ひだまりの下で…。
【2】
「何か異常があったら連絡して下さい」
果物屋の店主に挨拶をすると、「あいよっ!お疲れさんっ!」と元気よく返事が返って来た。
何時もの様に、街を巡回する。
今日の帝都は、乱闘も無く、静かな物だ。
天気もいいし、程良く風が吹いていて心地がいい。
市街を歩いていると、危うく仕事だと言う事を忘れてしまいそうだった。
あと、今日の巡回は市民街の噴水周りをまわって終わりだな。
そうして、足をそちらに向け歩き出す。
しかし、スムーズに進む。
数日前のあの寝不足が嘘みたいだ。
そもそもユーリが来てくれていなければ、どうなっていたことか。
※※※
僕が幾らあやしても、全くと言って泣きやまなくて。
ソディアに渡してみるも、そのままウィチルに回り、三人で慌てふためいていると、ユーリが颯爽と現れ直ぐに泣きやませてくれた。
そのまま、ミルクをやる為と、部屋を出て行くのを見送った僕は、改めて、ユーリの上司でもあるカロルに礼をいった。
「そんなの当たり前だよっ。仲間が困ってるんだもんっ」
「ホントに有難う。カロル」
「でも、意外だったな〜」
カロルがユーリの行った部屋のドアを見つめながら首を捻った。
意外?何が?
聞く前にカロルの口が先に動いた。
「だって、前エステルとリタが迷子拾った時にユーリ、意思疎通とれない相手は苦手だって言ってたんだよ?」
「あぁ。それは【苦手】と【出来ない】は別物だからね」
「…そーゆーもの?」
「そうゆうものだよ。ユーリは何だかんだで下町でずっと子供の世話をしてきたから。出来ない訳はないよ」
「でも、だったらフレンだって出来るんじゃない?」
「僕は、ちょっとね。昔から子供をあやすのが本当に下手で…」
「へぇ。それも意外。フレンだったら何でもそつなくこなすと思ってた」
「まさか。僕だって人間だからね。失敗の連続だよ」
苦笑いして答えると、カロルが嬉しそうに笑った。
僕の答えがカロルの心にどう響いたのかは分からないが、それで何か一つ成長出来たなら良い事だ。
―――バタンっ!!ズダダダダッ!!
「…ソディア?」
顔を真っ赤にして走り抜けて行ったソディアを、あまりの一瞬の事にぽかんと口を開けたまま見送ってしまった。
…はっ!?
こんな事してる場合じゃない。
ユーリだけに働かせて、僕が何もしない訳にもいかない。
「ウィチル。とりあえず、あの子の親を探そうか」
「え?あ、はいっ!!それじゃあ、今、資料を持ってきます。ソディアが色々調査していた筈ですので」
「宜しく頼むよ」
しばらくしてウィチルが持ってきた資料で顔を突き合わせ、今分かる所をまとめていると、ユーリ達が隣の部屋から戻って来た。
※※※
結局、数日経った今現在もあの子供に関する情報は何もない。
しいて言うなら、あの子の親のどちらかが黒髪かもしくは長髪だと言う事だ。
何で分かったかというと、ユーリ曰く。
『あいつ、いっつもオレの髪握るんだよな〜。多分、親の影追ってるんじゃないか?』
らしい。
だが、城の庭にはいつも見張りの騎士がいて、一般人は決して侵入する事は出来ない。
となると、城の中に捨てるのはそれこそ難しい。
では、どうやって…?
考えられる理由は一つ。
城に入れる誰か。…何だが。
それだって、毎日どれだけの人が陛下に謁見をしに来ていると…?
更に言えば、城の庭は今観光地化して、様々な人が行きかっている。
「…何にせよ。情報が全く足りない」
…はぁ。
知らず溜息が洩れていた。
噴水の周辺をグルリと周っていると、どこからともなくふんわりと甘い香りが鼻腔をくすぐった。
そう言えば、この辺りに新しくスイーツの店が出来たと報告が来ていた。
何処だろう?
キョロキョロと辺りを伺うと、小さいけれど、物凄い行列の出来ている店がある。
そこから戻ってくる女の子の手にはクレープが握られていた。
…普通のクレープの二倍の大きさはありそうな…、生地から具が溢れ落ちそうだ。
ふとユーリを思い出す。
そう言えば、クレープ好きだよな?
…買って行ってあげれば、喜んでくれるだろうか。
ふらりと引き寄せられるまま、そのお店の順番に並ぶ。
途中、店の店主が僕の存在に気付き、先に作ると言っていたが、それだと先に待っていた人が可哀想だし、何の為に並んでいるのか分からなくなるし、それに順番は順番だからと、丁重にお断りした。
それに作るのが早いのか大して待たされずに僕の順番が来た。
「大変お待たせしました。団長様」
「あ、いえ。お気になさらず。メニューってありますか?」
「はいっ。こちらにっ」
店主が結構な年配の男性か。やっぱりこの人もユーリと一緒で甘い物が好きなんだろうか…?
渡されたメニューを見ると、どうやらここのクレープは中に小さなケーキを入れて包むようだ。他にもプリンとか、アイスとか…。
ユーリが好きそうなものばかりだな。
…どうしようか。
悩みに悩んだ末、店主にお勧めの組み合わせを二種類作って貰う事に決めた。
店主はやはり作業が早く、あっという間にお土産用のクレープを詰めて、お代と引き換えに直ぐに渡してくれる。
「そう言えば、何かお困りの事とかありませんか?」
ついでに仕事もきっちりとこなす。
「困った事?うぅ〜ん…特にないと言いたい所ですが、一ついいですかね?」
「はい。勿論。何か問題が?」
「噂なんですけどね。最近秘密裏に人身売買が貴族の間で行われているって話で」
「人身売買?」
「えぇ。私はここ帝都の下町で暮らしていた事がありまして、そこで仕入れた情報なんで強ち嘘ではないのかな、と」
「…成程」
「しかも、狙いは子供ばかりって話ですわ。下町とか市民街、他所の街、しまいにゃ金欲しさに自分の子ですら売りに出すそうです」
「自分の子供ですら?…考えたくも無い話しですね」
「えぇ。私達も自分の息子が可愛いですから、この話を聞いた時は怖くてね」
「因みにその話を聞いたのは何時ですか?」
「そうですね〜…。大体、二週間位前からですかね?」
「…分かりました。早急に騎士団で手配します。貴重な情報有難うございました」
…もしかしたら、もしかすると。
あの捨て子は、捨て子じゃなくて売りに出された子って事かもしれない。
しかも、何か後ろに大きな黒幕がいそうだ。
僕は急ぎ城に戻り、騎士達に警戒態勢を取らせた。
陛下にも報告し、ソディアの隊に情報収集に行かせるように指示を出し、現状を知らせる為にユーリとその子のいる自室へと向かった。
続き扉の向こうにユーリはいる。一応コンコンとノックをするが何故か反応が無い。
そっと、ドアを開けると中でユーリがその子をベットに寝かせながら子守唄を歌っていた。
お腹をぽんぽんっと一定のリズムを刻みながら叩き、窓からの太陽の光を受け、ユーリの黒髪がきらきらとそれを反射して…。
―――綺麗だった…。
目を…奪われた。
ユーリはこんなにも綺麗だっただろうか…?
こんな、聖母みたいな顔をして、笑うなんて…。
トクトクと、心臓の鼓動が速くなる。
僕、は…?
「…〜and shake off my fear…〜♪、ん?あぁ、フレンか。どうした?」
ユーリが振り向き笑う。
ドキンと僕の心臓が更に大きく鳴った。
「おーい?フレン〜?」
「えっ?あ、ごめんっ」
「いや、別にいいけどよ。どうした?」
「君にお土産を二つ」
「二つ?」
ブルブルと頭を振り、逸る鼓動を抑え思考を取り戻すとドアを閉めユーリの側により、手に持っていたクレープを渡すとユーリの目がぱっと輝いた。
「もしかして、甘い物かっ!?」
「うん。クレープだよ」
ぱかっと箱の中を開けると、そこには大きなクレープが二つ。
どうやらケーキとプリンのクレープとクッキーとアイスのクレープだったようで、ユーリはどっち食って良いんだ?と目だけで聞いてくる。
「どっちも食べていいよ。君に買って来たんだから」
「マジかっ!?うわっ、どっちから食おうっ」
真剣で悩み始めたユーリが、何だか可愛い。
…って今はそんな事を考えている場合じゃなかった。
ユーリに報告しなくちゃ。
「ユーリ、それ食べながらでもいいから聞いてくれるかい?」
「ひゃひお?」
「…それがね。今、どうやら人身売買が貴族の間で行われているらしいんだ」
「ひんひんひゃいひゃいひゃどっ!?」
「…ごめん、ユーリ。食べながらでも良いっていったけど、やっぱり一旦動きを止めて聞いてくれないか?」
ごっくんと飲み込んでから、ユーリは指に付いたクリームを舐めとり、僕をじっとみた。
「人身売買ってどういう事だ?」
「そこのクレープを買った店の店主がそう言う話を聞いたらしい。噂の出所は下町だから、貴族を毛嫌いしている下町の住人の話で全てを鵜呑みにする訳にもいかないけど、…でも」
「…こいつか?」
「あぁ。この子が城に捨てられていたのはもしかして…」
「盗みにばれそうになったから…か?」
「その可能性が無い訳じゃない。だから、これから調査してみる」
「そうか。分かった。だったらおっさんに協力依頼してみろよ。確か今日帝都に着く筈だからな」
「レイヴンさんが?…そうだね。それはいいかもしれない」
動くなら早い方がいいだろう。
僕はユーリに報告するだけすると、くるりとドアへと向かう。
「あ、ちょっと待てよ。フレン」
「え?」
「ほれ、口開け」
突然言われ、振り返るとぐいっと口に何か押しつけられた。口を開くと口の中に甘い物が…。アイス?
「疲れてる時は甘い物ってね。無理すんなよ」
口の中からスプーンだけが引き抜かれ、ニッコリと微笑んだユーリの顔を見た途端、折角収まった動悸が、また戻って来た様な気がした。
自室を出て、ドアを閉めるとドアを背に片手で顔を覆った。
…ユーリの顔が頭から消えない。
あの微笑んだ顔が…。赤ちゃんを慈しむ柔らかい笑顔が…脳裏をちらつく。
更に顔が火照って行く。
「…僕は…一体どうしてしまったんだ…?」
「どうかしたの?フレンちゃん」
「うわぁっ!?って、あ、レイヴンさんっ」
何時の間にっ!?
思いっきり驚いた事に驚いたレイヴンさんが脅かすなと言いつつも、たった今だと教えてくれた。
「ちょっと、小耳に入れたい事があってね」
「…人身売買ですか?」
「流石ね。もう知ってるか。そうだ。その事について報告がある」
「分かりました」
陛下への報告も一緒にすると言う事で、僕たちはヨーデル陛下のいる謁見の間に向かった。
二人揃って長い廊下を歩く。
「所でフレンちゃん。さっき赤い顔して何悩んでたの?」
「えっ!?いや、それは、その…」
「むっ!?この感じ…フレンちゃん、恋ねっ!?」
「こ、い…?」
「ほらほらほら、おっさんに話してごらんなさいっ!!」
「恋…」
話せと騒ぐレイヴンさんの事などすっかり忘れ、僕の頭の中には『恋』と言う言葉がぐるぐると回っていた。
僕は…ユーリに恋をしているのかな?
「レイヴンさん」
「なになにっ!?どしたっ!?」
「恋って、どうなったら恋なんでしょうか?」
「え?どうなったらってそりゃ…」
「惚れた子の顔を見る度、胸がドキドキするとか…」
…ドキドキした。ユーリが綺麗で可愛くて…。
「笑顔が忘れられないとか…」
ずっと脳裏をちらちらしてる…。
「下世話な言い方するとHしたくなる相手?」
ユーリとH…?
ベットの上で、ユーリの服を少しずつ肌蹴させていく。
赤くなったユーリは僕の方を恥ずかしそうに見ながらも両手を伸ばして…。
『フレン、オレを抱いてくれ…』
…。
………。
………………。
………―――ガンッ!!
「ちょっ、フレンっ!?大丈夫っ!?思いっきり壁に頭めりこんでるわよっ!?」
レイヴンさんが慌てて僕を壁から引き抜く。
けど、今はそんな事より…。
…僕は、ユーリが好きなんだ…。
驚きの事実とありえない動悸に僕は、頭をぶつけた痛みなど全然感じる余裕はなかった。



