You that nobody knows 前編
とある学校の寮。
その一室のベットの上で僕は固まって…いや、悩んでいた。
悩みの原因。
それは、この目の前にある…世に言う【エロ本】って奴だ。
別に部屋に誰がいる訳でもない。正確にはいるが、幸いそいつはまだ学校から帰って来ていない。
あれほど、勉強はちゃんとしろと言っていたのに、テスト前にも関わらず遊んでいるから補習、しいては追試なんて事になるんだ。
……って、違う。今はアイツの事を考えている暇は無い。
今はこの目の前にある【エロ本】を見ねばならない。
そもそも、何で僕がこんなに悩まねばならないのか…。
話は、今日の日中。学校での休憩時間に遡る。
僕が、教室に戻ると、男子校のそこは相変わらず色んな物が飛び交っていた。
まぁ、休憩時間に何をしていようが、ご飯を食べようが、読書しようが、授業中で無ければ携帯ゲームしていたって構わない。
…が、しかし。
【エロ本】は駄目だろう。
これは法律で18歳からと決められている。
しかも、それを生徒会長で、風紀委員長であるこの僕の前で堂々と見ているのだから、当然没収した。
けれど、その時、クラスメートの一人がふざけて言ったのだ。
『この本の中の漫画の娘、ユーリに似てるよな』
と。
ユーリに似てる?
そう聞いてしまうと、何かそれを捨てるのも忍びなくて、どうするか迷っていると。
『部屋に持ち帰ってこっそり見てみろよ』
…正直、悪魔の囁きだった。
そして、その囁きに負けた…。いや、負けた訳じゃないっ!!
だって、まだ見てないし…。
…だったら、何で僕は正座してこれと対峙しているんだろう…。
…………。
何か馬鹿らしくなってきた。
見て、さっさと捨てればいいんだ。
ぺらり。
表紙を開く。
「…っ!?」
いきなり、女性の裸が出て来て驚いてしまう。
けど、…驚いたけど、別に何も思わない。何も感じない。
ぺらぺら。
ページをめくる。
すると、男性器が女性器に入り込んでいる写真が次から次へと目に入り込む。
…これが、色っぽい?…色っぽいと言うか、若干グロい…。
後半は漫画だった。
黒髪の女の子が変な中年の男性に愛撫され、喘いでいる。
これが、ユーリに似てる?
……全然似てない。
ユーリは、もっと男らしくて、カッコ良くて、綺麗で、可愛くて…。
…ユーリも、こんな風に誰かとするのかな?
今まで、この世に生を受けてから物心ついても、ずっと一緒にいたけれど、こんな事想像した事も無かったけど。
ユーリが女の子を抱く…?
…全く想像できない。寧ろ…。
『…や、…ふれ、やめっ…』
押し倒されて、体中愛撫されて悦がるユーリを想像して、ずくりと下腹部が疼く。
こっちの方が断然想像できる。
…って、ちょっと待ってくれ。な、何で相手が僕なんだっ?
かぁっと一瞬で顔に熱があがる。
ぺチペチと顔から熱を逃すように自分の顔を叩き、ブンブンと頭を振る。余りに勢い良く振った所為で頭がくらくらするが、今はそれのお陰で少し冷静さを取り戻す。
そして、止めればいいのに、漫画の続きを読みだす自分がいた。
漫画の中では男が自分の性器を女性に咥えさせたり、扱いたりしている。
その女性の顔がだんだんユーリに、勝手に目が補正を初めて、脳内で変換する。
ドキドキと自分の心臓が早鐘を打つ。そして、無意識に自分のそれに触れていた。デニムのボトムの上から摩ってみて…じわりと何か良く分からない感覚が広がる。
分からない、でも、……―――気持ちいい。
こんな事初めてだ。手が止まらない。
ボトムのボタンを外し、チャックを降ろし、下着の中に手をやって直に触れる。
ピリッと小さな衝撃が走る。痛みじゃない。けど、ちょっとした刺激が体中を走りまわる。
…何だ、これ…。手が止まらない…。
「……はぁ、はっ、……っ…」
息が荒れる。自分の手が自分のモノじゃないみたいに勝手に動き、それを握り上下に擦り続ける。
何が何やら、真っ白になる頭で理解出来なかった。
ただ、分かるのは気持ちが良いって事だけ。
分からなくて、でも、気持ち良くて。
止まらない手のまま、快楽の頂点までそのまま走り抜けた。あまりの気持ち良さに目がちかちかするのが嫌でぎゅっと目を瞑る。
びゅくっと握っていた手に白い液体がかかった。それから手を離し、じっと液体を見る。
(そっか、これが精液か…)
納得はした。男だからこれくらいは知っている。
…でも、まさか、自分がユーリにそっくりだと言われた漫画で、勃って、更にそれで始めて射精するなんて…。
取りあえず、手を拭こうとのろのろと動きティッシュを二、三枚抜き取り手を拭い、ボトムをキチンと履き直す。
何か、匂いが残っていそうで窓を開けて換気をする。
そして、ユーリが返ってくる前に、【エロ本】をゴミ箱に投げ捨てた。
これがある限り、また僕はしてしまう可能性がある。
例え、ユーリがそれを知らなくても、後ろめたい。
(…でも、可愛い、よね。ユーリって…)
ゴミ箱に投げ入れた【エロ本】をじっと見つめる。
………そっと手を伸ばしかけた、その時。
「ただいまーっ」
「うわあっ!?」
ビクゥッ!!
心臓と共に体まで跳ね上がった気がした。
手を心臓の上に置くと、バクバクと心臓が悲鳴を上げている。
「うわあって、おい、フレン?」
首を傾げながら近寄るユーリをゆっくりと振り返ってみる。
ん?と首を傾げてる、良かったバレてない。
……バレる訳はないんだけど…。
幸い【エロ本】に伸ばしていた手は自分の胸に戻っている。
「フレン?」
「い、いや。何でも無い。何でも無いからっ!」
「お、おう?そっか?」
「うんっ。それより、お帰り。補習どうだった?」
すくっと立ち上がり、真正面からユーリを見る。
…何でだろう…。
「あぁ?どうもこうも……」
補習の事を聞かれ嫌そうな顔をしながら、鞄をベットへと投げ捨て、首から緩めたネクタイを外してるユーリが…。
……ユーリに触りたい…。
シャツを脱いで、インナーTシャツ姿になる。するとユーリの首筋とか項とか見えて…あそこを触ったら、ユーリはどんな反応をするんだろう…?
「?、フレン?」
「えっ!?」
ユーリが僕の顔を覗き込む。
罪悪感なのか、良く分からない感情の所為でユーリの顔を直視できない。
かと思って顔ごと視線を逸らすと、むっとしたユーリが逸らした顔を両手で引きもどし、無理矢理視線を合わせて来る。
「なんで、顔逸らすんだよ」
「ふ、深い意味は、ないよ」
…そう言えば、あの漫画の娘は口に男性器を咥え……。
余計な事を考えてしまった。ユーリの唇から目を離せない…。
……ユーリの唇って、甘そうだな…。
キス、したいな…。
「おい、フレンっ!?顔、ちけぇよっ!」
言われて、はっとした。
僕は一体何をしようとしたんだっ!?
ユーリと僕の顔の距離が、鼻がくっつきそうな位近くなっていて、ユーリが慌てている。
やっぱり、何かおかしいっ!!あの【エロ本】を見てから僕は何かおかしいっ!!
「ユーリ、僕、ちょっとシャワー浴びて来る」
ユーリの手を外す為に手で触れると、ドキドキと心臓が警鐘を鳴らす。
駄目だって、僕。自重しろ。
暴れる心臓を抑え込み、必死にユーリの手を外すと、そのまま浴室へと飛び込んだ。
シャワーのコックを捻り、冷水を頭から被る。服が濡れるとか、そんな事まで頭は回転しなかった。
体中の熱が流れた……様な気がした。
少しスッとして、濡れて体に張り付いた服を悪戦苦闘しながら脱ぎ、隣接している洗面所の洗濯機に濡れた服を投げ入れると、もう一度水を浴びた。
それで完全に熱が流れ、ユーリの元へ戻ると何時もの自分に戻っていて、ありえない位ホッとする。
そして、何時もの日常に戻った。
……と、思ったのだけれど。
次の日、また新たな爆弾が投下されるのだった。

