若葉
【1】
「大変だよ、大変だよっ!!ユーリっ!!」
盛大な足音が聞こえる。
きっと、っつーか確実にカロル何だろうが、こう言う時カロルが持ってくる話は碌なモノがない。
今回もどんな事で焦ってるのやら。
しかし、それに素直に反応してやる気も起きず、オレはベットで狸寝入りを決め込む事に決めた。
「大変大変なんだよっ!!」
愛用の下町宿、箒星のぼろいドアをブチ壊さん勢いでカロルが入って来てしかも、オレの脇腹へと突撃してきた。
痛いやら、重いやらで、仕方なく起きる羽目になる。
「なんだよ、どうした?また、ナンから脅迫状でも来たのか?」
「違うよっ!!それに僕は…その、ナンより…」
「ナンより?」
「…って違うよっ!またユーリに乗せられる所だったっ!!そうじゃないんだっ!!フレンが、フレンがーっ!!」
「あん?フレンがどうしたって?」
「それが…」
カロルも突然聞かされたんだろう。
兎に角パニック状態だ。
仕方なく起き上がり真面目にカロルの話を聞く。
要約すると、こうだ。
まず、フレンは騎士団長として未開拓地へ調査に行った。
本来一週間かからず帰ってくる予定が、未だに帰って来ない。
しかも、そのフレンが統括している騎士団長直属の部隊も全て帰って来ていないと言う。
そこで、ヨーデルから直々にカロルへ依頼があった。
いなくなったフレン騎士団長直属部隊の捜索。
でも、もともとオレ達にとって仲間だったフレンがいなくなったんだ。
カロルは当然一も二も無く頷いたんだろう。
そして真っ直ぐオレの下に来たと、そう言う事だ。
…けどなぁ…。アイツがそんな危険な状態になってるとしても、何とか切り抜けてそうな気がしてならねぇんだけど…。
ほっておいても問題ない様な気がすんだけど…。
と、そう言おうとした矢先に、また凄い足音が聞こえる。
何だかと思えば、ドアを言葉の通りブチ破りリタが物凄い形相でオレの腕を掴んで今来た道を戻りだした。
「って、おいっ?リタっ!?ちょ、走り辛いんだけどっ」
「何時までも部屋でグダグダしてるからでしょっ!!さっさとエステル探しに行くわよっ!!」
「は?エステルって何の話だ?」
「聞いてないのっ!?」
ピタッと足を止めてギロッと後ろをついて来たカロルを睨みつけると、カロルは直ぐ様オレの後ろへと隠れた。
「フレンの部隊にエステルが今回は同行してるのよ。フレンはどうにでもなるでしょうけど、エステルはお姫様なのよっ!?あの子に何かあったら…」
「あぁ…、成程な。だから、フレンも強行軍に出れてない訳だ。分かった。行こうぜ」
エステルがいるなら話は別だ。
アイツがいなくなったら、リタ所か世界中に不穏な空気が満ちてしまう。
早速オレ達はフレン達がいなくなったであろう場所へと向かった。
下町を抜けて、町の外へと出ると、既に待機していたジュディスとバウル、そしてパティと合流して上空へと舞い上がる。
普通に歩いていたら、何日もかかる道のりもバウルの力を使えば、数時間に短縮される。
カロルとリタの先導の下、到着したのは何やら崩れた建物が沢山ある、それこそ、カルボクラムの様な、所謂廃墟だ。
廃墟なんだが…これは…。
「凄い廃墟だよね」
カロル先生が驚きながら進むが、オレは別の意味で驚いていた。
廃墟は廃墟だ。
けど、ここは…。
自分の目を疑いたくなる。
「嘘だろ…。ここ、シゾンタニアじゃねぇか…」
「シゾンタニア?そんな名前の町なの?ここは」
ジュディスの言葉にオレは安易に頷けなかった。
何故ならシゾンタニアがこんな場所にある訳がないからだ。
シゾンタニアはエフミドの丘手前にある山の奥にある小さい町だ。
それが、ここ、ヒピオニア大陸の片隅になんてある筈が…。
「…けど…どう見ても、これは…」
「ユーリ?」
何かに吸い寄せられるように町を歩く。
あの曲がり角、あの甘味屋、マーボーカレーが一押しの店に…。
滅びてはいるけれど、人がいる姿はないけれど、でも確実にオレが、オレとフレンが昔暮らしてた町で…。
オレの足は真っ直ぐに騎士団の詰所へと動いていた。
何でだ?
何で、この町が…。
何処かで、少なからず期待していた。
ただ、似ている町に来ているだけだと。
でも、騎士団詰所の中は、オレ達が過ごしたままの姿が風化しているだけだった。
「…これは、何だ?」
オレの様子がおかしいのが、目に見えて分かるのか今まで遠巻きに見ていた四人が遠慮気に話しかけてきた。
「ユーリ、この町知ってるの?」
「あぁ。オレが騎士団時代にいた町だ」
「騎士団時代?じゃあ、その町が廃墟になってしまった事に驚いているのかしら?」
「いや。廃墟であるのは間違いない。ある事件があってな。その時に、この町の住人は全て移住して、この町は放棄された筈だ」
「むむ?じゃが、ユーリは驚いている。何かおかしな事があったのか?」
「…ここに、この場所にシゾンタニアがある訳がねぇんだ。シゾンタニアはエフミドの丘の側にある」
「…そうね。アタシも昔シゾンタニアの側に研究所を持っていたから分かるけど、それは確かだわ」
「え?じゃあ、ここは?シゾンタニアって町じゃないんじゃないの?」
「…と、思いてぇんだけどな。間違いねぇんだ。ここはシゾンタニアだ」
真っ直ぐにオレとフレンが寝泊まりしていた部屋へと向かう。
そこはまだ使えなくもない様な綺麗さで、多分フレンが出て行く時これでもかと綺麗にしていったんだろう。
埃よけの布を剥いでベットへと座る。
おかしすぎる。
「あー…訳分からねぇ。何より、ここに人の気配が無さ過ぎる」
「ユーリ〜?ここは廃墟だよ?人の気配なんてする訳ないじゃん」
カロルが何時もの自慢気にちっちっちと指を振るが。
「カロル先生。忘れてんのか?ここに騎士団が来ている筈なんだろ?」
「あっ!?」
「そうね。騎士団の気配所か生き物の気配も全くしないわね」
「…どう言う事?」
「…普通の廃墟じゃないって事よ」
「何にしても、これは色々調査しないと、じゃな」
「…だな。一つ、気になる所があるんだ。悪ぃけど、まずそこへ行ってもいいか?」
この場所を知っているオレの言葉に異議を唱えるものはいなかった。
オレ達は真っ直ぐに詰所の奥へと向かった。
そこは…以前オレ達の。
オレとフレンのいた隊の隊長がいた部屋、隊長室だった。
その場所は最後に見た姿と変わらず、綺麗に片づけられた部屋で…。
「だよな。…ある訳、ねぇんだよな。いる訳ねぇんだ…」
隊長がいる訳も、いた口跡がある訳でもない。
けど、妙な感覚が浮かび、オレは静かに机に歩み寄りその机にそっと触れた。
…ん?
ちょっと待てよ。
ここ、埃がついてない。
自分の掌を見ても、埃のついた部屋にいると白くなる筈の手も指も白くなっていない。
「…さっき、あの部屋にいた時、確か埃よけの布をよせたよな?」
「寄せたわね」
「確かに埃も被ってたわ」
「だよなぁ。けど、ここ…」
「一切埃が無いのじゃ」
「そう言えば、確かにそうだねっ。この部屋だけ、人が暮らしててもおかしくないもんねっ」
益々、この空間がおかしくて堪らなくなって来た。
何でこの場所だけ?
「…調べましょ。調べてみなきゃ分からないわ」
リタの目が輝いている。
もう、魔導器がなくなった今、全ての物に興味を持ち始めたリタに怖い物はないのかもしれない。
取りあえず、リタの発言通りオレ達はその部屋を調べ始めた。
オレは、真っ直ぐ隊長の机の引き出しを開けた。
確か、以前隊長はここに…あった。
『何だよ、ユーリ。俺の秘密を知ったな。ったく、いっつもタイミングがいいんだから、おめーは』
『これか?これは、オレのかみさんの形見だ。常に身につけててやりてぇんだけどな。感情が許してくれねぇんだ。いつか…てめぇを許せる日が来たら、あいつの墓に一緒に持って行くさ』
『ははっ。まだまだ先の話だな』
隊長の奥さんの指輪だ。
引き出しの奥深くにあったそれ。
本当なら隊長の棺に入れてやろうかと思ったんだが、隊長が秘密だと言っていたから、オレはそれを取り出さなかったんだ。
…今なら持ってってやれるかな?
ここを出た時、この場所が幻だったりとかしたら消えてしまうかもしれない。
けど、だからこそ。
本当のシゾンタニアにまだある筈の指輪は隊長が隠しておきたいと思っているかもしれないから、こっちの指輪を持って行く。
指輪をポケットに入れて、他に何か無いか探す。
まるで隊長の粗捜しだな。
若干自分のしている事がおかしくて、口元に笑みが浮かぶ。
その時。
『後悔はないか?』
「誰だっ!?」
声が聞こえ条件反射で応える。
しかし、声は帰って来ない。
それどころか、仲間達が不思議そうな顔でオレを見ている。
どうやら、皆には聞こえなかったようだ。
だが…。
『後悔はないか?』
「…てめぇは誰だ。声だけ何てせこい真似してんじゃねぇ。姿を現せっ」
『一度だけ…人生をやり直せるとしたら?』
「何言ってやがる?」
『一度だけのチャンス。欲しくはないか?』
一度だけのチャンスだと?
警戒しているオレを見て、仲間が武器を構えて集まった。
共に周りを警戒している。
『一度だけのチャンス。欲しくは無いか?』
同じセリフを繰り返す。
「くっだらねぇっ!オレは今の人生、生き方を自分で選んで決めてきた。後悔した事も全てオレの意志だっ!意味の分からねぇ存在にチャンスを貰う程オレは落ちぶれちゃいねぇっ!」
オレには必要ない。
はっきりと言い返す。すると。
「ユーリ…かっこいい」
「かっこいいのじゃ…」
と後方で頭を抱えたくなる言葉が聞こえたがあえてそこはスルー。
声に集中するが、返事は帰って来ない。
いなくなったんだろうか?
そう思ったが、どうやらそれが大きな油断だったようだ。
『…過去変動能力保持者確認。システム起動』
「…何?」
行き成り変わった口調に、戸惑う。
そして、どうやらその声をその場にいた全員に聞こえた様だ。
しかし、聞こえた所で既に遅かった。
一瞬の空間の歪み。
地面の感触が突然消えて、まるで様々な絵の具を混ぜた様な色の穴があらわれて、オレ達は皆仲良く穴へと落下して行った。

