アンフィヴィエ
【1】
期日はもう直ぐそこまで迫っていた。オレがオレでなくなるその期限まで。
ふと、自分の手を見てみる。
今は間違いなく、自分が今まで鍛え抜いてきた手だ。けれど…。
オレは他の人間とは違う。
それはエステルみたいに何か特別な能力がある訳じゃない。勿論リタみたいに天才な頭脳がある訳でも、レイヴンみたいに死んで蘇った訳でもない。
なら、何が違うか。
それは…。
オレには「性別」がない。
それだった。
普通の人間ならば、生まれながらに性がある。
それは男だったり女だったり。
だが、オレにはそれがなかった。
その事実に気付いたのは、小さい頃。それこそフレンが下町にいた頃だ。
二人で風呂に入った時。簡単な話、フレンに、男にはついているべきモノがオレにはなかった。
けれど、女ではつきようがないだろう、筋肉があり、何より声がめちゃくちゃ低い。
流石に気になり自分なりに調べてみた。下町では調べられる事に限度がある。しかしその中でも調べられる事は全て調べた。そして、その結果。どうやらオレは「アンフィヴィエ」と言う種族の人間らしい。
ある一定期を抜けると女か男か性別が決まると言う。オレの両親二人ともどうやらこの種族だったようだ。
なら、一言でも言って逝って欲しいものだ。そうすれば、こんなに迷わなかった。
「ユーリ、いるかい?」
ドアが開き、キラキラな髪が姿をのぞかせた。
こっそり頭だけを覗かせているのは、オレが今日から三日間誰も部屋に入るなと言っているからだろう。
ベットで仰向けになったまま、見つめていた手を下すと、そのままの状態で答えた。
「…何だ?用なら今度にしてくれ。オレに今近づくな」
オレは、今選択期に入っていた。
本来、オレ達の種族は10代の内に選択期に入り性別を確定するらしいが、オレはそれが遅かったらしく今その選択期に入ってしまったのだ。星喰みを何とか倒し、これから忙しくなるって時に。自分のタイミングの悪さに辟易するが、こればっかりはどうしようもない。それに、こればっかりは誰の影響も受けず、自分で性別を決めたい。
そう思って、カロルに許可を取って一人部屋に籠ったと言うのに。
フレンが…。オレにとって誰よりも大切で影響力のあるお前がここにいたらオレの意思と関係なく性別が決まってしまう。そんなのご免だ。だから、この部屋から出て行けと無言で訴えてみたものの、フレンの反応は違っていた。
「ごめんね。それは出来ないよ。今、立ち会わなきゃ僕はずっと後悔するから」
「は?お前、何言って…」
バタンッ。
フレンにしてみれば珍しく、少し強めにドアが閉められる。
出て行ってくれって言ったのに、フレンはそれを無視する所か、オレの側に近寄っていっそ清々しく笑った。
こいつ、何考えてんだ?
フレンの思考が読めなくて、体を起こすと、フレンの手がオレの頬へと当てられる。
「……やっぱり。選択期に入ったんだね」
「なっ!?お前っ!?」
「間に合って良かった。ユーリ」
「っ!?」
何が起こったのか、さっぱり理解できない。
フレンの顔が近づいてきたのは、なんとなく分かって、でも、この唇に触れているこの、感触、は…?
何でフレンの青い瞳がこんな近くに…。
まるで事態を飲み込めずにいると、そっと唇が離れて行き、真剣な顔でフレンは言った。
「ユーリ。お願いだ。僕の為に女性になって」
「!!」
「そして、僕の奥さんになってくれないか?」
言っている事が分からない。
何?何で?
今されていたキスより、それ以上に驚いた。
何で、オレが「アンフィヴィエ」って知っている?
いや、それ以上に何で、よりによって女になれって…?
聞きたくない言葉が聞こえ、でも気の所為だったのかもとしれないと、震える声で呟くと、フレンは強く頷いた。
「女、に…?」
「あぁ。僕は君と結婚したい。君との子供が欲しい。だから…」
「…何で、何でお前がそんな事…」
「ユーリ…?」
「―――嫌だっ!オレは…、オレはお前と対等で、親友で「男」でいたいっ!」
「ユーリ…」
「ぜってぇ嫌だっ!!何でだよっ!?オレはお前と、男でいなきゃオレはお前と同じ高さでいられないっ!!それをお前は誰よりも理解してくれていると思ってたのにっ!!」
オレとフレンは全てにおいて違う。髪の毛一つだって…何もかも正反対だ。
だからこそ、だからこそ、性別だけでも同じモノを。
少しでも接点を持ちたかったのに。
フレンはその接点すらもなくせと言う。
これが、驚かずにいられるだろうか。悲しまずに、いられるだろうか…。
視界が滲み、頬を温かい何かが伝う。
「ユーリ…。ごめん。これは僕の我儘なんだ。それは、重々承知している。君が僕を親友と思ってくれている事も知ってるっ。けど、そんなユーリの気持ちを押し退けてでも、僕は君が好きなんだっ!だからっ」
「フレン…」
フレンの温かい手がオレの眦をなぞり、涙を拭う。
「…好きだ。ユーリ。愛してるんだっ。……僕も、もう嫌なんだ。君だけが全てを背負って生きるのを横でみているだけなんて。もう……絶対嫌だっ。ユーリ…。絶対に幸せにするから。世界中で誰よりも幸せにするってここで誓うから。お願いだ…。女性になってくれ…」
泣きそうな顔。最近では見なくなったフレンのそんな表情。
フレンがそこまでオレを思ってくれていたなんて…。
無意識にフレンの両頬を包むように手を伸ばして、触れていた。
「……馬鹿だな。フレン。……ほんっとに馬鹿だよ。お前は」
体が少しずつ熱くなっていく。
変化が起きるのだろう。
オレはそっとフレンの頭を胸に抱き寄せ瞳を閉じ、変化を受け入れた。
どんな変化が来てもオレは後悔はしないだろう。
今、漸くそう思えた。
そして―――変化は、一瞬だった。
けれど、体の仕組みが変わるこの変化は体力を消耗する。
体に変化が起きたのは分かったが、その代わり消耗した体力の所為で閉じた目が開かない。
手も足も鉛の様に重い。
ってか、そもそもオレ一体どっちになったんだ?
こんだけ体が動かないんじゃ、確認のしようもないじゃねぇか。
無駄に自分に怒ってみるが、それこそ本当に無駄だ。
どうしようか。それこそ、いっそ寝ちまおうか。
そう思った時、自分の体が動いた。
さっきから言っている様に、自分の体をオレは今指一本動かせない。
なら、今、動かしているのは誰だ?
…考えるまでもない。
さっきまで其処にいたのは、他の誰でも無いフレンだ。
フレンがオレの体に触れている。
腕に首筋、頬…。
その触れている手が温かくて…。その温もりに誘われるオレはそのまま深い眠りへと落ちて行った。



