君を恋い慕う





【2】



…さっきから頭痛が止まらない。
別に具合が悪い訳じゃあねぇ。
体は至って健康体だ。
これ以上無いって位健康体の筈なんだが…。
頭痛が酷い。
理由は分かっている。
どっかりと地面に座り込み、胡坐をかくとその膝の上に肘をつく。
あまりの非現実的な事に、オレは静かに顔を伏せた。
何度も言うが頭が痛い理由は分かっている。
その理由は…これだ。

『しくしくしく……』

只管しくしくと泣く女。
もっと言うなれば、オレの真横に座ってオレ達が知らない様な民族的な衣装を着て、その裾で涙を拭っている長い黒髪が目立つ『透き通った女』だ。
美人…なのかもしれない。
おっさんはこの女を見て、行き成り見た事も無い様なきりっとした顔に変わった。
が、どうしてもオレにはそう変化出来ない理由がある。
それは…。

「本当に似てるわね」

ジュディの言葉に大きくうんと頷く仲間達と一緒にオレは頷く事が出来ずにただ黙る。
そう。
この女の顔はオレに瓜二つ。
体格とか、声の低さとかもろもろ違う所は勿論あるけれど、それは男と女。性別の違いからくるもので、それを抜いてしまえば、確かにオレ自身もそう思ってしまうほどこの女は似ていた。

「で、でもさ?どうして泣いてるのかな?」

カロルが泣いてる女を前に少し戸惑いながら、横にいるエステルに聞くと、エステルも悲しそうな顔で首を捻った。

「分かりません。でも、この女性はとても悲しそうだって事は分かります」

まぁ、泣いてるからな。
悲しい事は確かなんだろうが…。

『えぇ、とても悲しゅうございます』

そうだろうなぁ。
なんてったって泣いてんだから…ってっ!?

「はいっ!?」

急に声を出したオレに驚いた皆の視線がオレに集まるが、オレの視線はオレの真横に座っている女に奪われていた。
ちょっと待て、ちょっと待てっ!!

『はい。待ちます』

あぁ、サンキュな。
……。
……って違うっ!!

「そうじゃねぇよっ!!何でお前、オレの考えてる事が分かるんだっ!?」
「えぇっ!?」

再びオレの声に皆が驚く。
じっと女の様子をうかがう様に見ていると、女はぽっと顔を赤らめて裾で顔を隠してしまった。

『殿方に見つめられるのは慣れておりませぬ…』

まるできゃっと声をあげんばりに女は顔を隠したまんま小さく顔を左右に振っていた。

「……ねぇねぇ、ユーリ」
「…なんだ?」
「ユーリ、あの人の言ってる事分かるの?」
「へ?」

カロルの質問はどうやら皆の疑問だったようだ。
嘘をついても仕方ないから、聞こえていると答えると、皆は更に驚くが、それに今度はオレが驚いた。

「ちょっと待て。お前等こいつの声聞こえてないのか?」
「全然わからないわ」
「うん。口が動いてるのは何となく分かるけど…」
「私も聞き取れません…」
「ウチもじゃ」
「おっさんは姿すらちゃんと見えてないわよ」

…どういう事だ?

『…それは私がもう、命を落としているからでしょう』

…ようするに幽霊って事か?

『そう、なりましょう…。その証拠に私の声は貴方様に会うまで誰に届く事もございませんでした…』

はぁ…。
大きくため息をつく。

「ったく。また面倒な事になりそうだな」
「ユーリ…?」
「あのな、皆。コイツが言うには、コイツはもう死んだ人間。ようするに幽霊って奴みたいだ」

大人組はそれで全て納得し、子供組はそれに驚く。
あーあ…。リタが固まっちまった。
数秒して、いきなり立ち上がると、リタはオレを指さし吠えた。

「う、うそ…うそよ、嘘っ!!そんな、非現実的な存在あるわけないっ!!」
「じゃあ、この人はなんなのさ」
「う、うっさいっ!!いないったらいないのよっ!!あ、ああ、ああああた、あたしはし、知らないからっ!!忙しいんだからっ!!その人の事はアンタ達で解決しなさいよっ!!い、いい、いいわねっ!!」

カロルの突っ込みもなんのその。
リタはそれだけを宣言すると、この広い草原を駆けて行ってしまった。

「……仕方ねぇなぁ…。ラピード」
「わんっ」

ラピードに後を追う様に頼むと任せろと直ぐ様後を追い掛けて行く。

「あ、私も行きますっ!!」
「ぼ、僕もっ!!」
「ウチも行くのじゃっ!!」

三人が更にその後を追う。
残されたオレ達は、相変わらず広い草原のど真ん中で、座り込んでいた。

「…で?どうするのかしら?」
「そりゃやっぱり成仏させるしかないっしょ」
「確かにそうなのかもしれねぇけど…」

どうしろってんだ…。
兎に角自己紹介してみるか…。

「…オレの名前は、ユーリだ。ユーリ・ローウェル。あんたの名は?」

聞くと。

『ユウリと申します』

と、ご丁寧に頭まで下げてくれる。

「名前は一緒、か。んで?カロルが持っていた紙。あれは依頼書って事でいいんだな?」
『はい。感受性の高い子供にしか見えない紙を利用し文字をしたためました。けれど幾ら待てど、あの手紙を見つけて下さる方はおらず、途方にくれていた時、貴方が来て下さった』
「ちょっと待て。どうして子供にしか見えない紙を使ったんだ?」
『いえ。意図して使った訳ではございません。私が命を落とす時に持っていた紙。それを利用したのです。ですので、言うなればその紙も既にこの世に存在しておらぬのです』
「それで、子供にしか見えなかったのか。待てよ?その理論で行くと何でオレがユウリの姿が見えてるんだ?」
『それは貴方様が私と一番波長が合う為にございます。貴方様の力を頂き、私はようやく皆さまに姿を見せる事が叶ったのです』
「…な、何かその言い方だとまるでオレにとり憑いてるみたいだな」

にっこり。
いっそ美しいまでの頬笑みだが…。
オレには悪魔の頬笑みにしか見えない。

「…マジかよ…」
「なになに?どったん?」

オレは今得た情報をそのまま二人に教えると、二人は同情してくれるが、それがまた何とも切ない。
するとジュディが慰めるようにオレの肩を軽く叩き言った。

「でも、とにもかくにも、彼女の依頼を達成してしまえばいいのよね?きっとそれが心残りなのでしょうし」

ジュディスの言う事ももっともだ。
そうだ。この世に残っている未練さえ無くなってしまえばいいのだから。

「で?依頼内容はなんだ?そもそもあんたの心残りってなんなんだ?」
『私はあの人に会いたいのです』
「あの人?」
『はい。私は生前、約束をしておりました。将来を誓った大切な人がいたのでございます。話すと長くなるのですが。そうそれは…』

話すと長くなると本人が言った通り、その話はえらく長かった。
それは、翌日の朝にまで続いた。
…その話を要約するとこうだ。

ユウリは小さな島国出身で、親とも幼い時に死に別れ、それでも一人ほそぼそと暮らしていたらしい。
そんなある日。
ユウリが海辺を散歩していると、そこに一人の男が浜にうちあげられていた。
その男の意識は無く酷い怪我を負っていた。ユウリはその男を家へと連れ帰り必死に看病をした功を奏したのか、男の意識は戻り、ユウリはその男の怪我が治るまで必死に世話をした。
そこで二人の間に愛情が生まれ…ここのくだりは滅茶苦茶どうでもよかったんで中略。
しかし、ある日。男は自分が帝国の騎士だった為に一度本部へと帰らねばならなくなった。
勿論、ユウリと二人で暮らす為に、脱隊する為だ。
ユウリはその男を送りだした。自分はここでずっと待つと告げて。
けれども男は待てども待てども帰って来なかった。そして、ユウリの島は人魔戦争の飛び火にあい、沈んで行った。
だが、どうしても彼女は男に会いたくて、死んだ事も分からずにずっと待ち続け、でも待つ事にも疲れ、ならば自分が探しに行こうと歩き出しとある町に着いたけれど、誰の目にもとまらず、そこで漸く自分がもう死んでいる事に気付き、男についての情報を収集するのも限界だと悟った。
そこで何とか依頼を出して、助けを請おうと放たれた白羽の矢が当たったのがオレ達だった。

眠い目をこすりながら、オレはこれで合ってるか?と聞くとユウリは大きく頷いた。

「…要するに、その男性を探せばいいのよね?」

ジュディが言うと、ユウリは嬉しげに大きく頷いた。

「でもー、おっさん思うにー」
「思うに?」
「その話って今から何年前の話なのー?」
「ってーと?」
「だからー。その男、もう死んでんじゃないかしら?ってことー」

『えぇっ!?』

草原のど真ん中で、夜通し話続けた所為か、オレ達はぐったりしてると言うのに、ユウリはもう肉体がないおかげでとてつもなく元気だ。

「んで?今から何年前なんだ?そもそも人魔戦争の時だったら生きてる可能性の方が高ぇんじゃねぇ?」
「いやいや。だって騎士団の人間だったんでしょー?だったら多分借り出されてるわよ。人魔戦争の時に脱退なんて不可能だ。となると、その時生きてたのはアレクセイとおっさんの二人だけ。…だとしたら」
「死んでる可能性の方が高い、か。『帰って来ない』んじゃなくて『帰れなかった』が正しかったのかもな」
『そんな…あの人が死んでいるなんて…』

ユウリが顔を伏せて、またしくしくと泣き始めると同時に、

―――ズキンッ!

頭に鋭い痛みが走る。

「いってぇ…っ」

これはもしかして、もしかすると…。
精神的に頭が痛いんじゃなくて…ユウリが泣くと、もれなくオレの頭が痛くなるって言う…?
いやいやまさかな?そんな、どっかの物語みたいなことが起こる訳が…。
でも現にさっきまで喜んでいた時は痛くもなんともなかった。

「多分あの戦争だと骨も残って無いかもしれないわ。あの惨状は本当に酷いものだったから」 
『そんなっ!?』

号泣になった途端に頭が割れそうに痛い。
ごわんごわんと頭の中で銅鑼が連打されている。
あぁ、これは間違いねぇわ。確実にユウリが泣くのと、同時に痛くなってやがる…。

「お…おっさん、余計な事言うなっ」
「おろ?青年?どうしたのお顔真っ青よ?」
「ユウリが泣くと、ユウリにとり憑かれてるオレの頭がありえねぇ位痛くなるみてぇなんだっ……うぅぅっ」

もう声を出すのも辛くて、心の中で呼び掛ける。
死んでるって事は、お前と会う事が出来るって事だろっ!!
まだ、諦めるのは早ぇだろっ!!
だから、頼むから泣き止んでくれ…頭が痛い。
そう、伝えると。

『も、申し訳ございません…。そうですね。そう。あの方も亡くなっておられるならば、私でも触れる事が出来るかも知れませぬ』

何とか上がってくれたテンションにホッとする。

「それじゃあ、まずその婚約者を探しに行きましょうか。特徴はどんな感じなのかしら?」

ジュディがバウルを呼ぶ為にバウルの角を用意しながら問い掛けると。
ユウリは、言った。

『金髪、碧眼で背の高い、帝国騎士団で小隊長をなさっておりますわ』

何とも何処かで聞いた事がある様な説明にオレはありえないと思いながらもがっくりと肩を落とした。