていたら、…妬ましく、なって…」
「妬ましい、って…」
「私達に嫉妬したって事なのね?」
「あぁ」
「でも、これはやり過ぎじゃないかしら」
「す、すまない…」
「おーい…。お前等人の話聞いてるかー…?」

言うと、漸く二人はオレに視線を戻して振り向いた。

「フレン。ちゃんとユーリに自分の気持ちをもう一度伝えて頂戴。もし…また、こんな目に合わせたら、施設の皆全員でお相手させて貰うわ」
「き、肝に命じておくよ」
「それじゃあね、ユーリ。ちゃんと薬飲みなさいね」

何が何だか分からないがジュディスは部屋を出て行ってしまった。
残されたフレンがゆっくりと近付いてくる。

「ユーリ。その…さっきも言ったが、僕は君を愛してる」
「…って言われても、な。お前がオレを好きになれそうな過程なんてあったか?いつ好きになったってんだ?」
「最初、君が気になったのは、お茶を出してくれた時、かな。凄く気持ちがホッとしたんだ。その後は…」

フレンの口から次々とオレが恥ずかしくなる様な言葉が零れ落ちる。
オレは恥ずかしくて、パンケーキを急いで腹に収め、皿をフレンに渡すと横になってフレンに背を向けた。

「ねぇ、ユーリ」
「………」
「ユーリは、さっき僕の事、嫌いになれないって言ってくれたよね」
「………」
「じゃあ、少し期待してもいいのかな…?」

何も答えずにいると、フレンがクスクスと小さく笑った声がした。
ふと影が出来て、フレンが近寄ってくるのが分かる。

「…君の心掴むため、これから猛アタックするから…覚悟してなよ」

チュッ。
耳にキスを落とされて、慌てて手をやると、その手を掴んで仰向けにされた。
フレンの青い穏やかな瞳がオレを見つめている。
最初はこんな目をするなんて思わなかった。
けど、これがホントのフレンなんだろう。
本当のフレンを知っているのが自分だけだと思うと、知らず笑みが浮かんでいた。
どうやらオレは嬉しいらしい。
フレンがオレを愛していると言ってくれた事が。
愛してるとか、好きとか嫌いとか。
そう言う感情は良く分からねぇけど。
でも…。

「…おう。ま、精々頑張ってみろよ」

フレンが微笑み、その顔が近付いてくる。
きっと、オレはもうフレンに掴まっているんだろう。
こんなにもフレンの頬笑みを愛おしいと思うんだから。
でも、当分は言ってやる気はない。
どうやったって、オレはこいつには勝てない。
惚れた弱みって言うだろ?
だったら、少しくらいの意地悪は許して貰うぜ?
な、フレン。

オレは瞳を閉じて、フレンのキスを受け入れた…。





















アトガキ的なモノ。


マメ様のリクエストでしたっ!!
まずは、土下座。
すみません。物凄く長くなっちゃいました(>_<)
まさか、こんなに長くなるとは思わず…。
でも書いてたアタシはとても楽しかったのですが。
ど、どうでしょう?
リクエストの内容にあったものになっていたでしょうか?
こんな文章でも気に入って頂けると嬉しいです。
ではでは、リクエスト有難うございましたっ(*^_^*)