紫紺の羽
【6】
ザッザッザッ。
複数の足音が聞こえる。
僕が慌てて目を覚ますと、隊長もユーリもラピードも既に臨戦態勢に入っていた。
「起きたか…。来たぞ」
「みたいですね」
剣を構えている隊長の側で僕も剣を構える。
「…ユーリ、すまないが」
「分かってる。ちょっと待ってろ」
そう言って飛び立つ。
「ほう。ユーリの奴、速ぇな。ありゃ妖精の中でもトップクラスの速さだ」
隊長がユーリの飛んで行った方に視線のみを向けて言う。
他の妖精を見た事が無いから何とも言えないけれど、確かに本気で飛んだユーリの速さは凄かった。
あっという間に偵察を終え、定位置の僕の肩に戻って来た。
「…一人、やたら面倒そうな奴がいる。出来るならアイツは先に進ませて、後方から狙った方がいいな。エステリーゼを助けてから集中攻撃した方がいい」
「そうか…。なら」
全員無言でただ敵が通り過ぎるのを待つ。
ガラガラと馬車の音も近付いて来た。
馬車が僕達がいる岩の前を通った―――今だっ!!
「止まれっ!!」
僕達は一斉に飛び出し、何事だと驚く傭兵が剣を抜く前に斬りかかり、剣を叩き落とす。
一人、二人、三人…次々と剣を弾き、意識を失う位の打撃を与える。
「フレンっ」
「分かってるっ!!」
そのまま、馬車の鍵を剣で破壊し、ドアをこじ開ける。
「エステリーゼ様っ!!」
「えっ!?この声、フレン、ですっ!?」
そこにいたのは手足を縛られ目隠しされて椅子に座らせられている桃色の髪の姫、エステリーゼ様で間違いなかった。
「今、お助けしますっ!!」
「やらせるかぁっ!!」
「ちっ…、てぇいっ!!」
後ろからの攻撃を蹴り飛ばし回避する。
しかし、こんな状況ではエステリーゼ様の縄を外す事など…。
少しの焦りが産まれる。
「フレン、オレが行くっ」
「え?ユーリっ!?」
「お前はその姫さん、助けろっ!!」
言ったと同時にユーリは素早く飛び上がり刀を引き抜き、
「てめぇらの相手はオレだっ!!」
「なっ!?妖精っ!?」
その刀が閃光の様に横一線に動く。
すると、彼らの持っていたメイスや弓が真っ二つに割れる。
「はんっ、この程度かよっ」
…もしかして、ユーリは物凄く強いのでは?
一瞬過ったものの、今はエステリーゼ様を助ける方が先だと思い直し、急ぎエステリーゼ様にかけより、手枷と足枷になっている縄を外し、目隠しを取り外す。
「ご迷惑をおかけしました。フレン」
「いえ。当然の事をしたまでです」
「しかし」
「エステリーゼ様。今は脱出を優先します。詳しい話は後で」
「あ、そうですねっ」
エステリーゼ様の手をとり馬車を降りる。
すると、そこには傭兵はおらず、むしろその傭兵の山の上に隊長が座ってお動きを封じていた。
「おぉー。よくやったな。フレン」
「いえ、隊長もお疲れ様です。隊長、エステリーゼ様をお願いします」
僕はユーリの応援に行かなくてはっ!!
って言うか、ユーリがいないっ!?
何処にっ!?
と視線を巡らせると、馬車が向いている進行方向の更に奥でラピードの吠える声が聞こえた。
僕は慌ててそちらに向かう。
「ああああああっ!!気持ち悪ぃっ!!来んなぁああああっ!!」
「いいっ!!いいぞおおおおおっ!!妖精、妖精っ!!」
ユーリがラピードに乗って必死に逃げ回っているが、それを追いかけるピンクと黄色の髪をした……変質者?
兎に角ユーリを助けるべく、急いでその間に割って入り、斬りかかる。
だが、先をよまれ回避されてしまう。
でもこんなのは予想の範囲内だ。連撃を仕掛ける。
「なんだぁ…、貴様はぁ」
「それはこっちのセリフだっ!!エステリーゼ様を攫うだけではなくユーリを襲うなどとっ!!」
「ユーリ?そうか、ユーリかっ!気に入ったっ!!必ずものにしてやるぞっ!!ユーリぃぃぃぃぃっ!!」
…イラッ。
「…誰が、誰をものにする、と?」
「貴様は邪魔だあっ!!死ねぇぇぇぇぇっ!!」
変質者が飛び上がり、僕の上空から斬りかかろうとする。
―――が。
僕は剣を鞘に入れ、
「僕のユーリに触ろうなんて、100年早いっ!!」
ぎゅっと柄を握り、変質者が落下してくる位置に移動すると、剣を大きく振りかぶり、
カキーンッ!!
良い音を立て、変質者は飛んで行き、お空に輝く星となった。
「……こういう球技なかったか?」
「わふん(野球だな)」
「あぁっ、成程な」
全員で星になった変質者を見送っているが、僕はそれよりもっ。
「ユーリ、無事かいっ!?」
「おぉー。全然平気だ」
「良かった…。あまり無茶はしないでくれ」
そっとユーリを掌で包むように持ち上げ、本当に怪我が無いのか確認する。
良かった、本当に怪我は無いみたいだ。
安心で、肺に貯まった空気を吐き出した。
何だかんだで、エステリーゼ様を救出し、僕達は一先ずハルルへと戻った。
※※※
宿屋の一室。
エステリーゼ様は僕達に深く礼をした。
「改めて、助けて頂き有難うございました」
それに僕達は静かに首を振る。
これは騎士として、当然のことなのだから。
「…私は必ず、戦争を食い止めて見せますっ!ただ、その為に時間が必要です。けれど、その間に誰かが死ぬ姿は見たくない。だから、騎士の皆さまに逃げる様に、私が解決するまで逃げ切る様に伝えて貰えますか?」
「了解しました」
「では、姫様の護衛には私がつきます。フレンは騎士達に連絡だ。いいな」
「はいっ!!」
僕は背を伸ばし敬礼をする。
…。
暫くの沈黙。
「っつー事で、飯でも食おうや」
その沈黙も隊長の言葉で崩れ去った。
食べたい物を注文し、テーブルを囲んで席につく。
部屋に運ばれた料理はテーブルを埋め尽くすほどで、凄く美味しそうだ。
あれ?セット料理にしたら、デザートもついてきたのか。
…これはユーリにあげようかな。
苺のたっぷり使われたケーキをユーリの前に置く。
「フレン、もしかしてこれも…?」
「うん。甘いお菓子だよ」
一気にユーリの目が輝く。
そして、ケーキの周りをくるくると回り始めた。
…何をしているんだろう?
まるで何かの儀式みたいだ…。
けど勿論そんな訳も無く、何処から食べようか迷っていたらしい。
三角の一番角が狭い所の前に立つと、ぱくっとそこに齧り憑き、跳ねた。
「……可愛いですっ」
じーっと眺めてエステリーゼ様が呟く。
何でだろう。
胸がもやっとした。
「あ、ユーリを見て思い出しましたっ」
エステリーゼ様が鞄を漁り、一冊の本をとりだした。
「それは?」
「ハルルの樹の下にあったんです。何でも【幻の型紙原紙】ってタイトルの本です」
「幻の型紙原紙っ!?そ、それ見せて下さいっ!!」
はいと手渡されたその本をパラパラとめくる。
間違いなく型紙の本だ。
そして、双子の所でメモした地図もハルルの位置に相違ないっ!!
これは、間違いないっ!!
「エステリーゼ様っ。この本を譲って下さいっ!!」
「え?あ、はい。いいですけど」
「あ、ありがとうございますっ!!」
これで、ユーリの洋服一つゲットだっ!!
早速双子に連絡をしなければっ!!
ユーリにはどんな服が似合うかな?
色んなのが似合いそうだ。
いっそ僕と揃いで騎士の服ってのもありだし。
夢は盛大に膨らむばかりで、じっと口一杯にケーキを頬張るユーリを見る。
何時もなら直ぐ気付く筈のユーリも目の前のケーキを攻略するのに夢中だ。
とりあえず……、ドレスは絶対に作って貰おう。
そう、心に誓ったのだった。



