最優先事項だろ?(後編)





―――ヘリオード宿屋。


「……って事がありまして…」
「うぅっ…。じゃあ、やっぱりユーリは女性なのですね…」
「貴様、何故そんな重要な事を隠していたっ!?」

ソディアがユーリに掴みかかる勢いで迫る。しかし、ユーリは動じず…。

「お前等なぁ…。自分から女ですって自己紹介する奴がいるか?」
「う…。それは、そうだが…」

あっさりと言い負かしてしまった。周りの仲間達もそう言われればそうだと納得してしまう。

「あれ?でもジュディスとレイヴンは驚いて無かったよね?なんで?」

カロルが不思議そうに二人を見た。しかし、二人は何食わぬ顔で『知ってたから』と答えた。

「え?いつ気付いたんです?」
「この前、ユウマンジュのお風呂に入った時に」
「…あれは失敗だったな…」
「ユーリ?」
「いっつも誰もいない隙を狙って入ってたってのに…」
「結構スタイルいいのよ?ユーリって」

ふふっと笑いながらジュディスが言う。そのセリフに男性陣が紅い顔でユーリから視線を逸らした。

「じゃあ、おっさんは何時気付いたのよ」
「ふっふっふっ。おっさんに知らない事はないのだよ」
「こいつ朝、オレのベットに一緒に寝てたんだよ。で、胸の間に顔埋めてたから気付いたんだろ」

……。
……………チャキッ。

「ふ、フレンちゃん?そ、そのお手てにある武器はなぁに?」
「………」
「フレンちゃぁ〜ん?お目めが怖いのよぉ〜?」

ジリジリと絶妙な間合いで二人が距離をとっていた。

「そもそも、何でフレンちゃんが怒るのよぉ?」
「人の彼女に触ったのですから、ましてや寝込みですよね…?いくら、シュヴァーン隊長主席でも許される事ではありません。それ位お分かりになりますよね?」
「……かの、じょ?って誰が?…まさか…?」

仲間達の視線がユーリとフレンの間を行き来する。

(……逃げよう…)

居心地が悪く、そーっとそーっと逃げようとするユーリの手をしっかりと掴み、自分の元へと引き寄せた。

「彼女ですよ?ユーリは。…ね、ユーリ」
「う…。ま、まぁ…。彼女って言えば彼女…か?」
「僕としては婚約者でもいいけれど?」
「婚約者って、バカかっ」

フレンの腕の中で大人しくしているユーリを皆が凝視する。しかし、二人は全く気付いていない。

「そう言えば、あの後だったな。フレンがオレに言ってきたのは」
「うん。そうだったね。隊長が亡くなった後、君は…すごく綺麗だったから」


―――騎士団時代。

ガリスタが起こした魔導器暴発事件でフェドロック隊長は亡くなった。シゾンタニアの街は結界魔導器が無くなり街の住民達は移動する事になった。今日の分の作業が終わりフレンは何時ものように自室のドアを開け気付く。そこに何時もいるはずのユーリがいない。騎士とはいえど、ユーリは女性だ。そんなユーリがこんな夜遅くにいないなんて…。もしかしたら、犬舎にいるかもしれないと、フレンはそこへ向かった。しかし、そこにはラピードしかいない。ラピードにユーリの何時も使っている毛布がかかっている。と言う事は、ここに来たと言う事だ。でも、姿は無い。やはり、外に出たのだろうか…?

「一体、どこへ…?」

どうしてこんなに不安なのだろう…。フレンは、何かに急かされる様にユーリを探した。すれ違う人に行方を聞き、ひたすらユーリの後を追いかけ辿り着いた場所は…。

「ここは…?」

ユーリとフレンが始めてシゾンタニアを見た、丘の上だった。その丘からユーリはシゾンタニアを見下ろしていた。星の光を受けユーリの髪が闇の中に黒く輝いていた。

「…なんだ。お前も来たのか…」
「ユーリ…。どうして、ここに?」
「…見ておきたかったんだ。隊長が守った…命を賭けてまで守った街を…」
「ユーリ…」
「もう、数日でここから光はなくなる…。星の光だけになる。だから、その前に…」

振り向く事無くただシゾンタニアを見下ろしていた。その隣に並びユーリの顔を見ると頬を涙がつたっていた。ユーリの泣き顔を見たのは何時振りだろう…。

「お前との約束を守りたくて…騎士にまでなったのに。実際はどうだよ。隊長一人助けられやしねぇ…。世界所か、尊敬する男一人助けられない…」
「ユーリ…っ」
「…フレン。オレは騎士団を辞める」
「ユーリっ!?」
「…隊長が言っていた、『助けられるモンを助けてやってくれ』って言葉。オレなりに追ってみる事にする…だから」
「…うん。分かったよ。ユーリ…」

フレンはただユーリを抱き締めた。ユーリはこんなに細かっただろうか…?こんなに、綺麗だっただろうか…?

「フレン…?」
「…そうか…。僕は…」
「どうしたんだ?フレン?」
「…ずっと、君と再会したその時から…君を見るだけで落ち着かなかった。何でだろうって思ってた。君の一言一言が気になって、イライラしたり嬉しくなったり。でもようやく分かったんだ。僕は…ユーリ、君が好きだ」

バッとフレンの顔を見つめると、優しい瞳でユーリを見返す。それが、嬉しくてユーリはフレンの背中に自分から手を回し、フレンの胸に体を預けるように抱きついた。

「フレンっ…バカだな。オレなんかに…」
「ユーリ…。大好きだよ」
「オレも…好きだ…。フレン」

お互いの気持ちを確かめたその翌日、ユーリは騎士団を辞めラピードと共に一足先に下町に帰って行った。



―――ヘリオード宿屋。



「…ねぇ、なんか僕達忘れられてない?」

カロルが遠い目で、抱き合い二人の世界に入っているフレンとユーリを見ている。

「そうね。ラブラブだわ」
「ラブラブなのじゃ」
「でも、おっさんへの牽制は続いてるわよ」

確かにフレンがユーリを抱き締めながらもユーリの後ろにいるレイヴンをずっと睨みつけている。

「余程許せなかったのね」
「…じゃあ、僕はどうなるのっ!?」
「カロルは範囲外じゃー」
「そ、そっか。ほっ」

一方、フレンとユーリのその姿を見て、意識が遠のきそうなソディアが意識を保つ為、必死にウィチルに助けを求めていた。

「あ、そう言えば、ユーリ。僕に何か言いたい事があったんじゃないのかい?」
「ん?あぁ、そうだった。なぁ、フレン」
「なんだい?」
「お前確か昔から肉が好きだったよな?」
「え?う、うん。そうだけど?」
「じゃ、ミートでいいか?」
「え?え?何の話?」
「あぁ、言ってなかったけ?オレとお前、星喰み倒す前にシただろ?」

何を大っぴらに言うのか。フレンが真っ赤な顔をして取り敢えず頷く。周りをチラ見する限り、エステルとソディアは顔を真っ赤に染め。カロルとリタとウィチルは意味が分かっておらず、パティとレイヴンとジュディスは微笑ましげに見守っていた。

「んで、デキたみたいだから」
「え…?」
「名前はミートでいっかって思って」
「ちょ、ちょっと待ってっ!!出来たってユーリ、妊娠したのかっ!?」
「あ、うん」
「で、名前をミートにしようとしてるのっ!?」
「あぁ」
「それは嫌だっ!!って言うか、ちょっと待ってくれっ!!落ち着いてっ!!いや違うっ、誰か僕を落ち着かせてっ!!」

バキッ!
ユーリの拳がフレンの頬に命中した。まさか、驚かせた本人に殴られるとは思わず、キョトンとしながら、でも何とか落ち着きを取り戻した。

「落ち着いたか?」
「う、うん…。って無理に決まってるだろっ!!…ユーリ、もしかして…妊娠に気付いていて星喰みと戦ったの?」
「あぁ」
「で、明日からまたギルドの仕事に行くからその前に僕を呼んで報告だけでもしておこうと?」
「あぁ」
「更には折角出来た子供の名前を僕が肉好きだからって、あっさりとミートと名づけてしまえとそんな簡単に…?」
「うん?」
「馬鹿っ!!ユーリは今から出産休暇っ!!あぁっ、どうしようっ、凄く嬉しいっ!!でも、兎に角、結婚届っ!!いや、その前に子供の名前だよねっ!!あ、でも。ちょっと待ってっ!?その前に医者かなっ!?」

有無を言わさずユーリを抱き上げ宿屋を飛び出していく。誰一人追いかける事はせず、

「おー、見えなくなったのじゃー」

窓の下を見下ろしたパティがフレンの後姿を微かに確認したが、すぐに姿は消えてなくなった。残されたのは呆けた仲間とドサクサにまぎれて蹴り飛ばされ床に倒れこんでいるレイヴンだった。