君を恋い慕う





【1】



何にもない広い広い草原にオレ達は立っていた。
これから、星喰み、そしてデュークとの決戦が待ってるってのに。
ヒピオニア大陸の真ん中の草原で、こんな大事な時に何をしているか。
早い話がギルドの仕事だ。
皆で話し合い、最後の決戦前に残された時間に、やり残した事をやろうと。
凛々の明星の皆、揃っている時しか出来ない事を。
温泉を掃除したり、下町に戻ってみたり…。
そして、今ここに。
何度も言うが、草原のど真ん中にいる…。

「……のは、いいんだけどよ」
「?、どうかしたんです?」
「いや」

エステルが首を傾げると、サラサラとその桃色の髪が揺れる。
口に出すつもりがなかったから、何でもないと首を振り、ただぼんやりと空を見上げてテクテクと歩く。
これは時間の無駄って奴じゃないか?
何時もだらだらしているオレですら不安を感じる位のんびりとした時間。
そもそも、今回の依頼は何だったか…。
取りあえず、それを確かめようと、前を歩くカロルの襟首を後ろに引っぱる。
軽く引っ張ったつもりでも、カロルの首を絞めてしまったらしい。
げほげほと咽ながら、カロルは振り返った。

「ごほっ、いきなり何するのさ、ユーリっ」
「悪ぃ、悪ぃ。そんな勢い良く歩いてるとは思わなかったんだよ」
「もー…。で?どうかしたの?」
「今回の依頼ってどんな内容だったっけ?」
「あれ?僕言ってなかったっけ?」

言われたかもしれないが、覚えてねぇ。
何も答えず肩をすくめると、カロルは足を止めその肩からかかった大きなカバンの蓋をあけ中を漁る。
ごそごそ、がちゃん、ばきゃ、ごり、ずぱん…。
ってちょっと待て。
普通の鞄からはしない音がするんだが…。カロル先生の鞄は一体…?
ちょっと興味が湧き、その鞄を覗こうとするが、その前にカロル先生は何かをとりだした。

「ほらっ、これっ」

胸を張り、その手を高く掲げる。
そっちへと視線をやるが…。

「?、カロル?」
「はい。ユーリっ」

と、何かを手渡されているらしいが、オレの目には何も映っていない。
ってか、実際カロル先生が何を持っているのかすら分からない。
意味が分からず、どれだ?と聞くと、寧ろ何を言っているんだとカロルが訝しげな表情でオレを見た。

「何言ってるのさー。依頼書だよー」
「依頼書?お前こそ何言ってんだ?」

何も持ってねーじゃねぇか。
もしかしてオレだけが見えてねぇのか?
一瞬焦り、一歩後ろを歩いていたジュディスと視線を合わせると、ジュディスも静かに首を振った。
おっさんは?
ジュディスの横をキープしていたおっさんにも視線を送ってみるが、おっさんも顔の前に手でバツを作っている。
…まさか、カロル。幻覚を見てるんじゃ…。

「お、おい…?カロル?」

頭、大丈夫か?
とは流石に聞けねぇし…。
相変わらず、カロルは自信満々だし…。
…どうしたら。
その沈黙を破ったのは、エステルの後ろをピッタリと付いて行くように本を読みながら歩いていたリタだった。

「…ちょっと、何止まってんのよ」
「リタ…」

何と言って良いものか分からず、リタを見ると、リタはカロルの手に持っている物に注目しているようだった。

「なに、それ。今回の依頼書?ちょっと見せなさい」
「うんっ」

やっと受け取って貰えたのが嬉しいのか、カロルがリタにその手を向けると、リタは確かに何かを受け取り開いてみている。
だが、その依頼書の形が見えないオレ達にしてみたらただのパントマイムだ。

「えーと?なになに?『人探しをお願いします』って何これ。これだけ?」
「うん」
「ちょっとアンタっ!!依頼主の名前とか、探し人の特徴とか、何にも書いてないじゃないっ!!」
「え?何言ってるのさっ。ちゃんと書いてるよっ」

リタの横から覗きこむカロルが、何も無い所に指を指して。

「ほら。ここに『黒髪の人探しています。ユウリ』って」
「はぁ?書いてないわよっ、そんな事っ!!」

どうやら、ここでも話が噛み合っていないらしい。
そんな二人の後ろから、エステルがその依頼書らしき物を覗きこむ。

「…文字なんて、書いてないですよ?」

そしてもう一つ爆弾が落とされた。

「本格的に訳が分からなくなって来たぞ?」
「だわね。分かるのは、少年が一番その紙を見る事が出来るってことよね?」
「えぇ」

もう一度全員でカロルの手が指す、リタが持っていると言う依頼書を覗きこむ。

「……やっぱり、オレ達には何も見えねぇよな?」
「見えないわねー」
「見えないわ」

オレ達が首を捻っていると、今まで沈黙を守っていたパティが飛び込んで来た。

「むむ?…その手紙透けておるぞ?」

更に新しい爆弾が投下された。
どういうことなんだか、さっぱり分からん。

「んー…、成程のー」

パティが意味深な頷きをする。
それが気になり皆がパティに注目すると、パティはポンと手をうった。

「そうか。年齢じゃの」
「年齢?」
「そうじゃ。カロルには手紙がはっきり見えており、文字も全てが分かる。次いでリタ姐には文字がハッキリとは分からないが手紙はちゃんと見える。その次にエステルは手紙しか見えない。更に上に行ってジュディ姐から上は誰も見えていない、と」
「え?じゃあ、パティは?」
「ウチは実年齢と、体年齢が伴っていない。じゃから、透けて見えておるのじゃろう」
「成程な」

パティの言葉に皆が納得する。
けど、もう一つ納得できない事がある所為で、今一落ち着かない。
その気になる事ってのは…。

「おい、カロル。その依頼書、誰から何時貰ったんだ?」
「え?誰からって、誰からでも無いよ?」
「誰からでも無い?」
「うん。ほら、この前レイヴンと一緒にギルドの本部行ったでしょ?そこで、依頼掲示板があるってレイヴンが教えてくれて」
「確かに教えたわね。あそこはユニオンに所属していなくても自由に持っていって良い依頼が貼られてる掲示板でね。特に大きな規則もなくて、貼るのも自由剥がすのも自由な掲示板なんだ。やっぱりギルドの首領たるものその位の知識は持ってないと、と思って場所と利用方法を少年に教えといたのよ」
「で?そこにあったのを持ってきたのか?カロル」
「うん。だってこれだけ何でか皆避けてるみたいだったから」

それはカロルの優しさとこのギルドの信条とって理由があるんだろうが…。
今なら分かる。
避けていた訳じゃなく、ただギルドの首領ってのは大抵大人だ。
だから、その依頼書が見えなかっただけなんだって事が良く分かった。

「でも、それじゃあ、この『ユウリ』って人は何処にいるのかしら?」
「さぁ?でもほら、黒髪の人を探していますって書いてるから、じゃあユーリでも大丈夫だと思ってっ」
「……まぁ、確かにオレは黒髪だけどよ」
「それで?黒髪の人を探して何処に連れて行けばいいのかしら?」
「この地図に載っている場所はここで合ってる筈なんだけど…」

カロルが二枚目の紙を取り出してそれを開き確認する。
相変わらずジュディとおっさん、それにオレには全く見えない。
ってか、そもそもどうしてこれ見えないんだ?
何か呪いがかかってるとか?
だとしたら、危ないよな?

「とりあえずもうちょっと歩いてみようよ」

カロルの言葉に頷く。
草原を歩くのは嫌いじゃない。
むしろこうやって歩くのは気持ちが良い。

『…ますか…?、…れか…の…きこえ…か?』

……。

「…おい。今何か聞こえなかったか?」

オレの気の所為だったらいいんだけど。
そう思って聞くと、カロルは聞こえたと大きな声で頷き、リタに至っては青い顔をしていた。
そう言えば、お化け関係苦手だったな…。
全員再び足を止めると…。

『私の声が聞こえますか?誰か、聞こえる方はいないのですか?誰か、気付いて下さいまし』

今度はハッキリと聞こえる。
この時オレは、何で声を出してしまったのか。
聞いてしまったのか。
後で後悔する事になるってのに。
それでもオレは声を出してしまった。

「誰だ?何処にいる?黒髪の奴を探してるって依頼主かっ?」

声を張り上げると。

『ッ!!』

一瞬息を呑んだ様な音が聞こえ、そして…。

『やっと、やっとお会いできましたっ。私の声を聞いて下さる方がっ』

声が聞こえなくなると同時に、大きな光が足元から発せられ、その光がオレ達を呑みこんだ。