気になるあの娘 中編
ユーリと再会して、二ヶ月が経った。
どうやらユーリは、小学2年の時僕が転校して直ぐ事故で両親を亡くし、親戚の所を転々としていたらしい。
しかし、転々とした先々で色々あり高校生になって、必死にアルバイトをして漸く一人暮らしをするだけの資金が貯まり、親戚の庇護を受けなくて良くなったと言っていた。
更に、それでも高校は卒業しないとこれから職に就く上で不利になると、私立でも学費のかなり安いヴェスぺリア学園に転校をしてきた。
要するにあの塀を乗り越えて来た日はどうやら下見だったようだ。
「塀を乗り越えたって、あの塀?」
「おう。あの位どーってことねーだろ?」
「どうって事あるわよ。うーわー、ありえなーい」
何時もの教室。
何時ものメンバーにユーリが加わっただけで、こうも賑やかになるものだろうか。
「おい、フレン」
「なんだい?」
呼ばれたから、隣にいたユーリの方を振り向くと口に何かが当たる。
ユーリの目を見ると、食えと言っているようだからそれを口に受け入れる。
あ、これ、ハンバーグだ。僕の大好物。
「上手いか?」
口に含みながら喋ると行儀悪いから、こくりと頷く。
すると、ユーリはニヤリと笑って、でも嬉しそうに「そうだろ」と笑った。
…反則だ。そんな可愛い顔。
「オレが作ったんだから当然だな」
「えっ!?」
「何だよ。オレだって料理位するぜ?ってか、自炊出来ないと一人暮らしなんて出来ねぇって」
それはそうなんだろう。けど、僕が驚いたのはもっと別の事だ。
これ、ユーリの手作りなんだ…。
何か飲み込むのが勿体なくて、ゆっくりと咀嚼する。
「これ、ユーリが作ったんですっ!?」
「おぉ。この位なら結構簡単にな」
「凄いですっ!!」
「エステルも一つ食べるか?」
「いいんです?」
「構わねぇよ。リタも、どうだ?」
「た、食べる」
…皆がユーリのお弁当に手を出す。
でもちょっと、これは…。
ユーリ、お弁当あげ過ぎだろう。君が食べる分が無くなってるじゃないか。
けど、君の事だ。それを言った所で、「オレはもう充分食ったよ」とか笑って言いそうだ。
と言うより、言うだろう。これは確信に近い。
ならば僕がとる行動は一つ。
「ユーリ、はい、これ」
「ん?…プリン?」
「君甘い物が好きだったろ?僕はそんなに好きじゃないから、君が食べてくれると嬉しい」
「…いいのか?」
勿論と笑って答えると、ぱっとユーリの顔が明るくなった。
嬉々としてプリンの蓋をあけ食べ始めるユーリに少しホッとする。
僕の気のせいなら構わないが、でも最近やつれたと言うか痩せた気がする。
ユーリはただでさえ細いのに、この二ヶ月の間に更に痩せた様に思える。
「何だよ、フレン?」
美味しそうにプリンを頬張るユーリが小首を傾げるが、何でもないと笑って答え自分の弁当を食べる事に専念した。
ユーリが転校してきて毎日が騒々しく楽しくなった。
そんな日常が普通になってまた一ヶ月の月日が経った。
今日も何時もの様に皆が集まり騒々しい昼食になると思ったのだが…。
何時もの教室。そこにユーリの姿が無かった。
「あれ?ユーリは?」
「それが、今日は体調を崩してしまったらしく、学校をお休みしてるんです」
「体調を崩した?」
「えぇ。風邪だそうよ」
そこにはユーリが昼食に参加する様になってから、参加する回数が増えたジュディスがいた。
一人で行動する事が多い彼女が集団で行動する様になったと周りからは奇異な目を向けられていたのだが、彼女は全く気にしていないらしい。
「風邪ねー。それってホントかねー」
「どう言う事ですか。レイヴン先生」
女の子とばっかり食事とるなんてずるいわーっ!!
と気付けば参加していたレイヴン先生に問い掛けると、ホントは秘密なんだけどねー、と言いつつ手元のファイルから一枚の紙を取り出した。
「皆も、これおっさんが見せたって事内緒よ?じゃないと、おっさんの首が飛んじゃうっ!!」
「おっさんの首なんてどーでもいいから、早く見せなさいよっ!!」
リタの容赦のない言葉がレイヴン先生を斬り付け、紙を奪い取り手早く内容を読み込む。
「これって…」
驚愕に目を見開くリタの横から紙の内容を読んで僕も思わず、嘘だろと呟いてしまった。
「な、何て書いてたんですっ!?」
「……ユーリ、一ヶ月の休学届出してるの」
「休学届っ!?」
「み、皆。声が大きい。これはユーリちゃんの個人情報なんだから」
レイヴン先生の注意で、慌てて皆が口を塞ぐ。
しかし、休学?何でだ…?
もう一度リタの持っている紙を読み返す。
そこで漸く気付く。休学期日は来週の土曜日から。
まだ、時間はある。なら、理由もまだ聞ける余裕はあるだろう。
僕は、無意識の内に駆けだしていた。背中から、僕の名を呼ぶエステリーゼ様の声が聞こえたけれど、それに振り返る余裕は無かった。
無我夢中で、ただただユーリの家を目指していた。
学校からはそう遠くない、古い小さなアパートの一室。そこがユーリの家だった。
表札には何も書いていない。けれど、さっき見たレイヴン先生が持っていた紙によるとここに間違いは無いらしい。
コンコンとドアを叩いてみる。
反応は無い。
もう一度叩いてみる。
すると、ちょっと間が空いたものの、「誰だ?」と言う声が聞こえてきた。
でも…ユーリの声、何時もより少し低い様な…?
「おい、誰だ…?」
「あっ、ごめん。僕だよ。フレンだ」
「フレンっ!?」
名を名乗ると驚いた様に声をあげ、ドアが開かれた。
そこにはシーツを肩からかけ、顔を真っ赤にしたユーリが立っていた。
「えっ?おま、なんで?学校は?」
「僕の事はどうでもいいだろ。ユーリが風邪引いたって聞いた。…熱は?」
額に手を当てると、ユーリは凄く熱かった。
完全に熱がある。どうやら、風邪を引いたと言うのは嘘ではないらしい。
「熱、まだあるね。ほら、部屋に戻って」
「あ?おい、ちょっと」
ユーリをくるっと方向転換させ中へと入れ、ついでに僕も勝手にだけど中へ入りドアを閉めた。
靴を脱ぎユーリを奥へと入れると、……何で、ベットが無いんだ?
「ユーリ、君、ベッドは?」
「ねぇよ」
「じゃあ、布団は?」
「…ない」
「……君、何処で寝てるんだ?」
「このシーツとあの毛布にくるまって」
そう言って指さしたのは、薄い毛布一枚。
呆れた…。そうだ。翌々周りを見渡してみると、ソファもラグも棚も何もない。床にユーリが指さした毛布と制服が散らばっており、端の方に旅行鞄らしきものが一つぽつんと置かれていた。
そもそも、そんな広い部屋ではなさそうだけど、でも、それでもこれはない。
「…これじゃ、風邪引いて当然だ」
「仕方ないだろ。…金、無いんだから」
「仕方なくないっ!…ユーリ、ちょっと、ごめんね」
「えっ?わっ!?」
こんな所にこんな状況のユーリ何て寝かせてられない。
って言うかそもそもこんな場所で風邪が良くなる訳がないっ!!
僕はユーリを問答無用でユーリを落ちていた毛布でくるむと、抱き上げたった今入って来た道を戻る。
…軽い…。まるで綿か何かが入ってるみたいだ…。
最初はこの状況に抵抗していたが、やっぱり思ったより熱があったのだろう。直ぐにぐったりと僕の胸に頭を預けてきた。
ユーリの家の鍵が何処にあるのか分からないから、とりあえずそのままドアを閉め、急いで僕は家へ帰宅した。
突然帰って来た所為か、母さんは驚いていたがユーリの姿を見て直ぐに客間に布団を敷いてくれた。
ゆっくりとユーリを布団へと寝かせ、母さんに着替えを任せると客間を出てキッチンへ行き冷蔵庫を開ける。
スポーツドリンクと…ユーリだしな。粥よりは甘い物、かな?
そう思って、桃の缶詰を取り出し、皿を用意するとパカッと缶詰を開けそこへと二、三個取り分ける。
するとユーリの着替えが終わった母さんがキッチンへと戻って来た。
「あのこ、ユーリちゃんでしょ」
「うん」
「やっぱりっ。綺麗になったわね〜っ。お母さん嬉しいっ!」
「うん…うん?何で母さんそんなに喜んでるの?」
「え?だって、ユーリちゃん、フレンの彼女なんでしょ?」
「……はっ!?」
か、か、彼女って、えっ!?
突然の母からの言葉に、恥ずかしいやら何やら、どうしていいか分からず顔に熱が集中する。
けれど、それより、ユーリの為にここはちゃんと誤解を解いておかないと。
「ユーリは僕の彼女じゃないよ」
「でもフレンは好きなんでしょ?」
「う…。そ、れは…」
「だったら問題無いわっ!お母さん娘が出来るの、ほんっとに、ほんっっっとに待ってたのっ!!」
…2度言った…。よっぽど嬉しいのか、母さんは僕が用意したドリンクと桃を持って戻って行ってしまった。
スキップして母さんの周りに音符マークやらハートマークが乱舞して飛び回っていそうで、僕は小さくため息をついた。
…さて、と。
僕も、ユーリの所に戻ろうかな。
手早く缶詰に残った桃をタッパに入れ冷蔵庫に戻すと、水と薬を持ってユーリを寝かせた客室に戻ると、母さんがユーリの額のタオルを冷やし直していた。
ユーリも意識はしっかりあるらしい。
母さんが何かする度に済まなそうな顔をする。
「ユーリ、桃食べた?」
「ん。ありがとな」
「そう。じゃ、はい。これ」
「……もしかして、それ…」
「うん。薬」
「いらねぇ」
「駄目。飲まないと治らないよ」
それでもプイッと視線を逸らす。
しかし、どうやら逸らした方向がまずかったらしい。
「ユーリちゃん、薬飲んでくれないの…?風邪治らなかったらどうするのっ?」
もそもそとユーリが起き上がると、手を差し出した。
…母さんに世話を頼んで正解だったかもしれない。
どうやらユーリは、この手のタイプに弱いらしい。ウルウルと瞳を潤ませて、両手を合わせ顔を覗かれれば一発だった。
ユーリの手に薬と水を渡すと、意を決したようにぐっと水を口に含むと錠剤を3錠口に放り込み、一気に飲み干した。
「いい子ね、ユーリちゃん。後は、ゆぅっくり眠れば熱は下がるわよ。私が側にいるから安心して寝なさい」
「……側に…?」
「えぇ。ずっと、ずぅーっと、ずぅーーーーーっと、側にいるから」
…三度言った…。
そう言えば昔から母さんはユーリの事気にいってたっけ?
事あるごとに、ユーリちゃんお嫁に来なさいっ!ユーリちゃん、可愛いわねぇ…って言ってたような気がする…。
遠い目で母さんを眺めていると、下から視線を感じそっちを向くとユーリが何か言いたそうにこっちを見ていた。
「大丈夫。僕も側にいるから…。眠って。ユーリ」
髪を梳く様にユーリの頭をゆっくりと撫でると、ユーリはそっと瞳を閉じ、しばらくするとスースーと寝息が聞こえてきた。
ふとユーリの首筋に視線がいく。深い意味も理由も無かったけれど、でも、ユーリの首筋に何か赤い跡が見えた。
…あれは…?
気にはなったけれど、今は他にやれねばならない事がある。
「…母さん、ユーリをちょっと見てて貰える?僕ユーリの家に行って制服とか必要な物取りに行ってくる」
「任せてっ!!例えフレンが帰って来なくてもユーリちゃんの面倒は私がしっかりみるからっ!!」
どんと胸を叩く。
しかし、いま聞き捨てならない言葉が聞こえた様な…。
まぁ、いいか。
立ちあがりそっと部屋を抜けると、ユーリが目覚めない様に玄関を抜け外へ出た。



