失くせないモノ





【7】



「だあーっ!重いっ!!」

担いだフレンをフレンの自室のベットへと何とか放り投げる。
大体何で身長が同じ位の男がこんなに重いんだっ!!
筋肉かっ!?筋肉の差なのかっ!?
ふと転がしたフレンの腕に触れてみる。
……うっ。
全然違う…。
何だこの筋肉の付き方の違い…。
しかも同じ男にキスされて…段々落ち込んで来た…っつーか寧ろ何か腹が立ってきた。
じっと気持ち良さそうにベットに眠るフレンを睨みつけ、腹いせにフレンの上に毛布をドサドサとかけて、部屋を出た。

「あー…そうか。片づけしねぇと」

キッチンの床に水ばら撒けたままだった。
真っ直ぐキッチンに向かって、雑巾を手に取り床を拭く。
粗方掃除し終わり、床を拭いた雑巾を脱衣所の洗濯籠に放り投げ、もう一度リビングへ戻る。
そうだったパンケーキ。
……仕方ねぇか。
これは明日の朝飯にするとして、そういや玄関。
さっきフレンが帰って来た時、ものすげぇ音発ててたよな。
念の為玄関にも行くか。
リビングを抜けて玄関に行くと案の定。
色々な物が転がっていた。
靴は勿論、スーツのジャケット、傘立て、仕事鞄に、封筒…。

「……はぁ」

ったく。
にしてもこんなに飲むなんて珍しいと言うか、何と言うか。
そもそも、フレンとそんな長い付き合いな訳じゃねぇし、こんな面もあるって知らなくて当然かもしれねぇけど。
こんなフラフラになるだけ飲むタイプに見えねぇんだけどな。
靴を揃えて棚に入れて、傘立てを元に戻し、スーツのジャケットを拾い肩にかけて、開いた仕事鞄の中にばら撒かれた中身を詰めて行く。
えーっと、封筒に筆箱、書類の束に、書類の束と、書類の…って書類だけかっ!
大体こんなに書類持ち歩く必要あるのか?
がさがさと鞄に適当に突っ込む。
これで全部か?
キョロキョロと辺りを見渡す。
あ、一枚残ってる。
拾い、何気なく書類を見ると、一瞬思考が停止した。

「…なんだ、これ…?」

その書類はどうやら企画書の用だった。

【明星地区、ショッピングモール建設仮案】

明星地区っ!?
そこは施設がある場所だ。
まさか…。
嫌な感じがして、オレは一度は鞄に仕舞った書類を取り出して全てに目を通して行く。

【明星地区、権利書回収率85パーセント】
【現在、回収出来ていない権利書に関しては買収も可。最悪裁判に持ち込んでも良し】
【範囲は以下の通り】

読めば読むほど、嫌な予感が増して行く。
そして、その予感は的中した。

「…マジかよ…」

その企画の敷地範囲にオレの暮らしている、オレの家族がいる施設がしっかりとマークされており、しかもどうやらそのショッピングモールが立つ中心的な土地は施設の土地が大半を占めていた。
もしかして…最近、経営が苦しくなってるっての、これの所為か?
この企画者、誰だっ!?
書類を全て読み進め、一番最後【企画原案者】…。

「フレン・シ―フォ…」

嘘だろ?
でも、書類は全てを語っている。
アイツがそんな事を…?
いや、でも…。
一つ悪い方に捕えてしまうと全て悪い方に進んでしまう。
兎に角、頭を冷やそう。
オレは書類を全て元に戻して、鞄へ詰めると、リビングへ戻りソファへとフレンがまき散らした物全てを置くと、自室へと戻った。


※※※


次の日、どうしても真っ直ぐ帰る気になれず、授業が終わったその足で、オレは施設へと向かった。
どうやら立退きの計画は進んでいるようだ。
周り見る限り、家が空になっている。
オレはこの多少田舎くさくても、こう言うゆったりした雰囲気が好きだったのに。

「…誰もいなくなっちまうのか?」

無意識に言葉が、声が出てしまっていた。
少なからずここはオレが育った場所だ。
ここのご近所には、一杯知り合いがいたんだ。
それをたかがショッピングモール如きに、失くされてしまう。
気分が沈んで行く。
そんな沈んだ空気は次の瞬間あっさりと砕かれた。

「あーっ!!ユーリなのじゃあーっ!」
「ホントだっ!!ユーリーっ!!」

物凄くでっけぇ声で、オレは我に返り後ろを振り返ると、相変わらずの元気っこの二人がこっちに向かって全力疾走して来たかと思うと、パティはオレの背中に飛び乗り、カロルは腰に抱きついて来た。
何時もの事とはいえ、一瞬でも気を抜くと確実に地面に激突である。

「お前等なぁ、少しは手加減して来いよ。ったく」
「えへへ。だってねー、パティ」
「のじゃ。ユーリ最近全然帰って来てくれないし、スキンシップ出来る時にしておかないと、って奴なのじゃっ」

ぎゅーっと抱きしめられて、可愛いやら苦しいやら。
でも、悪い気はしない。
ここがオレの家だと思えるから。
二人の洗礼を軽く流し、施設へと向かいまた足を進める。

「ねぇ、ユーリ、今日は泊まって行けるのっ?」
「当然泊まって行くじゃろっ?」
「そうだな、今日は…」

二人が両サイドで嬉しそうに聞いてくる。
何時もなら、直ぐに帰る所だけど、今日は…。
何となく帰りづらい。
そうだな、一日位泊まって行っても…。
そう思い、それを伝えようと口を開きかけた、その時。

「……〜〜出て行けっ。わらわ達にもう用はないであろうっ!!」

この声っ、ベリウス先生の声かっ!?
オレは慌てて、施設へと走る。
すると、玄関で男三人に囲まれる先生がいた。
並みの男に負ける先生ではねぇけど、それでも女だ。
手近にあった石を拾い上げ、先生の肩を掴んでいる男目掛けて全力で投げる。
石は男の肩に当たり、そいつらは一斉にオレの方を向いた。

「ユーリっ!?お主、何故ここにっ?」
「その話は後だ。ベリウス先生よ。こいつ等誰だ?」
「こ奴らは…」

先生が説明する前に、「なんだ、てめぇ…?」と割って入って来た。
どうやら、取り立て屋って奴みたいだな。

「はぁ。先生。ちょっとこいつ等頼むわ」
「ゆ、ユーリ?」
「ほら、カロル、パティ。先生を守れ」
「分かったのじゃ」

カロルとパティを先生の方へと逃がし、オレはいかにもな黒スーツを着た三人と向き合う。
ざっと見る限り、負ける相手じゃなさそうだ。
取りあえず拳を鳴らし、そいつらと真っ向から向かい合う。
一瞬の間。
そして、殴りかかって来たそいつらの拳を避けて、お返しとばかりに拳を叩きこんで行く。
全く持って、全然強くない。
次から次へと拳を叩きこみ、最後止めとばかり拳を上げたその時。

「そこまでだっ」

背後から振り上げた拳を抑えつけられた。
この声…?
恐る恐る振り返るとそこには、見慣れた金色があった。

「おまえ、…なんで…?」
「…仕事でね。君たちも一旦退いて貰えるかな?」

言われた男たちが大人しく帰って行く。
何で?
何でコイツの言う事を大人しく聞いてるんだ?
やっぱり…こいつは…。
男たちが車に乗って帰って行くのを確認すると、オレから手を離し、ベリウス先生の前に立った。

「それでは、これで僕も失礼します。今回はちょっと邪魔が入りましたので、権利書の件はまた後日」

そう言ってフレンは去って行ってしまった。
ちょっと待てよ。
権利書って、しかも、こいつの言葉にアイツ等大人しく従って…。
じゃあ、じゃあやっぱりアイツはオレの家を奪おうとしてるって事なのかっ!?
目の前が真っ暗になる様な、そんな衝撃を受けた。
何で、どうして?
と頭の中をぐるぐると回る。
オレは静かに顔を上げ、ベリウス先生に視線を移した。

「なぁ、せんせー?権利書ってどういう事だ?あいつ、何しに来たんだよ」
「…そうだな。そなたには話しておいた方がいいだろう。ユーリ、中に入るがよい」

先生に促され、オレは施設へと入った。
勝手知ったる何とやら。
オレは先生の部屋へと真っ直ぐ向かい、その後ろを子供等に指示を出しながら先生も追ってくる。
先生は部屋に入るなり鍵を閉めて、オレと向かい合う様に椅子へと座った。
すると神妙な面持ちで権利書ともう一枚、昨日フレンの鞄の中から見た企画書を机の上へと並べた。

「実はの、ここの土地をショッピングモールにするという案が立っておる」

先生が話す内容はオレが昨日読んだ企画書の内容とほとんど一緒だった。
オレがフレンの知り合いって事で大分端折られてる部分もあるけれど。

「…嫌な予感的中じゃねぇか」

頭を抱えたくなる。
って事は何か?
オレはここが経営難だからフレンのトコでバイトしてる。
けど、そもそもの原因はフレンにあったって事で…オレは原因の為に働いてるってか?
…馬鹿みてぇじゃねぇか。

「…はぁ。それで?先生はどうする気なんだよ?」
「もう少し考えてみるつもりじゃ。それに、まだ期限はあるしの」
「っつっても、またアイツ等みたいなのが来たらどうする気だよ。んなに悠長に構えてらんねぇだろ」
「…分かっておる。じゃが…ここはわらわの子達が育った場所じゃ。…簡単に明け渡したくないのじゃよ」
「……そっか。ありがとな。せんせー」

オレ達はこの先生に救われたって事を改めて思い出して、心から感謝した。
さてっと。
オレは立ちあがり、軽く体を鳴らすと、足音を鳴らさずゆっくりとドアへと近付き、静かに鍵を外し勢い良くドアを開けた。
どさぁっ!!
大きな音を立てて、カロル、パティ、リタが転がり込み、その後ろでジュディスがうふふと何時も通り笑っていた。

「盗み聞きとは、いい度胸してるじゃねぇか」

笑いながら言うと、カロルがあわあわと慌て始め、リタは開き直り、パティはそんなオレの言葉なんて関係なく足にぎゅーと抱きついている。
相変わらずここは油断も隙もねぇな。
とりあえずちゃんと注意しようと思ったが、「ユーリ」と名を呼ばれオレは声のした方を振り返った。

「これはお前が預かっておいてくれぬか?」

そう言って手渡されたのは【権利書】だった。

「な、んでオレが?」
「……お主に渡すのが一番安全そうじゃからな」

安全?
フレンが側にいるのに?
企画者が側にいるのに安全な訳が無い。
しかし、受け取りを拒否しようにも、先生は一度決めたら意見を覆す事はない。
諦めてオレは受け取り、今日は一旦フレンの家へと帰宅した。