吸血恋歌





【2】



スースーと小さな寝息が聞こえる。
大きなベットに僕達が連れてきたユーリは寝ていた。
正しくは、三人で寄ってたかって抱き潰し、意識を失った事を幸いに館へと運びいれた訳だが。
これが何度目かは分からない。
もう何度このセリフを言ったか分からない。

…が。

敢えてもう一度言わせて欲しい。
ユーリ…。

何て可愛いんだっ!!

僕達三人がベットで眠るユーリを食い入る様に見る。
もし目力と言うものがあればきっと、ユーリには穴が空いている事だろう。
しかも、無数に。

「……ん、…んにゃ?」
「あ、眼が覚めたかい?」
「喉、大丈夫?」
「お腹空いてない?」

ユーリに詰め寄るが、ユーリは眠い目をくしくしと擦り、再びぱっちりと目を覚まし、僕達を見て全開に尻尾を膨らませた。
フー、フーっ!!と完全に毛が逆立っている。

「あれ?」
「どうしたんだろう?」
「あれって間違いなく威嚇だよね?」

ついつい三人顔を合わせ、首を捻る。

「もしかして、僕達が人型をしてるから怖いのかな?」
「あぁ、成程。見慣れないものが怖いのかもしれないね」
「そもそもこの子、何処から来たんだろう?」

…三人で、漸くその答えに辿り着く。
正直自分に突っ込みを入れたい。
今頃かっ!!
…と。
だが、今はそんな事より、ユーリの警戒を解かないと。

「うぅ〜ん…。あ、そうだっ!」

上の兄さんが、一歩ユーリに近付く。

「ユーリ」
「―――っ!?、何でオレの名前知って?」
「僕達の名前は『フレン』だ。『フレン・シ―フォ』」
「フ、レン?」
「そう。フレン」

ニッコリと笑うと、ユーリは警戒を止め、首を捻る。

「……ここ、…どこ?」
「僕達の家だよ」
「フレン、の?」
「あぁ。そして今日からは君の家でもある」
「…オレの、家?」

益々首を傾げるユーリに僕達は力強く頷く。
するとユーリはゆっくりと僕達に近付いて来た。
そして、僕達をじっと見つめる。
う、うぅぅ…。触りたい…けど、我慢っ!!
じっと見つめたかと思うと、ふんふんと鼻を動かし、匂いを嗅いでる?

「…人の匂いがしねぇ」
「あぁ、そうか。それはしないだろうね」
「うん。僕達は所謂吸血鬼って奴だから」
「きゅうけつき?」

今度は反対に首を傾げる。
さっきも思ったんだけど、こうやって首を傾げる度に、ユーリの黒髪がサラサラと流れて、美味しそうな…いや、とても白くて色っぽい首筋が見えて、ついごくりと生唾を呑んでしまう。
そっと下の兄さんが、ユーリの頭を撫でた。
すると、それが思いのほか気持ちいいのか、ユーリは幸せそうに目を細める。
そうか。
もともとワーキャットなんだから…。
僕はふと思い立った考えのまま、体を変化させる。
金色の虎に。

「にゃっ!?」

ぺろっとユーリの頬を舐める。

「きゅうけつきって変身できるのか?」
「そうだよ」
「なんだ、じゃあ、オレといっしょだ」

ぽむっと音を立ててユーリは小さな黒猫へと変化する。
可愛いっ。
ただ虎に黒の子猫。
体格差がありすぎて、ペロンと一舐めするだけで、頭からしっぽまで舐めれてしまう。
でもこうやって体を舐めているとどうにも…こう…。
悶々として…ごほん。
それでも、ユーリが脅えずに僕達の側にいて貰う為には、少し我慢が必要か。
舐める度にきゃわきゃわと嬉しげに動くユーリが堪らなく可愛い。
すると下の兄さんがユーリをひょいっと抱きあげ、テクテクと歩いて寝室を出てしまった。
慌てて人型に戻り後を上の兄さんと追うと。
下の兄さんはリビングにいた。
ユーリもすっかり人型に戻っている。
ソファにちょこんと座るユーリの目の前に大きなお肉が置かれている。
因みに焼き加減はミディアムレア。
しかし、兄さん。
それは大き過ぎないだろうか?
下手するとユーリと同じ位あるんじゃ…?
た、食べれるのか…?
不安に思いながら上の兄さんと眺めていると、ユーリはフォークもナイフも使わずに、あぐっと。

「あ、平気なんだ」
「けど、マナーが」
「確かに行儀が悪い。そもそも兄さん、なんで肉?」

幸せそうに食べてはいるけれど…。
あぁ、こぼしてる。
上の兄さんが見かねて、ハンカチで口元を拭っている。

「ネコ科だし、肉で良いかなって思ったんだけど…」
「いや、それより大きさの問題だろう」
「いやいや。兄さん達。取りあえずユーリにマナーを教える所からだよ」
「みゅ?」

幸せそうに食べるユーリが首を傾げる。
つられて、僕達三人も首を傾げる。

「…お前等も食べたいのか?」

持っているお肉を千切って、僕達に向かってそれを差し出す。
あぁ、どうしよう。
本当は注意しなきゃいけない場面なのに…。
それに僕達は本来お肉は食べない。
食べれないの方が正しいか。
なのに、このユーリの好意を裏切る訳にも…。
多分それぞれ皆葛藤している。
だが、この間もきっとユーリにとっては不思議に違いない。
僕は咄嗟にユーリの手を掴んでいた。
差し出された手からお肉をとり、ありがとうと微笑む。
けど僕はそれを食べれないから、その手にチュッとキスをするとその肉を受け取り、ユーリの口の中に放り込んだ。

「もぐもぐ…みゅみゅ?」
「僕達はお肉を食べれないんだ」
「え?こんなに美味いのにっ?」
「あぁ、ごめんね?」
「もったいねぇ…。じゃあ、なにたべてるんだ?」
「う〜ん…。知りたい?」

純真無垢な瞳が僕を見つめ、こくりと頷く。

「そうか。じゃあ、ちょっとだけ」
「?」
「ちょっとだけ、我慢してね?」

そっとユーリの首に触れて、そこにかかる黒髪をよせると、白い肌のそこへ口を寄せて、今まで隠していた牙を出し齧りついた。

「ふぁっ!?」

吸血鬼の牙には小さな穴が空いていて、そこから血を吸う。
ユーリはまだ小さいし、それに兄さん達が次に控えてるから、少しだけ。
ユーリの血を啜る。

「…ぃ…ぃたぃ…」

ユーリのセリフに呆然としていた、兄さん達が慌てて、ユーリの頭を撫でたり足に触れたりして、気を逸らす。
一口分、ユーリの血を吸い口の中にその血の味が広がる。
甘い。ユーリの血は本当に美味しかった。
久しぶりの血の所為もある。
けど、それ以上に甘くて甘くて…ずっと飲んでいたいくらいに…。
ぐっと欲求を我慢して、ゆっくりと口をユーリから離し、歯型から少し流れる血を舐めて口の中の物を呑みこむ。

「…ずるいな、フレン」
「全くだね」
「……どうしよう、兄さん達。…凄く、凄く美味しい。ユーリの血」

言うとごくりと唾を呑む音がはっきりと聞こえる。

「…ごめん、ユーリ」
「僕達も、飲みたい」

二人が両サイドからぐっとユーリを抱き締めて、そのままガプリ。

「やだああぁっ!!いたいぃっ!!」

さっきは何が起こったのか分からなかったのか、固まってしまっていたけど、今は何が起こったのか理解できている分だけ、ユーリが泣いて暴れる。

「大丈夫…。大丈夫だから」

ユーリの手に、指に、頬に、額に、何度も何度もキスをする。
怖さに震える体を何度も何度も撫でて落ち着かせる。
…って言うか、長くないかっ!?

「兄さん達、飲み過ぎですっ!!」

言うと、漸く我に返った二人が慌てて、ユーリから離れる。

「お、美味しくて…」
「久しぶりだったし、つい…」

まぁ、確かにありえない程美味しいから…。
でも、ユーリが泣いて震えてるじゃないか。
ぐいっとユーリを抱きあげ、腕の中に包み込む。
ぎゅっときつく抱きしめると、ユーリが必死にすがりついてくる。
…じーっと視線だけで兄さん達を睨む。
すると、ごめんと視線だけで返され、ユーリを抱き締める僕ごとユーリを抱き締めた。