輝鏡花、暗鏡花 





【7】



走る。ひたすら走る。
街の近くの草原を走り、それでもユーリの姿が見えない。そのまま小さな森に入って、全力でユーリの姿を探していたら、ユーリの後ろ姿がやっと見えた。
足を止めて欲しくて、僕は彼女の名を叫んでいた。

「ユーリっ!!」

僕の声にびくりと驚きユーリが振りかえって僕の姿を見た途端、ユーリのスピードは更にアップした。
……何でそんなに全力で逃げるんだ。

「ユーリ、待ってくれっ!!」

全然待ってくれない。
って言うか、更にスピードが上がってる。

「ユーリっ!!」

何で、こんな夜中に延々と追いかけっこしなきゃいけないんだっ!!
こうなったら、絶対に捕まえるっ!!
僕は自分を重たくしている鎧や篭手を放り投げて重量を軽くしてスピードを上げる。
呼吸が荒れる。
息が苦しい。
でも、今ここでユーリを捕まえなきゃいけないんだっ!!
ユーリの姿がだんだんと近付き、闇から浮き出て来る。

「な、なんで、はぁっはぁっ、追いかけて、来るんだよっ!!」
「じゃ、なんで、逃げるんだっ!!」

ユーリが僕に向かって声を上げる。
すると、そっちに体力を使ってしまう所為かスピードが少し落ちてユーリが少し近くなる。

「に、逃げてねぇっ!!」

あと、少し。
……もう少しでっ。

「逃げてる、だろっ!!」

掴んだっ!!
ユーリの手首をがしっと掴み、引き寄せ僕の腕の中へと閉じ込める。

「は、離せっ!!」
「絶対嫌だっ!!」

ぎゅっとただただ抱き締める。
今の今まで走っていた所為で二人とも呼吸が整わない。
しかもユーリは腕の中から逃れようと抵抗を続けている。

「お、お前、エステル、置いて来たのかよっ!!」
「…そのエステリーゼ様が追えと言って下さったんだよ」
「…エステル、が…?」
「あぁ」

信じられないと言う様に、ユーリが僕を見つめた。
どうしてそんな目をするのかな?
そもそも、エステリーゼ様と僕はそんな関係じゃない。
それに僕はずっとユーリが好きだと言い続けていたのに。

「…ユーリ、聞いてくれ」
「フレン…?」
「僕は君の事が好きだ。世界中の誰よりも、何よりも。ユーリ、君の事を愛してる」
「…オレ、お前に別れるって…」
「うん。聞いた。それが君の本心なら、心が引き裂かれる位辛いけれど、僕は君と別れるよ」
「…っ!?」

ユーリが僕の答えを聞いて息を呑んだ。
その反応が僕にとっては凄く嬉しい反応だった。
何故なら、ユーリが僕と別れるのがショックだと思っているって事だから…。

「でも、別れるなら君ともう一度ちゃんと話をしてから別れたかった。……ユーリ。そんなに僕と別れたい理由は、もしかしなくても君の手が血に濡れてしまったから?」
「ち、違うっ」

ユーリが僕の視線から逃れる様に、顔を僕の肩にくっつけて隠した。
一つ一つ、僕の予想通りで心が落ち着いてくる。

「本当に?」
「……フレ、ン…?」
「本当に違うのかい?、だったら僕と別れたい理由は何だい?」
「それは…」

ユーリは黙り込んでしまった。
何時もの僕ならこれで許したかもしれない。
でも、今は…。
僕はユーリを失いたくない。その為には形振り構っていられないんだ。

「…ユーリ、黙っていたら分からないよ」
「……っ」
「ユーリっ!!君が僕を振ったんだっ!!納得出来る言葉をくれっ…、じゃないと僕はずっと君を追ってしまうっ!!」

ユーリの抵抗がぴたりと止まった。
そっと腕が僕の背に回る。その手が僕の服をきつく握った。

「そうだよ…全部、…お前の言った通りだ。オレの手は血に汚れてる。そんなオレがお前の横に立つ何て出来る訳がない。…誰かお前に相応しい人間が現れるまでの代役に徹しようと覚悟を決めていた」

やっぱり、そう思っていたのか。
ユーリの言葉に胸が痛む。でも、僕はこれを受け入れて答えを出さなければならない。
だから沈黙をもってユーリに先を促した。
でもユーリの答えは僕の予想を良い意味で裏切った。

「…覚悟を、決めた筈なのにっ、オレが今やっている事はどうだ…。代役だと言っておきながら少しでも自分が側にいたくて、エステルとくっつけようとして。なのに、いざお前がエステルと楽しげに話しているのを見たら、胸が苦しくてこんな…泣きそうに、なる」

肩に隠れていた顔が僕と向かい合う。
ユーリの頬に一筋の涙が零れた。

「お前がエステルを好きだと言っているのを聞いて、こんなに……」
「ユーリ…」
「弱くなる…。…オレは怖かったんだよ。お前に振られるのが…お前がオレの傍からいなくなるのがっ!!だから、オレから別れようって…、フレンを忘れようって…、だから、んっ!?」

最後の言葉まで聞く気は無かった。唇でユーリの言葉を呑みこむ。
悩ませていた…。こんなにも。
甘いユーリの唇を味わう様にキスをする。
最初戸惑っていたユーリも徐々に答えてくれる。

「…んんッ…はッ……はぁ……フレン」
「ごめん…。こんなに、君を悩ませていた。……ごめん、ユーリ」
「悩んでなんか…」
「君の罪は僕も一緒に背負うよ。……反論は認めない」
「フレン、お前…」
「言っとくけど、僕はユーリが誰かと一緒になるとか、ましてや僕以外の男に抱かれたとしたら……その男、殺すから」

にっこりと笑う。
僕のそのセリフを聞いてユーリは驚きに目を白黒させて、口はパクパクと何か言いたいんだろうけど言葉が出て来ないようだ。

「…怖ぇな…」
「ははっ。大丈夫。本気だよ」
「本気かよっ!!ってか、そこは冗談だよって言う所だろっ!!」
「言わない。ユーリは僕のものだから。誰にもやらない」

ぎゅっと腕の中にある温もりを抱きしめる。

「僕が好きなのは君だけだ。…ユーリ。僕は後悔してる」
「……後悔?」
「あぁ。…君にだけ命を奪う苦しみを与えた事を。君の手を血に染めてしまった僕の不甲斐無さに。どうして僕はこんなにも弱いんだろう。…僕がもっと、もっと早く色んな事に気付けていれば、ユーリを手放す危機に会う事もなかった」
「…フレン…」

泣きそうだ。
ユーリが暖かくて、ここで僕の腕の中にいてくれる事が嬉しくて…。

「…心だけなんて嫌だ。ユーリ…。側にいて。ずっと…。君の全てを僕にくれ」
「……反論、認めねぇんだろ?、仕方ねぇから側にいてやるよ。……でも、もし」
「…大丈夫。もしも、僕が君を重荷と感じたらって言うんだろう?そんな事永遠にありえないから安心して」

僕が言うとユーリは一瞬きょとんとして、でも何時ものユーリらしく柔らかく微笑んだ。
そして、同じだけの強さで僕を抱きしめてくれる。
ユーリがやっとこの腕に戻って来てくれた。
感動でずっとユーリの髪を梳く様に頭を撫でていると、突然我に返ったユーリが僕の肩から顔を離し辺りをキョロキョロと見まわし始めた。

「?、どうかしたのかい?ユーリ」
「……オレ、結構適当に全力疾走してたから分からねぇんだけど」
「うん?」
「お前、街がどっちにあるか分かるか?」
「え?」

言われて僕も辺りを見回す。
確かに、僕も一心不乱にユーリを追い掛けてきたから。
ここが何処だか分からない。
……と言うよりも、ちょっと待ってくれ。
空を見上げても、星空すら見えない。

「…ちょっと闇すぎねぇか?」
「確かに」
「けど、オレ達が話してる最中はまだ明かり感じたよな」
「あぁ。君の姿を追う事が出来る位には星の明かりはあったよ」

森の中と言えど、こんなに木々の影が出来る事は無いし…。
ユーリを見失わない様に、腰に片腕を回し側へと寄せて置き、もう少し辺りを見回せるように体の向きを変えると。

―――パリィンッ。

「えっ!?」

この音はっ?

「今の音なんだ?」

僕が膝を折ると、その横でユーリも膝を折る。
二人で目を凝らし、地面を見るとそこには…。

「こ、れは…『暗鏡花』…?」
「なんだ?アンキョウカって?」
「花だよ。鏡みたいな花」

僕はパティに聞いていた花の生態をユーリに説明した。
もしかして、ここはあの砂漠の花の片割れ達が群生している場所なんだろうか?
互いが互いの闇に反射してこの暗い空間を作っている?
だとしたら、周りからも見えないだろうから、魔物も入って来ないだろう。
この花は朝になればきっと日を反射して普通の花と変わらなくなるだろうから、闇さえ無くなれば朝になれば帰れる。
それに翌々考えれば、僕は走りながら装備品を投げ捨ててきた。
それを辿れば問題なく帰れる。
エステリーゼ様が僕がユーリを追った事を知っているだろうから、誰も探しに来たりもしないだろうし。

…だったら。
僕がする事は、一つだった。