僕の手が届く距離。
【6】
デュークをユーリの振るう刀が斬り付けた。
これで、勝負はついた。
「…これで、本当に良かったのか…?」
膝をつき、剣を支えにデュークが言った。
しかしユーリは辛そうな、泣きそうな顔で、けれどしっかりと頷いた。
「いい。この星はオレ達が守る。未来なんて皆手に持ってるもんなんだ。勿論、デューク、お前の手にもな」
「…私、にも…?」
「そうだ。…っとに、高々数十年、生きただけで長生き面すんなよ」
…?、ユーリ?
デュークと話を付けたユーリは、明星2号を高く翳した。
世界中の魔導器が連動し一斉に動き始める。
聖核が、吸収される様にユーリの持つ明星2号へと集まり、明星2号の刃の部分は大きな羽の形をなし、一気に星喰みへとぶつけられた。
けれど…。
「くっ…。やっぱり、駄目かっ…!!」
駄目なのか…っ!?
覚悟をした時、デュークの剣からエアルがユーリの剣へと注がれ、剣の羽は二倍へと膨れ上がり、星喰みは光と共に消えた。
―――星喰みを倒したのだ。
流れ星の様に新たに生み出された精霊たちが、羽ばたいていく。
とても…美しい光景だった。
それを眺めるユーリがとても儚げで―――綺麗だった。
「…終わった、な」
ユーリが呟くと不思議な光がユーリを包み始めた。
そして、同時に。
何か、思考がぼんやりして行く。
…何かが奪われて行くような……。
心が、少しずつ空虚を訴える。
―――…あれは…誰だ?
黒い髪の…男?
「…フレン。…もう、思い出す事はないだろうから、言っておく」
目の前にいる、光に包まれた『黒い髪の男』が僕の頬にそっと触れた。
「好きだ…。オレだって、誰より、他のどんなもんより、お前だけを愛してるっ…っ!!」
少しずつ、足元からシャボン玉みたいに『黒い髪の男』の体が消えて行く。
その男が泣きながら僕に訴えて、彼の唇がそっと唇に触れた。
「…きみ、は…?」
誰なんだ?
どうしてこんなに、こんなに胸が痛むっ!?
分からないっ!
こんなに苦しそうにしてるのに、どうして僕は君を『思い出せない』っ!?
「…っぱり…」
エステリーゼ様?
小さく声が聞こえる。震える小さな小さな声。
でも、何で皆がその男から視線を外せない。
「やっぱり、駄目ですっ!!『ユーリ』っ!!」
『ユーリ』…?『ユーリ』とは、目の前の…?
「こんなの駄目なんですっ!!貴方が言ったんですよっ!!死を選ぶなってっ!!」
身を引き裂く様な叫び声。
「…ありがと、な。エステル」
―――笑った…。
その彼の微笑みがあまりにも綺麗で―――…泣けてくる。
自分はその姿を失おうとしているのに…。
彼の顔は…諦めて、それでも僕をギュッと抱きしめて…。
「嫌ですっ!!お願いっ!!皆、手を貸してっ!!」
エステリーゼ様は、皆に呼び掛ける。
目の前の彼の腰から下は既に無くなり、どんどんエアルの泡となり消えて行く。
重みの無くなった体全体が少しずつ上に浮き始めた。
「皆、お願い…っ!!『ユーリ』を思い出してっ!!『ユーリ』を止めてぇっ!!」
―――バンッ!!
空気の圧が風と共にエステリーゼ様から発せられ、足元には青い光を放つ魔法陣。
その魔法陣から、暖かな何かが流れ込む。
『……フレン、大好きだぜ…。オレの唯一の親友…』
黒髪の男の子が笑ってる…。
―――……ーリ?
『嬉しかった…。オレを思い出してくれた事も…』
あぁ。また微笑んだ…。僕はこの笑顔が好きで…。
―――…ユーリ…。
『フレン…。愛してるよ』
君の、微笑んだ顔が愛おしくて…。
―――ユーリっ!!
ガシッ。
「えっ!?」
僕の手は『ユーリ』の手首をしっかりと握っていた。
…行かせない。
消えるなんて、―――許さないっ!!
「…いい加減にしろ。ユーリ」
「なんで…、フレン…」
「言っただろう。…覚えてるって」
消え行くユーリの腕を引きよせ、強く抱きしめる。
ふわりとユーリの太陽の様な香りとは裏腹に冷えた体。
それが堪らなく辛く…苦しい。
「君の考えている事なんてお見通しだよ。何年、一緒にいると思ってるんだい?」
「―――……フレ、ン」
「…誰よりも、孤独が嫌いなくせに。…もう、いい。大丈夫だよ。ユーリ。僕も皆もずっと、ずっと一緒にいる」
ユーリの体が、消えて行かない様に繋ぎとめる様に、必死に言い続ける。
腕の中でユーリの体が小刻みに震えていた。
「ユーリ、大好きだよ。愛してる。…だから、言ってくれ。君もここにいるってっ」
「…無理だ。…だって、オレの体は…」
僕の腕から逃げるように、腕を突っ張る。
どうして…、どうして、君はっ!!
「無理じゃないっ!!君が望んでくれさえすれば、僕は何だって出来るっ!!だからっ、ユーリっ!!」
もう一度、今度は逃げない様に、きつくきつく抱きしめる。
すると、ユーリの瞳から涙が頬へと伝い落ちていった。
「……生きてぇに決まってる。…オレだって、出来るならもう一度人として、台地に足を付けてっ」
「ユーリ…」
「見守るだけじゃなくて、皆と一緒に…。フレン、お前の隣で一生を終わらせたいっ!!」
でも…、そんな事出来る訳ないだろ…。
ユーリはぼそりと僕の肩に顔を埋め呟いた。
けれど、僕は嬉しかった。
やっと、ユーリの本音が聞けた。
僕は、愛おしくて堪らないユーリの頭をそっと撫でた。
「無理な事も可能にして見せるわよっ!!アタシを誰だと思ってんのっ!?」
リタの声だった。
「そうね。私、自分の事を好き勝手されるのは、好きじゃないの」
ジュディス…。
「僕は、ユーリに沢山助けて貰ったんだ。だから、僕だって助けるよ。だって僕はユーリも入れた『凛々の明星』のボスだからねっ」
「そうそう。おっさんの『心臓魔導器』。これ、調整してくれたの、ユーリでしょ?精霊化でここまで調子が良くなる訳ないからな。俺も手を貸すぜ」
「…ウチの記憶。あのお墓見ただけでは多分戻らなかったのじゃ。ユーリが、きっと取り戻してくれたんじゃろ?恩は返す。これは常識なのじゃっ」
カロル、レイヴンさん、パティ…。
皆の記憶が戻った。
「皆、ユーリがここにいる事を望んでます。だから…」
「わんっ!!」
全員の記憶が、完全にユーリの操作を断ち切った。
「お前ら…。何で…」
「話は後っ!!行くわよっ!!皆っ!!」
全員が僕とユーリの周りに集まり、力を解放する。
デューク戦を前に渡された、小さな魔導器を各々手に強く握る。
すると、一人ひとりが小さな魔法陣を作り上げ、魔力の柱を現出させる。
「もともと、ユーリは高密度のエアルの結晶体。だったら、精霊の力を借りて、物質化を原子レベルまで人と同じ状態で再構築して、『凛々の明星』の頃の体を呼び戻すっ!!」
リタの声に全員が力強く頷く。
要は、昔のエアルに消えたユーリの体を精霊に頼んで、もう一度取り戻すと言う事だ。
エステリーゼ様を中心に魔法陣が発動され、ユーリの胸から上がエアルに包まれ光に包まれて行く。
僕まで、その光は包みこんで行く。
光は大きく大きく広がった。
まるで、世界中からユーリを探し当てる様に―――…。
―――数日後。
僕たちは、何時もの日常を過ごしていた。
「…ユーリ、またクレープを食べてるのか…?」
「あぁ?別にいいだろ。好きなんだから」
ユーリが嬉しそうに、クレープを頬張った。
しかも両手にしっかりと持っている。
あの後、僕たちの作戦は成功し、ユーリは『凛々の明星』の頃の姿を取り戻した。
さすがにかなり昔の人物なだけあり、想像外の恰好と髪の長さで…。
まるで、神話に出て来るような神様の様な恰好だった。
それでも、ユーリが無事に、僕たちのもとに戻って来てくれた事。それが嬉しくて僕たちは皆でユーリに触れた。
そして、今。
すっかり何時もの恰好に戻ったユーリに内緒にしていた事を、ザーフィアスのマルシェを歩きながら話していた。
「しっかし、すっかり騙されたぜ。リタを中心に、魔導器に精霊の力を入れ込めるようにしてたなんてな」
「皆、ユーリを助ける為に必死だったんだよ。それに…エステリーゼ様とラピードがいなければ、僕たちはこうしていられなかった」
ユーリの記憶を失う事のない『満月の子』と『動物』がいなければ、今ユーリと一緒にこうやって、外を出歩く事も出来なかった。
君と言う存在を、記憶ごと失っていた…。
本当にそうならなくて良かったと思う。
「ユーリ」
「ん?」
僕は隣を歩くユーリの腕を掴む。
そこにはしっかりとした実体があり、あの消え行く寸前の冷たさは無く、ユーリの暖かな体温を感じる。
「…愛してる」
「…オレもだ。フレン。愛してる…。お前の為に、オレは生きてるんだぜ?」
「ありがとう…」
ユーリを腕に引きこみ、唇を奪い取るとユーリもそっと腕を僕の背に回してくれた。
やっと届いた。ようやく手に入れた、奪われる事のない―――僕だけの記憶(ユーリ)…。


アトガキ?
灯火様のリクエストでした(^◇^)ノ
【シリアスフレユリ方面で、ユーリが凛々の明星設定のお話】
…ここで一先ずっ!!全力で土下座をっ!!orz
すみません |壁|’Д’lll)ァ゛。。ゴメンナサィ・・。
こんな長さになるつもりは…なかったんす…。
ただ、書いている内にこんな長さになってしまったんス…。
書いてるうちに気分が乗っちゃって…楽しくて…いい訳です(T_T)
フレンの執念が楽しかったんです…。
とてつもなくリクエストって言う長さじゃないですが、気に入って頂けると嬉しいです(^◇^)
リクエスト有難うございましたっ!!(*^_^*)