僕の手が届く距離。





【1】



太陽の光を集めた金髪の髪の少年が元気よく走り、目的地へ向かっていた。

「お、フレンっ!ユーリの所に行くのかっ?」
「うんっ!!」
「相変わらず、中がいいねぇっ!」
「うんっ!!仲良しだよっ!!」
「ほら、これ、おやつに持ってきなっ!!」
「ありがとう。おばさんっ!!」

下町の子供は皆の子供。
それが、常識になっている大人たちは次々とフレンと呼ばれた少年に声をかける。それにきちんと返事を返す。
果物屋の恰幅のいい女性がフレンに向かって何か丸い物が二つ入った袋を放り投げた。
それを嬉しそうにキャッチしたフレンは、律儀にぺこりと頭を下げしっかりとお礼を言うと再び走りだした。
その目的地は、とある一軒家。
ここ下町の自治を取り仕切っているハンクスという男の家。
しかし、勝手知ったるなんとやら。
ドアをノックすると、すぅ〜と大きく息を吸って。

「ユーリ、遊びに行こうっ!!」

何時ものように、フレンがユーリを遊びに誘う。
ドタバタと室内を走る音がして、ガチャリとドアが開くと黒髪の少年が二カッと笑い「おうっ!」と元気よく返事を返した。

「これ、ユーリっ。そんな恰好じゃ風邪を引く。せめて、首にマフラーでも巻いて行けっ」
「え〜…。暑いからいらねぇ」
「駄目じゃっ!もう冬に近いと言うに、短パンってだけでも寒いっちゅーに」
「ぶぅ〜…」

しぶしぶハンクスに渡されたマフラーを首に巻くと、大人しく待っていたフレンの手をとり、仲良く走りだした。

「夕飯までには帰ってくるんじゃぞーっ!」
「「はーいっ!」」
「全く」

元気よく駆けて行く二人を、呆れ半分で見送ったハンクスはやれやれと家の中へと戻って行った。

二人仲良く走り、どこに行く?と笑いながら聞きあう。

「あ、じゃあ、ユーリと会った所に行こうよ」
「ん?あの、丘か?」
「そう。お花が一杯咲いてたあの丘」
「よしっ。じゃあ、行くかっ!」

ギリギリ、結界魔導器の内側。
帝都の外れにある、小さな丘の花畑。
そこは普段誰も近寄らない場所。
大人になると何故か、近寄らないのだと言う。
しかし、今現在子供な二人には全く関係ない。
寧ろ、綺麗な物は何時でもみたい。
わーっと駆け抜け、人と人の間をすり抜け、あっという間に目的の場所につき、転がる様にフレンとユーリは花畑へとダイブした。

「まぁまぁ、早く着いたんじゃねぇ?」
「うぅ〜ん。でも、一昨日来た時の方が少し早かった気がする」
「そうか?…まぁ、フレンがそう言うならそうなんだろうーな」

色様々な花の中で、二人は会話する。

「そう言えば、ユーリ」
「んー?」
「僕、おやつ持ってるんだ」
「おやつっ?」

寝転がっていた体を起こし、きらきらとフレンの手元の袋を見ると、フレンはその袋をあけて中からモモを二つ取り出した。

「モモだっ!」
「…本当だ。モモってケッコウ高いのに…。ユーリ、後で一緒にお礼言いに行こうね」
「おうっ」

そう答えていながらも、ユーリの目はフレンの持つモモしか移っていなかった。
それすらも、日常の事でフレンはニッコリ笑ってユーリにモモを渡し、二人仲良く皮をむいて一口かじる。
甘い物が好きなユーリはそれはもう、幸せそうな顔をしていた。

「ねぇ、ユーリ」
「どうした?」
「ユーリって、何処から来たのかな〜?」
「さぁな」
「僕、いっつも『ぎもん』に思ってるんだ。だって、ユーリ一ヶ月前までこの街にいなかったのに、皆『昔から下町にいた』っていうんだよ」
「…オレだってわかんねーよ。でも、まー、実際どっから来たとしても、フレンはダチでいてくれんだろ?」
「も、もちろんっ!!」
「だったら、オレはそれでいい」
「…ユーリ…。うん。ボクもそれでいい」

二人は互いに見つめ合いニッコリ笑うと、残りのモモを仲良く食べた。


―――そんな、何時もの日常が壊れたのは一瞬だった。


とある日。
フレンの父、ファイナスが殉職した。その為、フレンは下町を出る事になり、ユーリにその情報はあっという間に届いた。
ハンクスから聞くやいなや、フレンに合う為にフレンの家へと走る。
家へ着いたらすぐさまドアをどんどんと叩くと、中から泣き腫らした目のフレンの母が出て来た。

「…?誰?…悪戯?」
「おばさんっ!オレだよ。ユーリだよっ!」
「…こんな時に、悪戯とか…。どうして…」

決して、ユーリとフレンの母の視線が合わない。
こんな風に無視されたことなど一度も無かったのに…。

「何で…?フレンっ!!いないのかっ!?フレンっ!!」

フレンの母を避け、家の中へ、フレンに届くように声を上げると、フレンはひょいっと顔を出した。

「ユーリ?…来て、くれたんだ…?」

フレンの目は真っ赤で、泣き腫らした事が一目で分かる。

「フレン…」

とてとてと歩きフレンはユーリに抱きついた。
静かに、静かに泣いている。

「……だいじょうぶ、か?」
「…うん。でも、辛いよ…。ユーリ」
「泣いとけよ。親父さんの為にも…」
「うん…。でもね、ユーリ。それ以上に、君と離れるのが辛いよ…」
「フレン…」

ユーリも辛くなって、ぼろぼろと涙をこぼす。
そんな二人を引き裂いたのは、フレンの母の声だった。

「ふれ、ん…?あなた、誰と話しているの…?」
「…え?」
「誰を抱きしめているの?ユーリって誰なの?」
「ユーリは、ユーリだよ。僕の友達」

しかし、やっぱりと言うかフレンの母の視線はユーリにとどまる事はない。
おかしいと思った。
ユーリは、ふと今走って来た道を思い出す。
そう言えば誰からも話しかけられなかった。
なんで…?とは思わなかった。
咄嗟に思ったのは、フレンがユーリの側にいれば可笑しな奴だと思われてしまうと。それだけだった。
それだけでも、ユーリにとってはそれが全てだった。
ばっとフレンから離れ、外へと飛び出す。

「ユーリっ!!」
「付いてくるなっ!!」

そう一言叫んで、我武者羅に走る。
しかし、誰もユーリの存在に気付く事がない。
例え直ぐ真横を走ったとしても、強風が吹いたとしか思われない。

(やっぱり…。オレの姿見えてないんだっ。フレン以外には…)

今ハンクスの所に戻るのも怖くて、ユーリはフレンと何時も行っていた花畑へと向かった。
花畑は、何時ものままだった。
そう言えばここには人がいない…。
しかし、やはりここも普通とは行かなかった。
ザァッと風が吹き、青空が薄黒い雲に覆い隠されて花畑が影を帯びる。そして…。

「な、んだっ!?これっ!?」

体が緑色の光に包まれる。

「も、しかして…エアル、か…?」

もう、訳がわからない。
自分の体が一体どうなるのか。
さっぱり理解出来ない。動揺…いや、むしろ、その感情は―――恐怖だった。
怖くて、自分の体を抱きしめる様に小さくなり、ぎゅっと目をきつく閉じた。
誰も、自分すら知らないユーリと言う存在が怖い…。
その恐怖の闇に光を差し伸べたのは…聞きなれた優しい声だった。

「ユーリっ!!」

フレン…。
音が出ない声でフレンの名を口にした。
何で?誰も気付いてないのに、フレンだけが…気付いてくれるんだろう…?

「どうして…?この光は…?これ、エアル…?」

そっと手を伸ばすフレンの手を握り返したい。
なのに…心の何処かで駄目だと、触れるなと警鐘を鳴らしている。

「…ダメだ。フレン。触るな…」
「ユーリ?」
「分かんねぇ。分かんねぇけど…オレの中でずっと何かが言ってるんだ…。触っちゃダメだって…」
「どうして?」
「…ごめんな…。多分、このエアル、きっと毒なんだ…。だから」

ユーリはフレンから後ずさる様に距離をとり、丘の一番高い所に立つ。
この丘の端は崖。そんなに高くはないが、子供が落ちたら一溜りも無い場所だった。
そんなギリギリな場所を背にユーリは立つ。
フレンが止めようとするが、来るなと叫んで…。
ユーリは笑った。誰よりも幸せそうな顔で…微笑んだ。

「フレン…。大好きだぜ。ずっと…だ。オレの唯一の親友」
「ユーリっ!?」

そのまま、ユーリは後ろへと飛んだ。

「ユーリーーっ!!」

慌てて崖へと走り寄り、崖下を覗きこむがそこには既にユーリの姿は無く…エアルと共に消えたのか、それとも死んでしまったのか。
幼いフレンは理解できず、唯一理解出来た『ユーリがいなくなった』事に、意識が無くなるまで泣き続けた。