硝子の壁
【2】
オレ達、凛々の明星の一行は帝都に来ていた。
勿論情報収集をしながら、だ。ダングレストからここまで来る間に通過した街全てで女性がいなくなる事件が発生していた。
しかも、最初聞いていた通りに男と居る所を狙われている。
更にその攫われた女性に関する男性が言う話を聞く所皆『影』に呑まれて行ったと言っていた。
『影』ってのは一体何なんだ?
何も情報も無く考えていても仕方ない。のは分かっているが気になるモノは気になる。
「…ユーリ?」
「どうかしたのかしら?」
「のじゃ?」
「わんっ」
気付けば皆に顔を覗きこまれていた。
考え過ぎて城の前で足を止めてしまっていたらしい。
頭を軽く振り、考えを飛ばすと何でもないと笑い足を進めた。
「…待っていたよ、皆。…ユーリ」
何故か門でフレンが出迎えてくれた。
騎士団長になったコイツがしがない1ギルドを迎えにくるってのは立場上どうなんだ?
と思わないでも無かったが、ジュディス以外の皆が嬉しそうに駆けて行くのをみてオレはただ手を上げて笑ってフレンに返事をした。
するとフレンは来ると分かっていたと言いたげな顔で笑い頷き、そして、そのまま城の中へとオレ達を先導した。
真っ直ぐオレ達が案内されたのは、何故かこの帝都の副帝、エステリーゼ・シデス・ヒュラッセインの部屋だ。
オレを始め皆が疑問に思っていると、何故かラピードだけは分かっているようで尻尾を振る。
そんなオレ達を置いてフレンは戸にノックすると、中から「どうぞ」と本来ここの主である人間の声がした。
「え?まさか?」
カロルが呟く。その疑問の答えは直ぐに出た。
フレンがドアを開けその奥にいたのは。
「エステルっ!?」
「なのじゃっ!?」
慌てて、けれど嬉しそうにカロルとパティが中で微笑んでいるエステルに向かって駆けだした。
だが、子供組はそれでいいとしても、オレ達は合点がいかない。
って言うか、何でハルルにいる筈のエステルがここにいるんだ?
そんなオレ達の疑問はオレ達を部屋に入れ、後ろ手でドアを閉めたフレンが解決してくれた。
「…ヨーデル様の命でね。今騒がれている事件は女性が狙われている。そんな中、エステリーゼ様一人をハルルに置いとく訳にはいかないから」
「あぁ、成程な」
決してエステルを捕えている訳ではない。それを聞いてホッとした。
エステルはまた城に閉じ込められず、外に帰る事が出来る。
「…改めまして、皆さん、お久しぶりですね」
改めて向き直った桃色の髪のお姫様は嬉しげに微笑んだ。
それに皆が頷く。
そしてエステルに促されるまま、皆テーブルを囲むようにして椅子へと座った。…何故かラピードの椅子まで用意されたいた。
しばらく皆、近況を話しあった。数か月と言えど離れていた間エステルやパティにも色々あったようで、その話は面白おかしく進み、その場はほのぼのとした空気に包まれていた。
話の種も付き始めた頃。オレは口を開いた。
「…んで、そろそろ本題に移ろうぜ」
「…あぁ。そうだな」
そう言ってフレンが懐から四つ折りの紙を取り出し、それはテーブルに広げられた。
どうやらこの世界の地図らしい。しかもその地図には赤い丸が大陸を埋め尽くしていた。
「なんだ、これ?」
「…地図なのじゃ」
「んな事見りゃ分かる。そうじゃねぇよ。この赤丸は?」
「これは、帝都に寄せられた『女性失踪事件』にて被害者達が攫われた場所だ」
「―――っ!?」
皆一瞬にして言葉を失った。
その赤丸はどう見ても街以外にも付いている。
と言う事は、場所など関係なく、しかもこんなに攫われていると言う事だ。
「…マジか?」
「こんな事で嘘は言わない。…けれど、そう言いたくなる気持ちも分かる。僕も今日報告を聞いて驚いた位だ」
「…どういう事だ?」
問い掛けるとフレンはもう一枚紙をとりだした。
どうやらこれも地図らしいのだが、そちらに書かれている丸は一枚目に出された地図の十分の一も無い。
「これは?」
「…これは2日前に報告された被害の状況だ」
フレンの言葉にまた言葉を失った。
高々2日の間にこんなにも攫われたってのか?
どうやら皆も同じ気持ちだったらしく、真っ先に声を出したのはカロルだった。
「う、嘘でしょ?」
「のじゃ。これはいくらなんでも…」
「人が出来る事ではないわね」
「…あぁ。ありえねぇ」
皆がこの事態を受け入れる事が出来なかった。
その位一枚目の地図は大陸全てを埋め尽くす位赤い丸で染まっているのだから。
「でも、これは事実だ。大抵はその場にいた人が言うんだ」
「…それは皆『男』か?」
「あぁ。そして攫われた被害者は皆『女』だ。それも『人』の、更に言うなら『15歳以上〜30歳未満』の『恋人』のいる女性なんだ」
「15歳以上?」
初めて聞く情報だった。
そう言えばカルアの婚約者もまた、エステルと同じ位。だから大体17、8って所だろう。
ふと知り得る限り被害者を思い出してみると、年齢は低くも高くも無かった。
「こんなに攫われているのに、手掛かりが何もない。…君たちの方に情報はないか?」
「ちょっと、書く物を貸せ」
「あぁ」
受け取ったペンをカロルに渡すとカロルはきょとんとした。
「カロル、それでオレ達が聞いた被害のあった場所を書き込め。…オレの勘が正しければ、これは帝都側の人間の被害だ。なら、オレ達が知っているギルド側の情報を合わせれば…」
「…うん。分かった」
カロルは大きな愛用の鞄からメモを取り出し、もう一つ青いインクを取り出すと記録と地図を照し合せて丸をしていく。
赤かった地図に青が加わり、しかも同じだけの量に染まっていった。
今度はフレンとエステルが驚く番だった。
「こ、れは…?」
「ほぼ倍です。…これがユーリ達が得た情報です?」
「そうだ。全部がギルドの人間でその被害者だ」
「……本当だ。これが事実なら、ありえないと君達がそう言った理由も頷ける」
被害がない場所。
それはもう人が来そうにない場所しかない。
ダングレストを出る前に調査した結果を考えても、一つの街で軽く5、6人は攫われている。
この世界に全ての人口と考えれば少ないかもしんねぇが、これはちょっと多過ぎる。
「…これがほぼ同時に消えているとなると、早く抑えなければ大変な事になる」
「あぁ…。オレ達が知っている共通点と言えば」
「『男性』と一緒の『女性』が消えていると言う事。昼夜関係なく攫われると言う事。そして、その攫われる姿を目撃した者は皆『影』を見ていると言う事」
オレの変わりにジュディスが共通点を言うと、フレンが待ったをかけた。
「その『影』ってのは何だい?」
「え?知らないの?フレン。エステルも?」
「えぇ。『影』ってなんです?」
「良くは分からんのじゃが、女性を攫われたのを目撃した者達は皆口を揃えたように『影』が連れて行ったと言うのじゃ」
「『影』が…」
皆黙り込む。実際オレも何か口にしようとは思わなかった。
…けれど、ここで黙り込んでいても何も解決しない。情報を集めよう、そう口にしようと思ったその時。
「ちょっと、大変よっ!!」
その沈黙を破ったのはオレではなく、リタだった。
リタが何故ここにいるのか。それは誰も疑問に思わなかった。
エステルのいる所にはリタもいる。ただそれだけだ。
だから、オレ達はリタの事より、リタが口にした言葉に食いついた。
「どうした?」
「下町でまた一人、攫われたってっ!!」
「―――ッ!?」
オレとフレンは同時に立ちあがり駆けだしていた。
下町はオレ達の故郷だ。そこの人間が攫われたとあったら、止まってなんていられない。
急ぎ城を飛び出し、市民街を抜け下町まで走り抜ける。
いつも賑やかな噴水広場の周辺が別の意味で今日は賑やかだった。
そこに見知った顔がいて慌てて走り寄ると、あちらもこっちに気付いたんだろう。
難しい顔をして、こっちを見た。
「ハンクス爺さんっ」
「おぉ、ユーリか。フレンもっ。…とうとう下町も攫われてもうた」
がっくりと肩を落とす。
その後ろには膝をついて、泣く男の姿があった。
「…エイド」
昔よく一緒に遊んだ男だった。滅多に泣かない陽気な男が今膝をついて泣き喚いている。
オレは泣き崩れる、エイドの方へと歩み寄った。
地面に縋りつく様に、叫ぶエイドの肩を優しく叩く。
するとノタノタと顔を上げた。
「…ボロボロだな…」
「ユーリ……。グレースが…」
グレースと言えば下町一美人だって言われた男たちが皆一度は憧れる女性だ。
お前、そんなの良く捕まえたなっ!?って言葉を必死に飲み込み、もう一度その肩を叩いた。
「…助けようと、したんだ…。でも、影が蔦のようになって、グレースに巻き付いて、飲み込まれた…。必死になってその『影』を掴んだんだ…けど、グレースを、助ける事が、出来なかった…」
「……そうか」
「ユーリっ!頼む、グレースを探してくれよっ!!俺も協力するからっ!!」
「分かってるって。お前に頼まれなくても、ちゃんと探し出して助ける。だから、お前が見たその『影』に関する事を話せ。些細な事でも良い。オレに教えろ」
「あ、あぁっ!!話すっ!!何でも聞いてくれっ!!」
エイドがオレの手を掴んだ。それに大きく頷きオレは気になっていた事を訪ねた。
そしてエイドの話によると。
今日グレースと会う予定をしていた。要するにデートの予定だったらしい。
だが、何時まで経っても約束の場所に来ないのを不思議に思い、エイドはグレースの家へ向かった。
すると、丁度この噴水前を通りかかった時、グレースがこっちに向かう姿が見えた。
どうやら遅刻しただけらしいと胸を撫で下ろしていると、グレースの足元からグレースの影が蔦の様な何かをだし、グレースの後方でそれが膨らみ始め、慌てて走り寄った。
エイドがグレースの手を掴む寸前、蔦がグレースに巻き付き影の中へと引き込み始めた。
慌ててその影を掴んだが、やはり影は影だ。掴める筈がなくそれでも足掻いて足掻いて。
けれど、助ける事は敵わなかった。
「……『影』。やっぱりお前がみたのも『影』か。しかもそれはグレースの影が膨らんだんだな?」
「あぁ」
こっくりと頷き、救えなかった苛立ちからかエイドが胸の前できつく拳を握った。
するとエイドの拳の中がキラリと光る。
「…おい。お前手の中に何持ってんだ?」
「えっ?」
オレの指摘に驚きながらも直ぐに納得いったのか、オレの掌にそれをエイドは置いた。
それを見ると、キラキラと太陽の光を反射する水晶の欠片だった。
その水晶の欠片。オレは何度も見た事のある薄紫色の水晶で…。
「それ、あの影が落としてったんだ」
「……へぇ。こりゃ最高の手がかりだな。…サンキュ」
「それが手掛かりになるのか?」
「おう。…絶対グレースも助けてやっから、待ってろよ」
また何か分かったら互いに情報を交換しようと約束し、エイドに一度帰る様に言うと色々情報を得たオレはフレンの下へと行く。
すると、そこには既にエステル、ジュディス、カロル、パティ、ラピード、リタも追いついていた。
「…ユーリ。どうだった?」
「おう。まー色々聞いたが、一番の情報はこれだな」
そう言って皆の前にたった今エイドに貰った水晶を見せた。
水晶に逸早く反応したのはやっぱりと言うか当然と言うか、天才魔導少女のリタだった。
「これ…。エレアルーミン石英林の水晶じゃないっ?」
「…やっぱり、お前もそう思うか」
「えぇ。これ、どうしたの?」
「…影が持ってたんだそうだ」
皆の動きが止まった。
そう。犯人の影が持っていたのなら、きっとソコに何かしらがあるんだろう。
フレンを見ると、しばらくオレを見つめて頷いた。
オレもそれに頷き返す。
「…行こうぜ。ここでジタバタしてても仕方ねぇ。手掛かりがあるならそこへ行ってから考えようぜ」
オレの言葉に皆が頷いた。
オレはその時気付く事が無かった。
フレンの瞳が何かを訴えていた事に…。不安で揺れていた事に…。
オレはその瞳に気付けなかった事に後で後悔する事になる…。



