僕の手が届く距離。





【5】



決戦前夜。
フレンと自分の想いを剣でぶつけ合い、オルニオン近くの広い草原でオレは空を眺めていた。
横に座るラピードがオレと片時も離れない様に側にいる。
こいつには分かっているんだろう。
オレがもうすぐ、エアルと一つになる事を。
オレという存在そのものが、全ての人から消える事を…。
だから、側にいるんだ。

「ラピード…。お前だけはいっつもオレの事覚えてたよな…」

そっと背を撫でると、クゥンと小さく鼻で鳴く。

「どうしてか、お前の記憶の操作だけは出来なかったんだよなぁ…。いや、違うな。お前だけじゃない。動物の記憶操作が出来なかった。何でだろうな…?エアルの構成体元素が違うからか?」

首を捻ると、ラピードは同じように首を捻った。

「まぁ、いっか。ラピードお前なら、耐えられるだろ?オレがいなくなっても…な?相棒」

ぎゅっとラピードの首に腕を回し抱き締める。

「クゥン…」
「泣くなよ、ラピード」
「…ワンッ」
「オレー?オレは、泣いてない。…泣いてねぇよ。元々オレはここにいない存在だ。それなのに、皆と出会えて…お前と会えて、フレンと会えて…充分過ぎる幸せを貰ってるんだ…。泣く訳が、ない……っ」

ペロリとラピードの舌がオレの目元を舐めた。
エアルになる。
元々の星を見守る、星を守る存在に戻るだけだ。
なのに…苦しい。
こんなに苦しいのに…オレは誰にも助けを求められないのか…?

ラピードを離し、また空を見上げる。
しばらく、自分が帰るであろう空を見続ける。
すると、人の気配が近づいてきた。
この気配は…どうやら、エステルのようだ。
エステルはニッコリと笑い、ラピードに場所を譲って貰い、オレと暫く会話をした。
デュークとの戦いの事、そしてこれからの事…。
全部話し、二人でそっと空を見上げる。

「…ユーリ」
「ん?」
「教えてください」
「…何を?」
「どうして、皆はときどきユーリに気付かないんですか…?」
「っ!?」
「どうして、今、誰もユーリの事覚えてないんですかっ!?」

しまった。…油断した…。
夜だから、だれも気付かないだろうと、こっそり記憶操作をしていた。
自分がこの戦いが終わった時、エアルと共に消えてしまうオレはとっくに気付いていた。
だから、誰も辛い思いをしないようにと、少しずつこの星でオレに出会った奴らの記憶を操作していた。
誰もが静まり返った夜に…。けれど。
そうだ。どうして気付かなかったんだろう。
『満月の子』
自分の妹に瓜二つな、妹の血を継いだオレと同じ血の通うエステリーゼにはエアルの操作は効かない事に…。

「エステル…」
「私、ここに来るまで色んな人にユーリの事を聞きました。ユーリと話がしたかったから。でも、誰に聞いても「誰の事?」って…」
「……そうか。ごめんな。エステル。辛い思いさせたな」

今にも泣きそうな表情でオレを見つめるエステルの桃色の髪ごと頭をぽんぽんと叩くように撫でる。
オレは今、笑えているだろうか…。
エステルを納得させなければいけない…。

「エステル。お前にだけは話してもいい。けど、これはオレとお前の秘密だ。誰にも話さないと約束できるならば、お前の胸の内にだけ秘めて墓まで持っていけると誓えるのなら。オレはお前に話す。オレの秘密を…全て」
「…分かりました。約束します。…私は真実が知りたい」

「そっか。そうだな…。どこから話したらいいかな…。とりあえず大前提としてオレはエステルが前に話してくれたあの御伽話の『凛々の明星』、本人なんだよ。
だから、エステルがしてくれたのはオレにとって御伽話でも何でもないんだがー…って、まぁ、それはいっか。オレは、昔『星喰み』と戦い勝つ事が出来ずに、あの空を覆う結界そのものになったんだ。エアルそのものって言った方が分かりやすいかもな。
そうして、何年も何年もこの星の一生をエアルと同化しながら見守り続けてた。けど、ある日、そう。それこそ、お前が産まれた時だな。何年もかわらなったエアルに変化が起きた。その時は小さな歪程度だったんだが、二、三年経ってエアルの歪が大きくなってる事に気付き、どうにかしなきゃならなくなった。
オレはエアルの中にいても意識はあるからな。う〜ん。分かりやすく言うなら、精霊みたいなもんだ。アイツ等は人にこそ見えないけれど、ちゃんとその意識があるだろ?んで、ある日、オレは決意した訳だ。原因を探る為、実体を作り原因を排除しようとな。そしてオレはフレンの前にエアルの光に包まれて現れた。まー、アイツ言うには空から降って来たように見えたらしいけどな。けど、オレはその時本来なら『凛々の明星』だった頃の記憶をもっていなければならなかった。でも、ちょっとした障害が起きてな。
ま、簡単に言うとちょこーっとエアルの操作に失敗して、記憶持ってくんの忘れちまったんだ。だから、しばらくは人として育った。人として育ったから、分からなかったんだ。オレがエアルの結晶体だって事が。その時のオレの体は不完全体。エアルでしかなかった。それをオレは無意識に自分の存在を知って欲しくて記憶操作してしまってた。
それによって、周りはオレの事を『昔から下町にいる子供』と理解して、ある日突然『姿が見えなくなってしまった』訳だ。けど、フレンは最初オレのエアルから生まれた姿を知っていた。フレンだけは、オレの存在を知っていたから小さい頃はオレを見失う事が無かったのさ。…その所為でフレンを苦しめた訳だが。その後、フレンを苦しめたくなくて崖から飛び降りたオレは、エアルに戻り『凛々の明星』としての記憶を取り戻し、もう一度エアルの体を作った。
今度はちゃんと成功して、色々出来るようになった。かなり時間はかかったけどな。そして、調査をしている内にアレクセイの存在を知り、エステルお前に出会った」

「成程。…では幼少の頃のユーリはエアルの集合体で、例えて言うなら幽霊の様な存在で。今はエアルの結晶体で、例えて言うなら人に近い存在になったと。そう言う事ですね?でも…どうして、記憶の操作を…?」
「…エアルとなったって事はな?エステル。もう既に死んでいるの同義語なんだよ。オレはここに本来存在する筈のない存在としてあるんだ」
「それでも、貴方はエアルとして見守って来たのでしょう?」
「そうだ。そして、それはこれからも変わらない。…いや、違うな。この戦いでオレの戦いは終わるんだ」
「…どう言う事です?」
「…エアルの性質が精霊化により、根本から変化している。そのエアルになった時、前のエアルで構成されているオレの体はエアルの原子として分解され新たなエアル原子の中に混ざる。…やっと終わるんだ。この星を守るって責任から解放される」
「でも、ユーリっ!それじゃあ、貴方がっ!」
「あぁ…。オレは消える。だから…もう、誰も辛くならないように…。少しずつ、毎日オレの記憶を持ってる奴らの記憶を封印してる。…誰も思い出さなくていい」
「そんな…。そんなの嫌ですっ!」
「…お前は、ほんっとに…。エリスにそっくりだな」
「え、りす…?」
「…エステルの、超ご先祖様。オレの妹の名だよ」

ホンットにそっくりだよ。
桃色の柔らかな髪も、言ったら聞かないトコも、誰かの為に涙を流す所も…。
エステルの大きな瞳から、大粒の涙がぼろぼろと零れ落ちた。

「ほら…。辛いだろ?だから、いいんだ。エステル。…この戦いが終わったら、オレの事は忘れろ。記憶に残しておかなくていい」
「そんなの、そんなの絶対に嫌ですっ!私は…。誰もがユーリを忘れたとしても、私は忘れませんっ!絶対に、絶対にですっ!!」
「…そっか。ありがとな。エステル」

オレはエステルの頭を撫で続ける。
…オレは消えるだろう。きっと、リタが作っている明星二号が発動したら、多分…数分、この姿を保っていられるかどうか…。
でも、それでもオレは構わなかった。

「それで…お前達が幸せになれるなら…。アイツが笑っていられるなら…オレはそれでいい」

例え、オレが隣にいられなくても…それでいい。
オレはエステルが泣きやむ迄、エステルの頭を撫で続けた。