アンフィヴィエ





【7】



オレは今までの人生で無かった位凹んでいる。
それはもう、レレウィーゼ古仙道の凹凸の凹並みに凹んでいる。
いや、正しくは凹んでいると言う表現もあってはいない。
正しくは―――恥ずかしさで死にそうなのだ。

「ユーリ、何時までそうしてるんだ?」
「う、うるせぇっ!お前にこの恥ずかしさが分かって堪るかっ!!うぅ…」

下町でオレが愛用している箒星の一室。
そこのベットの上でオレは毛布にくるまり、立て篭もりを図っていた。
しかも、オレがここまでどん凹みの原因を作った奴はしれっとオレの部屋に椅子を運び込んで、ジュディスとおっさんの三人で酒を飲んでる。

「大丈夫よぉ。ユーリすっごく可愛かったわよ」
「おっさん、それ褒め言葉じゃねぇよっ」
「でも、実際綺麗だったわよ。ドレスもユーリに凄く似合っていたし式も盛大で、流石騎士団長様の結婚式ね」
「あれでも大分規模を小さくして貰った方なんです。でも陛下が騎士団長の結婚を簡略してはいけないと」
「それはそーでしょ。けど、あんなおっきな式だったら結構前から準備必要なんじゃなぁい?」
「えぇ。大体二ヶ月位前から式場の準備は始まってたみたいです」

「はぁっ!?」

バフッと毛布をはぎ取り、テーブルを囲んで酒を飲み交わしているフレンを驚きを隠せない視線を送るとフレンはそんなオレに気付いたのかオレを見てニッコリ笑った。
どうやら、今の発言は嘘ではないらしい。
二か月前?
そりゃ、オレがまだ性別が決まるまえじゃねーか。
目だけで、疑問をぶつけるとフレンはケロッとそうだよと頷いた。

「何で…?」
「僕は君が女性になってくれるって信じてたから」
「……は?」
「それに女性になってしまえば、もうこっちのものだしね」

…黒い。
…はて?このオレの幼馴染の騎士団長はこんな黒い笑みを浮かべる様な奴だったろうか。
いやいやいや…ないないない。
爽やかな笑顔を浮かべ、嫌って程正論を並べて、それでいて誰よりも気遣いが出来るパーフェクトな奴だった…筈。
なら目の前にいるこの黒い奴は一体誰なんだろう…。
しかし、こんなオレの迷いも知らずフレンは話を続けた。

「ずっと、努力をして来たんだよ。僕は」
「努力?何の?」
「君が僕を好きになってくれるように」
「い、何時から?」
「僕が君を好きだって気付いた時から。君が騎士団を辞めて、ぽっかり心に穴が空いたみたいだった。でもそれは側にいた人がいなくなった所為かなって思ってたんだけど」
「違ったのね?」
「はい」

フレンがオレを好きになった理由?
……知りたい。
オレは、元々自室にあった必要ないだろうと思っていた椅子を持ち、レイヴンの前にフレンとジュディスの間に割り込み、フレンの話の続きを待った。

「これが確信に変わったのは、君がザウデから姿を消した時かな。怖かったんだ。もう、二度と会えないのかと。体全身が震えたよ。だって、そうだろ?自分が好きだと気付いた理由が、好きな人が生死を彷徨っている瞬間なんだから」
「なら、青年がひょこっと現れた時は嬉しかったんじゃない?」
「心の底から喜びました。これで、君に告白できると。でも、君の事だ。僕が直ぐに好きだと言った所で『騎士団長のお前にオレは相応しくない』とか『自分は何時かフレンを支えてくれる奴が出るまでの代役だ』とか言って断るに決まってる。どうしたら、ユーリを手に入れられるか。本気で悩んだよ」
「……実際、オレはお前に相応しくないから」
「ほら。そう言うに決まってる。だから、どうしても、ユーリの心にある全ての問題を解決する必要があった。それを全て解決するきっかけがあったんだ。それが君が『アンフィヴィエ族』だと言う事だった」
「…わけわかんねぇ。それがどー関係してくるんだよ」
「ユーリは知らないかもしれないねぇ。帝都の管理する戸籍には、『アンフィヴィエ族』って奴は子供から成人した時に必ず一度『死亡』扱いされる」
「へ?」
「ほら〜。性別がどっちになるか分からないじゃない?そーすると、戸籍に性別登録が出来なくてさ〜。だったら、一々探して修正するより、死亡扱いして新しく登録した方が楽なのよ。それに性別が確定してしまえば、もうただの人間だしね。人間として登録されんのよ。まぁ、血だけはアンフィヴィエかもだけどさ」
「そう。だから、君が犯した罪はアンフィヴィエ族のユーリ・ローウェルが持って死んだ事になる」
「そ、そんなの屁理屈だ。反則だろっ!」
「そうだとしても、君の罪は知っている人達の間にしか残らない」
「…ユーリ。そろそろ貴方も自分の為の幸せを求めてもいいんじゃないかしら」
「そうそう。罪を忘れろなんて優しい事は言わないけど、青年にだって幸せになる権利はあると思うわ。おっさんも」

オレは、仲間が出来て、それを理解してくれるだけで十分だ。
なのに、これ以上の幸せなんて求めていい訳がない…。
どうしても、前を見続ける事が出来なくて俯くと、目の前にコトリとグラスが置かれた。
中に入っている液体の色から言って多分オレンジジュースだろう。

「…ユーリ、その罪から背を向けずに生きる事が貴方への罰なのよ。きっと。おじさまと一緒ね」
「ジュディ…」
「それに逃げ道も、与える気も無いしね」
「フレン、お前…こんな黒い奴だったか…?」
「言っただろう?嫌なんだ。君だけが全てを背負うこの状況が」

顔を上げるとフレンが真剣な眼差しでオレを見ていた。

「一緒に背負うよ。君と一緒に…」
「フレン…」
「絶対に幸せにするから」

プロポーズの使い古された言葉。
それが、こんなに恥ずかしく嬉しい物とは思わなかった。
でも口から出たのは相変わらずの天邪鬼な言葉で。

「け、けど。オレが男に戻らない可能性がないわけじゃないだろ」
「え?」
「確定期、だっけ?それが終わってない可能性もある」
「いや、それはないよ」

いい笑顔だな、この野郎。
何だか喉が渇き、オレンジジュースを口に含む。
すると、そっとフレンは耳を隠すオレの髪を耳にかけ、顔を近づけ囁いた。

「君はもう処女じゃないんだよ」

ブフゥッ!!

「ほぎゃっ!?」

フレンの言葉に含んでいたオレンジジュースを吹き出してしまった。
目の前にいるおっさんに全てかかってしまったがそんな事どーでもいいっ!!
口からだらだらと零れ落ちるオレンジジュースも気にせず、フレンに詰め寄る。

「な、な、なにいってっ!?」
「確定期の説明覚えてる?」
「確定期?完全に大人になったらってあれか?」
「そう。それは言い方を変えると、性交渉。つまりセックスをしたらって意味なんだ」

せ、セックスって…。
フレンの口からスラスラと出て来る言葉が素直に頭に入らない。
え?ちょっと待て。
じゃあ、もしかして…。
チラリと横眼でジュディスを見ると、こっちもまた食えない顔でニコニコ笑っていた。

「だから、言ったでしょう?貴方はもう男性になる事は無いって」
「う、嘘だろ。だって、オレこいつとやった覚えない」
「あら?だって、貴方と一緒にお風呂入った時、背中に沢山所有印がついてたわよ?」
「…し、知らねぇよ」
「…フレン。流石に了承のない交渉は駄目だと思うわ」

…って、ちょっと待てよ?
そう言えば、女になって初めての目を覚ました日。オレ裸だったよな…?
え?あれ?
それに、風呂で倒れた後…あれ、夢だと思ってたけど…思ってたけど…。

「人聞きの悪い事を言わないでくれ。僕はきちんと了解をとってる。ただ、ユーリが選択期が終わったり確定期に入ったりで体力を消費して、思考が動かない時だったから記憶にないだけだ」

フレンはオレの口元を拭きながら、さも当然の様に言っている。
そう言われて、更に記憶を辿る。

『ね、ユーリ…。君を抱いてもいい?』

『大丈夫か…?ユーリ』

『痛いのは最初だけだから…。我慢して』

きちんと自分の記憶と向き合えば向き合う程、フレンの息遣いとか、気遣いとかが思い出さ…うぅ。
あれ、あれは夢じゃなかったのかっ!?
そう言われてみれば、やたら現実味がある。
次の日は決まって下半身の何処かしらが痛かった。あの時不思議に思った事が全てに納得は行くが…納得は出来るが。
恥という言葉が岩となって頭の上に何重にも重なって行く気がした。
穴が欲しい。このセリフはこの数日間で何度目だろう。
どんどん顔から火が出そうな位赤くなるそんなオレをフレンは抱き寄せ、腕の中へと仕舞い込んだ。

「言った筈だよ。ユーリ。絶対に逃がさないって」
「フレン。ちょ、離せっ」

フレンはオレをそのまま抱き上げ立ち上がると、ベットへとオレを寝かせその上から覆いかぶさった。
バタンと空気を読んだ二人が部屋を出て行く。
でも、そんなトコまで読まなくてもいいっ。
逃げ出そうとするオレの顔の両脇に手を置き、逃げ道をふさぐ。

「君が僕を好きなのはもう知ってる。だから、逃がさない。君が僕を好きなら何も問題なんてないだろ」
「そうじゃねぇっ!そうゆう問題じゃ、ねぇだろ」
「ユーリ、…愛してる」
「―――っ!?」

そっと、唇が重なる。
……何か、もう、いいか。
フレンが、側にいると言ってくれてるんだ。
なら、もう素直にこいつの物になっても…いいよな。
目の前にある大好きな男の首に腕を回し、抱きしめ目を閉じた。
離れては触れる柔らかな感触。
しばらくその感覚に酔いしれた頃、フレンがぼそりと耳元に再び囁いた。

「因みに出産には僕も立ち会うから、ね?」
「……は?」
「やっぱ気付かないか。ユーリ、君妊娠してるんだから激しい運動しないようにね」

新たな爆弾が投下された。
どうやらフレンにより、本当に逃げ道を全て塞がれたらしい。
それでも、そんなフレンの束縛を嬉しいと思う自分もいる。
なら、それでいっか。
なんだかんだでオレはフレンに甘いんだ。

「ユーリ…?」

ここまで完璧に逃走路も塞いで、完璧にオレを手に入れたくせに、不安そうにただオレを見つめる。
そんな、フレンがただただ―――愛おしい。そう思う。
不思議と自然にフレンに微笑みかけていた。
これから、オレがフレンにとってどんだけ障害になるだろう。
分かんねーけど。でも…。
こいつなら乗り越えてくれるって、こいつとなら一緒に乗り越えれるって、そう思う。だから…。

「フレン」
「?」
「――――」

そっと耳元で囁いた言葉にフレンは最上級の笑顔で答えてくれた。



オレも―――愛してる。