アンフィヴィエ
【6】
「何かおかしいな?って、それこそ僕がユーリと一緒に過ごしていた小さい時から思ってはいたんだ。
でも、それが気のせいではないって気付いたのは、騎士団の面接の時だった。
だって、君は本当に変わらずにいたから…。
見た目も中身も。本当に変わらずに。逆に不思議に思う位、僕の記憶のまま君は大きくなっていたんだ。
※※※
「君は一体何をしてるんだ」
「仕方ねぇだろ。体が勝手に動くんだ」
僕は君の手当てを、教官に任されていた。
何時も、不思議な事をするとずっと思っていたけれど、それこそ、何でこんな無駄な事をするんだろう?
同僚を庇って、代わりに傷を受けて……訳が分からなかった。
「全く誰かを庇って怪我をするなんて。ましてや訓練だぞ?教官達だって怪我する前に止めるだろ。それを庇うなんて馬鹿じゃないのか」
「それで止める様な奴らならオレは何で今怪我をしてんだよ。馬鹿はお前らの方だ。人が血を流してるのを見て何とも思わねーのかよ。何で、アシェットがさっきオレに礼を言ったと思う?それこそ、アイツがその教官様がやった訓練で恐怖を感じたからだろうが」
「…だとしても、それを何とか出来ない人間が、理解出来ない人間が騎士団に居るべきじゃない」
「……最低だな。お前」
「最低でも結構だ。そんな風に直ぐに怒って、人に殴りかかるなら、それこそ君の様な人は騎士団を辞めるべきだ」
「……あ〜あ。最悪だ。昔のお前ならそんな事言わなかったのにな…。時間ってホント残酷だよな」
医務室のベットに座る、君が僕が変わったと呟いた。
自分でも、そう思う。けれど、違うんだ。僕も確かに変わった。
けど、それ以上に君が変わらな過ぎたんだ。
ぼそりと呟いた、ユーリの時間って残酷だよなって言葉。
それを僕はその時理解出来ていなかった。
君が、普通の人間とは違う時を歩んでいたってことを示す言葉だったのに。
それでも、僕は自分の苦しみと闘うので精一杯で、君が傷付いた事に気付けなかったんだ。気付くだけの余裕が無かった。
ユーリが、僕を怒って部屋を出て行った後ろ姿が、ぼんやりと僕の目に映り、その後ろ姿が凄く、―――小さく弱い存在に見えた。
きっと、気の所為だろうと自分に思い込ませ、僕も医務室を出た。
それから―――暫くの月日が経った。
僕とユーリはシゾンタニアに配属された。
ユーリとシゾンタニアに向かう道中。結界魔導器の外だ。危険なのは当然で、モンスターに遭遇する事が度々あった。
もう戦闘にも慣れ、そろそろシゾンタニアだと言う時にまた、敵に襲われた。
剣を片手に、僕達は応戦した。
「フレンっ!そっちだっ!!」
「分かっているっ!!」
―――分かっている。
そう、答えて見たものの、シゾンタニアに近くなり霧が発生しやすいこの場所は視界がとても悪く、直ぐに反応など出来なかった。
狼の様な獣が自分が振り向く前に背中へと飛びかかって来ている事を気付いていたのに、―――間に合わなかった。
やられるっ!
覚悟を決め、少しでも衝撃を減らす為、きつく目を瞑った。
「フレンっ!!」
「―――っ!?」
ドンッ。
体に何かがぶつかり、直後に何かの肉を斬り裂くような鈍い音がして、咄嗟に瞑っていた目を開くと、そこには。
「ユーリ…?」
「だから、そっちだって、言っただろうがっ!!」
血まみれになったユーリがいて、自分が庇われた事を知った。
「ユーリ…、その血…は…」
「あぁ?こんなん、そいつの血だよ。兎に角、さっさと武器構えて立てっ!!」
「す、すまないっ」
僕が剣を持って立ち上がったのを確認すると、ユーリは再び走りだした。
持っている剣をクルクル回した独特の剣技で次から次へと魔物を斬りはらって行く。
僕も負けじと剣を持ち戦っていたが、君の姿が気になって仕方ない。
それこそ、医務室で見たあの姿が気の所為だったんじゃないかと思う位、強く大きく逞しく見えた。
男の中の男に見えたんだ。
光を纏って前だけを見る君は、恰好良かった。
数日後、シゾンタニアに到着し、また、何時もの日々が戻った。
僕が君に注意して、その注意を君が聞き流す。
そんな毎日を過ごしていたある日。
君が風邪を引いて寝込んでしまった。
日中は騒いでいた君も、夜になって熱が上がったのか、魘されていた。
「…ユーリ、大丈夫か?」
「う……うぅ……」
「ユーリ」
何度かユーリを揺すると、とろんとした熱に浮かされた目が開かれ、ユーリは僕を見つめた。
「フレ、ン…?」
名前を呼ばれ『そうだよ』と頷くと君は優しく微笑み、言ったんだ。
「もう、……何処にも、…な」
「え?」
「側、に……いろ、よ…」
そう呟いて再び眠りへと落ちて行った。
何処にも行くなと、側にいろと、そう言って。
まさか、ユーリからそんな言葉が聞けるとは思わなかった。
赤くなる顔を片手で隠し、そうだ、タオルを濡らそうと誰かがいる訳でもないのに、口に出して机に置いている桶にタオルごと手を突っ込み、湯気が出そうな程熱くなっている思考ごと冷やした。
じゃぶじゃぶとタオルを洗い、きつく絞るとユーリの額にそっと置いた。
ふと、ユーリの髪に目が行き、熱の所為か何時もサラサラな黒髪がしっとりとしている。汗をかいているんだろう。
拭いて、あげようかな…?
何気なくそう思った。
自分のタンスからタオルを取り出し、水だと風邪が悪化する可能性があるから、風呂場に行き、シャワーから出したお湯でタオルを濡らしきつく絞るとシャワーを止め、ユーリの元へと戻った。
一先ずタオルを机に置くと、かけていた毛布を剥いで思考が停止した。
…え?
………ええ?
ちょ、ええええええっ!?
目の前のユーリの体が柔らかいラインを描き、そして、男性なら絶対あり得ないものが胸にある。
お、落ち着け、落ち着け。
とりあえず、目を閉じて、呪文のように落ち着けと呟き、頭が冷静になった所でもう一度目を開き、見るとそこには何時も通りのユーリがいて。
「…僕、疲れてるのかな…?」
きっとそうだと、無理矢理自分に暗示のように言い聞かせ、ユーリの体を拭くと僕はさっさと眠りにつく事に決めた。
更に時が過ぎて、僕達二人の唯一の隊長が亡くなった翌日。
シャワーを浴びて部屋に戻ると、そこにユーリの姿は無かった。
何処に行ったんだろう…?
暫くベットの上で、ユーリの帰りを待っていると、程無くしてユーリが部屋に帰って来た。
「ん?フレン?どうした?」
「いや、別に。それより君こそこんな時間にどうしたんだい?」
「あー、いや。ちょっとな。騎士団、辞めようと思って」
「えっ!?」
「何だよ。お前だって言ってただろ。オレに騎士団は合わないって」
「そ、れは、確かにそう言ったけど、でも…」
「でも?」
君は行かないでくれって、側にいてくれって言ってたじゃないか。
そう言おうと思ってその言葉を飲み込んだ。
首を捻りながら僕を見るその姿が、少し小さく見えたから。
黙りこんでしまった僕を、変な奴と笑いながら頭に触れくしゃりと掻き回し、気が済んだのかベットへと入って眠ってしまった。
じっとユーリを見ていると、淡い光がユーリを包み始めた。
それから、ユーリの体は一回り小さく柔らかくなり、そう、まるで女性のように変化した。
信じられない。
でも、僕はそんなユーリの変化を見て来た。
一つ目は、医務室での儚げで柔らかな後ろ姿。
二つ目は、魔物に襲われた時の明らかに逞しくカッコいい男の姿。
三つ目は、風邪を引いたあの一瞬だけ見えた女性の姿。
四つ目は、今現在のこの姿。
ユーリはこの事を知っているんだろうか…?ユーリは一体…?
何故こうも印象も姿も違って見えるのか。
…何かが引っ掛かる。
けど、それが何なのか分からず、悶々と夜を過ごす破目になった。
次の日ユーリが一足先にシゾンタニアを後にした。
また、会おうと約束をして。
ユーリがいなくなったシゾンタニア。
今ならば、ユーリの事を自由に調べられるかもしれない。
ユルギス副隊長に許可をとり、僕はガリスタの使用していた研究室に入った。
ユーリと一緒に奴と戦ったこの場所ならば、本がそれこそ山になるだけある。ここになら僕が探していたユーリの情報があるかもしれないと、本を漁った。
そして、運よくそれを発見する事が出来たんだ。
※※※
それを読むと、そこには『アンフィヴィエ族』の産まれから性質まで詳しく書いていて、これはユーリも当然知ってるだろうけど、三つの成長期がある。
一つは、変動期。これは、アンフィヴィエ族の第一成長期で大きな衝撃が起きると体が変動して、大人になる為の体を形成し始める。ユーリは多分騎士団に入る前になっている筈だよ。ほら、小さい頃ユーリは僕より身長が低いって言われて怒ってたじゃないか。それはまだアンフィヴィエの成長期に入っていなかったからなんだ。
それから次に、選択期になる。これが第二成長期でその名の通り男か女かを選ぶ時期にある。その期間は長くて3日。早くて数時間で決まる。
最後に、確定期。完全に大人になると、性別は安定してもう体に変化は訪れず、普通の人と変わらなくなる。
本の内容を簡略化すると、そう書かれていたんだ」
「んじゃ、何か?お前はオレが女に変化した所も男に変化した所も全て見ていたと?」
「そうゆう事」
だから、オレよりオレの体に詳しかったと…。そーゆー事か?
しかし、そんな事より、過去のオレ。
すっげー恥ずかしい事言ってたんだな…。
「……誰か、マジでオレを穴に埋めてくれ」
ぽろりと口から洩れてしまう位、オレは凹んでいた。
「さて、と。それじゃ、ユーリ。話も終わった事だし、行こうか」
「へ?」
フレンの話にすっかり聞きいって忘れてしまったが、そうだ。
オレは逃げなきゃならなかったんだ。
今更の様に暴れるが、女になって力が弱まったオレの抵抗など一切通用せず、フレンはオレを抱き上げたまま立ち上がり、部屋を出る。
その後ろを黙って聞いていたカロルにジュディス、パティにラピードが後を追って来た。
「ってか、このままで行くのかっ?せめて、他の服に着替えるとか」
「駄目。そんな時間を与えたら、ユーリは逃げるだろ」
「当たり前っ、それ以前に何時まで姫抱きしてんだっ。早く降ろせっ!」
「だーめ。それこそ、そんな事したら君は直ぐに逃げるだろう?だから、このまま」
満面の笑顔で言うフレンは確かにオレを逃がす気はないようだった。
オレはフレンに姫抱きされたまま、ダングレストを後にする事になった。
こんなに、恥ずかしいのは生まれて初めてかもしれない。
とか思っていたこの状況が、後にまだマシだったと思う事になるとは、この時はまだ知らなかった。



