硝子の壁
【1】
「これで間違いない?」
「はいっ!これですっ!有難うございましたっ!」
我らが凛々の明星の首領、カロル・カペルから依頼された失せ物の指輪が、依頼主兼その指輪の持ち主の手に返された。
依頼主は嬉しそうに笑い、何度も礼をすると去って行った。
残されたオレとカロル、そして誰もが見惚れるプロポーションのクリティア族のジュディスと三人が顔を見合わせ任務の成功を喜んだ。
「良かったね、見つかってっ」
「おー…。すっげー疲れたけどな」
「そうね。ラピードがいなかったら今でも私達森の中を彷徨っていたかもしれないし」
「わんっ」
ジュディスの言葉を肯定するようにタイミング良くラピードが足元で吠えた。
でも実際そうだ。
あのカルボクラム前の広い広い森の中で、女性物の指輪一つを見つけ出すなんて、ラピードの鼻がないと無理だった。
今回の功労者を褒めようとしゃがみこみ、ラピードの頭を撫でる。
すると、ラピードは嬉しそうに喉をならした。
相変わらず可愛いなっ。ラピードは。
本格的に構い倒そうと思った、その時。
「ユゥリィィィィィィィィッ!!」
自分の下にいるラピードとオレの影さえ覆い尽くす位の影が現れる。
何時も思うが、パティは一体何処から落ちて来るんだ…?
取り合えずラピードを寄せて、足に力を入れて、背中に来る衝撃に耐えた。
数秒も経たないうちに背中にドスンと何かが落ちて来る。
まぁ、何かって言うか、パティなんだけどな。
「会いたかったのじゃあっ!!」
背中におんぶ状態になっている所為か、パティのおさげがオレの顔の脇に落ちて来る。
「パティ、お前なー。いっつも言ってるだろ。行き成り飛びついてくんなって」
「ぬぅ〜…ユーリは冷たいのー。じゃが、そこもまたいいのじゃー」
「……駄目だ。聞いちゃいねぇ…」
よいしょっと。パティを背中に乗せたまま立ち上がる。
何時ものその様子にカロル達が笑って走り寄って来た。
パティを乗せたオレの周りを囲む様に立つ。
「パティ、久しぶりっ!」
「おぉ、カロル。なんじゃ、ちょっと縮んだのではないか?」
「なっ!?身長はこれでも5cm伸びたんだよっ!!パティはユーリの上にいるからそう見えるだけでっ!!」
必死に反論するカロル先生を若干微笑ましく見ながら、オレはパティを下に降ろす様に体を振った。
そんな事を気にも留めず、さっさと着地すると、どうやらこっちも少し身長が伸びたらしい。
カロルとパティの身長は並んでいた。
おぉ、常に一緒にいるから分からなかったが大分大きくなったんだな、カロル。
ちょっと首領の成長が嬉しくて、カロルの頭を掻きまわす様に撫でる。
「ちょっと、ユーリ、やめてよ〜…」
「気付かない内に成長してたんだなー、カロル。もしかしたら、オレよりでっかくなるんじゃねぇか?」
「え?え?ほんとっ!?」
さっきまで鬱陶しがってたオレの手を逆に掴む位に食いついてくるカロルがまた可愛くて笑う。
しかも、その横で張り合う様にパティが胸を張った。
「ウチも直ぐに大きくなるぞっ!!ウチの大人になった姿はジュディ姐並みにナイスバディなのじゃっ!!」
「あら?そうなの?」
「うむっ!!」
ジュディスの疑問に更に胸を張る。むしろ反り返っている。そのまま行くときっと後ろに倒れるな。
ま、それも面白いからいいか。
それにパティの言う事は強ち嘘でも無いだろう。
何故なら、もともとパティが大人だったものの、とある薬の副作用により幼くなってしまったと言う過去があるから。
自分のもとの姿を知っていれば、それも事実であると分かる。
とは言え、今の見た目は子供そのものだ。
「そう言えば、パティ」
デカくなると言う言葉が功を奏したのか、機嫌が上昇したカロルがパティに向き直った。
「なんじゃ?」
「どうして突然帰って来たの??」
「帰って来てはいかんのかの?」
「そういう訳じゃないけど、お宝探しに行ってしばらく帰って来ないのじゃーっ!!って叫んで航海に出て行ったからさ」
そう言えばそうだった。星喰みを撃破した後、皆が今後の事を話しあっている時、我先にとフィエルティア号と共に消えて行ったのだ。
まだそれから数カ月しか経っていない。あの時の言い方だと1年は帰って来なさそうだったのに。
その疑問をカロルがしてくれたから、オレ達はパティの言葉を待った。すると、パティはその纏う雰囲気を変え、オレ達の顔を見据えた。
「…それがのぉ…。ちょっとおかしな話を耳にしてな。その話を追っていたらココ、ダングレスト迄戻って来たのじゃ」
「おかしな話??」
「うむ。実はな…」
『きゃあああああああっ!!』
「―――!?」
女の叫び声。皆が一斉に反応し、そちらへと駈け出す。
建物の隙間をぬい、人と人の間を駆け抜けて声のした所へ辿り着くと、そこには男が一人数人の男に押さえつけられていた。
女の叫び声が大きかった所為か、結構な人垣が出来ており、それを掻き分けてその男に近付くと。
男はまだ暴れていた。こいつが女に何かしたんだろうか?
だが、周りを見回してみても叫んだ女らしき姿がない。それに。
「離せっ!!離してくれっ!!ハンナが連れて行かれたんだっ!!」
男はずっとそう叫んでいた。背中から男三人に押さえつけられて、地面に顔を押しつけられていても、ただそれだけを叫んでいた。
「おい、お前等。そいつ離してやれ」
「あん??誰だ、てめぇ…って、お前はっ!?」
オレがそいつを解放しようと近付き言うと、一瞬オレを睨みつけオレの…と言うかオレ達の姿を見た途端、バッと離れた。
「おい、あんた…。ハンナってあんたの彼女か?」
そう言って、手を差し伸べると、礼をいいながらオレの手を掴み立ち上がる。
「…婚約者だ。俺の大事な…」
婚約者。その婚約者が攫われたからコイツはそいつを追おうとして、でも女の叫び声が先に回りに届いてしまったから、コイツが女を襲ったと思われて押さえつけられたんだ。
理解してみると哀れだ。
「…大丈夫か」
「あぁ…。俺は大丈夫だ。けれどハンナは…」
「…ちょっと聞いて良いかの?」
オレが言う前にパティが会話に割って入った。
「お前の婚約者を奪って行ったのは…『影』か?」
『影』?パティが言った言葉の意味が分からず首を捻るが、男はそれを理解したらしい。大きく頷いた。
「パティ、どういう事かしら?」
後ろに控えていたジュディスがパティに問う。それにオレとカロルも同意し、視線だけでパティを促す。
「さっき言おうとしていた事なのじゃが…。今、各街で女性が攫われているのじゃ」
「女性が?」
「のじゃ。それも必ずと言って良い程、男性と一緒にいる女性じゃ。お前もそうだったろ?それにの。側にいるいない関係ないのじゃ。男が、恋人がいる。それだけで狙われる対象になる」
「…先程各街と言っていたけれど、じゃあ、パティは他の街でも同じ状況を見てきたのかしら?」
「…うむ。だが、他の街では女性が男性に会いに行く途中で消えてたりするからの。だから『女性失踪事件』と名がつけられてる位じゃ」
「『女性失踪事件』…か」
沈黙が落ちる。しかし、その沈黙を破ったのはカロルだった。
「…ここで話してても解決しないよっ。皆でユニオン本部に行こうっ。ハリーの所に情報が行ってないか、確認してみようっ」
「カロル…。…だな。行くか。ほら、アンタも」
オレが言うと男は頷いた。そして5人と一匹でユニオン本部へと向かった。
男の名前はカルアと言うらしい。婚約者で攫われた女性ハンナとは一週間後に式を上げる予定だったと。道すがらそんな話をしていた。
ユニオン本部に辿り着き、勝手知ったる何とやらで、ずかずかと中へ進み、ハリーがいるであろう謁見場所まで進んで行くと、そこには既にハリーがオレ達が来る事は分かっていたと言うかの様に立っていた。
「……あんたは、幸福の市場のカルアじゃないか。成程。今度あんた達の結婚式があったな。…それで今日一緒にいる所を狙われた、か」
「…色々情報が必要でな。ハリー。あんたが知ってる事教えてくれねぇか」
「多分…アンタ達がしている情報と大して変わりはないだろうが…」
そう言って提供してくれた情報は確かにハリーが口にした様にパティが持っている情報と大差は無かった。
「しかし、そうするとその攫った奴は何が目的で…?」
「そこだな。けど、攫われた人間の共通してる事ってーと、男がいるって事位だろ?…それだけじゃ気をつけるにも、…なぁ?」
「えぇ。でも女性達には警戒をさせておいた方がいいわね。目的はこれから探るとして、それと同時に攫われた人達を助けなければ」
「じゃの。…何処に攫われたか。…結局これも情報じゃの。じゃが、急がないとどんな状況になるか分からん」
再びの沈黙。それを破ったのは被害者のカルアだった。
「だったら、俺が情報を集めるっ!!」
全員の視線が彼に向く。
その視線に負けることなく男は言った。
「俺は幸福の市場の人間だ。他の誰より情報を得やすい筈だっ!だから手に入れた情報は必ず報告するっ。だから、頼むっ。君達『凛々の明星』の力を貸してくれっ!!ハンナを助けてくれっ!!」
幸福の市場の人間は戦闘能力はそんなに長けておらず、むしろ商売に関した能力を持っている。
人と関わる事が多いのならば、情報も手に入れやすいだろう。
カルアの必死の形相を見ていると、それに否とは言えなかった。
それは皆も一緒だったんだろう。
「…ユーリ…」
「首領はお前だ、カロル」
「…うん。『夜空にまたたく凛々の明星の名に賭けて』その依頼お受けします」
「この依頼はユニオンからの正式な依頼とする。済まないが、頼む。バックアップは出来る限りすると約束する」
「お願いしますっ!!」
ハリーとカルアにオレ達は大きく頷いたのだった。



