報酬は君で良い。 前編
のんびりとした穏やかな昼下がり。
目の前の危機も脱却した一同は皆思い思いに休みを堪能していた。
と言うかそもそも。
「仕事が来ない〜…」
と、あるギルドの首領が肩を地面にへばり付かせ、溜息を大量生産する位、要は仕事が無いのである。
「おい、カロル?おーい…駄目だ。聞こえてねぇ」
このギルドを取り仕切る裏の顔である、黒髪、長身、美形な青年が、幼いながらもギルドの首領を務めているオールバック髪の少年の前で手を振った。
が、さっきの言葉通り全くもって気付いていない。
若干呆れたように、腕を組み眺めていると、そこへこのテルカ・リュミレースに存在するもう一つのヒト型の種族。職種を持ったクリティア族の蒼い髪が魅力の、いやそれ以前に、全身が男性にとって眼福な女性が現れ青年の横へと並んだ。
「カロル、まだ落ち込んでるの?」
「ジュディ?…見ての通りだ」
「…そう。カロル、ちょっといいかしら?」
ジュディと呼ばれたクリティア族のジュディスは、首領のカロルへと歩み寄った。
そして、彼の前で妖艶な笑みを浮かべ、話しかけたのだが、何分相手はお子様である。
「なに?ジュディス。用なら後にしてくれる?僕、仕事を待ってるんだ」
「あら、そう?じゃあ、この依頼書は、依頼主に返してくるわね」
「うん。そうして…って、依頼書っ!?」
さっきの様子とは打って変わって、テンションが跳ね上がる。
カロルが、ランランと目を輝かせジュディスに抱きつく。
(子供は得だよな〜)
と、黒髪の青年が思ったかどうかは定かではないが、間違いなくここ『ダングレスト』の『天を射る重星』の酒場で呑んだくれている男達は確実に心で叫んでいた。
「依頼書、見てもいいっ!?」
「えぇ。勿論。貴方が私達のボスですもの」
そう言って手渡されて依頼書をカロルは嬉しげに受け取り、早速封筒の封を切った。
「えーっと、『幻の『雪トマト』と『熱白菜』を届けて下さい。ワンダーシェフ』…って、ねぇ、雪トマトと熱白菜って何処に生えてんの?」
「コゴール砂漠に『雪トマト』、ゾフェル氷刃海に『熱白菜』があるって聞いてるわ」
「…随分と過酷な所にあるな」
どちらも、この世界で最も熱いと言われている場所と最も寒いと言われている場所だ。
…一瞬、三人の間に間が空く。
しかし、逸早く回復をしたのは、やはりカロルだった。
「でも、ジュディスがいれば、って言うかバウルがいれば楽勝だよねっ!」
「そうね。その場所まで行くのは楽勝ね」
「どういう事?」
「カロル。そこを良く読んでみろ。『幻の』って書いてあるだろ?」
「うん。書いてる…って、まさかっ!?」
「そう。そのまさかだ。こりゃ間違いなく、探すのは至難のわざだぜ?」
カロルはユーリに言われた事を良く、良〜く考えて、やはりぱっと瞳を輝かせ『行こう』と歩き出した。
まぁ、予想通りと言うか何というか。
ユーリもジュディスも、何も言わずただ顔を見合わせて苦笑いを零すと首領の後をついて行くのだった。
―――二週間後。
バウルの力を借りて、何とか依頼をこなし、『雪トマト』と『熱白菜』を何とかゲットをした一同。
これが、やはりユーリの予想通り大変過酷な物だった。
まず、『雪トマト』。
これは、コゴール砂漠の中央部。フェローがいた場所から少し離れた、小さな洞窟の中に生息している。サボテンの魔物が好んで食べる珍味であり、その洞窟は勿論その魔物の巣で、中に突入し手に入れねばならなかった。
何より、そこの洞窟は氷が張るほど寒く、砂漠の夜の涼しさが更にそれを倍増させる。そんな場所に生えている『雪トマト』はトマトでありながら、真っ白な色をしていた。
そして、『熱白菜』
これは、ゾフェル氷刃海に数年に一度浮かび上がる島に生える。その島は、ゾフェル氷刃海と言う寒気の場所に浮かびあがるものの、砂漠並みの熱を放っている島であり、そこは周りの氷達を溶かすだけの力を持っていた。
そんな場所で育つ、『熱白菜』はやはりこれも貴重な物で、真っ赤な葉っぱなのである。
その二つを袋に詰めて、何とか届けたのだが。
一つ。当然と言えば当然の事が起きた。
「うぅ〜…ん…」
「…熱が全然下がらないわね」
「だな。オレ、氷貰ってくるわ」
「えぇ。よろしく」
あんなに熱い所と寒い所を行ったり来たりしたのだ。
『風邪』を引くのは当然である。
ましてや、まだそんなに抵抗力のないカロルにしてみれば、言うまでも無くである。
ジュディスが、カロルの額に乗せられたタオルを冷やしているのを確認して、ユーリは部屋の外へ出た。
流石に風邪を引いた状態のカロルをダングレストまで連れて行くのは無理と判断し、ゾフェル氷刃海に一番近い新生アスピオで凛々の明星の仲間、魔導器研究家にして天才魔導少女、栗色の髪をした少女、リタに部屋を借りたのだ。
リタにして見れば、やっぱり弟の様なカロルが可愛いらしく直ぐベットを綺麗にしてから貸してやり、今はカロルの為に熱を下げる為にと本を漁っていた。
「おーい、リター」
「なに?カロルに何かあったの?」
「いや、そうじゃなくて、カロルの熱を下げる為の氷欲しいんだ。あるか?」
「…ちょっと待ってて」
テクテクと、本を置き外に出て行くリタを、首を傾げながら付いて行く。
そもそも台所は入口のドアの横にあったような…?
疑問に思いながらも一歩足を外に出した瞬間。
「フリーズランサーッ!!」
「うおっ!?」
地面に大量の氷が突き刺さる。
新生アスピオは前のように洞窟にあるわけではない為、隣家迄結構な距離はある。だが、それでも攻撃魔法だ。これが隣家に知れたらそれこそ大問題…なのだが。
そこはそれ。リタである。気になどする訳が無い。
「…好きなだけ取って行けばいいわ」
「…って言ってもな。お前、これは無いわ」
巨大なつららが地面に一列に綺麗に並んで刺さってる。
確か前は海で遭難しかけた時、力を押さえてやってたじゃないか。
そう、ユーリが言うと、リタはふんと鼻をならし。
「まだ、魔導器がマナの力を制御しきれないのよ。だから、家の外に出たんじゃない」
「ふぅん…。成程な。…リタ、ちょっと離れてろ」
「?、何でよ?」
氷に近付きながら、ユーリがリタに言うと素直に首を傾げるリタにユーリは妖しく微笑んだ。
「…知りてぇか?」
「えっ!?」
隣に立ったリタの腕を掴むと、ぐいっと引き寄せ、顔を近くに寄せ、それこそ鼻がくっ付くかもとリタが慌てる位に近寄り。
「知りたい?」
「ちょ、ちょっとっ!!近いっ!!近いわよっ!?」
「慌てるなって、リタ。ただ、話してるだけだろ?」
「耳、耳に息を吹きかけないでっ!!」
「ふっ、可愛いなぁ。リタ」
リタの耳に態と吐息がかかるようにユーリが囁く。どんどん顔が真っ赤に染まって湯気が出そうな位沸騰しているリタがブルブルと震え、そして、臨界点突破…。
「なんて、な。冗談だ。今、氷を切るから離れてろ」
する前にぱっと離れ、ポンポンと頭を叩き、リタを解放し、今度こそ氷に近付くと、ユーリは刀を鞘から抜き去り一閃。更に縦に横に刀を振り、刀を鞘に収め、チンと柄がぶつかった音が鳴った瞬間、巨大な氷柱の一つが見事なサイコロ級の氷の破片に変わり地面に散らばった。
「よし。これでいいか」
手早くポケットの中から袋を取り出し氷を詰め、リタを置いてさっさと家の中へと戻ってしまった。
勿論、残ったリタは…。
「な、な、な、なんなのよっ!!うがあああああああっ!!」
大量のファイアーボールを残った氷柱に思う存分ぶつけていた。…その事をユーリは知らない。
そしてその何も知らないユーリは、氷を持ちカロルの寝ている部屋へと入り、その中でカロルの様子を見ているジュディスの背後から首にそっと腕を回し、抱きしめた。
「あら?」
「ほら、ジュディ。氷」
「ありがとう」
「カロルの様子はどうだ?」
「今、少し落ち着いた所よ」
くるりと振り返るジュディスの顔がユーリと近付く。
そのジュディスの頬にキスをすると、ユーリはジュディスの手に持っていた袋を渡した。そして、そのままベットで苦しんでいるカロルに近付き、頭を優しく撫でた。
「苦しそうだな…。何か、食えるもの、買ってくるか。林檎?桃?…カロルはマンゴー好きだったな。待ってな、今買って来てやる」
汗ばんだ額にくっ付く髪をかきあげ、その額に唇を落とすと、ユーリは静かに部屋を出て行った。
残された、ジュディスと言えば、相変わらずただ淡々と氷をタライの中に入れている。…と、思いきや。
「…流石に、ちょっと、照れるわね…」
やはり、動揺を隠せず何時もなら素早い作業に時間がかかってしまうのだった。
着々と被害者?を増やしているユーリは、カロルの為に果物を得ようと、街へと繰り出した。
街を歩いていると、何せ学術都市。とりえあず果物屋は無く、と言うか食材を売っている店が無い。
そう言えば、前のアスピオにも大きな建物の中にこじんまりとある程度だった。
さて、と考えていると、たまたま、そこへ大量の林檎を持った女性がユーリの方に向かって歩いて来た。
あぁ、あの人に聞けばいいか。
そう、考えたかどうかは分からないが、ユーリはその女性へと声をかけた。
「なぁ、あんた」
「え?」
「その林檎、何処で買ったんだ?」
「え?え?」
「オレに教えてくんない?」
ふわふわとウェーブのかかった柔らかい茶髪を手に取り、やんわりと口付ける。
「オレ、今すぐ林檎欲しいんだ」
「あ、あ、あの、じゃあこれあげますっ!!」
袋丸ごとばしっと渡される。
一瞬きょとんとしながらも、ふわりとユーリは微笑みサンキュと感謝を告げ、幾らだ?と聞くが、女性は首を振るだけだ。
「流石にただじゃ貰えねぇよ。な?幾らだ?」
「あ、あの、じゃ、じゃあ、五百ガルドでっ」
「そんな少なくていいのか?」
コクコクと頬を赤らめて頷く。優しいんだな、とそう言ってユーリはポケットから千ガルド入った袋を丸ごと女性の手の上に置き、またしても誰もが見惚れる表情で微笑んだ。
「あ、あの、すみませんっ」
「ん?」
気付けば周りに人が増えている。しかも女性ばかり。
あっという間にユーリの周辺は女性の渦になっていった。

