家出します? 後編
再び帰宅して何時もの様に入ったリビングには、優雅にお茶を飲んでいるジュディスがいた。
……もう、自分の家か何かの様に。
しかも、ユーリはやっぱりいない…。
「お帰りなさい。フレン」
「ただいま…」
「どうかしたのかしら?元気がないようだけれど」
「い、いや。そんな事は…」
「あるでしょ。久しぶり、ジュディスちゃん」
「あら、おじ様。本当に久しぶりね。所でフレン」
「え?」
「ちょっと、いいかしら」
紅茶を置き、すっと立ち上がると、ツカツカと歩み寄って来たかと思うと。
―――ガツンッ。
「っ!?」
「ジュディスちゃんっ!?」
頬に衝撃が走る。一瞬何が起こったのか分からなかった。
でも、頬に手を触れ、ピリっと肌が痛む。
あ、殴られたのか…。
「ちょっとちょっと、ジュディスちゃんっ?」
「ユーリがしないのだから、数少ないユーリの女友達の私達がしないと」
「達…?」
「ねぇ?エステル、リタ」
「はいっ!」
「そうね」
「えっ?えっ?」
止める暇も無かった。
エステリーゼ様が僕の頭をこつんと叩き、リタが力の限り僕がジュディスの殴られた右頬の逆、左頬を殴る。
「さて、気が済んだ所で病院に行きましょうか」
「病院?殴られた理由は分からないけど、別にそこまでする必要は」
「あんたの心配なんてしてないわよ」
「今、ユーリは病院にいるんです」
「病院っ!?何処のっ!?」
「市民街の中央にある」
中央にある病院っ!!
ユーリっ!!
病院ってどうしてっ!?
足が勝手に走りだしていた。
「……あらー…。早いわねー……」
何てレイヴンさんの声は全く耳に入らなかった。
とにかく走り、病院へ病院へっ!!
幸いと言っていいのか何なのか、自宅は市民街の外れ。
そして、ユーリがいるであろう病院は僕の家から一直線。
走れ、僕っ!
光になれ、僕っ!!
急いで急いでユーリの元へっ!!
あぁ、どうして具合が悪いのに気付いてあげられなかったんだろうっ!
ごめんっ!!
ユーリ、今行くからぁーーーーーーっ!!
「あれ?フレン?」
「………………え?」
この声は…。あれ?
錆びついたロボットの様にギギギッと首が声のした方へ動く。
そこにはずーっと探していたユーリと。
「パパっ!」
「父さんっ!」
娘達が目の前に…。
まるで何処かの国の非常口のマークの様な恰好で一時停止。
「おい?大丈夫か?」
「ユーリ…?」
「おう。本当に大丈夫か?もしかして、病院に行く所だったのか?どっか悪いのかっ?って、その顔、どうしたっ?真っ赤じゃねぇかっ。」
心配して僕の顔を覗き込む。
優しいな。ユーリは…。
って、違うっ!!
「そうじゃないっ。ユーリ、病院ってっ!?」
「へっ?」
「だって、エステリーゼ様達がユーリが病院に行ったってっ!」
「あ、あぁ。そうか。それで…」
ユーリが僕からそっと視線を逸らした。
え?え?何で?
「ユーリ。言いたい事があるならはっきり言ってくれ」
「フレン?」
「頼むから、置手紙一つ残して家を出るなんて言わないでくれないか」
「家を出る?置手紙?一体何の話だよ。オレ達今その家に帰る所だけど?なぁ?ハル、ルリ」
「うんっ!」
「今日の晩御飯はハンバーグだよっ!」
ますます分からない。
なら、あの置手紙は。
それに、ユーリが口籠る事ってなんなんだ?
「ハンバーグ?ウチも食べたいの〜。ユーリのハンバーグ」
「パティ?」
「フレン。そう問い詰めたら言いたい事も言えなくなってしまうのじゃ。あと、ユーリ。女は度胸じゃぞ。そもそもフレンがそれを嫌がる訳がないのじゃ」
「そうは言うけどよ。その…これ以上こいつに無理させたくねぇんだよ」
「無理?一体何を言ってるんだ?」
「ほら。今一番良いタイミングじゃぞ?」
「う…。フレン。あのな?」
「うん」
「その…こ、どもが、出来て」
「…………えっ?」
「だ、だから、子供が出来た。性別はまだ分かんねぇけど」
……子供?
え?え?
じゃ、じゃあ…ハルとルリに弟か妹が出来るって事で…。
「ご、ごめんな?忙しいのは分かってたから、そのなるべく負担にならねぇようにって思って。でも、言った方が良いってこいつ等全員で言うもんだからさ」
本当にすまなそうな顔をして俯いたユーリ。
そうか。妊婦をこんなに悩ませて悲しそうな顔をさせたから、僕はエステリーゼ様達から鉄拳制裁を喰らった訳か。
しかも、これで更にユーリを追い詰めようものなら、ユーリを慰めながらも銃を何時でも抜ける様にしているパティに討ち殺されるに違いない。
いや、そもそもそんな事にはならないけれど。
「ユーリ、それ、本当?」
「あ、あぁ。さっき病院行ったら断定された」
「パパ、私達に姉妹が出来るんだよっ!」
「お姉ちゃんになるの〜っ!」
僕の子供が増える…。
僕とユーリの子供が…。
こんな事って…。
嬉しすぎるっ!!
「ユーリっ!!」
「うわっ!?」
目の前にいるユーリを思い切り抱きあげる。
嬉しいっ!!
「謝る必要なんてないっ!!嬉しいよっ!!」
「ほ、ホントか?」
「勿論っ!!男の子かな。女の子かなっ!?どっちでもいいっ!!どうしよう、凄く嬉しいよっ!!」
「それじゃ、今度こそ男の子が産まれたら名前をミート(肉)に」
『それは駄目っ!!』
家族全員+パティから突っ込みが入り、ユーリは何故と不思議そうな顔をした。
でも、それすらも喜びが上回り、僕もユーリも笑顔だった。
しばらく子供が出来た事を喜び、僕達は我が家へと向かう。
僕はユーリと手を繋ぎ、その後ろをパティが娘達と手を繋いで。
「何か、ウチまで家族みたいじゃ」とパティが呟き、すかさずユーリが「家族だろ」と答えまた笑顔が溢れる。
そうして、帰路についていると、ふともう一つの疑問が思い返された。
そう言えば、あの置手紙って。
「ねぇ、ユーリ。あの部屋にあった置手紙って」
「置手紙?そう言えばお前さっきも言ってたな。何の話だよ、それ」
「だって、部屋の机に一言、『いえでる』って紙が」
「いえでる…?ンなの書いてねぇぞ?」
「本当にあったんだよ。ハルの文字で」
「ハルが?あー、もしかして、あれか?」
心当たりがあるのか、ユーリははっとして僕を見た。
もしかして…。ユーリ、本当に…。
あ、泣きたくなってきた。
僕が明らかに悲しい顔をしたから、ユーリは仕方ない奴と言いたげに苦笑した。
「違う違う。あれ、ハルとルリの文字の練習してた紙だよ」
「え?」
「お前、どんだけ焦ってたんだよ。良く見りゃ分かるだろうに。あれはな、フレン。ハルは『ヨーデル』って書きたかったんだよ」
「えぇっ!?」
「どーもハルはオレと同じで勉強が嫌いらしくてな。それでせめて文字だけでも覚えさせようと思って、身近な奴の名前から教えてたんだ」
「た、確かに身近だけど…。けど、なんだ。そうなんだ」
ほっとした。
それじゃ、本当に全部僕の勘違いだったんだ。
嬉しくて、ユーリに微笑みかけると、ユーリも嬉しそうに僕に微笑み返してくれる。
後ろを振り返ると娘達が楽しげに僕に手を振る。
すると、ユーリが繋いだ手を軽く握った。
「ユーリ?」
「何処にも行きやしねぇよ。お前の家になるってお前との子供が出来た時にオレはそう誓ったんだ」
「……ユーリっ。ありがとう…」
今日はユーリに驚かされてばかりだ。
素直にユーリにそれを告げると、ユーリは何時もの不敵な笑みを浮かべて「たまにはこう言うのもありだろ」と。
ありがとう。
いくら言っても言い足りない。
今全てのモノにそう言いたい。
心が凄く温かい…。
僕はこの温もりを守る為に、これからも前を向いて進んで行こうと。
新たな誓いを胸に刻み込んだ。
「所で、ルリ。お前、レイヴンにお礼何するか決めたのか?」
くるりと振り返り、ユーリが問うとルリはうぅーんと唸って首を捻った。
そこまで悩まなくてもと言うと、ユーリがすかさず、お前が言うかそれ、と突っ込みを入れる。v
とは言え、僕だってそこまで悩まなかったと思うけど…。
「あ、そうだっ!ねぇ、パパっ!」
「ん?なんだい?ルリ」
「レイヴンってドクシンなんだよね」
どうしよう。
嫌な予感が上昇して、臨界点を突破しそうなんだが…。
「ルリがお嫁さんに」
『却下っ!!』
ルリのアイデアはその場にいた全員に却下された。
僕は死ぬ程ホッとしている。
けど、どうして、そこまでしてルリが悩まなくちゃいけないんだ。
「……ユーリ、戻ったらレイヴンさん殴っていいかな?」
「好きなだけ殴っとけ」
ユーリの許可を得た僕は、帰宅し次第ジュディスと一緒にお茶を楽しんでいるレイヴンさんを力の限り殴り飛ばしたのだった。
勿論レイヴンさんに理由は言って……いない。

