無自覚迷宮





【中編】



ユーリが命を受けて、三ヶ月が経った。
一年は城で働く事になったユーリがギルドの仕事を休んで働き初めてまだ三ヶ月。
けれど僕にして見たらもう、三ヶ月だ。
時間の流れが速くなったと実感するな…。
城内の見回りをして、自室のドアに手を伸ばし開け中へ入る。
夜も更けて魔導器の無くなった部屋は真っ暗だ。
ある明かりと言えば月明かりのみ。
しかし、今日は珍しくその明かりに人影が混じる。
月の明かりがその黒い髪を反射して白い肌を更に白くうつす。

「……ユーリ?」
「よぉ…」

こんな時間にこんな場所で何をしているんだ?
そんな言葉をつい飲み込んでしまう位、月明かりの下に立つユーリは美しかった。

「お疲れさん」
「あ、あぁ」

ふっと柔らかく笑うユーリが、何故か僕の胸を打つ。
ドキドキと高鳴る鼓動。…どうしてだろう?
じっと見つめる僕の視線から逃げる様にユーリはの外へと視線を移す。
その姿が…美しくて…。
同じ男にこんなセリフを言うのはおかしいと分かってる。
でも、凄く儚く、月明かりと共に消えそうに見えたんだ…。
思わず走り寄って、ユーリのその腕を掴んでいた。

「ッ!?、フレン…?」

びっくりして、振り返るユーリが何時ものユーリで何処かホッとする。
ユーリの暖かさに。こっちを見る紫黒の瞳に。
じっと見つめていると、ユーリの手が動いて僕の頭をくしゃっと掻き撫でる。

「…ユーリ?」
「…いや。綺麗だなって思って」

綺麗?ユーリの事か?…だったら頷けるんだが…。
だって本当に目が奪われたんだ…。君のその消えそうな美しさに…。
だが、どうやらユーリが言ってたのは僕の事らしい。

「月の明かりと同じだ。お前は何処でも光を集める。綺麗な存在だよ」

ユーリが僕の目を捕えて離さない。でもその瞳が一瞬揺らいだ。
そのまま顔を逸らそうとするのが、何故か許せなくて…。
僕はユーリの両頬を両手で包むと強引に目線を合わせた。

「いっ!?…お前、さっきから何がしてーんだ」
「…分からない。けど、君が目を逸らすのが許せなくて…」
「はぁ?なんだそりゃ?」
「分からない。…分からないけど、君が消えそうで…ここから居なくなってしまいそうで…」

儚過ぎて…恐い。その言葉を僕は最後まで言い切る事無く飲み込んだ。
すると、ユーリの表情が柔らかくなり、僕の両手をその両手で包んだ。

「お前にしちゃ、良い勘してるな」
「ユーリ?なに、…言って?」
「んー?…本当なら、今日ここでお前と会えなかったら、出て行こうと思ってたんだ」

…は?
思いもしない言葉に僕の思考は停止した。
出て行こうと思った?

「…な、んで?」
「……お前は、これだけの事で、こんな事だけで人を殺めた人間を許せると、本当に思ってるのか?…こんな事が本当に償いになると思ってるのか?」
「それは…」
「オレは、そうは思わない。オレはオレなりにオレしか出来ない事で罪を償いたい」
「ユーリ…」
「でも、ヨーデルもお前も、こうしてオレの罪を認めた上で任を与えた。なら、それもまた償いの方法なのかもしれない。だから…」
「だから…?」
「決めたんだ。今ここでお前と会えたら任を全うする。もし、会えなかったらここから姿を消そうって」

姿を消す…。もう一度その言葉を頭の中で反芻して…。そんな勝手な事を考えていたのかっ!?と、カッと一瞬で頭に血が昇る。
その怒りが伝わったのか、ユーリは笑った。何時もの笑みじゃなく、泣きそうな顔で…。

「でも、お前はここに来た…。フレン…」
「…んっ!?」

僕の視界いっぱいにユーリの顔が映って…唇に何か柔らかくて暖かい物が触れる。
これって…もしかしてっ!?
驚いてユーリを僕から放そうと思うんだけど…目の前にあるユーリの瞳がやっぱり悲しげに揺れていて…。
気付けばユーリにされるがままになっていた。

「…逃げねぇの?」
「…どうして、逃げる必要がある?」
「どうして、って。男にチューされてんだぞ?」
「…それこそ、今更だ。この位なら昔からしていただろ?」

むぅっと拗ねる様に口を尖らせたユーリが、何故かとてつもなく可愛くて、僕は無意識にユーリの唇を塞いでいた。

「んっ…はッ、……んんっ」
「…ユーリ…」

どうして、僕はキスをしているんだろう…?
ユーリが言っていた通り、相手は男だ。
ましてや、僕の唯一無二の親友で…。でも、何でだろう。嫌悪も何も感じない。
寧ろ…僕にキスされて、口の中を自由に荒らされて、息を漏らすユーリにドキドキと心臓が大きく鐘を鳴らす。
口の中。ユーリの舌を絡め取るとユーリも対抗して僕の舌に自分から絡めて主導権を奪い取ろうとする。
僕はユーリの頬から手を離し、腰と後頭部へと腕を回し引き寄せ、更にキスを深める。
互いの間を行き来した飲み込めなかった唾液が糸を引きユーリの顎を伝い流れる。

「…昔にしてたチューは、こんなにエロくねぇ…」
「確かに」

そう同意しておきながら、ユーリの唇の甘さが僕を誘い、もう一度重ねる。
……なんか、病みつきになりそう…?
だって、ユーリの口の中、どこもかしこも甘い。…ユーリが甘党だからかな?
そんな訳ないと頭で理解していながらも、口付けを止める事は出来なかった。
しばらく互いの唇を堪能するだけして唇を解放すると、ユーリが悔しそうに手の甲で唇を拭った。

「お、まえ、何時の間にこんな、上手く」
「さぁ?僕は君の真似をしただけだよ」
「嘘付け。オレはこんな…」

僕に体を捕えられている所為か顔だけ逸らすユーリの黒髪の間から耳が見える。
けど、その耳が真っ赤で…。
つい…ぱくっとその耳を唇で食む。
すると、ビクリと体を震わせたユーリが信じられないモノを見る様な眼で僕を見た。
……うわっ、顔が真っ赤だ。

「ふ、フレンっ!?お前、な、何考えてやがるっ」
「……何か、分からないけど、君が凄く可愛く見えて…」
「はぁ?って、うわっ!?」

ユーリの足を払いバランスを崩した所をすかさず抱きとめ、床に押し倒す。
僕に組み敷かれたユーリは僕をじっと見つめていた。まるで僕の真意を探る様に。

「…おい?」
「ユーリ…」
「ちょ、ちょっと待てっ!!一旦落ち着けっ!!」

先にキスしてきたのはユーリなのに、ユーリはもう一度僕がキスをしようとすると、手で僕の口を塞いだ。

「…なに?」
「なにって、こんちゅうばっかりしてたら可笑しいだろ。オレ等男同士だぞ」
「…うん」
「おいっ!?聞いてんのかっ!?」
「聞いてるよ。大丈夫」
「何が、大丈夫、――ぅんッ!?」

僕だって分かってる。男同士だって事くらい。でも、止まれないんだ。
胸がずっとドキドキしてるんだ。
…ユーリは違うのか?
思って、ユーリの胸に手を乗せる。すると、ユーリの心臓も僕と同じくらい早くて、それが嬉しかった。
その鼓動を直に聞いて、感じてみたくて、ユーリの為に作られた聖騎士の服を捲り上げようとするとやはりユーリの手がそれを止めた。

「……はぁ、はぁ、……お前、マジで何考えてんだ。オレみたいな罪人にこんな事すんな」
「どうしてだい?」
「どうしてって、オレはお前の横に立つ訳にはいかない」
「ユーリ…?」
「オレは所詮代役だ。お前にとって相応しい相手が出来るまでの。その為にオレはお前の騎士団長就任式典でお前の姿を確認したら消えようと…」
「……それ、本気で言っているのか?」

僕が必死に絞り出した声に、ユーリは僕を見上げ何時もの不敵な口角を上げる笑みを見せた。

「本気だ。…お前にはもう会わないつもりでいた」
「そんなの…」
「その為には下町にも行かずにいなきゃいけないから、この数日間やれることやっといたんだ」
「………っ!」
「それにこの任が終わったら、どっちにしろお前の前からは消える。もう、ここにも来ない」

きっぱりと言っている筈なのに、やっぱり悲しげな瞳で言う。
なんで、そんな瞳で言うっ!?
皆でユーリの罪を一緒に背負うと決めたのに、君はまたそうやって一人で決めて。大体、代役ってなんだっ!?
僕にとってユーリは、親友は君しかいないのにっ!!
そんな君が消えるっ!?
そんなのっ!!

「そんなの、許せる訳ないだろうっ!!」
「フレン?」
「君は勝手だっ!僕の気持ちも、皆の気持ちも何も考えていないっ!!」
「ちょ、おいっ!?」

感情が爆発した。
止めていた手を動かしユーリの服を完全に捲り上げ、月明かりに照らされて更に白くなった肌に舌を這わせる。
驚き逃げようとしたユーリを腰を抱く事で押さえつける。

「フレン、離せっ、てっ!!」
「…離さない。君がその考えを改めるまで、絶対に離さない」
「し、仕方ねぇだろっ、オレとお前じゃ、立場が…」
「違うとでも言いたいのか?……例え立場が違ったとして、それがなんだと言うんだ?」
「…フレン?」
「そんな事関係ないっ!!僕は、こんなに君の事がっ…」

―――好きなのにっ!!

言いかけて、声を失った。
……僕がユーリを好き…?
だから、ユーリがあんなに綺麗に見えた?
だから、ユーリを失うと知った今、こんなにも彼を引き止めようとしている?

「―――っ!?」

僕がユーリを、『好き』だからか…?
僕の言葉にユーリが息を呑む。
…確かに男同士。気持ち悪い、か。
しかし、ユーリの言葉は僕の予想を遥かに超えて行った。

「…こんぐらいの事で泣くなよ。フレン」

そう言って、ユーリは僕の目尻を優しく擦る。
泣く?
言われて、僕は視界が歪んでいる事に、頬を何かが伝う事に気付く。
でも、ちっとも『こんぐらいの事』じゃない。

「…ユーリが、酷い事言うからだ」
「オレの所為かよ…」

笑うユーリの意図が読めない。

こんなにずっと側にいたのにちっとも分からない目の前の愛おしい相手を、僕はきつく、きつく抱きしめた。