お弁当攻防戦





前編



「……リ。…きて…。ユーリ」

最高に心地いい声がユーリの名を呼ぶ。
ぽかぽかと暖かい何かに包まれているこの状態から目覚めたくなくて、ユーリはフルフルと頭を振ると、頭の上からクスクスと笑う声が聞こえた。

「駄目だよ、ユーリ。もう、学校に行く時間だろう?起きて」
「…んん…」

まだ、この中にいたい。
ぎゅむっと目の前にあるモノに抱きつき、スリ付く。

「ほら、ユーリ。起きて。遅刻しちゃうよ」
「むぅ〜…」
「全く。早く起きないと、僕が朝ごはん作っちゃうよ?」
「それは困るっ!」

ガバリと布団を剥いで、起き上がる。
そんなユーリは必死の形相だった。

「…ユーリ。何か僕納得いかないんだけど」
「気にすんな。フレンのその言葉ほど良い目覚しはねぇぜ」

余りに勢い良く飛び起きたので崩れた前髪を掻き上げる。

「それとさ?ユーリ」
「んー?」
「その…服着てくれる?」

フレンが顔を真っ赤にして訴えた事により、ユーリは自分が裸だった事に気付く。
あわあわと服を探す物の近くになく、そう言えば昨日お風呂に入ってた時、そのままフレンにベットまで連れられた事を思い出す。

「僕はそのままでも構わないんだけど、ね」

そっと背後から抱きしめられて、肩にキスを落とされる。

「ちょ、待て待てっ!」

真っ赤で慌てるユーリを可愛いなと思いながらも微かな理性を総動員してそっと手を放す。
解放されたのがチャンスと思い、ベットから降りて下に落ちてた、フレンのシャツを着る。

「…何か逆に誘われてる気がするんだけど…」
「時間がないって言ったのはお前だろ。夜までおあずけだ」
「そうだね。ユーリ先にシャワー浴びておいでよ。僕は準備出来るとこはしておくから」
「おう。サンキュ」

ユーリが浴室へ向かったのを確認すると、フレンも起き上がりクローゼットのドアを開けた。

(えーっと、ユーリの制服は何処だったかな…。替えがあった筈だけどな…)

フレンの家に泊まり込むようになって、早数年。
この風景が何時もの光景となっていた。
普通なら、社会人の男の所へ年頃の女の子を住まわせるなど、常識的には考えられない事だが。
二人の両親は違った。
余りの幼い頃からの仲の良さにいずれきっとくっ付くであろうと考えて、いざ成長しその通りになったので、放任となっていた。
なんなら、いっそもう子供が出来てくれたらいいとすら考えている。
とは言え、そこの所はしっかりとフレンが管理しているのだが。
正式には管理せざるをおえない。
それはフレンの職業にも関係していた。

「おーい、フレーン。シャンプー切れてるんだけどーっ!」

浴室から叫ぶ声が聞こえて、フレンはクローゼットから取り出したユーリの制服と着替え一式を持って、脱衣所に急ぐ。
脱衣所に必要な物を入れると、ユーリにその事を伝え出て行く。
昨日はユーリの入浴中に乱入したけれど、流石に朝からそれは出来ずフレンはそそくさと逃げる様に、居間へと行き、掃除を始めた。
部屋が片付いた頃にユーリが出て来て入れ替わりにフレンが浴室へと向かう。
ユーリが朝食の準備を始め、テーブルに並んだユーリ特製の朝食が並んだのを見計らったかのような時にフレンが浴室から出てくる。
仲良く二人で朝食を食べ、今度は急ぎフレンが仕事へと向かう。
その後にユーリがフレンの分と自分の分のお弁当を作り、家に鍵をかけて登校するのだった。


※※※


「って事は何?あんた毎日フレン先生のご飯も作ってる訳?まめねー」
「違いますよ。リタ。ユーリはそれだけフレン先生を愛してるんですよ」
「そうね。愛情たっぷりの愛妻弁当ですものね」
「お前らなー…」

どうやら友達に揄うネタを与えてしまったらしいユーリは、思いっきり脱力して机に突っ伏した。

「でも、フレン先生羨ましいです…」
「確かに。ユーリの料理は美味しいから」
「ジュディ、そりゃ嫌みか?」
「あら?心外だわ。きちんと本心よ?」
「…嘘は苦手なんだったな。だったら素直に受け取っとくか。ありがとさん。けど、ジュディスの方が料理全般上手いだろ」
「そうでもないわよ。この前、ジュディス、鍋焦がしてたもの」
「ふふっ。…リタ?」
「あ、いや、その、ごめん、なさい…」
「リタ。お前、結構地雷踏むの好きだよな」
「そ、そんなこと、ない、わよ……多分」

どんどん声が小さくなるリタに三人が苦笑う。
そんな時調度予鈴が鳴り、皆が席に戻ると、教師が教室に入り授業が開始された。
何事も無く午前の授業が終わり、四時間目が体育だったユーリ達のクラスは、ゾロゾロとそろって更衣室へと向かっていた。

「あら、皆体育だったの?あつそーねー」
「おあ?おっさん?何してんだ?んなとこで」
「何してるって、ここおっさんの職場なんだけど」

グラウンドから校舎へ向かう道で、必ず通るのは国語教材準備室。
要するにレイヴンの職場、と言うか待機場所。

「とか何とか言って、実際はジュディの足が目当てだったんだろ?」

したり顔でユーリに言うと、レイヴンは満面の笑みで頷く。

「でも大丈夫よ。ユーリちゃんの足もエステル嬢ちゃんの足もきちんとしっかりと目に焼き付けてるからっ!」
「どこら辺が大丈夫なのよーっ!!」

リタの拳がレイヴンに飛ぶ。
これすらも何時もの光景だが、今日は…。

「そう言えば、ユーリ」
「ん?」
「さっきフレンちゃんが、ユーリを探してたわよ」
「へ?あぁー…?オレなんか悪い事したっけ?」

色々今朝の事を思い出して、悪い事はしてないと頷く。
あと、何かあるとすれば…?

「あっ」
「何よ」
「フレンに弁当渡すの忘れてた…」
「じゃあ、きっとそれね。早く行った方がいいんじゃない?早くしないと昼休憩終わっちゃうわよ?」
「だなっ。オレ先行くわ」

ユーリが走り出す。
その姿を後ろから見送りながら。

「やっぱり、ブルマって男のロマンよねー」
「……おじさま?」

バキッバキッ。
口答えする隙を与えずにレイヴンに二つの拳が飛んだのは言うまでもない。

急いで着替えて教室に戻ったユーリは、自分のロッカーを覗いて固まった。
持ってきた筈の弁当が無い。

「…なんで?」

誰に聞く訳でもないのに、口から出た言葉。
何せそこにある筈だったんだから。
鞄の中、机の中、もう一度ロッカーの中。
結論を言えば。

「無い」

何処に行ったのか?
もしかして、持って来ていなかったのか?
そう思い、自宅を出た所まで記憶を巻き戻す。
けど、記憶を辿っても、確かに手に持って来た筈だった。
誰かに持って行かれた?
弁当を?
…そんな訳ない。

「このロッカー鍵かかるしな…」

落とした?
あんなデカイ鞄落としたら気付いてる。
色々な可能性を考え出しては却下される。
そもそも、このロッカーには鍵がかかるから、そうそう盗まれる事もない。

「取りあえず、フレンに謝りに行くか。それと…オレも昼飯買いに行かねぇと」

ロッカーの鍵を閉めて、ユーリはフレンがいるだろう数学教材準備室へと向かった。
昼は必ずと言って良いほど、ここにいる。
何故なら、ユーリのお弁当を一人で楽しむため。
それと、もしかして何処かに置き忘れてたりして、フレンの所に届いてたりしないかな?と淡い希望を込めて。
ユーリがフレンのいる 教材室へ辿り着くと、そこにはフレンが一人ただ窓の外を眺めていた。

「フレンー?」
「あ、ユーリ」

振り返ったフレンの顔はキラキラと輝いていて。
その目は、ご飯?ご飯?と訴えている。
その表情を見ただけで、ユーリの淡い希望は打ち砕かれた。
どうやら、フレンの所に弁当は届いて無く、仕方なくユーリはフレンに事情を説明した。
大体の事情に納得したフレンは、少し記憶を遡る。

「家に忘れてきた可能性は無いと思うよ」
「だよなー」
「うん。ユーリがお弁当入れている鞄を持って登校した姿見てるから」
「だよなー。えー…マジ、何処行った訳?オレの鞄」
「…盗まれたのかな?」
「でもあの鞄に金目のもん入ってないぜ?」
「じゃあ、お弁当だけ?」
「あ、いや…」
「違うのかい?」
「……あー…」
「ユーリ?」

言い淀むユーリを覗きこむと、ユーリは珍しく視線を逸らした。
それが気に入らないフレンはぐいっと顔を両手で挟み向き合う。

「何が入ってたの?」
「……下着」
「え?」
「す、少し前に、買い足して置いたの忘れてて、鞄に突っ込んだままで…」

何とかフレンの視線から逃れようと暴れるユーリに可愛さを感じながらも、フレンの表情はと言うと。

「ユーリ。僕に任せてくれ」
「へ?」
「犯人を探しだして、潰してくるから」
「潰し、え?」

フレンはユーリを一瞬抱きしめ、光の速さで準備室を出て行った。