紫紺の羽





【5】



〜 誘拐事件 〜



「エステリーゼ様が誘拐されたっ!?」

思わず声が大きくなり、慌てて口を閉ざす。
だが、声が大きくなっても仕方ない事でもある。
この国の二番目の重鎮。副帝がいなくなったのだ。
帝国を守る騎士としては、見過ごせない事実だった。
…が。

「おいおい。フレン。声がでけぇよ」
「あ、申し訳ありませんっ。ナイレン隊長」

言われ、ここが酒場だと思い出す。
漸く着いた隣町。
お腹が空いたと事と、情報が欲しい事の二つを一度に済ますべく、僕達は真っ直ぐ酒場へと向かった。
そこで僕の騎士団入団時の隊長。
ナイレン・フェドロック隊長とばったり再会した。
隊長もどうやら、騎士団を乗っ取った集団の襲撃にあった様だが、何とか逃げ切り僕と同じくこの酒場へ情報収集しにきたらしい。

「それから、隊長はやめろ。もう、俺とお前は同等な筈だ」
「い、いえっ。それは出来ません。例え、僕が隊長に昇格したとしても、ナイレン隊長が僕の先輩で隊長である事には変わりありませんので」
「ったく、相変わらず堅っ苦しい奴だなぁ。おめぇさんは」

豪快に笑い、僕の頭をわしわしと撫でる。
騎士団を襲った連中の襲撃に、全ての隊長格の人間が襲撃にあったと聞き、情報を集めたりユーリの先見の能力で皆生きているって事は知っていたけれど。
実際に見るまで微かな不安はあった。
だから、今こうして目の前にナイレン隊長がいて安堵した。

「…ナイレン?」
「え?」

ひょこっと僕の胸元から、ユーリが顔を出した。
何かと思って見ていると、ユーリは服から飛び出し、ハタハタと羽を動かし飛び上がると、ナイレン隊長の目の前に移動した。
じーっとナイレン隊長の顔を見て、首を捻った。

「…生きてたのか?」
「…こいつ。もしかして、妖精か?」
「良くあの攻撃の包囲網抜けられたな」
「―――ッ!?」

グビッとナイレン隊長の喉がビールを大きく飲み込む。

「知ってはいたんだよな。全員が生き残るって。フレンさえ逃げれば皆逃げ切れる。知ってはいたんだが、ナイレン隊長だけはかなりの包囲網だったんだよ。…あんた、良く逃げれたな」
「…無事、ではねぇがな」
「隊長?」

自嘲気味に呟いた一言が気になり、隊長の表情を伺うと、隊長はにかっと何時もの笑いを見せ、右腕を上げて見せた。

「おまっ!?」
「隊長っ!?」

上げた腕には、ほぼ全て包帯が巻かれている。
どうして今まで気付けなかったのか。
…いや、隊長が気付かない様にしていたんだろう。

「右腕に毒矢が刺さってな。この街について直ぐに医者に駆けこんだから、ゆっくりだが回復してる。問題はねぇ」
「そ、うですか…。良かった」

隊長の顔を見ると顔色も悪くない。
きっと言う通りなんだろう。

「にしても、妖精って。フレンお前珍しいもん連れてんなぁ」
「…彼がいなければ、僕は今ここにこうして生きていられなかった」
「はぁん…成程な」

じっとユーリを物珍しそうに眺めている。
その視線が煩わしいのか、僕の方に戻って来て、僕の呑んでいるココアのカップに自分用のカップを突っ込み掬ってちょこんと座るとそれを呑み始める。
…可愛い…。
……って違うっ!!
今気にするべき事は、エステリーゼ様だ。

「それで、隊長。エステリーゼ様は…?」
「…デイドン要塞って知ってるか?」

デイドン要塞。
一度、そこへ収容されたら二度と出て来られないと言う、囚人を殺す為に送られる地獄の要塞だ。
その周辺は森と、絶壁に囲まれて、脱出する事も不可能だと言う。
入れられる訳でもないのに、騎士達ですら行くのをためらう事で有名な要塞。
何故、その名が出てきたのか?

「……まさかっ!?」
「そのまさかだ。とはいえ情報を集める限りだとまだ、入れられてはいないらしいが」
「エステリーゼ様がそこへ入れられるとっ!?」
「…そうだ。現に今姫様はその一歩手前の街。花街ハルルにいる」

ありえないっ!!
エステリーゼ様がそんな…っ。

「俺達を狙った連中にしてみたら、あの平和主義の姫様は邪魔なんだろうよ」
「…そんな…。助けに行かないとっ」
「…助けたいのか?」

ユーリが小首を傾げて聞いてくる。
可愛いが、今はそこに見惚れてる場合じゃない。

「当たり前だ。彼女がいなければ、この国は隣の国、ダングレストと戦争になるんだぞ」
「?、どう言う事だ?」
「今から数年前迄、隣の国、ダングレストと僕達が暮らすこの国ザーフィアスは戦争状態にあった。それを話し合いを用いて停戦させたのがエステリーゼ様だ」
「そっか。んじゃ助けないと、だな」
「あぁ、そうなんだ」
「……んー…。だとしたら急いだ方がいいかもな」

ユーリがカップに入ったココアを全て呑み切り、羽を動かし飛び上がるとカップをユーリ専用の鞄へと入れ込むと、僕の肩へと座る。
しかし、今のセリフは一体?

「オレの先見の能力で見れるって事は…これから2日、3日の間に、エステリーゼはハルルを出るぞ」

ガタッ。
思わず立ち上がる。
それはどうやら隊長も同じだったらしく、立ち上がる。

「妖精の先見能力って奴か?だとしたら、そりゃ間違いない。…フレンっ」
「はいっ!!急ぎましょうっ!!」

座っていたテーブルに注文した物の代金を払い、僕達は急いで店を出た。
幸いここからハルルは近い。
知らず、僕とナイレン隊長の足取りは速くなっていた。
先導しているラピードが鼻を頼りに敵を避け走り続ける。
しばらく走っていると、ナイレン隊長が走る方向を変えた。
慌ててついて行き、理由を問うとハルルに行くより、デイドン要塞で待ち構えた方がいいと言う。
確かにその通りだ。
そこを狙った方が早いだろう。
エステリーゼ様がデイドン要塞に入れられる前に、そこを襲撃し、奪い返すっ!!
頷き、僕達は真っ直ぐデイドン要塞へと向かった。



※※※



何とか辿り着いた、デイドン要塞の前。
相変わらず威圧感のある建物だ。

「ひぇ〜…でっけーなぁ」
「あぁ。僕も直に見るのは初めてだ」
「…見る限り、ここのつり橋が降りた形跡はねぇな。って事は間にあったって事だ」

ナイレン隊長が崖で囲まれたデイドン要塞のつり橋を調べ戻って来た。

「あいつら姫様を内緒で運びたいはずだ。となると、だ」
「あちらの獣道、ですね」
「あぁ。尚且つ、見られない様に馬車を使ってくるだろう」
「…確かに」

となると、何処で奇襲をかけるのがいいだろうか?
あまり要塞の近くだと、逃げられて直ぐに連れ去られ要塞に閉じ込められてしまう可能性もある。
だから、要塞の近くは無理だ。
そうすると、あちらの獣道脇だろうな。

「…ちょっと待ってろ。オレが見て来る」
「あ、ユーリっ」

肩からふわふわと飛び立っていき、高く飛び上がる。
それこそ獣道を覆う木達ですら追い越す高さまで。
しばらくすると、そのままふわふわ降りてきた。

「あっちにオレ達位なら隠してくれそうなでっかい岩がある。そこならいいんじゃねぇ?」
「そうか。ありがとう、ユーリ」
「よしっ。じゃあ移動すっかっ」

どこに何が潜んでいるか分からない。
だから慎重に、けれど迅速に移動する。
ユーリの発見した岩の後ろ。
僕達はそこに身を隠した。

「…後はここで、姫さんが来るのを待てばいい」
「…どの位で来るでしょうか」
「オレの先見の能力で分かる限りでは、明日の夜明けとほぼ同時にここを通るな」
「なら、体を休めておかねぇとな。交代で見張りすっか」
「はい。じゃあ、僕とユーリが先に見張りしますから、ラピードと隊長は休んでおいて下さい」
「おー。んじゃ、そうさせて貰うか。な、ラピード」
「わんっ」

隊長が岩に背を預け、眠りにつく。
その横でラピードも丸まり眠る。
そして僕は見張りに神経を研ぎ澄ます。

「…」

しかし、エステリーゼ様を攫うなんて…。

「……」

とにかく無事にお助けしないと。

「………」

もしダングレストと戦争になったりしたら、関係のない人間が巻添えを食ってしまう。それだけは避けなくては。

「フレン」

そうだ。それだけは避けなくては…って。

「うわっ!?」

目の前にユーリのドアップ。
流石に驚き声を上げてしまってから慌てて口を手で塞ぎあたりを見回す。
良かった、誰もいない。
はぁ〜と息を吐き出し、目の前のユーリに視線を戻した。

「驚かせないでくれ。ユーリ」
「なぁ?フレン」
「なんだい?」
「その、エステリーゼってお姫様は、お前の…」
「ん?」
「い、いや。なんでもねぇ。…何考えてんだ、オレは。フレンは人間でオレは妖精…なんだから」
「ユーリ…?」

くるっと僕に背を向けて、俯いてしまった。
…どうしたんだろう?
何で、こんな落ち込んでいるんだ?
…何かユーリの気持ちを上昇させる物はないだろうか?
何か…そうだっ!
急いで鞄を漁る。
確か奥底に…あったっ!!

「ユーリ」
「?」
「はい、口開けて」

僕の言葉に疑問を覚えながらも、くるっと振り返り口をあける。
その口に僕は持っていた、ミニキャラメル放り込んだ。
以前ユーリのサイズに丁度いいと思って買ったキャラメル。
鞄に仕舞いこんで忘れていた。
最初なんだこれと首を傾げていたユーリだが、徐々にその顔は明るくなっていく。

「美味しい?」

聞くと、必死に頷く。

「何に悩んでいたのか分からないけれど、ユーリが少しでも元気になる手助けになるなら…」
「…ふげん(フレン)」
「全部を打ち明ける事は出来ないだろうけど、でも、僕は君の助けになりたい。僕じゃ頼りないかもしれないけれど」
「ほんはほとはふぇえよっ!!ほふぇはふぉふぁふぇふぇふぉふぉとふぁっ!!」
「…うん。ユーリ。何を言っているのさっぱり分からないよ」
「…ふぁな(だな)」
「キャラメル。ゆっくりと食べればいいよ。もう四個残ってるし。ただあまり小さい所為で鞄の奥底に沈んでるけどね」

笑って言うとユーリも笑った。
口に一杯キャラメルを含んだままだったけど。
こんな状況だけど、僕はそれが嬉しかった。
暫く、ゆったりとした時間が流れ、気付けば月が真上に来ていて、僕達は隊長達と見張りを交代して眠りに着いた。