magicmirror
【1】
「ぅあっ…ぁ…んっ」
部屋中にユーリの甘い声が響き渡る。
何よりも僕を満たす声だ。
ユーリがぎゅっと僕を抱きしめて、快感をやり過ごそうとするのすら可愛くて、もっと声を聴きたくて、もっともっとと奥へと入り込む。
すると、ユーリの中は嬉しそうに僕を締め付けた。
「やぁっ…、そこ、も…やぁ…」
「…どうして?こんなに、気持ち良さそうに銜え込んでるのに」
顔を振るユーリの黒い髪がシーツの白に映えて、赤い火照った顔と相まって僕の視線を釘付けにする。
「ほらっ…もっと、もっと感じて…」
肩にユーリの足を担ぎあげ、ユーリの感じる所を集中的に突くと、ユーリは背をしならせて声を上げる。
その首に柔く噛り付くと、ぶるっとユーリが体を震わせた。
「ユーリ、僕の事好き?」
聞くと、こくこくと必死に頷く。
そんなユーリの返事に満足しながら、ふと思う。
すっかりユーリは僕に抱かれる事にも慣れて、こうして聞くとすぐに答えてくれるけど。
出会ったばかりの時は…。
※※※
ピンポーン。
家のチャイムが鳴り、僕は慌てて玄関へと向かう。
「フレンちゃん、いるかしらー?」
この声は昨日隣に引っ越してきたおばさん?
数か月、隣の空き地で建設工事をしてて、出来たのがなんか女性が好きそうな外観のお店。
そこに、昨日この声の主であるおばさんの一家が引っ越してきたのだ。
僕は結構人の顔や声を覚えるのは得意で、違う人かもしれないと疑う必要もなく玄関のドアを開けた。
「すみませんっ。お待たせしましたっ」
「あら、いいのよー。そんなこと」
おばさんは年齢の割に美人で常にニコニコと笑っている印象のそのまま、やさしげに微笑んだ。
それに釣られるように微笑むと、下から視線を感じて、視線のもとを辿ってみるとそこには、おばさんにそっくりな黒髪の僕より少し幼い位の小学生の子。
「あぁ、そうそう。今日はフレンちゃんにお願いがあって来たのよ」
「お願い?」
「そうなの。ノレインにはもう既に話してるんだけど、私達今日から店の準備で忙しいの」
「店の準備?」
「えぇ。フレンちゃんももう分かってるでしょうけど、下がお店になってるでしょ?」
「はい」
「私達実はパティシェなのよ。旦那と二人店を持つのが夢で、それがやっと実現したのは凄く嬉しいんだけど。ただその準備をするとなるとこの子の面倒が見切れなくて」
「はい?」
「フレンちゃん。店が軌道に乗るまでユーリをお願いしてもいいかしら?」
そう言えば母さんがそんな事を言っていた気がする。
その面倒を見る子がこの子か。
…随分可愛い顔をしてるけど…。
「あ、因みにこの子男の子だから」
!?!?!?
並の驚きじゃなかったけれど、でも親が言うんだからそうなんだろう。
それに、僕に預けるって事でもそういうことだ。
流石に女の子だったら預けないだろうし。
兎に角、母さんがもう了承した事だし、僕はちゃんと面倒を見る事を約束した。
最初の内は、僕の事を様子見していたユーリも一か月もすれば、すっかりと馴染み、自分から僕の家へと学校から真っ直ぐに帰ってくるようになった。
「フレン、ただいまーっ。あのな、今日な…」
そう言って楽しげにユーリが話すのを僕はうんうんと聞いている。
元々一人っ子の僕としては、弟が出来たみたいで嬉しかったりして。
こうして見るとユーリは本当に人懐っこい性格をしていた。
と言うより人に好かれやすい性格をしている。
それが、兄代わりとしては、すごく心配だった。
だって、いつどんな人間に捕まるかと思うと…うぅぅ…。
「フレン、フレンっ!今日の晩飯なんだっ?」
ほら。
こんな風に目をキラキラさせられたら誰だって可愛いって思うだろうっ!!
いつか誘拐されたりしたらっ!!
……そんな事されたら、誘拐犯を合法で叩き潰してしまおう…。
「…フレン?」
「はっ!?、あ、いや、何でもないよっ!晩御飯だったねっ!そうだね。麻婆カレーにでもしようか」
「やったっ!オレ、フレンの麻婆カレー大好きっ!」
嬉しそうに抱き着いてくるユーリが可愛い…。
家の弟は何て可愛いんだっ!!
手を繋いで台所へと行く。
こんな日常に僕はいたく満足をしていたのだが…。
ある日、そんな毎日に稲妻が落とされた。
何の変哲もない毎日を過ごしていた。
ただ、その日はたまたま生徒会の仕事が長引き少し急ぎ足で下校していた。
「ユーリ、待ってるかな」
僕の部屋で寂しそうにゲームをしているのかな?
そう考えるだけで、僕の足はもう走っていた。
この角を曲がると家だっ!
急いで角を曲がり、家の門をくぐると、そこにいたのは…。
「フレンっ」
にっこりと笑う黒髪の美人。
僕より少し年上っぽそうだ。
あまりの綺麗さに僕は持っていた鞄を思わず落としてしまった。
けど、それすら気にならない位に僕は見惚れていた。
「…フレン?」
近づかれると、今度は凝視してたのが恥ずかしくて視線をそらし、数歩下がる。
誰なんだろう。
どうして僕の名前知ってるんだ?
でも、…心臓がばくばくして落ち着かない。
落ち着かなきゃ…。
そ、そうだ。
名前、名前聞こう。
「あ、あの…。貴方は?」
「え…?」
「その、お名前を聞いても宜しいですか?」
「…ユーリだ」
ユーリ?
そう言えば、ユーリに似てる?
兄弟?
まさか、ね。
兄弟で同じ名前を付ける訳ないし…。
あ、そう言えばっ!
そうだよ。ユーリっ!!
この人の事は凄く半端なく途轍もなく気になるけど、ユーリが待ってるんだったっ!
「ユーリさん。すみませんが、何かご用でしょうか?ちょっと、僕急いでまして」
「急ぐ?」
「えぇ。中で僕の弟が、あ、実際には弟ではないんですが。でも、大事な子が待ってまして」
急いでドアに走り寄り、鍵を開け、振り返るとそこには既にユーリさんの姿はなかった。
「あ、あれ?」
帰ったのかな?
突然いなくなった事に、落胆している事に気づく。
けど、きっとそれも気のせいなんだろうと、抑え込み僕は家の中に入った。
あれ?
ユーリの靴がない。
ちょっと待ってくれ。
この時間帯でもいないってのは、やばいんじゃないかっ!?
慌てて靴を脱ぎ、部屋を見て回る。
二階の自室も勿論覗き、客室も全て見て回るがいない。
焦って、でも、もしかしたら、家に戻っているのかもしれない。
そう思ってもう一度玄関へ向かい靴を履こうとしたら、がちゃりとドアが開いた。
「あ、フレンっ!!お帰りっ!!」
「ユーリっ!!」
良かったっ!
無事だったっ!!
あまりの安堵感に僕は思わずユーリを抱きしめていた。
「あんまり心配させないでくれ」
「ご、ごめん…」
「いや。無事ならいいんだ」
「甘いもの食いたくて家に帰ってたんだ」
「そうか。やっぱりユーリも甘いもの好きなんだね」
「大好きっ!」
にっぱりと笑うユーリをもう一度、ぎゅっと抱きしめ、僕はユーリを解放した。
いつものようにユーリが僕の手を掴み、僕もその手を握り返す。
「じゃあ、今日の晩御飯はホットケーキにしようか」
「本当かっ!?」
「僕が嘘ついたことあったかい?」
「ないっ!」
僕たちはいつもの様に仲良く台所へと向かった。
小麦粉をボールに入れながら、そのボールをキラキラした目で覗き込むユーリに問いかけた。
「ねぇ、ユーリ」
「なんだ?」
「ユーリってお兄さんいる?」
「いねぇよ。妹ならいる」
「妹がいるってのは初耳だけど、そうかお兄さんじゃないのか。じゃあ…あの人は」
砂糖、牛乳、卵と次から次へと入れていく。
「あの人って誰だ?」
「ん?今日家の前にユーリにそっくりな人がいて」
「オレそっくり?」
「あぁ。凄く綺麗でびっくりしたんだよ」
ユーリはふーんと頷きながらも、嬉しそうに笑う。
という事は他人ではないのかな?
親戚とか?
だとしたら、もう一回会えるだろうか。
「フレンは…」
もう一度会えたら、色々聞いてみたい。
まだ名前しか解らないし。
もしユーリの知り合いなら、ユーリにお願いしてもいい。
「なぁ、フレンはさ………なのか?」
ぐいっと引っ張られ、はっと我に返る。
「え?あ、何だいっ!?」
うっかり話を聞いていなかった所為か、ユーリがほっぺを膨らませて、拗ねてしまった。
しまった…。
どうにかして、ご機嫌をとらなければ。
僕は冷蔵庫を開けて。
「ユーリ、ソースは何をかける?蜂蜜?メープル?イチゴジャム?」
「カスタードクリームがいいっ」
ぱっと拗ねていた事など忘れて、ユーリは僕の足に抱き着いた。
何とかご機嫌を取り戻せた事にほっとして、僕はユーリの希望のカスタードを冷蔵庫から取り出した。
その日。
ユーリは僕の家へと泊まっていった。
僕が違う人の話をしたせいだろうか。
焼き餅を焼いてくれたのなら、やっぱり可愛い。
わざわざ、僕の部屋に枕をもって一緒に寝るというんだから、これを可愛いと言わずに何を可愛いと言えばいいんだ。
しかし、おばさんの話によると、ユーリは気を許した人間の傍以外では眠る所か近寄りもしないという。
最近ではおばさんがいても寝ないとか。
そのユーリが僕の傍だとこんなにも爆睡してくれる。
それが僕には嬉しくて堪らなかった。
しかし…。
あの人は誰だったんだろう。
凄い綺麗な人だった。
男性に綺麗な人って表現は失礼かもしれないけど。
でも、本当に綺麗としか言いようがなかった。
あんなに綺麗だったら恋人位いるんだろうな…。
自分で考えておきながら、その恋人が憎くて仕方ない。
…ユーリさん。
名前を思い出すだけで、心臓が早鐘を打つ。
むしろ連打だ。
バクバクして…顔が火照る。
この感覚…もしかして…僕は…。
まさか…でも…。
辿り着いた答えに、僕は頭を抱えたくなった。
……僕はユーリさんに一目惚れしてしまったんだ…。

