前編



「だから言ってるだろっ!君は騎士団に向いていないとっ!」
「うるせぇよっ!なんでお前にんな判断されなきゃならねぇんだよっ!!」

ぎゃんぎゃん二人の言い争いが、騎士団の詰所に響き渡る。
もうすでにいつもの事と、先輩団員たちは突っ込みを入れることを諦めている。
だが、フレンとユーリ。
この二人の喧嘩は止めないとエスカレートしていく。
それはもう殴り合いにまで発展して、それでも終わる事はないのだ。

「『仲良きことは美しきかな』って奴?」
「う〜ん、どっちかって言うと『喧嘩するほど仲が良い』の方じゃない?」

二人の騎士団での先輩である赤髪の双子が腕を組んで同じタイミングで溜息をついた。
いい加減止めないと。
でも正直面倒だった。
もういっそ、とことんまでやればいいんでは?
双子はそう考えると、傍観をしていることに決めた。

「気に入らないならほっとけってのっ!!」
「同室なんだからほおっておけるわけないだろっ!!」
「なんだよ、それっ!!だったら部屋を変えて貰うっ!!」

そう叫ぶとフレンが一瞬たじろいだ。

(同じ部屋がいいんだったら、無理しなくても…) (あんなにはっきりとユーリが好きだと公言してるのに自覚ないって、かなり罪作りよね、フレンって)

先輩二人に呆れられてる事も気づかず、フレンははっと我に帰り、額に手を当て大きくため息をついた。

「大体何で君が騎士団に入ってくるんだ…」
「そんなのお前がっ!!」
「……僕?」
「〜〜〜っ、なんでもねぇよっ!!」

ユーリは走って姿を消してしまった。
フレンがそれに怒り名を呼ぶが、ユーリは振り返る事はなかった。
この喧嘩。一体何が理由で始まったのか。
それは、双子にとっては案外どうでもいいことで。
けれど、このままにしとくと新人教育の任を任されている身としては色々と不味い。

「…はぁ。シャスティル。ユーリの事、お願い」
「分かった。じゃあ、ちょっと行ってくるから、ヒスカ、あとよろしく」

こういう時、双子は何も言わずに相手の考えが読めるから便利である。
シャスティルはユーリが走って行った方へ追い掛けて行った。

「で、フレン。ちょっとそこに正座」
「え?」
「え?じゃないわよ。いいから正座」
「は、はいっ!」

フレンは大慌てでヒスカの前で姿勢を正して正座する。
正直、この騎士団の恰好で正座は苦しい。
だが、そんな事は間違っても口に出せないくらいヒスカは怒っていた。

「それで、今度の理由はなに?」
「え?あ、それは、その…」
「フレン」
「う、うぅ…」
「さっさと言いなさい…じゃないと」
「じゃないと…?」
「あんたがユーリにべた惚れだって事、本人に言っちゃうわよ」

ビクゥッ!!
全身でフレンが飛び上がった。
どうして知っているのかっ?
こんなに、こんなに隠しているのにっ!
だらだらと背筋に冷汗が流れる。
しかし、ヒスカにしてみると、これでなんでバレてないと思えるのか不思議で堪らなかった。
何せ、フレンの視線の先には常にユーリの姿。
その視線が全てを物語っている。

「フレンって、案外お子様よね。好きな子に意地悪したいとか」
「そ、そんなっ!ぼ、僕はっ」
「フレーン?顔真っ赤よ」

恋愛事で女に勝とうなど、おこがましい。
ヒスカが腕を組みながらニヤニヤとフレンを見下ろしている。

「それで?ほら。さっさと言っちゃいなさいよ。もしかしたら相談に乗ってあげられるかもしれないじゃない?」

相談?からかわれるの間違いじゃ…。
何て事を考えていてもそれを口に出す勇気はフレンにはなかった。

「事の発端は…ユーリの、その、お風呂上がりの恰好で…」
「お風呂上り?何?バスタオル一枚で出て来たとか?」
「あ、いえ。それならそれで別に構わないんですけど」
「え…?」

今、それはそれで構わないと言ったんだろうか?
あのフレンが?
あっさりと言ってのけるフレンに今度はヒスカが赤くなった。

(好きな女の子がバスタオル一枚で現れたら、まぁ、それはそれで美味しいかもしれないけど、でも、我慢とか色々…。あ、でも、本当はもう我慢なんてしなくていい関係だったりとかっ?きゃーっ!え?なにっ?ラブラブなのに、喧嘩っ!?倦怠期って奴っ!?)

只今ヒスカの脳内大暴走中。
それは当然フレンには届かない訳で。
目の前できゃーきゃー暴走している先輩騎士の姿をただただ茫然として眺めていた。

「いっそ、上半身裸で出てきても良い位なんですが」
「きゃーっ!!フレン、大胆ねーっ!!」
「え?だいたん?…いや、でも。実際。好きな人の裸を見るのは確かにちょっと…いや、かなりキツイんですが。でもお風呂上りにあんなにきっかりかっちり着込んで。逆上せて倒れでもしたら…。凄く心配なんです。だからそう言ったのにユーリは言う事を聞いてくれなくて…。同じ男同士で一体何を恥ずかしがる必要が」
「きゃーっ!!フレン、大胆…ね…って、はい?」

暴走車に急ブレーキをかけた問題発言が一つ。

「フレン?」
「はい?」
「もう一度、今言ったセリフをリピートしてくれる?」
「え?えーっと。…同じ男同士で一体何を恥ずかしがる必要が…?」
「……」
「…先輩?」
「こんのド阿保ーっ!!」

拳骨がフレンの頭に直撃した。
まさか拳骨が降ってくるとは思わなくて、フレンはめり込んだんじゃないかと勘違いしたくなる位痛む殴られた頭を抑えた。
しかし、ヒスカはそれすら構わず怒っている。

「ちょっと、フレン。あんたそれ本気で言ってるのっ?」
「本気、とは?」
「ユーリが男だって本気で言ってるのかって事よっ」
「…本気ですが」
「……もう一発殴っても良い?」

結構本気で痛かったのか、フレンの顔が真っ青になり必死に顔をぶんぶんと振る。
それを見てヒスカの怒りが少し収まり、大きく溜息をつくと、フレンの前にしゃがみフレンと視線を合わせ睨み付けた。

「まさか、フレンが知らないとは思わなかったわ。皆、知ってるから幼馴染であるフレンが知らない訳ないと思ってたから」
「一体何の話ですか?」
「正直ユーリに心底同情するわ。鈍いにもほどがあるでしょ。でも、言われてみたら納得出来る所もあるのよね。知ってたらユーリと殴り合ったりしないもんね」
「先輩。一体何の話を…」

はぁ…。
ユーリを男だと信じて疑わないその眼差しに溜息しか出ない。

(今度ユーリに甘い物でも奢ってあげようかしら。あんなに一途に思ってるのに気付きもされないし、ましてや男に思われてるとか。憐れで仕方ない。いや、でもちょっと待って?もしかして、ユーリ自分から隠してた、とか?でも、今のこの状況を何とかするには言った方がいいと思うのよねー)

ヒスカの脳内はまたぐるぐるとフル回転していた。
けれど、意を決してヒスカは口を開いた。

「ねぇ、フレン?」
「はいっ」
「知らないようだから、教えておくけど。ユーリ、女よ?」
「…………は?」
「だーかーらー。ユーリは女だって言ってるの」
「じょ、冗談…」
「言ってないわよ。この場面で言う意味がないじゃない」

ぽかんと口を開けてフレンの動きは全て停止した。

(あ〜あ。これは暫く覚醒出来ないかなー。シャスティルの方は…大丈夫かしら?)

フレンが覚醒するまでの間、何をしていようか、ヒスカは三度溜息をついた。


※※※


フレンがヒスカに拳骨を喰らっている頃、ユーリは全力で走っていた。
昔からユーリはフレンと喧嘩するとこうして疲れるまで走り、色々と忘れるのだ。
お蔭ですっかり逃げ足が速くなってしまった。
まぁ、これは悪い事ではないから、いいのかもしれないが。
それを追っかけている身としては、たまったもんじゃない。
シャスティルも普通の女性よりは足は速いとは思っていたが。
ユーリの速さは半端ない。
見失わないようにするのが精一杯だ。
もう、追いかけるのも限界で、仕方なく。

「ユーリぃっ!!待ちなさぁーいっ!!」

力の限り叫んだ。
すると、ようやくシャスティルの存在に気付いたユーリが振り返り足を止めた。
ゼェゼェと肩で必死に呼吸をしながら何とか追いついたユーリの腕を掴み、へなへなと座り込んだ。

「お、おい?大丈夫か、シャスティル」
「だ、だいじょ、ぶじゃ、ない…あー…しんどい…」
「ったく、何してんだよ、お前」
「誰の、所為だと…」

ぎろりと睨み付けると、流石に少し罪悪感がうずいたのか、ユーリはシャスティルの手を引っ張って立たせると、呼吸が整うのを待った。

「そいやぁ、何でシャスティルが追いかけてきたんだ?」
「何でって?」
「いや、だって、俺の教育係はヒスカだろ?」
「あぁ、それは。ヒスカの方が今のフレンには効くかなって」
「へぇ…」
「そして、ユーリには、私の方が効くかなって」

ニッコリと微笑んでいるのに、後ろにドス黒いオーラが漂っている。
素直に、怖い。
だが、しっかりと手を掴まれて逃げるに逃げられない。

「え、えっとな。シャスティル。そのー…」
「…取りあえず、ゆっくり話をしましょうか。ね?ユーリ」
「お、おう…」

ズルズルと引き摺られるように、近くの食堂に連れ込まれた。

「はー…疲れたー…」
「体力ねぇなぁ」
「あんたが異常なのっ」
「そうかぁ?」

テーブルに突っ伏しながら言うシャスティルをからかいながらユーリは微笑む。

「……ユーリさ」
「ん?」
「フレンに告白しないの?」

ガタンッ。
あまりに突然な質問に危うく椅子から落ちそうになる。
別にフレンに自分が惚れている事を隠している訳ではないから、それに気付かれているのはいいとして。
シャスティルがユーリを追い掛けてたのは、喧嘩の理由を聞くためだと思っていたから。
ユーリは予想外の質問に驚いたのだ。
いつもの様に茶化して誤魔化してしまおう。
そう一瞬思いはしたものの、シャスティルの真剣な眼差しにユーリは本音でぶつかるしかなかった。

「…しない」
「どうして?」
「どうして?…か。まぁ色々理由はあるんだけど…でも、一番はあいつにオレを思い出して欲しいから、かな」
「思い出して?どういう事?だって、ユーリとフレンは幼馴染なんでしょ?ちゃんと覚えてると思うけど?」
「一緒に育った頃の記憶は、な」

要領を得ない説明に、シャスティルが若干焦れてくる。
ユーリの思い出して欲しい記憶ってのは何なのか。
それを思い出せば、フレンと喧嘩もしなくなるだろう。
だったらそれをユーリから何としても聞きださなくては。
もう一度気合を入れて、視線を逸らすユーリの顔を両手で抑え、じっと視線を合わせる。

「一緒に育った頃の記憶じゃないって事っ?ちゃんときっかりはっきり分かる様に説明しなさいっ!!」
「おいおい、プライバシーってもんはないのかよ」
「アンタ達においては、ないわっ!!」
「へ?」

断言したシャスティルの顔をマジマジと見て、ユーリは噴き出した。
堪えるように笑うユーリ。
けれど、何で笑われたか分からないシャスティルが、お返しのようにユーリをマジマジとみた。
でもこうまで笑われると段々と腹が立ってくる。

「ユーリっ!」

思わず呼ぶと、

「ははっ。分かった分かった。話す、話すよ」

だから、怒るなって。
そう、ユーリは言うと、ゆっくりと自分の顔を抑えるシャスティルの手をそっと自分の頬から外した。