ひだまりの下で…。
【1】
フレンから依頼が来たのは、その日の朝の事だった。
カロルが勢いよく走って来たかと思ったら、キラキラと目を輝かせ「フレンから速達で手紙が来たっ!!」とそりゃあ、もう嬉しそうに叫んでいた。
フレンからの手紙なんて毎回毎回戦闘絡みか、オレに対する説教だ。
やれ剣はきちんと握って投げるな、傷はつけるな、女らしくしろと…。ほっとけっつーの。
特に最後の女らしくしろは、それこそ騎士団時代、いやそれ以前からずーっと耳にタコが…耳にクラーケンが付く位聞き飽きた。
今度会ったら文句を言ってやろうと意気込んでいた矢先にこの手紙。
けど、まず内容を見ない事には文句も言えない。
部屋で珍しく待機していたジュディスを呼び、ラピードの居るアジトのリビングに入り四人頭を突き合わせて、カロルが開く急ぎとデカデカと書かれた手紙を覗き込むとそこには…。
『ユーリ、助けてくれ』
の一言だけ。
…は?
書いてある言葉の意味が頭に入らず皆思考が停止する中、いち早く回復したのはカロルだった。
「た、大変だっ!!ユーリっ!!フレンを助けに行かなきゃっ!!」
「お、おう?」
「けど、助けてくれってどういう事かしら?」
「そんなの行ってみないと分かんないよっ!!兎に角帝都に行こうよっ!!」
「わんっ!!」
と言う訳で今、漸く帝都に付いた訳だが…バウルで急いで来たものの、すっかり太陽は真上に昇っていた。
ゾロゾロと三人と一匹で城へと向かい、入口で城門管理の騎士にカロルが代表として入城許可を貰い、真っ直ぐフレンの部屋に向かう。
そして、いざドアを開けようとしたその時。
「ぎゃああああんっ!!」
頭が揺さぶられるような泣き声に思わず耳を塞ぎ、後ろを振り返るとジュディとラピードがぐったりしていた。
成程耳が良い奴等にはそうとうキツイ声だもんな。
仕方なくこの原因であるドアのノブを捻り、ドアを開けると、中もまた地獄絵図だった。
「ど、どうして、泣きやんでくれないんだっ?ソ、ソディア」
「す、す、すみませんっ!!私も赤子を抱いたのは初めてで、ど、どうしたらいいかっ!!ウィチルっ」
「ぼ、僕に言われても分かりませんよっ!」
たらい回しされ泣きじゃくる赤ん坊と、わたわたする三人。
「…っとに、何やってんだ。お前ら」
「ユーリっ!来てくれたんだねっ!!」
フレンがオレの顔を見た途端、全身で助かったと、安堵しているのがありありと分かった。
全く、情けねぇな。
「ほら、貸せよ」
リンゴ頭から赤ん坊を受け取り、泣き止む様に背中を叩きながらあやす。
えーっと、確か、心臓の音と同じ位のリズム…と。
ポン…ポン…と叩き、母親の胎内を思い出させるように小さく揺らす。
「ふ、ふぎゅ…」
「よーしよし。良い子だな…」
ニッコリ笑ってやると、赤ん坊もつられて笑う。
何だ、笑うと可愛いじゃねぇか。
「……ホントに助かったよ…。ユーリ」
「だらしねぇな。ったく。それより、こいつ腹減ってんだよ。ミルク、用意しろ」
「い、今、準備しますっ!!」
わーっと逃げる様にソディアが走りだし、そこで漸くカロルとジュディ、ラピードが入れ違いで室内に入って来た。
「おい、フレン」
「何だい?」
「そろそろ、状況を説明しろ」
「それが、ね。その子、城の庭に捨てられてたんだ」
「…はぁ?」
城の庭に?なんでまたそんな所に?
と考えてみて、それもまた当然だなと逆に頷く。
城にいる貴族とかに拾われたなら、もしかしたら幸せになる可能性も無い訳じゃないよな。
「けど、何でお前が世話してるんだよ?城にだったら幾らでも世話係いるだろうが」
「うん。そうなんだけど…。どんなベテランの女性に頼んでも泣きやまないらしくて、どうしようかと僕の所に連れてきたんだ。でも、僕は…」
「あぁ、お前。昔から子供あやすの下手クソだもんな」
「そうなんだ。だから、ユーリに助けて貰おうと…」
「オレだって、意思疎通出来ないもんは苦手だって知ってんだろ」
「すまない。知ってはいたんだが…つい」
どうしようもねー奴。ま、いいけどな。
諦め半分で笑いながら答えていると、ドアが勢いよく開いてソディアが駆け込んで来た。
「ユーリ殿っ!!ミルク、準備しましたっ!!」
「こらっ。赤ん坊の前でデカイ声だすんじゃねーよ」
「あ、し、失礼しました」
「あと、おしめとかベットとかは?」
「はい。こちらに」
そう言って、隣の部屋へとソディアが促す。
オレはその後を付いて行こうと足を踏み出すと、後ろにいたフレンとカロル、ウィチルも動き出す。
「…おい、フレン。後カロルとリンゴ頭。お前らは待機」
「えっ!?どうしてっ!?」
「どうしてって、こいつ、女の子だぜ?」
瞬間何も言わず、すごすごと部屋の中央に戻るあたり、こいつららしい。
じゃあ、代わりにとジュディスとラピードがオレについて四人で隣の部屋に移った。
騎士団長になってから変わったフレンの部屋は何時嫁が来てもいい様にかなり大きく簡易キッチンもあり寝室も二つ付いている。
そのフレンが何時も使用している方とは別の寝室にソディアに案内され、確かにそこにはベビーベットが一つ置かれており、取りあえずそこに赤ん坊を寝かす。
その間に、ソディアが持ってきたミルクを預かり、驚いた。
「…おい、これマジでコイツに飲ます気か?」
「な、なにか問題でも?かなり新鮮なのをご用意したのですが…?」
「赤ん坊にやるミルクってのは人肌位の温度に温めてやるんだよ。あと哺乳瓶」
「あっ!?い、今すぐ哺乳瓶とってまいりますっ!!」
「なら私は、ミルクを温めてくるわ。ユーリ、そのミルク貸して頂戴」
「おう。ジュディ、人肌だからな」
「えぇ。分かったわ」
二人が出て行き、オレは赤ん坊の顔を覗き込んだ。
相変わらず機嫌良く笑っている。
コイツの何処が泣きっぱなしなんだよ。
赤ん坊の小さな掌に人差し指を置くとキュッと握り込む。
きゃっきゃっと嬉しげに笑う赤ん坊を見て、知らずオレも微笑んでいた。
「わぅ?」
「んー?何か可愛いなーって思って。お前だってこーゆー時あったよなー」
ベビーベットの柵に前足をかけてオレと一緒に赤ん坊を覗きこむ、ラピードは不思議そうな顔をして首を捻っていた。
するとそれに反応するように、赤ん坊も首を傾げる。
それにまた逆に首を捻るラピードを見ていると微笑ましくて堪らなかった。
「ユーリ、ミルク、出来たわ」
「お待たせしました。哺乳瓶です。消毒はしてきました」
「おー、サンキュ」
二人が戻って来たのを振り返り出迎える。二人が手に持っている物を確認すると、もう一度赤ん坊を抱き上げ、ジュディスに赤ん坊をパスする。
「えっ?あ、あの…ユーリ?」
ジュディが珍しく目に見えて動揺していた。
「大丈夫だよ。なるべく心臓に耳を近づける様に抱っこしてやればいいんだ」
「心臓に?」
「あぁ。赤ん坊ってのは母親の胎内にいる時、ずっと心臓の音を聞いてるんだ。だから、安心するんだよ。心音が聞こえるとな」
ジュディからミルクを受け取り、ソディアから哺乳瓶を受け取り中へとミルクを注ぎ込む。
うん。確かに人肌だ。鍋に残っているミルクをペロリと舐め、確認する。
悪戦苦闘しているジュディから赤ん坊を受け取り、大人用の大きなベットに座ると哺乳瓶の先を赤ん坊の口にくっつけると、よっぽど腹が減ってたのか、勢い良く飲み始めた。
「…手慣れてるのね」
「下町にいた頃ずっとやってたからな。下町で生まれた子はみーんなの子供ってね」
「流石ですね。ユーリ殿」
「別に、大したことじゃねぇだろ」
ミルクを全部飲ませ、肩に顎がくるように抱っこして背中をポンポンと叩き溜まった空気を吐き出させると、取り替えていないであろうおしめを手早く取り替え、ベットへと寝かせる。
すっきりして、お腹も膨れたのかスヨスヨと気持ち良さそうに眠り始めた。
「これで、数時間は起きないだろ。男共はどーなった?」
「じゃ、戻りましょうか」
「ラピード、そいつ頼むな。目覚ましたら直ぐ呼んでくれ」
「わぉん」
ラピードを残し、フレン達のいた部屋に戻るとそこで男三人は顔を突き合わせ、なにやら悩んでいた。
「なーにしてんだ?お前ら」
「あ、ユーリっ!お帰りっ!」
「おう。ただいま。んで、何してんだ?」
「僕たちは、あの子の両親を探しているんです」
「…どんな理由があるにせよ、それを直に聞いて、もしお金の問題なら支援して出来る限り親元で育ててあげたい」
「ふ〜ん。成程な」
んで何か成果あったのかよ?と調査書類を覗いても、芳しい情報は無いようだった。
「所でユーリ。あの子は?」
「今、寝てるよ。腹ぱんぱんになって眠くなったんだろ」
「そうか」
「それで?話は変わるがカロル」
急に話を振るとかなり驚きながらも返事を返すカロルに問い掛けた。
「オレ達はこれからどーするんだ?」
「それなんだけど」
「…フレン?」
オレの問いに答えたのはフレンだった。
「カロル。しばらくユーリを貸してくれないか」
「えっ?」
「はっ?」
驚き、きょとんとするオレとカロルをフレンは苦笑いしながら、言葉を続ける。けど、その目は真剣そのものだった。
「ユーリじゃないと、あの子は泣きやまないんだよ」
「えっ?そうなの?」
「いやいや。んな訳ねぇだろ」
さっきジュディが抱っこしてても泣かなかったしな。うん。と思ったのだが。
「いえ。あの子はユーリ殿が来られるまで、3日。体力が続く限り泣き続けてましたので」
「…お前ら、子供のあやし方しらねーんじゃねーの?」
「僕達はともかく、お城の世話役達があやせなかったんだから、それは無い」
「…ったく。揃いも揃って使えない奴らだな。…わーったよ」
仕方なく、この依頼を受ける事にした。
カロルもジュディスも納得済み。二人は親捜しの以来の方を引き受け、部屋を出て行った。
「ガキの世話、か。すっげー久しぶりだから、感覚取り戻すのにしばらくかかるかもな」
「そう?その割に、手つきよかったじゃないか」
「…お前らよりは、な。それよりソディア」
「は、はいっ」
「アンタは女だろ。こーゆーのは女なら覚えとくもんだ。しばらくオレと一緒に面倒見てみろよ」
ソディアがチラリとフレンの事を見ると、フレンは笑顔で頷いた。
「いい経験になると思うよ」
「で、では。数日、ご一緒させて頂きます」
「おう。んで、フレン。オレはあいつと一緒に下町に降りていいのか?」
下町の方が色々手を貸して貰えるし、何より色んなものが直ぐ側にあって楽なんだが。
そういう意味で言ってみたものの、フレンは首を振った。
「ユーリだけに任せるのは悪いし、僕も一緒に出来る限り世話するから、城にいてくれないか?」
「…絶対?」
「絶対って訳じゃないけど。どうせならユーリとゆっくり話もしたいし」
「…分かった」
頷いた瞬間。
―――わんっ!!
隣の部屋からラピードの声が聞こえ、遅れて赤ん坊の泣き声が響く。
慌ててオレは隣の部屋に走り、赤ん坊を抱き上げた。
……赤ん坊の世話って、恐ろしく大変だと思いだしたのは、数日後の事だった。

