君からのプレゼント (後編)
「そんな事無いよ。気付かない訳ないだろ?」
「フレンっ!?」
勢い良く振り返ると、そこにはフレンの姿があった。
と言うか、旦那がここにいると言う事は?
「おい。ハルとルリはどうした?」
「今、リタとカロルが見てくれてるよ」
「カロルが、ですか?」
「なんだ〜?エステル。どっちに焼き餅やいてるんだ?」
「や、焼き餅なんてやいてないですっ!」
慌てているのが目に見えて分かるのに、どうして隠すんだろう?
とか思っていてもあえて顔を真っ赤にして一杯一杯なエステルをそれ以上揄うのも気が引けて、ユーリはフレンに話を戻した。
「んで?お前どうして、ここにいるんだ?」
「君がエステリーゼ様と出て行って帰って来ないって、僕が家に帰ったらカロルが慌ててたから探しに来たんだよ」
「そいつは、悪かったな」
穏やかに笑うと、分かっているよと答える様にフレンは微笑んだ。
「それより、フレン。さっき、ユーリのプレゼント持ってるって仰いませんでしたか?」
「えぇ。持ってますよ。ユーリからの最初の贈り物ですから」
そう言って、篭手を外しテーブルの上に置くとフレンの腕にはユーリが付けている魔導器のような腕にピッタリくっつくタイプのブレスレットが嵌められていた。
見た事のある模様だ。けれど…。ユーリが贈ったのは…。
「ちょ、え?それ、…えっ?」
「ふふっ。やっぱりユーリ気付いてなかったんだね」
「?どうゆう事です?」
「それは、ですね?」
心なしか楽しそうにフレンは口を開いた。
―――騎士団時代。
「ユーリっ!!」
白い顔して駈け出して行ったユーリを呼びとめたが、後ろを振り向く事無く走り去ってしまった。
しかし、飛び出して行ったユーリ以上に白くなったのは、他でもないフレン本人だった。
『どうせ隊長の命令で嫌々来たんだろっ!!』
…隊長の命令。
確かにそう言ったけれど、そんな事頭に全然入っていなかった。
素直にただ、ユーリが心配で。
何かモヤモヤする。だが、それが何なのか今のフレンには全く分からない。
でも、今は、自分のそんな感情より、兎にも角にも白い顔したユーリを追いかける方が最優先である。
どこかで倒れてたりしたら、それこそ心配だ。
そう思い部屋を飛び出そうとしたら、ヒョッコリと赤い髪が中を覗き込んだ。
「フレン?今、ユーリが泣きそうな顔で走ってったけどどうかしたの?」
「えっ!?泣きそうな顔っ!?」
新たな事実追加。それを追いうちとも言う。
『泣きそうな顔』
という予想外の言葉にフレンは再び凍りついた。
「おーい?フレーン?」
「ぼ、くが、女の子を泣かせた…?」
「あ、あれ?ちょっと?フレン?」
「ど、どうしようっ」
「こらっ!フレンっ!!」
ペシ!!
一人慌て始めたフレンの頭を叩き呼びかけると、一瞬キョトンとして、直ぐ態勢を整え、自分の下で見上げる先輩騎士シャスティルに視線を落とした。
「ユーリに何か言ったの?」
「それが…その…」
口籠りながらも今ユーリが駈け出して行った経緯を説明すると、シャスティルの呆れ顔が同情顔に変わって、小さくため息をついた。
「うぅ〜ん。八つ当たりだね。明らかに」
「八つ当たり?」
「そう。生理の時って痛みの酷い娘程大変だからね〜。イライラしやすいのよ」
「そうなんですか?」
「うんうん。でもねー。だからこそ男に言われたくない事あるんだってヒスカが言ってたわ。ヒスカも生理痛酷いからユーリの気持ち分かるんだろうなぁ」
「シャスティル先輩はどうなんですか?」
「…そーゆー事、女性に聞くのはどうなのかしら?」
「え?あ、すみませんっ!」
「ま、いいけど。私は酷くない、と言うか寧ろ無いわ。全くと言って良いほど痛みは無い。こうゆうのは個人差だから」
そんな自信満々に胸張って言われても…。
と、思わないでも無かったけれど、フレンは敢えて口にしなかった。
寧ろ、そんなイライラする程体調が悪かったユーリと口喧嘩をした挙句、部屋から追い出す形になってしまった事にドン凹みしている。
そんなフレンに気付いたのか、シャスティルが肩をポンポンと叩き慰めてくれる。
「やっぱり、ユーリを探しに行ってきます」
「…止めといたら?」
「え?何でですか?」
「何となく、今会いたくないと思う。待ってた方がいいよ。いっそ仕事に戻ってみたら?」
「でも…」
「いいから。ほら、行こう」
後ろ髪引かれつつも、シャスティルに手を引かれるまま部屋を後にした。
隊長に今現在の情報を説明報告を済ませ、何時ものように街を巡回し何時ものように業務を終えて宿舎へと帰って来たフレンとシャスティルを出迎えたのは、胸やけしそうな程の甘い匂いだった。それが食堂の方から漂って来ている。
甘い物と言えば、反射的に思い出すのはユーリだが。気になって食堂を覗くとそこには、チョコレートケーキを和気藹藹と食べ合う隊長を始めとした隊員がわんさかいた。
「隊長…?何、してるんですか?」
「おー、フレン。帰って来たか。何、ユーリがヒスカと一緒に作ってくれたらしいんだが、旨いんだ。これが」
「えぇーっ!?ヒスカ、私のはーっ!?」
調理場にいるであろうヒスカに向かってシャスティルが叫ぶと、ヒスカは切り分けたケーキを一つ持って現れた。
「あるよー。シャスティルの分はね」
「え?フレンの分は?」
「それが、ごめんね。ないの」
「え?」
ない?
もしかして、ユーリはそこまで怒ってるんだろうか。
折角仕事に戻って一旦浮上した考えが再び沈み始めた。
けれど、そんなフレンを見てヒスカは人の悪そうな顔でにんまりと笑った。
「部屋に行ってみたら?」
「部屋?」
「何かあるかもよ」
言っている意味が分からない。
けれど、チョコケーキが食べられないならここにいる理由は無い。
とりあえず、そこにいる隊員に挨拶し、部屋に戻ってみる事にした。
部屋のドアを開け中へ視線を送るとベットの上で静かに眠っているユーリがいた。
戻って来ていたのか。
もしかしたら、今日もラピードの所で寝るのかと思っていたから、一先ず安心だ。
しかし、起こすのも可哀想だ。
そう思いそっとドアを閉め自分の机へと近寄ると、定位置管理を常に心掛け、机の上には本以外何も置いていない筈のそこに小さな箱ちょこんと置かれていた。
綺麗にラッピングされた可愛い箱。
これは、何?
ジッと見つめてから、そっと手に取ってみる。
ピンクの綺麗なリボンを解き、箱の蓋を取ると中には、………チョコレート?
「これは…?」
薄い紙に包まれているこれは、キャラメルみたいな…生チョコなんだろうか…?
そもそもこれは誰がくれたんだろうか?
この部屋に入れるのはユーリだけ。
だけど、今日は…?
疑問だらけで頭を捻っていると、持っていた蓋から何かがヒラリと落ちた。
四つ折りにされた紙。
いかにも後でこっそりと入れましたと言いたげな紙で。
箱を机に置き、その小さな紙を開くと、その紙には『宝石専門店 フラワー』と店の名前とそこへ辿りつくまでの地図が書いてあった。
これは一体なんなんだろう?
入っているのはチョコレートなのに、紙には宝石専門店と書いている。
分からない。となると、今、この疑問の答えを出すヒントはこの小さな紙の店だ。
なら、行ってみるしかないだろう。
とりあえず箱に蓋をして、その紙を持つと部屋を後にした。
その店は思いがけず近くにあった。
そう言えば街を巡回する時何時もその店の前を通っていた気がする。
宝石専門店と書いてあるだけあって、ディスプレイにも色んな宝石を散りばめた指輪やネックレス。色々な装飾品が並んでいた。
もう一度看板を確認して、手元の紙に書いてある店と合っている事を確かめると、フレンは店のドアを開いた。
カランとカウベルが鳴り、中へ入ると中はもっと色んな石が陳列されており、今までこうゆう店に入った事が無かった為、珍しい物だらけ。
ふと、紫色の丸い石に目が止まった。
透き通る様な紫色。
何だろう。ユーリの目に似てる…。
そう思ってまた、ジッとそれを眺めていると。
「あら?貴方もしかして、フレンさんかしら?」
「えっ!?」
いきなり名前を呼ばれて、驚いて振り返るとそこには、この店の店員であろう人が立っていた。
優しそうな女性で、茶色の髪を一つにまとめて店の名前入りのエプロンを付けて笑って『違う?』と聞かれ、驚きながらも頭をゆっくりと首を振った。
「そう。良かった。貴方宛てに預かり物があるのよ」
「僕宛てに?」
「そうそう。ちょっと待っててね」
フレンを置いて、店の奥に入って行き、小さな箱を持って戻って来た。
「これこれ。貴方宛てに」
手渡された箱には、ブレスレットが入っていた。青い宝石に少しアレンジされた花弁の多い花が模様として入っている。
「これ、は?」
「結構な自信作よぉ〜♪どうかしら?」
「え?あ、凄く綺麗です、けど…」
シルバーのリングで花が綺麗に彫られていて、凄く綺麗だ。
でも、フレンにしてみれば、これが誰からのプレゼントなのか。
そこが知りたいのだ。
「あの、これ、誰から依頼されたんですか?」
「え?それは言えないわ。客商売は口が軽くちゃいけないもの」
「そ、それはそうなんでしょうが。でも、そうすると、僕はこれを頂く理由がありません」
「うぅん。それも困るわね〜。お代も貰ってるし…。それじゃ、ヒントだけ」
「それでも構いません。教えてください」
大体想像はついてる。
そして、それは間違っていないだろう。
でも確信がほしい。
「そうね。ヒントは、黒髪ロングの騎士の女の子」
それはもうほぼ答えに近い。
でも、フレンにとってその答えは凄く嬉しい物だった。
「けど、私から聞いたって言わないでね?兎に角内緒にしてくれって言われてるから」
「はい。大丈夫です」
あれは、ユーリからのプレゼントだったのだ。
生チョコも、このブレスレットもユーリからのプレゼント。
「あの子、多分貴方に伝えたい事があったのね。きっと」
「え?」
「だって、真っ直ぐに展示されてるあの見本を指さして」
そう言って店員が指さした先には確かに自分が持っているブレスレットと同じ小さなリング。
「あの『指輪』下さいって言ったのよ」
「指輪?でも、これって」
「そう。ウチの店はあのディスプレイに展示されている見本をブレスレットにする店なの。でも、そんな説明すら聞く余裕が無い位、これがいいって、ね」
「このデザインですか?」
「これ。この石と花、知ってる?」
聞かれたけれど、知らない。
素直に首を振ると、にっこり笑って店員は答えてくれた。
「石はムーンストーン。石の意味は色々あるけれどその中の一つ幸福って意味があって、花はダリア。感謝って意味があるの」
「幸福と感謝?」
「石って言うのはね?それを求めている人を呼び寄せるから」
素直に嬉しかった。
ユーリは謝るのは何か違うと思ったんだろう。
だから、こうゆう形でフレンに、自分の体を心配してくれた事への『感謝』とフレンが側にいる事の『幸福』を伝えようとしたのだ。
そう考えるとますます、心があったかくなる。
フレンは貰ったブレスレットを腕に嵌めると、そんなほわほわと心が温かくなる幸せな気分のまま店を後にした。
宿舎に戻り自室へ帰ると、相変わらずユーリは眠ったままだった。
そんなユーリを眺めつつ、貰ったチョコを今度こそ口に入れる。
どうやら、手作りなようだ。
(どうしよう…。ユーリに酷い事言ったのは僕で、泣かせそうになったのも僕で…。なのに、ユーリは僕の好みの味でチョコをくれて、ブレスレットまでくれて、こんな…。嬉しい。どうして、こんなに嬉しいんだろう…。でも、ユーリのこの気持が凄く、心から愛おしい)
そっと近付きフレンはユーリの髪に触れた。
相変わらず綺麗な…シルクの様な触り心地の良い髪。
横向きで寝ているユーリの髪を後ろ流し、そっと囁いた。
聞いていなくてもいい。
―――でも、伝えたい。
「ユーリ、今日はごめん。そして、プレゼント有難う。大事にするから…」
フレンはユーリを眺めながら、ただユーリの髪を手櫛で梳かし続けた。
起きたらどんな反応するか…。
それすらも楽しみで、フレンは幸せを噛み締めた。
―――現在。
「ユーリ、顔真っ赤です」
エステリーゼに言われても、正直もう顔は上げられない。
「ユーリ?そんな恥ずかしがらなくても」
「無理だっ!!そもそも、指輪だって思ってたのにブレスレットとか、石と花の意味っ!?そんなの知るかーっ!!」
恥ずかしすぎて、声も大きくなる。
ただ、そんな様子のユーリが珍しいフレンは楽しげにユーリをぎゅっと抱きしめた。
「僕は嬉しかったよ。凄くね」
「うぅぅ〜…」
「でも、そうするとユーリは今まで指輪を贈ったと思ってたって事です?」
「あぁ。そうだよ。石だってあの色がフレンの…」
「僕?」
「フレン、です…?」
しまったと思ったがもう遅い。
エステリーゼがじーっとフレンを見つめる。
そして、気付いた。
気付かれてしまった。
「成程。フレンの瞳の色と同じです」
…新たな恥ずかしい事実追加。
ユーリは素直に思っていた。
誰か、オレを穴に埋めてくれ。と。
そして、そんな新たに追加された事実がフレンに益々喜びを与えたらしく、ユーリを抱き締める腕が強くなった。
「嬉しいよっ!!ユーリっ!!」
「あー……そうかよ。……オレはめちゃくちゃ恥ずかしい…」
もういっそ、顔を隠すためフレンの胸に突っ込む。
そんな、はた目から見ればラブラブな夫婦を見て、エステリーゼは思い切りよく立ちあがった。
「決めましたっ!!私も手作りにしますっ!!」
「へ?」
「早速材料を買ってきますっ!!行きましょうっ!!ユーリっ!!」
「は?え?ちょっ!!」
あっという間にユーリはエステリーゼに引き摺られていってしまった。
ぽかーん…。
フレンはその場に立ち尽くす。
既にエステリーゼとユーリの姿は無い。
どうしたものか…。
ふと、頭に手をやろうとすると、キラリとブレスレットが光った。
ユーリのくれた、最初のプレゼント。
いや、正しくは小さい頃に可愛い花とか色々貰っているが、でも。
多分、二人が性別を意識して男女ととして貰ったプレゼントはこれが一番最初。
そして、フレンにとって何よりも大切な宝物の一つ。
そっと、ブレスレットを撫でる。
…多分、ユーリとエステリーゼの事だ。
カロルだけでなくフレンにも何か買ってくるだろう。
だったら、その場にいるのは無粋だ。
ならば、帰って待っていよう。
ユーリがフレンに贈った最大のプレゼント。
―――娘達の待つ家へ、フレンは歩き始めた。

