ユーリが好きですが何か問題でも?





前編


「ユーリ」

僕は眠る彼女の頬にそっと触れた。
……綺麗だな…。
何度も何度も眠る彼女の頬を撫で…。

「…おーい…」

本当に綺麗だな。

「おーい。何時まで人のほっぺ撫でてんだー?」
「…えっ!?あれっ!?ユーリ、いつ起きたんだっ!?」
「って驚きながらも、手は止めないんだな」
「あー…うん。ユーリの頬って触り心地が良くて」

ユーリは僕を見上げて呆れた表情をした。

「んで?オレのお兄様は一体何をしに妹の部屋に来たんだ?」
「何をしにって。あぁ、そうだった。ユーリ、朝だよ」
「にっこり笑って言うセリフか、それ」

むくりと起き上がり、ユーリは鬱陶しそうに髪を掻き上げ優しく微笑む。
そんなユーリを見ているのが嬉しくて、僕はそっとユーリの額にキスを落とした。



※※※



「おい、いい加減起きろって。フレンっ!」

バシッと頭を叩かれて、痛みで目を覚ます。

「…いい夢を見てた…」
「みたいだな。ニヤニヤ笑ってたぞ」
「うぅ…」
「ほら、いい加減起きろよ。オレ先に行ってるからな」

そう言ってユーリは部屋を出て階下へ降りて行ってしまった。
僕はベッドから起き上がり、会社へ行く為にスーツへと着替える。ジャケットは後ででいいとして。
ネクタイとジャケットを持ち、部屋を出る。キッチンから朝ご飯を作る音が聞こえて、リビングの椅子の背もたれににジャケットかけ、調理音を聞きながら僕は洗面所へと行く。
身支度を済ませ、ネクタイを付けてリビングへ戻ると、そこには食欲をそそる朝食がテーブルを飾っていた。

「美味しそう…」

早速食べたい。だけどその前に作ってくれたユーリにお礼をしないと。って、あれ?

「ユーリ?」

キッチンに立っていたユーリがいない。
覗いてみたけれどやっぱりいない。何処に行ったんだろう?
そう言えば朝食も僕の分しかない。
二階に戻ったんだろうか?けれど、そんな足音はしなかった。
もしかして…。
玄関に行き、靴を見るとユーリの靴は既になく。

「いってきます位言ってから出掛けてくれてもいいのに」

高校生になる前は僕と一緒にご飯食べて一緒に出掛けたのに。
今は、ああやって起こしに来てはくれても、ご飯も登校も一緒にしてくれないし。帰ってきても僕の分のご飯はあるけどユーリはもう部屋にいて出てきてくれない。
なんでこうなっちゃったんだろう。

「僕はこんなにユーリの事が好きなのに…」

夢の中でユーリにキスをしてしまう位にはユーリの事が好きだ。
例え、妹として育ってきたとしても。
僕はユーリの事が大好きだ。
一人の女性として愛してる。

「……もしかして、それが嫌なんだろうか…」

リビングに戻り、席についてユーリの作ってくれた朝食を食べる。
僕とユーリは兄妹として育ってきた。
けれど、血縁関係がある訳ではない。
ユーリはこの事を知らないけれど、僕が五歳の時、両親が赤ちゃんだったユーリを連れて帰ってきたんだ。

『フレン。この子はユーリ。今日からあなたの妹になるの』
『いもうと?』
『そうよ。ユーリのお母さんと私は親友で、でも事故にあってね』
『…ユーリはもうお母さんにもお父さんにも会えないんだね?』

僕の言葉に母さんが涙ぐんでいた。それで幼いながらに僕は全て理解した。
ユーリの両親は亡くなって、ユーリは二度と両親に会う事が出来ないのだと。
父さんと母さんがユーリを引き取って育てる事にしたのだと。
そして、僕は決めたんだ。ユーリをずっと、一生をかけて大事にしようって。
なのに…。

「兄の心、妹知らずって奴かな…。うぅ…寂しい」

ユーリはすくすくと綺麗に育っていった。
それはそれはもう身内の欲目抜きにしても美しく育った。
小学校の頃は誘拐されかけた回数は数え切れず、中学に上がりストーカーが多発して、高校生になった今防衛のために始めた剣道で美しい戦い方にファンが倍増。
…そんなユーリの姿を小さい時からずっと見て。
しかも、血の繋がりがない事を僕は知っていて…。

「好きにならない訳がない…」

でも、ユーリは僕の事を本当の兄だと思っているし、兄妹として育って来てこんな感情を持っているのは駄目なのかもしれないけれど。
そんな悩みは高校生の時に解決した。
いいじゃないか、別に。
血が繋がってない、一緒に育ってきた女の子を好きになっただけだ。
そう開き直ってしまえば、なんてことはない。

「…とは言え、これでユーリに嫌われたら…」

凹む。
間違いなく凹む。
……もしもの時の為に、旅に出れるよう何時でも有休をとれるようにして置こう。
今日、買い物して帰ろうかな。
必要なのは、鞄と、下着と…あぁ、切符を入れるパスケースとかかな。

「さぁ、仕事に行こうか」

御馳走様と手を合わせてから、何かあった訳でもないのに、想像だけでどん凹みして肩を落としながら僕は空になった食器を洗い、身支度を完了させ仕事へと向かった。

朝に凹むような事を想像した所為か、仕事中にも関わらずただただ溜息が出た。

「フレンちゃん?おーい、フレンちゃーん?」

今頃ユーリは学校で楽しく過ごしているんだろうか?

「おーい」

あんな綺麗なんだ。学校でもきっとアイドルみたいに人気者で、

「フレンちゃーん」

しかも、共学だからユーリを狙う男子生徒とか一杯ユーリの周りにいて…。

「もーしもーし」

…だから、ユーリは女子高に入るべきだったんだ。僕はあんなにそう進めたのにっ!

「フレンっ!!」
「わっ!?は、はいっ!!」

突然大きな声で呼ばれて僕は慌てて立ち上がり、声の主であるレイヴン部長の方に向き直った。

「全く、やーっと気付いたわねー」
「あ、あの?」
「さっきからずっと呼んでるのに、全然反応がないんだもの。何々?考え事?」
「す、すみません…」
「う〜ん…フレンちゃん。ちょっとおいで」

レイヴン部長が席を立ち、ドアの前で手招きしている。
これはもしかして本格的に怒られるだろうか。
実際、レイヴン部長の話を聞いていなかったのは確かだから怒られても仕方ないとは言えど。
普段怒られることになれていないので、少し身構えてしまう。
だが、部長を無視するわけにはいかない。
僕は大人しく、レイヴン部長の手招きする方へと向かい、共に廊下へと出るとレイヴン部長は何も言わず歩き始めた。
その後ろを疑問に思いながらもついて行く。
するとレイヴン部長が僕を連れてきた場所は、休憩スペースのあるロビーだった。
僕を椅子へ座る様に支持をすると、レイヴン部長は缶コーヒーを二つ持って戻ってきた。
その一本を僕へとくれる。

「あ、有難うございます」
「うんうん。おっさんの奢りだから有難く飲みなさい」

僕はもう一度お礼を言うと、缶を開けて一口含んだ。

「それで?」
「え?」

レイヴン部長は僕の前に座り、にこにこ笑っている。

「フレンちゃんはどんな恋に悩んでいるのかな?」
「えぇっ!?」

な、なんで恋に悩んでるって分かったんだろうっ!?
慌ててコーヒーを落としそうになる。

「…かま掛けただけなのに、本当分かりやすいって言うか…ったく」
「部長…?」
「うんうん。こういうのも若者の特権よね。それで?それで?」
「それで、とは?」
「どんな恋で悩んでるの?おっさんに言ってみなさいな」
「そ、それは…その…」
「ほらほら。おっさんが何かアドバイスできるかもしれないでしょ?」

どうしよう。
確かに誰にも相談出来ずにこうして仕事の効率を下げるよりだったら、相談した方が…。
それにレイヴン部長に恋の相談すると100%成功するって聞いたことがある。
僕は意を決して相談する事にした。

「その、僕の好きな娘なんですけど」
「うんうん」
「実は…妹で」
「うんうん…うん?」
「小さい頃から一緒で…気づいたら彼女を好きになっていたんです」
「ちょ、ちょいお待ちよ。フレンちゃん」
「はい?」
「一つ聞いてもいいかしら?」
「なんでしょう?」
「その妹ちゃん、フレンちゃんと血のつながりは…?」
「ありません。僕が小さい頃両親が連れてきたので」

言うとレイヴン部長は安心したと胸を撫で下ろした。

「そっかそっか。それで?その妹ちゃんはフレンちゃんの気持ち、知ってるの?」
「いいえ」
「ふむふむ。で?フレンちゃんは妹ちゃんとどういう関係になりたいの?」
「え?」
「兄妹のままでいたいのか。それとも恋人になりたいのか」
「勿論、恋人になりたいです」
「わお。断言しちゃうのね」
「はい。でも…妹が僕の事を兄としてしか思っていなくて、僕が告白した途端冷めた顔されちゃうかと思うと…」

あ、やっぱり想像しただけで凹んでいく。

「そっかそっか。分かった。じゃあ、おっさんがばっちり恋の秘奥義を授けちゃうわよーっ!!」

張り切りまくるレイヴン部長の姿に僕は嫌な予感しかしなかった。