君を恋い慕う





【5】



純白のドレス。
しかもウェディングドレス。
…これは、あれだ。
オレはきっと白い物に呪われてるんだろう。
そうとしか思えない。
だって、そうだろ?
白い光を浴びて幽霊に取り憑かれ、青白い顔をしたフレンを助けろと言われて、何故か白いワンピースを着てデートして……。

『あのー…ユーリ様?』

そもそもオレは男だと、もう、何度も何度も何度も言ったってのに…。
今、この格好はどうだ?
さっき見た鏡に映った姿はまさに女そのもので…。
オレは女顔だって事はムカつくが知っている。
だからこそ、こんな姿をしたくなかった。

「………はぁ……」

部屋の片隅の丁度いいスペースにはまり、壁の方を向いて膝を抱えてしゃがみ込む。
あー…見せたくない。
フレンにこんな姿は見せたくない。
逃げようにも、この部屋は窓も何もない。
それに何より、後ろで…。

「あ、ジュディス、その髪飾り可愛いですっ」
「あら?ありがとう。エステルのそのドレスもとっても似合ってるわ。ねぇ、リタ」
「な、な、な、なんでアタシに聞くのよっ!に、似合ってるけどさっ!!」
「リタ姐は素直じゃないのぉ」

どのドレスが可愛いだの、あの髪飾りが綺麗だの、この化粧品はいいだの…。
物凄い盛り上がっている。
いるのはいいんだが、ドアの前に立っている所為でオレはそこから逃げ出す事も出来ずにいる。
って言うか、それ絶対にわざとだろっ!!
と言ってやれたらどんなにいいか…。

「………はぁ………」

ここから出たくない。
あぁ、そうだ。
いっそ、ここに籠ったらどうだ?
我ながらいい案だ。
うん。
もう、いっそそうしてしまおう。

「ユーリっ」
「うわっ!?」

ポンッと行き成り手を肩に置かれて、滅茶苦茶驚く。
急いで振りかえると、そこには白のタキシード姿のフレンがいて…。

「って、フレンっ!?」
「うん?」
『あぁ…、ユウリ…。凄く綺麗だ』
『フレズ様…嬉しい』

上と下の温度差が激しいが、仕方ないだろ。
上は元々結婚を前提とした恋人同士。こっちは親友で男同士。
しかも、一方は女装させられてる男で…。

「ほら、ユーリ。立って。折角のドレスが汚れてしまうよ」
「…嫌だ」
「…しかし、ユーリ本当に綺麗だね」
「嬉しくない」
「可愛いよ」
「だから嬉しくねぇって」
「本当なのに」

嬉しくない。
もう一度壁と向き合おうとしたが、それは出来なかった。
ユーリと声をもう一度かけられたかと思うとフレンはオレの腕をとるとグイッと引き上げ無理矢理立たせると、バランスを整える前に膝裏に腕を差し込まれ抱きあげられた。
…お姫様だっこ…。

「…おい、フレン」
「何だい?ユーリ」
「…言いたい事は山程あるが、山程あるがっ!!」
「何で二回言ったんだろう…?」
「兎に角降ろせっ!!」

フレンはオレを見てにっこりと笑う。
が、降ろす気配は一切ない。
しかもそのまま部屋を出て行こうとする。
力の限り暴れてみるが、ユウリはフレズの腕の中にいたいらしく、しくしくと泣くものだから頭が痛くなり、抵抗も出来ずにそのまま聖堂へと連れて行かれる。
神父の恰好をしたレイヴンの前に降ろされ二人並んで立たされ、横にいたカロルに花束を渡された。

「えーっと。只今から簡易ではございますがー。新郎フレズと新婦ユウリの結婚式を行います」

パチパチと拍手が聞こえ、この悪夢の様な状況にオレの意識は何処か遠くへ旅立ってしまったようだ。
おっさんのセリフも右から左へと流れて行く。
ってか、そもそも、これは上にいる幽霊二人の結婚式だ。
オレ達はその格好をして下にいればいいだけだから、立ってる必要もなくないか?
なんでオレ達まで真面目にこうして二人並んで立ってなきゃならねぇんだよ。

「………はぁ………」

これで何度目の溜息だろうか。
俯いて溜息を吐いた、その時。
ガシッと肩に手が置かれて…正しくは掴まれて、強引にフレンと向かい合わされると。
フレンはこっちをみて苦笑いをしていた。
一体なんなんだ?
オレとフレンの間にあるレースのヴェールがフレンの手によりそっと上げられ、こいつ何考えてんだと真意を探る様にその双碧を覗きこむと、フレンの顔がだんだん近づいてきて…?
はっ!?もしかしてこれってっ!?
気付いた時には既に遅く、フレンの唇とオレの唇は重なっていた。

「んむーっ!!」

そう。
誓いのキスって奴だ。
結婚式でお決まりの…。
なんだかんだで、簡易ではあるけれど結婚式はオレの心情とは裏腹に終了した。

こうして、幽霊カップルは幽霊夫婦となったのだ。
……オレは立派なとばっちりを受けただけ…。
これでいい加減成仏してくれる。
そう思っていたんだが…。
なのだが、この後に更に大きな爆弾がオレを待ち受けていた。


※※※


日が暮れて、星が綺麗に輝く夜。
市民街の宿屋。
やっとウェディングドレスから解放されて、何時もの私服に戻り、宿屋の一室で食事も終えて、ゆっくりしていた。
していた筈なのに…。
オレは今、不幸だらけだった今日の中で最も不幸な瞬間に立たされていた。
皆の視線が痛い…。
が、ここは譲れないっ!!
女装以上に男としてのプライドがオレにだってあるんだっ!!

「青年。覚悟決めたら〜?」
「簡単に言ってんなよっ、おっさんっ!!」

そうだっ。
簡単に譲れる訳ないだろっ!!

「フレンに抱かれるなんて冗談じゃねぇっ!!」

結婚した後初夜は付きものだとおっさんが二人の前で余計な事を言うから、オレは今こんな窮地にある。
だってそうだろ。
ユウリは女だ。
そう考えれば当然ユウリに取り憑かれているオレは女役に回る事になる。

「…ユーリ。女は度胸よ」
「だから、オレは男だって言ってるだろっ!!」

必死の攻防戦が続く。
すると、ユウリが泣き始めた。
だが、今回ばかりは折れる訳にはいかない。
どんなに頭が痛くても、どでかいハンマーで叩かれた様に頭痛がしてもオレはうんと頷かなかった。

…が。

突然フレンが前へとぐらりと倒れ、地面に膝をつき口元を抑えた。
慌ててフレンにレイヴンとジュディスが近寄る。

「うっ…ごほっ、ごほごほっ」
「フレンっ!?」

フレンの顔色は最高に悪く、口を覆った手の指の隙間から赤い物が流れ落ちた。
って、ありゃ血じゃねぇかっ!?
流石にヤバいと思い、フレンに近づくとガシリと腰を引きよせられた。
それはフレンの腕だった。
口を覆ってない方の。

「ちょ、フレン?」
「…ユーリ、覚悟を決めてくれ」
「で、出来る訳ないだろっ」
「君、が…ユウリに泣かれると、頭が痛くなると同じに、僕もフレズが悲しむと、体から精気を急激に奪われる…」
「なっ!?だから、お前今血を…」
「そう、だ…」

ズルズルと運ばれる。

「じゃ、ユーリ。教育に悪いから若いの連れて下町の青年の部屋に行ってるから、全て片付いたら来て頂戴ねー」
「ごゆっくり」

そう言って二人は出て行ってしまった。
そしてオレはそのままベットへと放り投げられ、逃げる為に起き上がろうとすると肩を掴まれ白いシーツへと押し付けられる。

「フレン、は、離せっ」
「…駄目。彼らを成仏させないと僕が死んでしまう」
「そ、それはそうかもしれねぇけど…」
「それに君だって気付いていないかもしれないけど、ユウリに精気を奪われて顔色が悪くなってきている。時間はそんなに残されていないんだ」
「うぅ…」

実際、少しずつ体がだるくなっていたのは事実だ。
これはフレンが言う通り、ユウリに精気を奪われている所為なんだろう。
フレンの場合取り憑かれた奴が男だから尚更その幽霊の力が強いんだって事もさっきの吐血で分かった。
けど、それとこれとは話が別だ。
男に抱かれるんだぞ?
しかも昔から一緒にいる男と。

無理だ。
絶対に無理だ。
例え時間が残されていないと言っても無理な物は無理なんだ。
オレは抵抗を諦める訳にはいかなかった。
フレンの体を押して、勢い良くベットから降りると、ドアへと走る。
だが。

―――ガチャリッ。

「…嘘だろ…?」

何で外から鍵が…?
ガチャガチャとドアノブを引っ張ったり、回したり、押したり引いたりしたがやはり鍵がかかってる様だった。
普通鍵って中からかけたり外したり出来るものじゃなかったか?
だったら剣で破ってでもっ!!
と一瞬考えたのが運のつきだった。

「……ユーリ、もう一度言うよ。覚悟を決めてくれ」

フレンがそっと背中から抱きついて、完全にもう逃げられなくなってしまった。