気になるあの娘 前編
―――その娘と出会ったのは突然だった。本ッ当に突然だった。
「おい、お前、そこ退けっ!!」
「え?」
生徒会長としてこのヴェスぺリア学園の見回りをしてる最中に、今まさに塀を飛び越え僕の上に落ちんとしている黒髪の女の子。
「な、何でっ!?」
「そう言ってる間にどけっ!」
女の子が塀から落ちようとしていると言うのに、ただ避けるなんて出来る筈もなく、僕はその子を腕に抱きとめた。
塀を乗り越えて来た割に、結構細く、何より軽い。
制服はうちの学校のものではない。
って事はよその学校の生徒だろうか。でも、だったら何で塀を乗り越える必要がある?
こう言っては何だが、不法侵入者対策の為、この塀は結構高い。
それこそ、180cmある僕が、首所か腰を逸らして見上げなければならない位の大きな塀で。むしろ、これは『壁』だ。
そもそもスカートをはいて、塀を乗り越えた所為で中丸見えだったし…。
「おい…」
制服…。これ、セーラー服だよね?
近くにセーラー服が制服の学校ってあったっけ?
そう言えば、ブラスティア高校はセーラー服だっけ?
「…おい…」
リタもセーラー服だったな。でも、翌々考えればリタは県外からの転校生だったし…。
でも、この娘にセーラー服、似合うな。
黒髪に、黒くて綺麗な瞳…。
「おいっ!!」
「えっ?」
「いい加減降ろせ」
言われて思い出す。
ずっと、女の子を腕の中で抱きとめたまま、凝視してた…?
「ご、ごめんっ!!」
自分の今の状況が恥ずかしくて、顔に熱が集中するのが分かって慌てて女の子を降ろした。
「いや、別に」
「で、でも、一体何で君はあんな所に…」
「んー、ちょっとな」
「ちょっとじゃ分からない。事と次第によっては一応出るとこに出て貰う事になるけど?」
僕がそう言うと目の前の女の子は、うっと声を詰まらせ諦めたように息を吐くとぼそりと口にした。
「…追われてんだよ」
「追われてる?」
「…変な男に、ナイフ持って追われてんの」
「ナイフっ!?それで、大丈夫だったのかっ!?」
「お、おう。全速力で走ってここに隠れようと思ったからな」
「そ、そうか…。なら、良かった」
ほっとした。
ナイフとかありえない。
この娘が無事で本当に良かった。
…でも、そうか。そんな危ないのがいるのか。うちの女生徒も危ないかもしれないな。
今日の朝礼にでも伝えておこう。
「ね、君…」
キーンコーン……。
「あ、予鈴。んじゃな」
「あっ!?」
行ってしまった…。
あっという間に走って行ってしまい、追いかけるに追いかけれなくなってしまった。
仕方なく、チャイムも鳴った事だし、僕は教室に戻る事にした。
…あの娘、どこの高校の子かな…?
あんな目立つ見た目なら結構有名なのかもしれない。
でも、そんな話聞いた事無い。
これでも、僕は生徒会長として友好を深める為に色んな高校に行っている。
だから、それなりに情報を持っていると思ってたんだけど…。
そんな僕でさえみた事がない…。
一体誰なんだろう…?
「……可愛い娘、だったな…」
「誰が、です?」
「うわっ!?」
何時の間に横にいたのか?
でも、急に声を上げた僕に驚いたのか目を丸くして、柔らかな桃色の髪をした学園のアイドルがごめんなさいと謝った。
「い、いえ。こちらこそ、気付かずに申し訳ありません。エステリーゼ様」
「いいえ。こちらこそ、いきなり声をかけてすみませんでした。それで、誰が可愛かったんです?」
「えっ?そ、れは…」
「フレンから可愛いとか初めて聞きました。誰なんです?私の知ってる人です?」
「あ、あの、エステリーゼ様?」
「フレンが可愛いって口にしてしまうって事はよっぽど可愛いんですねっ?会ってみたいですっ!」
…もう、僕の言葉はきっと届いてない…。
いや、届いてない所か…。
「もしかして、フレン、初恋ですっ!?初恋なんですっ!?一目惚れですっ!?」
十歩も百歩も先へ行ってしまわれた…。
けど…一目惚れ、か。
確かに、何度も言う様に可愛い娘だった。
しかし何でだろう…。初めて会った気がしない。
何時だろう…?
会った事があるなら、あんなに綺麗な娘なら…忘れる訳ないのに。
「フレンっ!!聞いてるんですっ!?」
「うあっ!?はいっ!?」
「むぅ。やっぱり聞いていません」
「も、申し訳ありません。エステリーゼ様」
ついつい自分の思考の海へと沈んでしまう。
しかも、これだと授業に遅れてしまう。
拗ねるエステリーゼ様を宥めて、靴を履き替え玄関を抜け、教室へと向かいそのまま授業を受けた。
最終の授業が終わるまで何事も無く何時もの様に時間が過ぎ、何とか生徒会の仕事も片づけ席を立つと、窓からは既に西日が差しこみ生徒会室を緋色に染めていた。
「さて、と。帰ろうかな」
席を立ち、戸締りを確認して生徒会室の鍵を閉める。
これも、何時もの事。
…もう、あの朝の出来事も夢だったんじゃないだろうか?
あまりにも普段通り過ぎて、朝の事を忘れかけていたその時だった。
「……が、……で……ろっ!!」
微かに声が聞こえる。
これは校舎の外から聞こえる声だ。
急いで窓に走り寄り、声のした方に視線を向けると、そこには…。
「あの子だ…」
しかも、ピンクメッシュの入った如何にも柄の悪そうな奴と戦っている。…竹刀で。
更に言うなら意外とってのも変だけど、強い。
けど、相手も負けてない。と言うか、あの手に持ってるのは…サバイバルナイフっ!?
今朝、あの子が言った事は、本当だったんだ。
慌てて職員室に駆け込み、生徒会担当で何時も居眠りして仕事が堪る一方で残業をする為に残っていた、爆睡中のレイヴン先生の頭に生徒会室の鍵を刺すと玄関へ走る。
靴を履き替えるのすらもどかしいこの時間。
今急いで行かなきゃ、もう会えない気がしたから。
そして、どうやら間に合ったようだ。
「触るな、って、言ってんだろうーがっ!!」
今朝の女の子の竹刀の突きが男の眉間へとヒットした。
確かにあそこを突けば確実だろう…。確実だけども、…やり過ぎじゃないかな…?
「っとに、うぜぇったらねーぜっ!!」
「ユー……リ…ら、ヴぅりー……がはっ」
…凄い執念だ。
けど、その愛を告げた相手がこうも冷たい目をしていては…。
少し同情したくなった。
「んで?フレンは何時までそこにいるわけ?」
「え?あ、ごめ…って、え?」
「ぷっ…あはははははっ!!」
慌てた僕が可笑しかったのか、ユーリと呼ばれた女の子は腹を抱えて笑いだした。
突然笑われて、どう反応していいか分からない。
ただ、今目の前にいる女の子が僕の名前を知っていたって言う疑問を問う事は出来る。
「なんで、僕の名前…?」
「おま、まだ気付かねぇのか?白状だなー」
「え?まだって?」
「…ったく。ほら、これなら分かるか」
そう言って、両手で長い黒髪を一纏めにして持ち上げた。
「……あ…」
―――ユーリ。
そうだ。どうしてこの名前で直ぐ思い出さなかったんだろう。
ユーリだ。
「もしかして、ユーリか?ユーリ・ローウェル」
「おう。そうだよ」
「え?え?だって、ユーリは男で」
「…やーっぱり勘違いしてたか。悪かったな。男勝りで」
…男勝りで…?
僕の記憶では、男勝りと言うか男そのものだった。
いつも髪を一つにまとめあげて、そんじょそこらの男子より喧嘩が強くて、ユーリは小さい頃今の街に引っ越す前に住んでいた街で良く遊んでいた子だった。
本当にそれこそ何をするにも一緒で、お泊まりもして…ご飯も一緒に食べて、お風呂も……?
「おい、何赤くなってんだよ?」
「え?え?べ、別に赤くなんてなってないっ」
とは言ってみるものの、きっと真っ赤だと思う。
小さい時の事は、ノーカウントなんだろうけど、でも…。
恥ずかしい…。
「変な奴」
「わ、悪かったな。それより、ユーリ。ここを離れた方が良くないか?」
「ん?何で?
」
「彼が起きると面倒だろう?」
「それは、そうか。そうだな。んじゃ、帰る」
ユーリが僕の横を通り過ぎる。
咄嗟に僕はユーリの手を掴んでいた。
どうしてかは分からない。けど…離したらいけない気がして…。
「…フレン?どうした?」
「ユーリ、今時間あるかい?」
「何だ?それ?ナンパ?」
「い、いや。そう言う訳じゃないが。きちんと話したい。こんな風に少しだけじゃなくて」
顔に、頭に血が上って湯気が出そうだ。
一瞬きょとんと目を丸くしたユーリが、ふっと優しい顔になって微笑んだ。
「…相変わらず、だな。フレン」
今にも泣きそうな顔でユーリは、笑った。
その笑顔に僕は目も何もかも奪われた気がした。
「いいぜ。一緒に行く。どうせなら、どっか店に入ろうぜっ」
そう言って、僕の手をとるユーリは昔と変わらない。
僕に相変わらずと言ったその言葉は、そのままユーリにも当て嵌まる。
ユーリだって全く変わってない。
その事が僕は堪らなく嬉しかった。

