ひだまりの下で…。
【4】
「死んでるっ!?」
ユーリの驚愕の声が部屋に響き渡った。
それにレイヴンさんが至極冷静にそうだと肯定すると、ユーリはぎりっと奥歯を噛み締め俯いた。
今僕達は僕の自室で、これからの行動を話しあっていた。
そして、丁度行き詰った所でタイミング良く情報を集めてきたレイヴンさんが現れ、マリアの両親が死んでいた事を告げたのだ。
「マリアは本名が【キリエ・フィルスエンド】。アスピオに住んでいた学者のフィルスエンド家の三女だ。そこのフィルスエンド家が丁度マリアが捨てられた一週間前に何者かに殺害されている」
「でも、三女って事は姉妹がいるのよね?」
「あぁ。だが、姉二人は人身売買で既に売られ行方が分からない。他にも弟がいたんだが、まだ母親の腹の中だったからな」
「……殺されたって事か…」
「そう言う事だ。ただ一つ。分かった事がある。これはリタが手に入れた情報なんだが。どうやら犯人は、帝国とギルド両方にある程度権力を持っている人間だと言っていた」
「…じーっ…」
「あっ!?何その目っ!?言っとくけど、おっさんじゃないからねっ!!カロル君っ!!」
緊迫した空気が一気に崩れて行ったのはきっと気のせいではないだろう。
「…そうだ。おっさん。一つ聞いてもいいか?そのフィルスエンド家って言うマリアの親は黒い髪か長髪か、どっちかだったか?」
ユーリが未だ厳しい目でレイヴンさんに問い掛けた。
しかし、レイヴンさんもまた冷静な顔に器用に切り替え静かに首を振った。
「それがね。おっさんも気になってリタっちに聞いてみたんだけど、そこの家系はそれこそフレンみたいな綺麗な金髪だったのよ。奥さんも金髪とは行かないまでも栗色の綺麗な緩やかなショートヘアだったって」
「えっ!?」
ユーリが声をあげた。
確かに予想外の答えだった為、僕達も声は出さない迄も、驚きで動きが止まった。
でも、そうなるとマリアがユーリの髪をしきりに気にしていた理由は一体…?
ふと、嫌な考えが頭を過る。
それはあまり考えたくなくて、頭を振り最後の切り札と思って脳の片隅に秘めて置く。
「取りあえず、まだ調査は必要ですね」
「そうね。おっさん、もう一度その人身売買されている場所を探してみるわ」
「なら私は、カロルと一緒にそのフィルスエンド家の御令嬢のお二人を探してみようかしら」
「うんっ!酷い目にあわされてないといいけど…」
「では私達は、帝都での聞き込みと地方の騎士への協力要請を」
「じゃあ、僕はアスピオに戻って妖しい人物がいなかったかどうか、学者仲間達に聞いてみます」
「皆、宜しく頼む」
一言言うと、皆力強く頷いてくれた。
このメンバーは行動に移るのも早く、気付けば部屋にユーリと二人残された。
「…フレン」
「ん?」
「…嫌な予感がする。変な胸騒ぎがしやがる。さっきからずっと」
ユーリの瞳が不安に揺れていた。
いつも自信満々な彼女がこんな不安気な顔をしているなんて事滅多に無い。
それこそ、アレクセイやデューク、星喰みとの戦いですらこんな表情を見せた事は無かったのに…。
震えるユーリを見ているのが辛くて、僕は手を伸ばしユーリを抱きしめていた。
「ふ、フレンっ!?」
「…大丈夫。ユーリの予感がどんなものか僕には分からないけれど、でも…絶対に大丈夫だ」
「そんな、根拠も何もねぇ事…」
「根拠?根拠ならあるよ。あの星喰みですら退けた僕達に出来ない事はないよ」
僕はぎゅっとユーリの腰に回った腕に力を込め、強く抱きしめる。
すると、一瞬だけ驚いた様な顔をしたユーリは、ふっと破顔し、クスクスと微笑んだ。
「…だな。ここで、不安に思ってても仕様がないよな。よしっ。ここは一つ、剣でも振ってくるかな。最近運動不足だし、丁度いい」
「うん。行ってくるといいよ」
「おうっ。その間マリアの面倒よろしくなっ!!」
「えっ!?ちょっ!ユーリっ!?」
ユーリは剣を片手にわーっと走って行ってしまった。
残された僕は、ユーリがいなくなったと同時に隣室で泣き喚き始めたマリアを必死にあやしたのだった。
…そんな必死にマリアあやした日から、また数日が過ぎた。
あれから色々情報を集めてみたが、芳しい成果は見られない。
今日は凛々の明星の皆が、この事件の事を知り集まってくれる事になった。
もともと、知っていたジュディスにカロルにレイヴンさんは今までの状況報告も兼ねて集まる事になっている。
そして、皆がそろそろ合流地点であるこの城に到着する頃だと僕はユーリに伝える為に、隣室の扉をノックした。
「ユーリ、いるかい?」
声をかけても反応が無い為、聞こえてないのかな?と思いつつ開けるよ?と一声かけドアを開けると、何の事は無い。ユーリはマリアと一緒にベットの上で眠っていた。
しかしここは本当に太陽の光が良く当たる。日当たりのいい場所なんだなとしみじみ思う。
そして、そんな太陽の光を浴びて眠るユーリにいつも目を奪われる。
そっとドアを閉じ、ゆっくりと眠るユーリに近づく。
こんなに近づいても起きないなんて…。よっぽど子育てで疲れているのか。
ベットの脇にしゃがみ込み、ユーリの寝顔を眺める。
漆黒の髪が光を反射してキラキラと光り、たまに窓から入る風がユーリの髪をサラサラと靡かせ、綺麗な額が僕の目に入り込む。
すーすーと心地良さそうな寝息が聞こえ、僕はじっとその光景を眺めていた。
でも、どうしてだろう。
眺めていたいのに…触れたい。
綺麗だけど…愛おしい。
そっと頬に手をやり、風に靡いて顔にかかった髪を優しくはらう。
無意識に体が動いていた。
額に、目尻に、頬に…キスを落とす。
そして…その柔らかな唇に、キスを落としていた。
触れるだけの、ただそれだけのキス。
もしかしたら、ユーリが起きるかもしれない。
でも、それでも触れる事は止められなかった。
そっと唇を離し、じっとユーリを見つめる。
「……んん?」
ビクッ!!
ユーリが身動ぎ瞼を開けた瞬間、流石に寝込みを襲った様な形になった僕の心臓は口から飛び出しそうになる位驚いた。
「…あ、れ?フレン…?」
「お、おはようっ。ユーリ。そろそろ、皆が来るよ」
「ん?あー、もうそんな時間か」
むくりと起き上がったユーリが寝ぼけながらも言う。
良かった。バレてない。
ほっと胸を撫で下ろす。ドキドキと心臓が早鐘を打っているけれど、それを何とか飲み込みユーリへと手を伸ばす。
すると何も知らないユーリは素直に僕の手に捕まり、ベットから降り立ちあがった。
ユーリの手、こんなに小さかったかな?
…こんなに細かったか?
そう言えばこの前ユーリを抱きしめた時、ユーリはありえない位細かった。
少なからず剣を持って戦う人間があんな細いなんてありえるだろうか…?
「ユーリ、ちょっと聞いてもいいかい?」
「ふぁ〜あ…。あんだよ?」
「君、もしかして痩せた?」
「へ?痩せたって、ンな訳ねーだろ。オレちっとも動いてねーんだぞ?太る事はあっても痩せる事はねーだろ」
「…でも、ほら」
ユーリの手をぐいっと引き寄せ、もう何の力もないユーリの魔導器に触れるとやはり腕との間に余裕がある。
「これ。こんなにスカスカになってる」
「あれ?ホントだ。おっかしーな。そんな簡単に痩せる訳ねーのに」
何でだ?と首を捻るユーリと同じく僕も捻る。
だって、ありえないんだ。
ユーリが子育てで痩せるなんて。通常大抵の一般女性の遥か倍以上の体力があるユーリが、子育てだけで痩せるとは思えない。
かと言って、ユーリが他に何かしているのだろうかと考えても見るが、たった今のユーリのこの不思議そうな顔を見てそれも違う様だった。
そうだ。さっきも疑問に思ったけれど、ユーリが人が近付いているのに起きない訳が無いんだ。
ましてや体に触れても起きないなんて普段のユーリなら絶対にありえないんだ。
おかしい。何かがユーリの身に起きている。
ぐっとユーリの手を握る手に力を込める。
「フレン…?」
心配そうに僕の顔を覗き込むユーリに僕は首を振った。
違う。今は僕の心配なんてしなくていい。寧ろ、今心配しなきゃならないのは君の体だ。
「何でもない。僕は大丈夫だ。それより、君は自分の心配をしてくれ」
「オレ?いやでも、別に痩せたって事以外は別に」
「ユーリっ!」
自分でも驚く位の声だった。
当然、ユーリも驚き目を見開いてアメジストの瞳が僕を見つめた。
「…頼む。心配なんだ…。君の事が」
「な、なんだ、それ?そーゆーのは、ソディアとか、これから出来るかもしれない恋人とか、兎に角自分が好きになった奴に言ってやれよ」
「…だから、言ってるんだよ。ユーリ。…僕は君の事が…」
―――好きなんだ。
と僕の告白はユーリには届かなかった。
―――ガシャンッ!!
僕の声を遮る様に突然ガラスが割れ、黒服の覆面をした何者かが、突入してくる。
「誰だっ!?」
ユーリが叫び僕の手を振り払うと刀を構える。
しかし、遅かった。
一瞬にして走り寄った黒服の一撃がユーリの腹部を直撃し、バランスを崩した所を担がれ…。
「ユーリっ!!」
――動いた。
けれど、『退くぞ』と男の声がして、奴らは外へと飛び出した。
逃がすつもりは無かった。
後を追い、窓から飛び出すも、動揺を隠せずにいた僕は………―――巻かれてしまった。
全てが一瞬の出来事だった。
その一瞬で僕にとって最愛の人が目の前から消えたのだ。
さっきまで僕の、確かに僕の腕の中にいた筈なのに…。
全力で走った為、息が切れる。
けれど、それ以上に僕の胸は悲鳴を上げていた。
ユーリが攫われた。
不安に思っていたユーリを守る事が出来なかった。
悔しさで、苛立ちで僕は目の前に立つ大きな木を力の限り殴りつけていた。



