失くせないモノ
【6】
「ただいま〜」
オレは玄関のドアを開けて、靴を脱ぐときちんと揃えて中に入る。
中から声が帰って来ないって事は、フレンはいないって事だ。
真っ直ぐ自分の部屋に戻って鞄を放り投げ、学生服から私服に着替えると必要な教材だけ持ってリビングに戻る。
教材を机の上に置き、キッチンへと入るとフレン用に用意した食事があるかどうか確認する。
っと、今日も全部食べてったのか。
そう言えば最近アイツ顔色いいよな。
改めて食事ってのは大事だって思うよな〜。
しっかりと洗われてしまわれた食器を見て思う。
さてさて、今日の晩飯はどうすっかな〜?
冷蔵庫を覗きこむ。
……見事に空だな。
こりゃ買い出しに行かねぇと。
えっと、財布財布っと。
財布をポケットに入れて、鍵を持って玄関に向かうと、ドアの向こうでエレベーターが上がる音が聞こえて、オレがドアを開ける前にドアが開いた。
フレンはオレの姿を見て一瞬驚いたが直ぐにいつもの爽やか笑顔に戻り、「ただいま」と言われ、素直に「おかえり」と答える。
「何処かに行くのかい?」
「おー。晩飯の材料も何もねぇから買い出しに」
「…買い出し…。ユーリ、僕も一緒に行って良いかな?」
「あ?別に構わねぇけど。いいのか?折角早く帰って来て休めるってのに」
「大丈夫。最近はユーリのおかげで体調を崩す事も無いから」
ニッコリ。
……この無駄にキラキラな笑顔どうにかなんねーかな?
取りあえず真っ直ぐ見る勇気はないからオレは静かに視線を逸らした。
するとそれを勝手に肯定ととったのか、オレ達は二人で買い物に行く事になった。
近くのスーパーまでフレンの車で向かう事になった…のだが。
何で…何でこうまで…。
「スピード狂なんだっ!?」
「え?スピード?まだそんなに出てないよ?」
「十分出てんだろっ!!」
メーターは100と出ている。
因みにここは一般道。
ハッキリ言って制限速度は出せて60だ。
いや、言い直す。
今凄い速さで通り過ぎた標識には40の文字があった。
「ここは制限速度40キロだっ!!スピード落とせっ!!」
「あれ?そうだった?」
「そうだったっ!!全く誰だよ、こいつに免許やったのーっ!!」
何とか辿り着いたスーパーでオレの脳内は生還の二文字で埋め尽くされて、車を降りた瞬間のあの安堵感は一生忘れる事は出来ないとそう思った。
「さて、何を買うんだい?」
「んー?そうだなー。取りあえず行ってから決めるわー」
若干ふらつく足を叱咤して、オレはフレンとスーパーの中に入り買い物をした。
カートを押しながら、…正しくはフレンに押させながら食材を選び入れて行く。
調度良く、今日はセール日だったらしく、色々買い込む。
何より、日用品が安かったのは得した。
フレンがいるし、車もあるし、何時もなら買わないものも買い貯めしてしまえとカートに乗せて行く。
食材もしっかり買って、会計を済ませて、車に乗せる。
トランク所か後部座席までしっかり埋まってしまったが、これで暫く買い物に行かなくて済む。
「これで買う物は全部かい?」
「おう。寧ろ予想外にちょっと買い過ぎた」
「そう?かなり安かった気がするんだけど」
「お前の金銭感覚と一緒にするな」
しっかりと釘は刺しておく。
「それじゃあ、帰ろうか」
「おう。…安全運転で、タクシーの運ちゃんがするような運転で頼む」
「分かった。じゃあ、ゆっくり帰ろうか」
更に釘を刺して…果たしてこの釘は通用するだろうか。
ドキドキしながら車に乗り込み、シートベルトをしっかりと締める。
そして車はスムーズに走り出した。
行きは瞬時に通り過ぎて行った街並みをゆっくりと見ながら帰宅する。
「なんだ、普通の運転も出来るんじゃねぇか」
「ちょっと遅くて不安だけどね」
「いや、全然不安じゃねぇし」
これを安全運転だと言うと、フレンは苦笑いした。
けど、そこは苦笑いする場面じゃねぇ。
…呆れて突っ込む気にもなれねぇけど。
取りあえず安全運転になった事にホッとし、オレは後部座席に置いた買い物袋を引っ張り寄せ、膝の上に乗せると中からイラスト付き紙コップに入っている唐揚げとバーアイスを取りだした。
袋を開けてぱくりとアイスを咥え、フレンにも紙コップの蓋を開けて中に入ってる爪楊枝で唐揚げを刺し、フレンの目の前に持って行く。
「ん」
「え?あ、ありがとう」
ぱくりと食べ、もぐもぐと幸せそうに食べる。
フレンが咀嚼している間にアイスを齧り、フレンが食べ終わった頃を見計らって次の唐揚げを差し出す。
「やっぱ、唐揚げは醤油だね」
「そうか?塩も捨てがたいぜ?」
「それを言ったら…」
何だかんだでぐだぐだ話をしている間に家へと辿り着いた。
フレンと二人荷物を持ちつつ、エレベーターに乗り玄関へ着くと、ピピピッと機械音が聞こえた。
「ちょっと、ごめんね」
そう言って携帯を取り出し電話に出る。
一気に表情が変わって一瞬驚くが、まぁ、仕事をしている人間は大抵外用の顔を持っている。
それにオレには実質関係ないしな。
靴を脱いで、玄関まで運んだ物をリビングまで持って行き、食材は冷蔵庫に、そのほかの雑貨はそれぞれの置き場に運ぶ。
全て片づけた時電話が終わったのか、フレンがリビングまで入って来た。
「お?電話終わったのか?」
言いながら、キッチンに行ったついでに用意しておいた氷の入ったコップに麦茶を入れて差し出す。
「あぁ。これから、また出る事になりそうだ」
「へぇ。大変だな」
「……正直、面倒だ」
これまたフレンが言いそうにないセリフでオレは驚く。
「…仕事ならいざ知らず、接待、とか…」
「要するに飲み会、か?」
聞くとフレンは大きく頷いた。
余程嫌なんだろう。
鬱々としたオーラがフレンから漂っていた。
「……断れねぇの?」
「断れないんだ。結構お世話になっている会社でね。何より、あそこの理事には何時もお世話になっていて…」
「……成程。そりゃ覚悟決めて行くしかねぇな」
「あぁ。……行ってくるよ」
「おー。行ってらっしゃい」
とことん嫌なんだな。
あのフレンが背中丸めて渡した麦茶を一気飲みして、そのままリビングを出て行った。
※※※
晩飯を一人で食べ終え、リビングでぼんやりとテレビを見ていた。
何でか今日は勉強をする気が起きない。
こう言う時が偶にある。
教科書を開いても何も頭に入らない。
……そして、そーゆー時の解決法と言えば。
「よっし。甘い物でもつくっかなっ」
ケーキ、プリン、クッキー…何作るか。
そういやこの前フレンに連れてって貰った店のパンケーキ旨かったな。
……よし、パンケーキにすっか。
キッチンに向かい、必要な材料を適量取りだしシンクに並べて行く。
やっぱりお菓子作りはいいな。
癒される。
こんな夜中に食べる様な物でも無いが、作り始めたら止まらないんだから仕方ない。
材料をボウルに入れて混ぜ合わせる。
確か、結構泡だててたよな?
色々アレンジしてみる。
生地を温めたフライパンに流し込み焼く。
その間に生クリームを泡だてて、メープルシロップとバターを取り出し準備して。
てきぱきと動く。
焼き上がり盛りつけ、リビングに運ぼうとした時。
ガタガタガタッ!!
「ッ!?」
物凄い音がして、驚き音がした方を見ると、派手な音を立ててリビングの戸が開いた。
「お、おかえり…?」
この家の鍵を開けれるのは、勿論フレンだけで。
入って来たのも当然フレンだったけれど、何時も凛としているフレンとは思えない程、どうやら酔っぱらってるらしい。
ただ立ってるだけなのにフラフラしている。
「全く、どんだけ飲んだんだよ」
言いながらテーブルにパンケーキを置いて、キッチンに水を取りに行く。
酔っ払いには水だよな。
コップをとってシンクに置き、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出しコップに注ぐ。
すると、足音が聞こえフレンがキッチンに入って来たのが分かり、いいから座ってろ、そう言おうと振り向いた瞬間。
「おわッ!?」
何時の間にか真後ろに立っている。
ちょ、ちょっと待て。
何時の間にっ!?
驚きに、ペットボトルを落としそうになる。
「……ユー、リ…」
「な、なんだよ。ってか、ビビらせるなよ」
じっとフレンがオレの目を覗きこむ。
ってか、フレンの目が若干据わってる……ような…?
何だ?何考えてんだ?こいつ…。
いや、ちょっと待て。
こいつは今酔っ払いだ。
何かを考えてる訳がねぇよな。
無意識にフレンから距離を置く様に一歩後ろに退いてしまう。
それに気付いたのか、フレンがオレの体を真正面から抱きしめた。
「って、えっ!?ちょ、何っ?」
何なんだ、この状況っ!?
どうにか抵抗してみるが、やっぱりコイツは馬鹿力で全然離れやしない。
フレンとオレの体の間に挟まった水のペットボトルが、更にオレの抵抗の邪魔をする。
ぐいっと顎に手をかけられて、目線を無理矢理合わされて、フレンの顔がだんだん…っ!?
「ユー……、リ……、っ」
フレンの行動に何か嫌な予感がして、咄嗟に顔を逸らす。
なのに、フレンの手が強制的に戻して、オレの予想通り…。
「んんっ!!」
キス、…された。
男だし、ファーストキスがどうのこうの言う気はない、が。
男とキスする趣味はオレにはねぇっ!!
ど、どうにか脱出しなきゃっ!
そう、焦っていても手にはペットボトルがあり、体全体をフレンに抱き締められて動きを防がれている。
「んっ、……ふっ、ぁっ……」
「……あ、まい…。ユーリ…」
ゆっくりと離れたかと思うと、オレを逃がさない様にまた深く唇が重なる。
未だに思考が色々停止しているオレの唇を舌でなぞり、その舌が唇を割ってオレの舌と絡んで。
「んぅっ!?」
絡まる舌が何か意味を帯び始めて、フレンが更にオレの体を強く抱きしめる。
背中を煽る様に撫でられてぞわぞわと何かが背筋を走り抜けて行く。
やばい。
これは絶対何かヤべぇっ!!
もう、床に水がとか構ってられねぇ。
ペットボトルを離し、オレは力の限りフレンを突き飛ばした。
ペットボトルに入っていた水がフローリングの床にばら撒かれ、フレンはフレンでオレに渾身の力で突き飛ばされた所為で、背中を壁に叩きつけられてずるずると壁を背に座り込んでしまった。
「……一体、何なんだ…」
無意識にさっきまでキスされていたそこに手が触れていた。
な、んで…キス?
よ、酔っぱらいの行動だし、な。
ここは素直に忘れるに限る。
オレは顔に集まった熱を払うように、フレンの為に用意した水を喉に流し込むと、オレに突き飛ばされて気を失ったフレンを担いでキッチンを出た。



