僕のユーリ(女) 後編
「酷いな、ユーリ」
「うるせぇ。嫌がってる奴にキス仕掛けている奴の方が酷ぇっつーの」
濡れた前髪を書き上げるフレンは、自分の変化に気づいていなかった。
「だって、君が余りに可愛かったものだから…」
「へっ、今はお前のが可愛いんじゃねーの?」
「え?」
ユーリの言葉に漸くフレンはさっきまで見下ろしていたユーリの顔が真横にあることに気付く。
慌てて、体のあちこちに触れるとあんなに鍛えたハズの筋肉がなく、先程ユーリに言ったようにフニフニの体になっていた。
「な、何で…?」
フレンが疑問に思った所でネタばらし。
そして今の状況を詳細に伝えた。
奇妙な泉があった事。
依頼でその泉の水を採りに行ったら、パティの突撃により落ちてしまい呪いを受けてしまった事。
その呪いが水を被ると女になってしまうという事。
「…ちょっと、待ってくれ。じゃあ、何で僕まで女性になってしまったんだ?」
「それは、オレがその水をかけたからに決まってるだろ」
「い、いや、それはそうなんだろうけど、でも…どうやってその水を?」
「パティに頼んで、二瓶分汲んで貰ったんだよ。一個は依頼人に、もう一個はまぁ、予備って奴か?」
ケロリと言い放つユーリにフレンは大きく息を吐いた。
「ま、お湯に浸かれば一時的にでも男に戻れるんだし、とにかく風呂に行こうぜ」
「それしか、ないようだな」
フレンとユーリは並んで歩きだした。
互いに近況報告をしながらも、互いに互いの姿が気になって仕方がない。
正直ユーリが綺麗系ならば、フレンは可愛い系。
ユーリもフレンのこの姿が予想外だったのだ。
(顔…ちゃんと見てぇな…)
さっきフレンがユーリの顔をマジマジと見た気持ちが少しだけ分かった気がする。
だが、なんだかフレンと同じ行動をしたくない。
そう思ったユーリは自分を戒め、真っ直ぐお風呂へと向かったのだった。
※※※
ユウマンジュの扉を開けると、カロルがユーリ達を発見して走り寄ってきた。
「何だ?カロル。まだ戻ってなかったのか?」
「だ、だって…その…」
カロルが顔を真っ赤にしてモジモジと服を弄っているのを見て、ユーリは何かを納得してしまった。
よくよく考えればお子様体型とは言え、女の体である。
「何だ?恥ずかしかったのか?」
ニヤニヤ笑いながら言うと、後ろからフレンに嗜められた。
「ユーリ、全く君は…」
「あれ?フレン?どうしてここにいるの?」
「さっきユーリとバッタリ会ってね」
「…あれ?しかも、フレン…少し縮んだくない?」
「…それも、さっきユーリが」
「あの予備の水ぶっかけたからな」
「えええええーーーっ!?」
カロルの驚きの声が宿いっぱいに響き渡った。
「じゃ、じゃあ、フレンも女の人になっちゃったのっ!?」
ニヤリと笑ったユーリと苦笑いを浮かべたフレンが同時に頷いた。
その時、奥の女湯から女性陣がそれぞれラフな格好をして出てきた。
「あ、ユーリ。大丈夫です?」
「なんじゃ?フレンも一緒なのか?」
四人がユーリ達の所へと歩み寄る。
そして、彼女達はフレンの変化にすぐ気づいた。
「とにかくお風呂に入ってきたらどうかしら?」
「そうそう。さっさと行きなさいよ」
「私達はラピードと一緒に待ってますから」
「のじゃ」
その意見に大人しく頷き、素直に男湯へと向かった。
脱衣所で服を脱ぐ。
「ちょ、ちょっとユーリっ」
「何だよ、カロル」
「せ、せめてタオル巻いてよっ」
「いいだろ、別に。面倒くせぇ」
「良くないよっ!!」
何時も着ていた上着をあっさり脱いでカゴに放り投げる。
初めて見る女性の裸体にカロルは両目を手で塞いだ。
「ユーリ、カロルの気持ちも分かってやってくれ」
「はぁ?何を分かれってんだ?」
「何をって…君は本当に…。とにかく、ほらバスタオル巻いて」
「ったく、仕方ねぇな…」
三人は手早く服を脱ぎ、バスタオルを巻くと風呂へと向かった。
桶を持ち、バシャっと勢い良くお湯を被る。すると…。
「も、戻ったよっ!!」
「あぁ。これで取り敢えず一安心だな」
「良かった」
そのままカロルはドボンとお湯へと飛び込んだ。
カロルへ続くように、ユーリとフレンもお湯へと入る
。
癒される。
その言葉に尽きるだろう。
「でも、ユーリ。どうする?」
「どうするって何が?」
「何時までも水に濡れるたびに女になるわけには行かないだろう?」
「だなー…」
ザバリッ。
お風呂から上がり石の上に腰をかける。
「スキありっ!!」
バシャッ!!
「冷てっ!?」
ユーリの上に水が降ってきて、女の姿へと変わってしまった。
「うっ!?」
「ぶっ!?」
「ひゃほーいっ!!」
真っ裸のユーリの女体を見てフレンは直ぐ様視線を逸らし、純粋なカロルはお風呂の中へと沈んでいってしまった。
「おっさんっ!てめぇっ!!」
そして、ユーリととばっちりを食らったフレンがおっさんを止めるまで、一時間風呂で鬼ごっこをが続けられた。
※※※
とりあえず、お風呂に入り男の姿に戻った三人は何はともあれホッとした。
この際、レイヴンの悪戯は無かったことにする。
しかし、いい加減元の男に戻りたいのは事実。
ユウマンジュの宿の一室を借り、戻るための方法を考えることにした。
「とはいえ、情報も何も無いですからね」
「だよね。僕だって依頼が来るまでこんな泉の話聞いたことなかったもん」
「そうですね…。情報が無いと何とも…」
「そーよねー。もう諦めて女になっちゃえばいいのよ。三人とも。そしたらおっさん凄く幸せー♪」
「………何かおっさん、…怪しいな」
ギロリ。
ユーリの目がレイヴンを睨みつけた。
別に何時もと変わらない胡散臭さだが、それでも何か引っかかる。
ユーリがじーっとレイヴンを睨みつけていると、根負けしたのか何なのか、ふっとレイヴンが視線を逸らし口笛を吹き出した。
こいつ、何か知ってるなっ!?
「おっさん…知ってることをとっとと吐けっ!!」
「お、おっさん、何も知らないわよー」
「分かりきった嘘言ってんじゃねぇっ!!」
ユーリはガンガンにレイヴンを問い詰める。
その様子を見て、他のメンバーもおっさんが怪しい事に気づき、周りを取り囲んだ。
「レイヴンっ!!知ってるなら教えてよっ!!」
「そうですっ。焦ってた三人が可哀想ですっ」
「レイヴンさん。お願いします。僕は元に戻れないと色々大変なんです。ユーリはそのままでも全然構いませんが、僕は困るんです。ユーリはこのままの方がいいですが、僕は困るんです」
「おい、フレン」
「ユーリはいっそ完全に女になって僕と結婚すれば何の問題もないんですが、僕は困るんです」
「おい、こら。フレン」
「ユーリは僕と結婚して子供を産んで幸せな家庭を築けば何の問題もないんですが、『僕』は困るんですっ!」
「フレン…お前な」
「……青年、…ファイト」
同情票が一票入りました。
流石にユーリを哀れに思ったのか、仕方ないわねーとレイヴンが呟くと、懐から地図を取り出した。
その地図は一風変わった地図で、世界中の泉が載っている地図だった。
小さい泉から、これは沼だろと突っ込みたくなるような泉まで載っている。
「おたく等が女になったのはこの泉」
そう言って指差したのはケーブモック大森林のユーリ達が落ちた泉。
そして、その指が移動して指した場所は、クオイの森。
「んで、ここが泉に入ると男になってしまう泉ね」
「クオイの森か…」
「バウルで一飛びね」
「頼む」
ジュディスの有難い言葉に感謝しつつ、一行はバウルでクオイの森へと向かった。
※※※
クオイの森の奥深く。
そこには確かに泉が湧いていた。
その泉はどこか最初依頼で行った泉に似ていた。
「ここに入ればいいんだな」
「そうそう。ここで元に戻れるわよ。ただし、女の子達は近付いちゃダメよ。間違って落ちて男になっちゃったら、おっさん泣いちゃう」
「あら、残念。ちょっと面白そうだったのに」
ジュディスが冗談めかして言いつつもその言葉に従い一定距離を保っている。
他の女性達も同等の距離を保っている。
やはり、苦労が目に見えて分かっているからだろうか?
「さて、入るか」
「あぁ」
「うんっ」
鞄や剣、鎧を外し服を来たまま泉の中へと入る。
最初はカロルが勢い良くドボンっと。
次にフレンが静かに。
そして、
「ユーリ、本当に戻っちゃうの?」
「フレン、そりゃどーゆー意味だ?」
「だって、勿体無い」
「うんうん。おっさんもそう思うわー」
―――ザバッ。
「ぶわっ!?冷てっ!?」
また、どこから取り出したのか水が掛けられる。
元に戻る前に水をかけられたユーリは再び女になってしまった。
「おっさん…マジで怒るぞ」
「だってだって、どうせ直ぐ元に戻るんだし、いいじゃないっ。それにやっぱ青年、超美女だし」
「そうゆう問題じゃねぇっ」
「でも、本当綺麗だよ。ユーリ」
「嬉しくねぇっ!もう、いいっ!とっとと男に戻るっ!!」
泉に飛び込もうとしたその時、フレンの手がユーリを止めた。
子供を抱き上げる親の様に抱きしめるように持ち上げた。
「ちょ、離せっ!」
「ね?ユーリ。しばらくこのままでいる気ない?」
「ないっ!!」
「やっぱり駄目か。でも、キスぐらいさせてよ」
「なっ!?…んんっ…」
反抗するユーリの唇を無理矢理奪い取る。
そしてそのまま泉の中へと押し倒した。
水中の中。互いの口の中を行き来する空気で呼吸をする。
ゆっくりとユーリが男へと戻り、再び二人は水面から顔を出した。
勿論唇は重なったままで…。
「って、何時までやってんのよーーーーっ!!」
真っ赤な顔をしたリタに叫ばれ、フレンの唇は漸くユーリを開放した。
「…はぁ……くそっ」
「男でも好きだけど、やっぱりユーリとの子供は惜しかったな」
「ふざけんな」
「ふざけてなんていないよ」
「だったらお前が産んでも良かっただろ。オレが折角女にしてやったのに」
「それは嫌だな。僕はユーリを抱きたいから。それに、そんな深いこと考えて僕を女にした訳じゃないだろう?」
「う…」
「ただ、僕を女にすれば、僕に抱かれることがなくなるかもって安直に考えただけだろ?」
「う、うるせぇっ」
未だにフレンの腕の中にいるのが悔しくて、顔を真っ赤にして暴れるがびくともしない。
「ユーリ、君が男でも女でも大好きだよ」
そう言ってまたフレンがユーリにキスを落とす。
「ば、馬鹿言ってんじゃねぇっ!」
今度こそフレンを突き飛ばし離れると、泉を上がり愛刀を持ち走り逃げ出した。
「いいのー?フレンちゃん。行っちゃったわよ?」
二人のキスシーンを見て、思考が追い付かず溺れたカロルを助けながら、レイヴンが問いかけると、フレンはニッコリと笑い、
「えぇ。でも、僕まだ(ユーリの子供を)諦めていませんから」
と、答えた。
その黒い微笑みに隠れた言葉を読み取ったレイヴンは心の奥底でユーリの無事を祈ったのだった。

