ひだまりの下で…。
【3】
「ソディアーっ!」
「はいっ。お呼びですか?」
「悪い、マリアちょっと見ててくれるか?オレ、ちょっとお湯用意してくる」
「えっ!?私がですかっ!?あ、あのでしたら私がお湯をとりに行ってくるので…」
「いい加減、抱っこ位出来る様になれ。もう一ヶ月なるだろ」
「そ、それはそうですが…」
「んじゃ、頼むぞ」
「あ、ユーリ殿っ!?」
ソディアに無理矢理世話を頼み、タライを持ち部屋を出た。
ここんとこあいつに係り切りで外に出れない所為かストレス溜まりまくるし、体はなまるし散々だ。
でもフレンが調査した所によると、結構な情報を得たらしい。
大規模な組織らしく、赤子からカロル位の子供まで売られている。
売られ方は様々だ。子供のいない家に売られ養子になったり、奴隷になったり。はたまた、頭の悪い連中達に髪の毛の一本から足の指の爪までバラバラにされて実験にされる事も。
帝国、ギルド云々言う前にこう言う馬鹿を取り締まらなきゃいけないとフレンは声を大にして言っていたが、オレもその通りだと思う。
って言うか、蛇の道は蛇って言うだろ?
そーゆーの程オレ達に任せればいいのに、最近フレンは何故かオレを外に出さなくなった。
…なんでだ?
面と向かって会話しててもたまに上の空になったり、視線を逸らしたり、真っ赤になったり…訳分からねぇ。
首を捻る事ばかりだ。
そう考えながらも足はしっかりと世話役達の休み場へ向かい、程良い量の湯を貰うと今来た道を戻る。
…そう言えば、今から帰る部屋ってフレンの自室なんだよな〜。今更ながら。
って事はあそこは本来嫁に来る誰かが寝る場所って事だよな?
―――チクン。
ん?何で、胸が痛い?……気の所為か?
でも、そっか。嫁か。
フレンの事だから、立派なお家のお嬢様って人が嫁になるんだろうな、きっと。
いや、まてよ?
案外、ソディアとか似合いの夫婦とか言われるんじゃねぇ?
そもそもソディアだって、ありゃ貴族の人間な訳だし…。
そうだよな。ソディアならフレンも話しやすくて…。
―――チクン。
また、胸が痛い。…風邪でも引いたんだろうか?
と、兎に角、だったらあいつには子育ての仕方、キチンと教えとかなきゃなっ!
フレンの為にも。
―――チクン。
どうしようもない胸の痛みを抱えたまま、オレはソディアの待つフレンの自室に戻って来た。
そして、案の定。
「ぁぎゃああああんっ!!」
「わっ、わわっ!マリア殿。泣かないで下さいっ」
「……はぁ。ほんっとアンタは不器用だな」
「ユーリ殿っ」
ソディアの目は明らかに助かったと言っていた。
湯のはったタライを床に置き、マリアを受け取りあやす。
「…本当にユーリ殿は子供のお世話がお上手ですね」
「必要にかられて、だよ。下町にいた頃は、毎日やってたからな」
「毎日…?」
「そうだ。アンタだって子供が出来たら、嫌でも覚える事になる」
「…そうですね」
「と言いたい所だが、アンタ等貴族は覚える必要ねぇか」
苦笑いしながら話しを流すと、ソディアは静かに首を振った。
「いえ。…確かにそうです。覚えます。自分の為ですから」
「…そっか」
笑うソディアが凄く可愛かった。
こいつになら、フレンをやってもいい…。
…ん?『やってもいい』ってオレ思ったか?
なんか、それってまるでアイツが、フレンが…オレのものみたいな…。
自分のあんまりな思考回路に顔が沸騰する位熱くなる。
「ユーリ殿?どうかなされましたか?」
「い、いや何でもないっ!!何でもないからっ!!」
「はぁ…?」
うあああぁぁっ!?
恥ずかし過ぎるっ!!
覗きこむソディアから視線を逸らし、顔を片手で覆う。
と、とにかく忘れようっ!!
そうだ、忘れるんだ。オレは…こんな気持ち持っちゃいけない。
「ソディア、マリアの体洗うぞ」
「あ、はいっ!」
マリアの服を脱がし、頭と首を片手で支えゆっくりとお湯に降ろすと、もう一方でお湯を胸にかけてやる。
それをソディアにやらせると、やっぱり恐々やっていた。
「ソディア、それだと駄目だ。もっと、遠慮なくやれ。赤ん坊は大人の感情を直ぐに察知するから」
「は、はい。ですがっ、わっ、す、すまないっ、目に水がっ」
「落ち着けって。そんなんじゃフレンの嫁になった時大変だぞ」
「えぇっ!?」
ぼちゃんっ。
「あああっ!?」
「マリアっ!?」
湯の中に落とされたマリアを慌てて救い出すと、やっぱりというか何というか、凄まじい声で泣き出した。
こればっかりは仕方ない。
大人だっていきなり湯に落とされたらビビるだろう。
とりあえず大きめの布を広げてそこへマリアを置き、顔以外を布で包む。
「あー、びっくりした」
「すみません…」
頭から湯気が出そうな位赤くなりながらも、しゅんと小さくなったソディアに苦笑いが浮かぶ。
「…いや。オレもいきなり変な事言って悪かった」
「…いえ。でも、一つだけ、聞いてもいいですか?」
「ん?」
「ユーリ殿はフレン様の事が好きではないのですか?」
「はっ!?」
今度はオレの方がありえない位大きな声を出した。
オレがフレンを好きっ!?
好きってあれか?恋愛的なあれっ!?
ふと、フレンの顔を思い出す。
いや、ありえない。―――ありえたら駄目だ。
ブルブルと首を振って、今思いついたフレンの顔を振り払い、マリアの体を拭きながら答えた。
「いや、いやいや。ないないない」
「そう、なのですか?」
「こんだけ長く一緒にいて何を好きになれって?」
「…長くいるからこそ、誰にも取られたくないとそう思いませんか?」
「長くいるからこそ…って?」
「フレン様が誰かに笑いかけたり、側においたり、触れたり…嫌ではありませんか?」
フレンが、誰かに笑いかける?
『ユーリ…』
あのお日様の様な笑顔が、誰かに向けられる?
その人をずっと横に、オレが今立っている場所に立つ?
いつもそっと撫でてくれるあの手が他の誰かを撫でるのか…?
―――そんなの嫌だっ!
でも、幾ら嫌でも…。
「…仕方ねぇんじゃねーの?」
「えっ?」
「前にも言っただろ?オレは代役なんだよ。アイツにとって相応しい誰かが出来るまでの」
「ユーリ殿…」
「幾ら、オレがアイツを恋い焦がれたとしても、光を纏ってあるくアイツにオレの血に汚れた手が触れる訳にはいかないんだ」
だから…。
そうだ。この依頼が終わったら、フレンからは離れよう。
フレンからの依頼が来たとしても、カロルやジュディに行って貰う事にしよう。
「…貴女は、やはり強い人だ。私には到底敵わない。ある意味で憧れてしまう」
「ははっ。まさか、あんたにそんな事言われるとは思わなかったぜ。でも、サンキュな」
フレン…。
―――チクンッ。
お前を想う度にこの胸はきっと痛み続ける。
これがお前を想う『好き』と言う気持ちなら、オレはそれを封印しなきゃいけない。
自分の為に…。
何より、これからのお前の為に…。
……その日の夜。
オレは夢を見た。
フレンと想いが通じあい、唇を重ねる夢。
心がほわりと暖かくなる…そんな夢。
これが、現実でない事は知っていた。
けど、その夢が幸せ過ぎて…。
目が覚めた瞬間、言い表せない虚無感がオレを襲った。



