輝鏡花、暗鏡花 





【6】



※※※



カランッ……。

カロルとレイヴンさんがユーリが出した紅茶のスプーンをあんぐりと口を開けたまま落とした。
そんなに驚く様な話をしただろうか。
しかも何故こんなマジマジと見られているのか?
むしろこっちが驚きたくなってくる。

「ユーリもフレンも僕達が知らない所で結構色々あったんだね…」
「あぁ。凄い遠回りしていたよ。互いが互いの気持ちを想いあっているのに、それを隠した言葉しかぶつけていなかったから…」
「…って言うか、おっさんにしてみたら、フレンちゃんがユーリを襲う度胸があったって事の方が驚きだわー…」
「…僕も男ですから」

ニッコリと笑って言うと、レイヴンさんは目を丸くするけれど直ぐに何時もの漂々とした感じに戻り、そうねと笑った。

「で?その後どーなったのよ」
「うんうん。どうなったの?」
「あぁ、その後は…」

口を開こうとした瞬間。

ゴスッ。

頭に大きな衝撃が走った。勿論そんなに痛くは無いが、これは…?
思って顔を上げるとそこには、パンの入ったバスケット持ったユーリが腰に手を当てて立っていた。

「何恥ずかしい事話してんだよ、お前は」
「ははっ。二人が聞きたいと言うものだから」
「だからって話すなよ。ほら、飯にすんぞ」

そう言って、目の前の机に僕をたたいたバスケットが置かれる。
すると、ユーリがキッチンに戻ろうとするのを見て、カロルが慌てて立ち上がる。

「ユーリ、僕も運ぶよっ。ご飯作って疲れたでしょ。座ってて」
「あら?じゃ、おっさんも手伝うわよ〜」

レイヴンさんがカロルを追う様にキッチンへと入っていった。
入れ替わりに、ルリとハルがお皿を持って歩いてくる。
それを見て小さく笑ったユーリは僕の隣へと座った。

「……ふぅ」
「お疲れ」
「っとに、男だけでどんな話してるかと思えば恋話とか、何処の乙女だ」
「あははっ。実はカロルが…」

僕が事情を説明すると、ユーリは何とも複雑な顔をした。
憐れみというか、同情と言うか…。

「…成程なぁ…」

すっかり遠い目をしてしまったユーリが静かに僕の方へともたれてきた。

「ユーリ?どうかした?」
「…ん?いや、別に。それよりお前はオレ達の事何処まで話したんだよ」
「聞いてたんじゃなかったのかい?」
「断片だけだよ」
「そっか。最後の戦いの前。僕がオルニオンで君と追いかけっこする前までだよ」
「ちょ、ちょっと待てっ!!その後も話すつもりだったのかっ!?」

その後…?
ユーリの顔を見ると必死に僕を止めようとしているが、それ以上に顔が真っ赤だった。
可愛い…。
ぎゅっと目の前のユーリを抱きしめる。

「…話すつもりはなかったよ。あんな可愛い君を他の男が知るなんて、ありえないからね」
「……その理由も何だかって感じだが、とりあえず、話さないならいい」

ほっと胸を撫で下ろすユーリの髪を梳く様に頭を撫でる。
あの後、か…。

ぼんやりと天井を見上げた。


※※※


あの後、僕は…。
ユーリと話がしたくて、パティと離れた後騎士団支部に戻らずに僕はユーリ達が泊まる宿屋へと向かった。

ここには街灯も何もない。その代わりに、夜の暗闇を照らすランプが建物の屋根に吊り下げられていた。
その明かりを頼りに歩いていると、少し開けた壊れた結界魔導器の下に座り、空を見上げているエステリーゼ様がいた。

「…エステリーゼ様?」
「あ、フレン」
「この様な夜遅くに出歩くのは危険です。それに明日はもう決戦。宿で休まれた方が」
「……はい。分かっています。でも、…眠れなくて…」

こっちを向いて心配そうに俯くエステリーゼ様を一人置いておく訳にはいかず、僕はゆっくりとエステリーゼ様の視界を遮らないよう横に立ち、共に空を見上げる。
星喰みの所為で歪んでいるが、明かりが少ない為なのか空の星が何時もより輝いていた。

「……フレン」
「はい」
「綺麗ですね…」
「はい」

ただ、それだけ話して僕達はまた空を見上げた。
虫の鳴き声が静かな夜に響き渡る。
その声に混じる様に小さな声でエステリーゼ様が再び口を開いた。

「……フレン」
「はい」
「……フレンには好きな人、います?」

突然だった。
一瞬何を言われているか分からず、思わずエステリーゼ様の方を見るとエステリーゼ様は変わらず空を眺めていた。
答えを待っているのか、そうじゃないのか。
でも、何も言わないエステリーゼ様に僕は正直に答えた。

「います」
「……その人はフレンにとって、どんな存在、です?」

どんな存在?
そんなの、答えは既に決まっていた。

「失いたくない、かけがえのない唯一無二の存在、でしょうか」
「…世界中の誰よりも、何よりも、愛していますか?」

さっきから意図が読めないエステリーゼ様の質問。
でも、僕は、全てに答える。

「はい。僕の全てを持って愛しています」

見上げたエステリーゼ様の目を真っ直ぐ見つめ返し、僕は断言した。
世界中の誰よりも、何よりもユーリが好きだと。愛していると。
エステリーゼ様は僕を見て嬉しそうに微笑んだ。
それを見て僕も微笑み返す。

その時。

ガサッ…。

草を踏みつける足音。
慌ててその音がした方を見ると、そこには…。

「…ユーリ…?」

ユーリの顔は泣きそうに歪んでいた。
何かあったのかっ!?
慌てて近寄ろうとしたが、ユーリは僕を避ける様に一歩二歩と後退する。

「エステルを、呼びに来たんだが、必要なかったみてぇだな。……っ、…邪魔、したなっ」
「ユーリっ!!」

何かを堪える様に走り去ってしまったユーリ。
しかし、僕は今エステリーゼ様を一人にする事なんて出来ない。
けれど僕の迷いを打ち消したのはそのエステリーゼ様だった。

「行って下さいっ!!フレンっ!!」
「エステリーゼ様…ですが」
「私は直ぐに宿に戻りますから。ユーリと一緒に戻って来て下さい」
「あ、ありがとうございますっ!!」

僕は大きく礼をして、暗闇に消えたユーリの後を追った。

今度こそ、逃がすつもりは無かった。