無自覚迷宮





【前編】



星喰みを倒して数カ月。
毎日、魔導器の無くなった世界を立て直す為、毎日世界を飛んでいるオレの下に一通の手紙が届いた。
最近すっかり頼もしくなったオレ達のギルド『凛々の明星』の首領であるカロルが大きなカバンからその手紙をオレに手渡した。
その差し出し人の名は。

「あぁ?フレン・シ―フォ?」
「うん。フレンからだよ。ねっ、ねっ、ユーリ何て書いてあるの?」

興味津津のカロルがオレの服の裾を引っ張る。
カロル経由で渡したって事は、見られても構わないだろう。
そう思い、オレはカロルに見える様に地面に座り込んだ。
しっかし、街の近くとは言えど、こんな森の中まで配達に来るとは…。配達ギルドも大変だな。
ケーブモック大森林。
今、ここにしか成らない木の実をとりにくる依頼の最中だった。
歩き通しで見つからず、ようやっと見つけ収穫を終え休んでいた所に手紙が届いたのだった。
封筒を開け、中から一枚の紙を取り出す。
すると、気の上から誰かが降りて来る。勿論、もう一人のメンバーのクリティア族。その魅惑のボディを惜しげも無く晒しているジュディスだった。
ここまでくるときっとラピードも来るな。
そう思って手紙を開くのを待っていると、茂みからラピードが籠を咥えて走ってきた。
これでいいだろう。
改めて手紙を開く。
えーっと、なになに?

『来る来月の十日に騎士団長を襲名する事になった。その為の式典が行われる。是非、参加して欲しい。フレン・シ―フォ』

「あら?凄いわね」
「凄いけど、遅くない?ホントならレイヴンもこっちにいるんだし、もっと早く襲名しても良かったんじゃ?」
「まー、騎士団ってのは色々面倒だからな。それに、アイツが頃会いを見てたってのもあるんだろ」
「わんっ!」
「…で?どうするの?」
「どう、って。どうなんだ?カロル」

ジュディスの疑問をそのままカロルに流すと、カロルはすくっと立ち上がり、

「勿論、行くに決まってるよっ!!」
「そう。じゃ、決定ね」
「だとさ、ラピード」
「わんっ!!」

胸を張るカロルにオレ達は皆頷き、今の依頼を終了させる為、大量にとった木の実の入った籠を持って、ダングレストに戻るのだった。


そのまま依頼主に依頼品を渡すと、オレ達は帝都ザーフィアスへと飛んだ。
取りあえず城へ向かうと、エステリーゼが出迎えてくれた。
きっちりとドレスを着ているエステリーゼは出会った頃のお嬢様感はなく、もうしっかりと副帝としての威厳を持っていた。
それでもエステリーゼの笑顔は変わらず、寧ろ両手を広げんばかりの歓迎をしてくれる辺り、エステリーゼはエステリーゼだと理解する。
そのエステリーゼがスタスタと城内を先導して歩き、案内したのは客室。
そこには既にリタとパティの姿があった。

「ユーリぃぃぃぃっ!!」
「うおっ!?」

毎度恒例のパティの飛び付きに耐えつつ、久しぶりだなと挨拶をする。

「これで、後はレイヴンだけですね」
「あー?あのおっさん、今何処いんだ?」
「この前、ユニオン本部であった時は、今度はアスピオに行くって言ってたよ?」
「アタシがあった時は、オルニオンに行くって言ってたわ」
「私がオルニオンに依頼で行った時には、彼もういなかったわよ?」
「おっさん、相変わらずだな…」
「ま、おっさんがいなくても全然構わないけどね」

「リタっち、酷いわー。おっさん皆の為にこんなに頑張ってるのに」
「げっ!?おっさんっ!?」

いつの間にか部屋のドアが開き、そこではレイヴンがめそめそと泣き真似をしていた。
そして、その後ろには…。

「皆、来てくれたんだね」
「フレンっ!」

金髪の数日後には騎士団長になる男が立っていた。
カロルが嬉しげに走り寄る。
あー…、おっさん。相変わらず色んな意味でタイミングがいいよな。
すっかり今回の主役に話題を取られ、部屋の片隅で拗ね始めたおっさんを慰める義理は…まぁ、ないな。
ふとおっさんから視線を外し、フレンの方へ視線を移すと、調度こっちを見ていたフレンと視線があった。
何か言う言葉と思ったが、思いつかずただ笑って片手を上げる。
するとフレンも同じく笑いながら片手をあげた。
オレ達はこれで丁度いいのかもしれない。
しばらく、皆で話をして、オレ達は一旦解散した。
フレンの式典が始まるまで、所謂自由行動期間って奴だ。

ざっと二週間近く。

オレは城には行かず、ずっと下町にいた。
何故と聞かれれば、答えは一つだ。
オレが罪人だから。
それ以外何があると言うんだろう?
他の連中は、各々好き勝手に動きながらも、数回は城に通っていた。
けどオレはそれはしないでいた。本来ならばオレは、城は城でも地下にある罪人がいる場所にいなければならない存在だ。
そんな奴が城に、ましてやこれから世界の光になるであろうフレンの側にいる訳にはいかないんだ。

……下町にも、これからはそんなに来ない方がいいのかもしれない…。

フレンの存在に影を作る事だけは絶対に避けたかった。
だから、オレは下町にいる間、やれることをした。
屋根直したり、井戸の整備をしたり…やれるだけの事をした。

そうしているとあっという間に日数が過ぎ…。

―――式典当日。

下町から登城したオレを待ちかまえていたのは、オレが最も避けてなくてはいけない相手。

「何してんだ?フレン」
「何って君の出迎えだよ」
「はぁ?いらねーよ、んなの。大体主賓がこんなとこいていいのかよ」
「僕の方の準備なら大半が終わっている。それに僕にとってはそんな事より君の事の方が重要だ」

…そんな風に断言するセリフだろうか…?
オレが何か反論しようと口を開く前に、フレンはオレの腕を引き歩き始める。

「ちょ、おいっ!?」
「君の事だ。式典にそっと物陰から見るつもりだったんだろう?」
「うっ…」

バレてる。
君の考えている事なんてお見通しだよ。とでも言いたそうな顔でフレンが睨む。

「君の服はエステリーゼ様から預かっている。行くぞ」
「…ヘーイ」
「返事は『はい』だろう?」
「はいはい」
「『はい』は一回っ」
「はーい」
「……全く君は…」

そのまま連れて行かれたのは、オレが知っているフレンの部屋ではなく、そこは…騎士団長に与えられる部屋だった。
豪勢な扉の入り口。中に入るとまずご立派な机が目に入る。
そこには山積みにされた書類と書簡の数々。それに一部隊の人数は入れそうな位の広さのお陰で山積みにされている書類が乗っている豪勢な机すら小さく見える。
キョロキョロと辺りを見渡す。

「今度からはココがお前の部屋か?」
「あぁ。正しくは執務室、って感じかな?あのドアの向こうが僕の私室になる」

そう言って指で指し示す先には確かにドアがある。
ちょっと気になってテクテクと歩み寄りそのドアを開けると…。

「小さっ!?狭っ!?」

フレンが執務室と言った部屋の三分の一も無い。ただクローゼットとベット。あとは簡易デスクがあるだけだ。ベットの脇にドアがあるがきっとそれはトイレと風呂だろう事が分かる。
しかし、騎士団長の私室がこんな狭くて良いのか?
その意味を込めてフレンを見ると、困った様な顔をして笑った。

「本当はアレクセイが使っていた部屋を改装してくれると言われたんだが、余りにも広くて落ち着かなくてね。それでも、この部屋だって前使ってた部屋よりは広いんだよ」
「いや、そりゃそうかもしれねーけど」

勿体ないやら何やら…。
言葉が出て来ない。…だけど。

「フレンらしい、って言えばらしいか」
「あぁ。僕にはこれで十分なんだ」

バタンとドアを閉める。

「で、それはそれとして。はい」
「ん?」

手に渡されたのは、何時か見た服。
前にオルニオンであの天然陛下に渡された服だ。黒と赤を基調にした正装。

「おい、これ…」
「ほら、時間が無いから早く着て」
「いや、だから」
「……ユーリっ」

逃がさないと目が言っている。
オレは仕方なく渋々とその服に着替えるのだった。
そのまま、逃げる事も敵わず式典会場に連れて行かれる。
バトンタッチするみたいに、オレを仲間達に預けるとフレンは会場の中心へと歩いて行った。
皆各々ドレスアップしており、おっさんに至ってはもはや別人だ。

「おっさん、ホントに変装上手いな」
「ちょっと、青年。おっさん今は変装なんてしてないわよ」
「?、それじゃ、仮装です?」
「ちょっとちょっと、嬢ちゃんまで何言うのよ〜」

あーだこーだ騒いでいるうちに式典が始まり、一気に静粛な空気にかわる。
…オレ、こういう雰囲気苦手なんだよな…。
とかここで言ってもどうしようもない。
だったら、会場の端の壁に背を預け凭れかかった。それと同時に天然陛下が現れ言葉が紡がれる。
…全く耳に入って来ない。
そもそも、こーゆー式とやらで話されるお言葉手奴は無駄に長くて、眠くて堪らない。
ふぁ〜あ、と口も抑えずに欠伸をしていると、突然会場がざわめきだした。
とは言えオレには関係ないだろうと、我関せずを決め込んでいると。
目の前にあった人垣が割れ、道が出来上がりそこを真っ直ぐ一人の人間が歩いてくる。
嫌な予感がした。凭れていた背を壁から離し、その人物から逃げようと後ろに一歩二歩と後退するが、迫ってくる方が早かった。
がしっと腕を掴まれ、ぐいっと引っ張られる。

「フレンっ!?」
「…僕はちゃんと君に伝えた筈だよ。『式典に参加して欲しい』って。君宛に手紙を書いただろう?」

言われて、気付く。確かにあの手紙はオレ宛てになっていた。

「君は正当な評価を受けるべきだ」
「オレはいらねぇって言った筈だっ」
「それでは、僕の気が済まないっ!!」

手を引っ張られ、そのままヨーデルの前に連れ出される。
一つ高い壇上にある豪華な椅子に座るヨーデルが立ちあがり、赤いカーペットの敷かれた少ない階段を下りオレの前に立った。
隣でフレンが跪き、流石にこの場ではオレも従うしかなく、同じく跪く。

「陛下。この者に正当な評価を。そうでないと、私には騎士団長となる資格は無い」
「…そうですね。…ユーリ・ローウェル」
「………はっ」
「貴方の成した事、起こした罪をフレンから全て聞きました。そして、全てを理解したうえで命じます」

「騎士団長フレン・シ―フォと共に復団し騎士団の再編に助力しなさい。尚拒否は許しません」
「なっ!?」
「ちょ、ちょっと待ってよっ!!」

オレが待ったをかける前に、違う方から待ったがかかった。
カロルが慌ててオレの側に走り寄り立つ。後ろに違う気配があると言う事はこれはきっとジュディスだろう。

「ユーリは僕等のギルド凛々の明星の大事な仲間なんだっ!そんなの駄目だよっ!!」
「そうね。それは余りにも勝手だわ」
「わんっ!!」
「……お前等」

オレを守る様に立つカロルが何時になく頼もしく見えた。
…オレは本当に仲間に恵まれている。

「恐れながら、ヨーデル陛下。私も申し上げます。ユーリはギルドにとって必要不可欠な存在です。それに、ユーリは…こんな狭い場所は似合いません。ユーリには広い世界が似合っていますから…」
「エステル…」
「そもそも一度辞めた人間を戻すってどうなのよ」
「んじゃ」

リタにパティまで…。
しかし、それに待ったをかけたのが、予想外の所からだった。

「こらこら、若者たち。そう熱い立つんじゃないの。ほら、陛下も言いたい事、ちゃんと言った方がいいんじゃなーい?」

レイヴンがヨーデルの前に立ち、ウィンクを飛ばす。
それにふっと笑ったヨーデルが、そうですねと頷いた。

「ユーリさん。貴方の立ち位置は自由聖騎士です。なので、常に城にいなくてもいいんですよ。勿論これは僕の直属の部下になりますので、誰の下につかなくてもいいし、本業はギルドでも構わない」
「え?じゃあっ」

カロルの目が輝く。

「つまりは肩書が小さくつくだけで、今と変わらない。そう言う事です」
「よ、良かったぁっ」

皆が安堵の息を漏らす。
……ちょっと待て。オレはまだ認めてないんだが…。
ふと横にいるフレンに視線を移すと。

「君がこれを受け入れない限り、僕は騎士団長になれないんだよ」

いっそ爽やかに笑うフレンに、オレは大きくため息をつき。

「……その任務。お受けします」

オレが 仕方なく命令とその称号を受け入れると、皆嬉しそうに笑う。……が。

「あ、でも。色んな書類の手続きがありますので、一年は城で働いて貰いますよ?」

あっさりと爆弾を落とす辺り、やっぱりこの陛下は腹黒だとオレは納得した。