報酬は君で良い。 後編
『カロルが倒れたから今すぐ来て』
そんな手紙がハルルにいた副帝エステリーゼ・シデス・ヒュラッセインの下に届いたのは、ほんの2日前。
桃色の髪をした女の子は、親友のリタからの手紙と知って喜び、内容を読んで驚き急ぎ、任務で来ていた金髪の光輝く帝国騎士団長へと知らせ、馬を走らせアスピオに辿り着いた。
そして、真っ先に目にしたのは、女性に取り囲まれて喜んでいる、帝国騎士団長の【幼馴染】兼【親友】兼【恋人】の【凛々の明星】の裏のリーダーだった。
「…あの、フレン?」
「何でしょう?エステリーゼ様」
「あれは、やはりユーリです?」
「はい。間違いなく」
エステリーゼはどんな人間でも、一歩距離を置いて接しているユーリを見慣れている所為か、つい疑ってかかってしまう。
しかし、フレンは違った。
「エステリーゼ様。すみませんが、お願いをしてもよろしいでしょうか」
「はい。なんです?」
「リタに、もう一つ客用のベットの用意と氷嚢と桃を用意してくれと伝えて下さい」
「はい。分かりました?」
疑問に思いながらも、フレンに言われた通り走って行くエステリーゼの姿を見送ると、女性の中を掻き分けて進む。
「すみません。ちょっと、よろしいですか。…っと、すみません。…失礼します。通して貰えますか」
失礼を詫びながら、女性達を掻き分け中央のユーリに辿り着き向かい合う。
足元には一杯果物やら野菜やらが転がっているが今は気にしない。
「ユーリ」
「ん?あ、フレンじゃねーか。見ろよ。これ。病気の仲間がいるっていったら、一杯分けてくれたんだ」
「そう。それは良かったね。でも、カロルがそれを待っているんだろう?早く届けないと」
「あ、そっか。そうだよな」
「うん。それとね。ユーリ」
「ん?」
「僕は言った筈だよ?『例え風邪を引いていたとしても、君が女の子とキスをした回数だけ、君とキスをする』って」
にっこりとそれはもう爽やかに笑いながら、フレンはユーリの腕を引き腕の中に閉じ込めるとぶつかるように唇を奪い取る。
きゃあと黄色い悲鳴か歓喜か分からない声が響くが、フレンは全く気にしない。何時もは気にするユーリでさえフレンの背に腕を回し抱きついた。
舌を絡め取り、呼吸さえも奪い取る。ガクガクとユーリの膝が笑い、フレンの背に回った手に力が抜けると同時に唇を離し、フレンはユーリを抱き上げた。
世に言うお姫様だっこ。けれど、ユーリは何も言わずされっぱなし。寧ろ何も言わないのではなく。
「…ふしゅ〜…」
「全く、風邪を引いてても大人しくしてないんだから」
発熱の所為で、何も言えないのである。そのまま、フレンの肩に頭を預ける様にユーリはくてんと意識を飛ばした。
「むぅ〜…。一歩遅かったのじゃ」
「わんっ!」
「ホント、もう少し早ければ、おっさんもお零れに肖れたかもしれないのに…」
海賊帽と金髪のおさげがトレードマークの少女と片目に傷を負ったワイルドな犬、そして残バラ髪を一つに括っている如何にも胡散臭そうな中年男性がフレンの後ろに立った。
「パティとレイヴンさんもリタに呼び出されたんですか?」
「そ。お使いはワンコがしてくれたのよ」
「のじゃ。ラピードがウチの所に来ての。そっから船でおっさんを拾ったのじゃ」
「それじゃ、おっさん海に落ちてたみたいじゃないの。ちゃんと仕事してたのよっ」
一気に騒がしくなるが、こちらの人が増えた為、気付けば女性達は散り散りに去って行った。
とりあえず、三人(二人と一匹)はユーリが稼いだ大量の果物、他食材を持ち、フレンは相変わらずユーリを姫抱きしたままリタの家へと帰って行った。
リタの家に着き、ドアを開けたそこで待っていたのは、仁王立ちしているリタだった。
しかし、ユーリの姿を見た途端、慌ててベットへと案内する。その後ろを付いていき、ベットへとユーリを寝かせ、苦しいであろう帯と、邪魔であろう靴を脱がせると布団をかける。
すると、タイミング良く氷嚢を用意したエステリーゼが入って来て、ユーリの額に当たる様に設置した。
「ユーリ、風邪ひいてたんです?」
「えぇ。昔からユーリは風邪を引くと、こうやって甘える癖があるんです」
「あ、あ、甘えって、それにしたって限度があるわっ!!」
「リタ。病人の前だから、それぐらいに」
「だって、ジュディスっ!!」
「仕返しは元気になってから、ね?」
「う…、そうね。……覚えてなさいよぉ……」
リタが何かを燃やしている。間違いなく復讐の炎だろう。
「んじゃ、おっさんは折角女の子達から頂いたんだから、これで病人食でも作ろうかねー。二人の為にも」
「あら、それじゃあ、私、も…」
「ジュディスちゃんっ!?」
ふらりと。レイヴンの胸に飛び込む様に倒れ込むジュディスを咄嗟にレイヴンが支えた。
赤い顔をして荒い息を吐くジュディスに、彼女もまた熱があるのに気付く。当然と言えば当然だ。男のユーリですら倒れる位なのだ。
レイヴンに支えられるまま、リタの自室へと運ばれる。
「わんっ!」
「分かってるのじゃ。ウチが皆のご飯を作るのじゃっ!」
だーっと駈け出すパティの後ろをラピードが追いかけて行った。
残されたフレンと寝込んでいるユーリ。しかし、パティがご飯を作ってくれる迄の間、フレンは手持ち無沙汰だった。
けれど、どうしても、何かしたくてユーリのベットの脇へ椅子を持って近寄り座った。すると、パチリとユーリの瞼が開く。
「ユーリ。駄目だよ。…眠らなきゃ」
「…嫌だ」
「嫌でも、駄目。君に必要なのは休息だ」
そっと、子供を寝かしつける様に頭をゆっくりと優しく撫でる。
しかし、ユーリはそれに抗う様に頭を振った。決して眠らないと言っているみたいに。でも、体力は確実に落ちている。幾ら抗ってもユーリはそれに敵う訳も無く、気絶する様に眠りについた。
けれど、眠ってしばらくすると。
「……ゃ、だ……。ォ……、る事がっ……。フ、レン……」
「ユーリ…。一体、何が君をここまで追い詰めて…」
ユーリは魘されていた。パタパタと布団からはみ出している手が何か探すかの様に彷徨う。かと思えば、ギリっとシーツを爪所か指までも白くなる位握りしめる。
フレンは無意識にユーリの手に触れていた。その強張りを溶かすように、安心させるように何度も撫でて、その手の甲を覆う様に握りしめる。
「大丈夫だ。ユーリ、僕はここにいる」
聞こえていないかもしれない。でも、聞こえているかもしれない。
だから、フレンは椅子を下りて、ユーリの頭の直ぐ横のベット脇の床に膝立ちになると、言い続ける。
「ユーリ。大丈夫。……僕は、君が君である事を望む。例え、それがどんな結果になったとしても、僕は受け入れるよ。だから、大丈夫。君の生きたいように生きればいい。…ユーリ、大好きだよ」
耳元で囁く。すると、閉じられたユーリの目から涙が一筋零れ落ちる。
「ユーリ…。大好きだ。…愛してる。ずっと、…側にいる。君の心の側に…」
額にキスを。瞼に。頬に。唇に。そして…。ユーリの左手を持ち上げ、その薬指に。フレンは誓いの証を落とした。
―――三日後。
やはり今回の風邪は酷い物で、未だにベットから抜け出せない三人。ジュディスはリタが。カロルはレイヴンが。そしてユーリはフレンが付きっきりで世話をしていた。
エステリーゼは医者の所で、手伝いをしていた知識をもとに、全員を順番に診察している。パティは勿論料理当番。寧ろキッチンの番人としてフレンが近付く事を阻止している。ラピードはお使い係として、薬、食材の買い出しに回っていた。
「ほら、ユーリ。お粥」
「……いらね」
むすっとして嫌がるユーリが、フレンには可愛いらしく苦笑いが零れた。こんなユーリはフレンにして見れば慣れっこだ。だから。
「せめてこの器一杯分は食べて。そして薬飲んだら、ご褒美にレイヴンさんにクレープ焼いて貰えるようにお願いするから」
甘味で釣る。すると、見事に釣られたユーリはもそもそと起き上がり、掌より少し小さい器を受け取り、のろのろとスプーンで粥を掬いあげるとゆっくりと食べて行く。
食欲が無いだけで喉が痛いとか、そういうのはないらしい。少しだけほっとして、ユーリが食べ終えるのを見守る。器に残る最後の一口を口に含んだのを確認すると、ユーリから器を取り上げ、代わりに手にコップと薬、二錠を渡す。一瞬嫌そうな顔をするユーリだったが、直ぐに切り替え飲み込む。本当は粉の方が直ぐに効いて良いのだが、フレンのユーリとの長年の付き合いの判断の下、錠剤にしたのは正解だったようだ。
「よし。それじゃ、僕はこれを置いて、レイヴンさんの所に行ってくるから、大人しく寝てるんだよ?」
「…なぁ、フレン」
「ん?」
「カロルとジュディは、平気なのか…?」
「全く、君は…。こんな時まで人の心配か?まぁ、ユーリらしいか。ついでに様子見て来るよ。だから、良い子にして待ってて」
そう言って出て行くフレンを見送り、ユーリはゆっくりと体を横たえ瞳を閉じた。眠る訳じゃない。けど、フレンが戻って来た時、何も言われない様に。心配をこれ以上かけない様に。全身の力を抜きベットへと体を預けた。
ドアの外。
フレンはちゃんと気付いていた。ユーリが寝ていない事を。最初、アスピオに着いたその日。ユーリを無理矢理寝かしつけた。それ以外は無理に寝せる様な事はしていない。
あんな風に、毎日魘されると知ってからは…。それでも、ユーリが体力の限界に達し、意識を手放すように眠る時がある。そんな時は絶対側にいるようにした。側にいて『大丈夫』だと。『ずっと側にいる』と囁き続ける。
コンコンと直ぐ隣の部屋をノックすると、開いてるわよ〜と声が聞こえ、中に入る。
「あ、フレンっ!」
「カロル。具合はどうだい?」
「僕はもう平気だって言ってるのに、レイヴンが許可をくれないんだ」
「子供の内は、治っても直ぐにうつされるからね。青年とジュディスちゃんが治るまでは出ない様にって言ってるのよ。そしたら少年拗ねちゃって」
「ははっ。成程。でも、そうだね。レイヴンさんの言う通りだ。ユーリはカロルと違ってきちんと休息を取らないから、治り辛いんだ。まだ熱も下がりきって無い」
「そうなの?ユーリ、大丈夫なの?」
「あぁ。大丈夫。ユーリも体力は人並み以上の回復力を持ってるからね。もう、二、三日で治ると思うよ」
「そっか。じゃあ、僕も大人しくしてようかな。レイヴン、トランプしようよっ!」
「こらこら、少年。大人しくしてるんじゃなかったの?」
じゃれあう様に会話する二人はまるで親子そのものだ。それを微笑ましく思いながらも当初の目的をフレンは思いだす。
「あ、そうだ。レイヴンさん。お願いがあるんですが」
「ん?どしたの?」
「ユーリにクレープ作って貰えませんか?薬を飲む代わりにと約束してしまったので…」
「お?いいわよ〜。それくらい、お手の物よ。少年も食べる?」
「食べるっ!!レイヴンのクレープ大好きっ!!」
「よしよし。それじゃ、作ってこよう。ついでにジュディスちゃんのも必要か聞いてこようかしら。フレン。それ台所に持って行くのかい?」
「え?あ、はい」
「なら、おっさんついでに持って行くわ。ユーリまだ熱引けてないでしょ。ついててあげなさいな」
「…はい。ありがとうございます」
レイヴンに背を押される様に部屋を出て、もう一度ユーリのいる部屋に戻る。
スースーと寝息を立てている。どうやら、珍しく素直に眠りについてるらしい。
そっとドアを閉じ、近寄り額に乗っている氷嚢を寄せ、下に敷いている温くなったタオルを絞り直し、再び設置する。
何時もは白い肌が、熱の所為で赤く色付いている。
(……凄く、汗をかいてるな…。起きたら、体、拭いてあげようかな)
ここ数日ですっかり癖になってしまった、寝ているユーリの手を握り、魘される前に『好きだよ』と囁く。ユーリが風邪を引いてから何度この言葉をフレンは口にしただろう。
それでもユーリの全てを受け入れると、ユーリに告白した時に誓ったのだ。今でもそれはフレンの胸の内にある誓いで、永遠に守るべきユーリへの気持ちだ。
「…早く、良くなって。ユーリ…」
ユーリの額にキスをすると、夢の中にいるはずのユーリが小さく嬉しそうに微笑んだ。
―――更に三日後。
漸く、三人が回復した。一番長くかかったのは、なんとジュディスだった。風邪とは無縁の生活を送って来ていたのに…。と不思議そうな顔で首を捻っていた。
明日、三人はやっと部屋を出ていいと、エステリーゼの許可が下り、フレンはユーリにその事を伝えた。
「やっと、動けるのか…」
「うん。これにこりたらもう、無茶な依頼を受けちゃ駄目だよ」
「それは、首領に言ってくれよ。オレはちゃんと過酷だなって言ったぜ?」
「言うだけじゃなくて、ちゃんと止めてくれ」
「へいへい」
フレンに体をふかれながら、ユーリは不貞腐れながらも頷く。明日になれば風呂も解禁になる。こうやって、フレンに体を拭いて貰う必要もなくなる。その事をユーリが素直に喜んでいると、首筋に…いや、項と言った方が正しいかもしれない、そこに何かが触れた。
「…フレン、お前、何してんだ?」
「ん?キスだよ」
「ばっ、そう言う事聞いてんじゃねぇよっ!オレが聞いてんのは」
「どうして、突然君の首筋にキスをしてるか?だよね」
「知ってんなら、一々ボケるんじゃねぇっ!」
「答えは簡単だよ。ユーリ」
すうっとフレンの目が細められる。その表情は、フレンが怒る時に何時も見るそれで、ユーリは背中を拭いているフレンから少し距離をとる。だが、あっさりと腰に手を回され、寧ろ、背にフレンの胸がぴったりとくっつき、密着度がUPしてしまった。
「…君、風邪をひいたらキス魔になるんだって、僕言ったよね?」
「あー…、でもな、フレン」
「そしたら君は、風邪を引いてる時の事はぼんやりとしてて、記憶にが余り定かじゃないって言ったんだよ」
「お、おう。そう言った」
「だから、僕は言ったんだ。だったら、君はキスした分だけ上書きするって、ね」
「ふ、フレン、落ち着け。オレは病み上がり、んっ!?」
問答無用でフレンがユーリの唇を自分のそれで塞ぐ。逃げようとするユーリの顔を後頭部に手を回し押さえつけ、思う存分堪能する。
ユーリが、フレンのキスから解放されたのは、太陽が月に変わり、その月がもう一度太陽に変わろうとした時だった。
―――翌日。
エステリーゼの宣言通り、皆完全に風邪を治した。
「あ、ユーリ、おはようっ!!」
リタの家のリビングに皆が集まっていた。そして、最後に部屋に来たのがユーリだった。姿を現したユーリにカロルが嬉しげに声をかける。
「おー、…おはよーさん」
「あれ?ユーリ、どうしたの?元気ない?もしかして、風邪治ってないの?」
「い、いや。んな事ねーよ。寧ろ寝過ぎて体がだりぃんだっ」
「そっか。そうだよねっ!僕も早く外に出たいっ!」
素直にユーリの言う事を信じてくれるカロルにほっとする。そして、その横で何食わぬ顔をして座っている元凶をギラリと睨みつけた。
しかしその元凶のフレンは全く気にした様子は無い。寧ろニコニコと不穏に笑っている。
それを問いただそうと口を開く前にカロルがユーリに話しかけた。
「あ、そうだ。ユーリ。あのね、これからの事なんだけど、依頼が入ってるんだ。それでね」
「おう」
「ユーリ指名で、なんだけど」
「オレ指名?」
「うん。フレンが僕達の世話をしている間に溜まった仕事の手伝いをして欲しいんだって」
「…はっ!?」
「と言う事で、行こうか。ユーリ」
きょとんとして、カロルに言われた事を理解する前に腕を掴まれる。歩き出すフレンにズルズルと引き摺られ…。
「ちょ、ちょっと待てっ!お前、何言って」
「…僕は君のお世話、頑張ったろ?だから、ご褒美を貰う事にしたんだ」
「き、昨日あんだけ褒美やっただろうがっ」
「それは、褒美じゃなくて色んな人にキスした罰。それとは全く別物だよ」
「別ってお前なっ!!」
「他の皆はこれから仲良く温泉に行くんだって」
「なら、オレ達もそれでいいだろうがっ!」
仲間達に微笑ましく見送られながら、フレンはユーリを連れ歩く。
街の出口に辿り着くとピタッと足を止め、フレンはユーリの頬にキスを落とす。
「でも、僕への報酬は君で良い。…君が良い」
フレンが、嬉しそうに微笑むのを、ユーリは何かを諦めた表情で、でも嬉しさを隠せない柔らかい笑みで答えた。


アトガキ?
時雨様からのリクエストでした(^◇^)
【ユーリが風邪をひいて倒れてしまったのをフレンが看病する話】
でした。
いかがでしたでしょうか…ドキドキ(゚∀゚*)(*゚∀゚)ドキドキ
うちのフレンにしてみれば、頑張って看病しているのですがwww
まぁ、最後には結局理性なんてもたずに食べちゃったんですけどねwww
そこはそこ。お約束と言う事でwww
リクエスト有難うございました(*^_^*)