フラワーロード





後編



『お前の歌聞くの毎日楽しみにしてるんだからな』

ユーリの言葉が頭の中で踊っている。
正直こんなに嬉しいと思わなかった。
フレンは、誰から見ても上機嫌そのものだった。
どの位かと言われると。

「ふ、フレン様?どうか、されたんですか?」

とマネージャーのソディアが引く位上機嫌である。
おどおどと尋ねられて我に戻ったフレンが、自分の顔をぺチペチと叩くとキリッと何時もの表情に戻る。

「い、いや。何でも無いよ」

きりっ………にこ…。

「…フレン様?」
「はっ!?」
「何か喜ばしい事でもあったのですか?」
「…実はそうなんだ」

にっこり顔をもう抑えずに、寧ろ満面の笑みである。
こうも笑顔で応えられると概要を聞くしかなくなる。

「一体どんな嬉しい事が?」
「それが…僕の初恋の人を見つけたんだ」
「…は?」
「ずっと、ずーっと探してたんだ」
「そんなに…?」
「あぁ。僕はね。ソディア。初恋の人に自分を見つけて貰う為だけに、その為に歌を歌ったんだ。テレビに出たんだよ」
「その人に見つけて貰う為、ですか?」
「そう。やっと願ってた事が叶ったんだ。僕はもう何時歌を辞めてもいい位だ」
「そ、それは困りますっ!!フレン様はこれからなんですからっ!!」
「分かっているよ。それに、彼女は言ってくれたから。僕の歌が好きだって。昔と同じに言ってくれたから」

フレンが嬉しそうに微笑むと、調度タイミング良く、ノックがされこれからフレンが出演する番組のスタッフが顔を出した。
出番ですと一言伝えられ、フレンは頷くと楽屋を出て行く。
その後ろをついて行くソディアが険しい顔をしていたのをフレンは気付く事がなかった。


※※※


その日。
ユーリは何時ものようにカフェテリアの掃除をしていた。
何だかんだで学生が帰り、お客が引けた頃に本日の営業終了の札を出した後から翌日の準備と掃除をするから結構な時間になる。
今日も仲の良い学生と話して遅くなったから、掃除のピッチを上げていた。
とは言え。

「悪いな。掃除手伝って貰って」
「いいえ。楽しいですっ」
「エステル、早く終わらせて帰るわよ。じゃないとアンタの所の執事に怒られるわよ」
「大丈夫ですっ!ちゃんと電話して置きましたっ!」

箒を持って威張るエステルとそんなエステルに苦笑いを浮かべながら見守るリタ。

「けど、ホント。年頃の女の子が遅くに帰るとヤバいからな。遅い時間になる前には帰れよ?」
「はいっ。その為にも早く片付けましょうっ!」
「ははっ、そうだな」

テーブル席を拭き、椅子を上げて、床を箒で掃く。
カウンターに戻り、明日の為の下準備をする。
エステルとリタと三人でわいわい会話しながら、準備をしていると突然入口のドアが開いた。
もう終了の札が出ている筈。
それなのに何故人が入ってくるのか。
しかも、全然見慣れない女性が立っている。

「もう今日は店仕舞いだぜ?」
「そんな事は札を見て分かっている」
「あ、そ。んじゃ、ここに来た理由は?勝手に入ってくるって事は、不法侵入罪として訴えて欲しいって事か?」
「ち、違うっ!!私はここで働いていると言う、ユーリ・ローウェルって奴に用があるだけだっ!」
「オレぇ?オレに何の用だ?」

掃除の手を止めて、女性と真正面から向き合う。

「貴様がユーリ・ローウェルだったのか」
「初対面の人間に貴様呼ばわりされる謂れも、まして、呼び捨てにされる謂れもオレにはねぇんだけど…?」

すぅっとユーリの周りの気温が下がった。
思わず、エステルの側にリタが駆け寄り、女性が一歩後ろに退く位には…。

「それで?オレに何の用だ?」
「…フレン様の事だ」
「フレン?フレンがどうかしたのか?」
「貴様がフレン様を誑かしているのは分かっているんだっ!!」
「はぁ?」
「貴様の存在を知ってから、フレン様は休む事をしなくなった。終いには歌手活動を辞めてもいいなど…」
「……それで?、あんたは何か?オレにフレンの為に離れろとでも言う気か?」

ユーリが睨みつける。
ユーリの眼力は半端無い。
けど、女性も…ソディアも退く訳にはいかなかった。

「そうだっ。フレン様の側に貴様はいらないっ!フレン様のこれからの為にも貴様は不要なんだっ!」
「これから、ねぇ…」
「二度と、フレン様に近付くなっ!」
「何で、アンタにそんな事言われなきゃならねぇんだ。フレンがオレを不要と判断したらアイツから離れる筈だ。それをしないのならば、アイツなりの考えがあってのことだ。オレがどうこう言う立場じゃない。それにな」
「……?」
「アイツは学生で客だ。オレはここの店員で店長。会っちまうのはどうしようもねぇ。オレから離したいってなら、自分でどうにかしなっ」
「くっ…」
「仕事の邪魔だ。帰れ」

ユーリがソディアに背を向けた。
どうしようもないこの冷えた空気が途切れたのは、ソディアがその場を立ち去った時だった。

「あ、あの…ユーリ?」

とても話しかける事が出来なさそうな雰囲気の中、意を決してエステルがユーリに話しかけると、ユーリは「ん?」と何時もの調子で返事をしてきた。

「だ、大丈夫、なんです?」
「何がだ?」
「何がって、あんた。さっきあの女追い返してたじゃない。下手したら報復とかされるんじゃないの?結構、粘着質っぽそうだったわよ、あれ」
「だなぁ…。やっと、あーゆーのがいない場所を見つけたと思ったんだけどなー」
「あーゆーのがって…、もしかして、初めてじゃないんです?」

聞き返すエステルにユーリは苦笑いを浮かべ頷いた。

「フレンは覚えてねぇかもだけどな。昔アイツと良く話をしてたんだ。アイツはその時調度目を怪我しててな。その所為で遊び相手がいなくて」
「それで遊んであげたんです?」
「いや。話をしてただけだって。でも、流石にな。年上とばかり話してたら友達が出来ねぇだろ?だから、眼が見える様になったその時から会わないようにしたんだ」
「…フレン、悲しんだんじゃないです?」
「さぁ、どうかな。でも離れて正解だったんだ。フレンはほら。昔からあの通り可愛いと言うかカッコいいと言うか。まぁ芸能人になる為に生まれた様な奴だろ?だから、どういう経路かしらねぇけどオレが何か知ってるんじゃねぇかとオレの事調べてさっきみたいに喧嘩売ってくる奴がいるんだよ。フレンは優しい奴だからな。自分の所為でこうなってるって知ったら傷付くだろ?」
「…ユーリ…」
「結構、楽しかったんだけどな。ここも、離れなきゃならないだろうな。久しぶりに成長したフレンも見れたし。ま、オレ的には収穫もあったしな」
「ユーリ、ここ辞めちゃうんですっ!?」
「あぁ。まぁ、準備の期間もあるから直ぐにって訳にはいかねぇけどな」

フレンの為に一瞬で覚悟を決めたユーリを止める事をエステルとリタは出来なかった。


※※※


「フレンっ!!」

翌日。
リタは、学校へ来ていると言うフレンの下へ走った。
もともとリタとフレンは同じ学部で習っており、会う事自体は出来る。
しかし、フレンは芸能人の為、めったに学校に来ない。
来ても、すれ違ったりしてしまう。
けど、今日漸くリタはフレンに会う事が出来た。
それを捕まえずに何時捕まえると言うのか。
リタは物理的にフレンの腕をしっかり掴み、教室から連れだした。

「リタ?一体どうしたんだい?」
「どうした?じゃないわよっ!あんた、最近ユーリに会ってるの?」
「ユーリ?ユーリにはさっきも会って来たよ」
「何、幸せそうな顔してんのよっ!っとに、今幸せなのはあんたの頭だけよっ!」
「…結構酷い事言うね。リタ」
「だって事実だものっ!アンタの所為でエステルがずっと沈んでるのっ!何とかしなさいよっ!」

ポカンッ。
丸めた教科書でリタがフレンの頭を叩く。
大した痛みは無い物の、フレンはリタの言葉が気になり、もう一度叩こうとした手を止めた。

「エステリーゼさんが沈んでるってどう言う事だい?」
「言葉のまま、よっ」

んぎぎぎぎ…。
どうにかして、もう一撃フレンに入れようと戦うが、力の差は歴然である。
攻撃を諦めて、リタは手を降ろし、腕を組み自分を落ち着けた。

「…リタ」
「…フレン、あんた、ユーリがあの店を出るって事知ってるの?」
「えっ!?」
「その感じだと知らないみたいね」
「ちょっと待ってくれっ。それは、本当の話なのかっ?」
「嘘言ってどうするのよっ」
「た、確かめてこないとっ…」

フレンがリタを寄せて走りだそうとした所を、咄嗟に足掛け。
ビタンッ!
珍しくフレンが廊下へと突っ込んでぶっ倒れた。

「…り、リタ…。何で止めるんだい…?」
「アンタに言ってないって事は、言えない事情があるんでしょ。その位察しなさいよっ」
「言えない、事情…?」
「そうよっ。…アタシが知ってる事は教えてあげるから、どうにかしなさいよっ」

親友を泣かされたリタの気迫にフレンは頷くしかなかった。
教室に戻り、フレンはほぼ授業そっちのけで、リタの怒りを…もとい、ユーリの事情を聴く事となった。
そして、その事情を聴き、色々な事を理解すると同時に、自己嫌悪が襲ってくる。

(ぼ、僕の所為で…そんなにユーリに迷惑がかかってるなんて…)

フレンに怒りをぶつけスッキリしたリタは、すっかり授業に向かっている。
しかし、爆弾を落とされたままのフレンは、授業の内容など全く頭に入って来ない。
授業を受ける為に学校に来ているのに、だ。

(でも、ユーリは僕の事知っていた。覚えていた。と言う事は、僕の記憶に間違いは無かったんだっ。ユーリはあの人だったんだ。女性だったのはちょっと予想外だったけど。だって、話し声とか後ろ姿とか、男性にしか見えなかった。でも、良く考えると僕にとっては好都合だよな。女性なら結婚だってなんだって出来るじゃないか。今まで僕は男性が好きなのかとずっと悩んで来たけどそれももう問題なしっ!)

ガタンッ。
授業中だと言う事も忘れ、フレンは勢い良く立ち上がる。

「ど、どうしたの?フレンちゃん?」

レイヴンが驚きフレンに問い掛けるが全く耳に入っていない。
フレンはレイヴンを見事にシカトして、教室を出た。

(しかし、どうしよう。確かにリタの言う通り、ユーリは素直に僕の言う事を聞いてくれはしないだろう。でも、この気持ちは伝えたい。…そうだっ!)

走り出す。
フレンは、勢い良くユーリのいるカフェへと飛び込んだ。

「な、なんだっ!?」

そりゃ驚きもする。
ドアをもブチ抜く勢いで入って来られたら。
そんなユーリの驚きもそっちのけで、フレンはユーリに近寄り、じっと真正面から向き合った。

「フレン?」

ユーリにしたら全く意味が分からない。
だから、小首を傾げ問い掛けると、フレンは小さく微笑み。

「ユーリ。今日、何時に上がる?」
「仕事か?んー、今日は客も少ないし、20時には家にいるな」
「そうか」
「それがどうかしたのか?」
「うん。僕ね、今日21時半からTOVチャンネルで生の歌番組に出るんだ。見てくれないか?」
「へぇ。生番組か。面白そうだな。お前、歌うんだろ?」
「あぁ。歌うよ」
「分かった。お前の頑張り見てやるよ」
「…絶対、見てくれ。君に、伝えたい事があるんだ」
「?、分かった」

真剣なその瞳にユーリはしっかりと頷いた。
それを確認すると、フレンはカフェから出て行った。


※※※


ユーリは何とか帰宅して、食事を終えるとテレビの前で待機していた。
フレンが、あんな真剣な目をして、頼んで来たのだ。
それを断る理由は無い。
じっとCMが流れるのを見て、漸くフレンが出る番組がスタートする。

(ははっ。やっぱこう見ると芸能人だよな。何時も学校で見る姿と全然違ぇわ)

変に芸能人色が強く出ているフレンを見慣れなくて、思わず笑ってしまう。

(さて。見てくれと言われても、フレンがトークするまでこの感じだと結構時間があるな)

立ち上がり、ユーリはミルクを温めてチョコレートを混ぜて、今日売れ残ったケーキを持ってもう一度席に着く。
歌番組をマジマジと見た事などなく、ちょっと興味深い。
おやつを食べながら、じっと番組を見ていると、漸くフレンと司会者のトークが始まった。

『今日の番組のとりは、この人。今人気急上昇中の、FLYNNさんですっ』
『始めまして。今日は宜しくお願いします』

微笑んだフレンの顔が別人の様で、見ていたユーリは少し切なそうに笑う。

『それでは少しトークをしていきましょう。今日はFLYNNさんの秘密も探っていっちゃいますよ〜』
『あははっ。手加減してくださいね』
『それじゃ、椅子に座って頂いた所で、一つ目の…』

番組は滞りなく進む。

(ん〜?何か普通の歌番組だよな?)

フレンが伝えたかった事とは何だったのか?
ユーリは首を捻る。
でも、一応フレンに見たと伝える為には最後まで見ていないと。

『では、最後に核心を突く質問をしちゃいますよ〜。FLYNNさんっ!ズバリッ、今恋人はいますかっ!?』
『恋人、ですか?恋人はいませんが、幼い頃からずっと、ずっと恋をしてる人はいます』
『えぇっ!?』

(―――ッ!?!?)

声は出ないまでも、正直にその表情に驚きは表れていた。
そんなユーリをさて置き、テレビの中はどんどん盛り上がって行く。

『驚きの新事実ですっ!で、その人はどんな方なんですかっ?』
『一般の人なので、あまり詳しくは言えないのですが、とても綺麗で優しい人です。凄く綺麗な黒髪の持ち主で強い信念を持ってる、そんな…』
『なるほど。ベタ惚れですね』
『はい。ベタ惚れです。僕は彼女と再会する為に歌を歌って来た。そして、それが今ようやく叶った。これほど幸せな事はないです。…けれど』
『けれど?』
『その僕の大事な人に迷惑をかけている人間がいると聞きました。もし、これ以上僕の大事な人に迷惑をかけるのであれば、僕は誰であろうと容赦はしない。そして、歌も止める』
『なんとっ!?』
『僕の全ては彼女の為にある。そんな僕から零れる歌も。だから、昔も今もそしてこれからも僕は彼女の為だけに歌う』

(ちょ、ちょっと待て。落ち着け、オレ。これはきっと他の女の事だろう、きっと)

赤くなる顔をぺチペチと叩き、我に帰ろうとする。
ふと手元の携帯がメールの着信を知らせた。
気分を落ち着かせるために、急いで携帯を持って開いてみると、そこにはフレンと書いていた。
そっとメールを開くと、

『ずっと、君の為に歌い続けるよ。ユーリ。愛してる』

(うぅ……、やべぇ)

かぁっと体中の熱が全て顔に集中している様な気すらする。

「は、恥ずかしい奴だな…」

何故かテレビに映る、フレンを真正面に見る事が出来ず、俯く。
するとまた携帯が鳴った。
今度はなんだと再び受信したメールを開いたら、どうやらこれもフレンのようで。

『終わったら、君と話がしたい。会いに行っても…いいかい?』

最後の最後に、何時ものフレンを見た気がして、ユーリは嬉しくなった。

「どこまでも、恥ずかしい奴だな。…でも」

手早く手元の携帯で返信を返す。
そして、ユーリは画面上のフレンへと視線を戻した。

『待っててやるよ。お前がそう望むなら、な』

ユーリはフレンの歌を初めて真正面から聞いた気がした。
フレンの気持ちが、ユーリに対しての気持ちが詰まった歌を…。


―――暫くして、ユーリの家へ向かってフレンが走って行った。
そんなフレンをユーリは、フレンの大好きな優しい笑顔で迎えたのだった。






















アトガキ的なもの。


マル様のリクエストでした(^◇^)
有名芸能人×一般人パロ。
いかがでしたでしょうか(>_<)
あの後、フレンはユーリに出迎えて貰うのですが、翌々考えてこんな夜に尋ねるのはやばかったのでは?と落ち込んだりしますwww
でもユーリは全く気にしないwww
も、もし想像したのと違ってたらごめんなさい…orz
しかも出来上がるまで丸一年かかってる…。
も、申し訳な…しくしくしく(∩ω∩)
何はともあれ、リクエスト有難うございましたっ!!(*^_^*)