若葉
【2】
ドサッ。
落下の衝撃に備えて、オレは態勢を整えたんだが、大して大きな衝撃は来なかった。
って言うか全然痛く無かった。
真っ直ぐ正面に青い空と、…結界魔導器?
ちょっと待てっ!?
急いで起き上がり、キョロキョロ辺りを見渡す。
なんだ、ここ?
取りあえず、オレが草原に寝転がってたってことは分かる。
ちょっと待て。色々待て。
記憶を辿って、漸く自分が意味不明な穴に落とされたと言う現状を思い出す。
そうだっ!
あいつらはっ!?
体に反動をつけて、立ち上がり改めて辺りを見渡す。
近くに仲間がいる様な気配は無い。
はぐれたか?
だとしたら合流しなければ。
兎に角今いる場所を、現在地を把握しなければ。
向こうに高台があるのに気付き、急ぎ走る。
崖下を覗くと、そこには再びシゾンタニアが広がっていた。
「あー…意味分かんねぇ…どうなってんだよ。この状況」
しゃがみ込んで、頭をかく。
……ん?
そういや、オレの愛刀何処行った?
両手が空いている。
いやいやいや、おかしいだろ。
………んん?
白いパンツ?
オレの服は黒いズボンにブーツじゃなかったか?
「って、明らかにおかしいだろっ!!これ騎士団の制服じゃねぇかっ!!」
よし、いよいよ訳が分からねぇっ!
どうしたものか…?
とは言え、ここにいても何が変わる訳じゃない。
今分かるのはただ一つ。
目前にシゾンタニアがある。
じゃあ、そこに行けば何か分かるかもしれない。
オレは勢い良く手前の崖を飛び降り、町へと向かった。
町の中。
そこは、オレ達が任務に着いたばかりの頃のシゾンタニアだった。
「オレがおかしくなったのか?何でこんな事になってんだ?」
もう、呆然とするしかない。
立ちつくしていると、後ろから頭をわしっと掴まれた。
こんな撫で方する奴は…。
「何してんだ?ユーリ」
「隊長…」
「何だなんだっ?泣きそうな顔して」
このからかい方も…思い出して泣きそうになる。
でも、そんなカッコ悪い姿は見せられない。
「泣きそうな顔してる?オレ」
ニヤリと笑うと、一瞬キョトンとした隊長が同じようにニヒルに笑うとさっきより力を少し込めて頭を撫でた。
「ったく。相変わらずおめーは可愛いな」
「んなっ!?可愛いってなんだ、可愛いってっ」
「へいへい。きゃんきゃん吠えるな。ほれ、詰所に帰んぞ」
死んだ筈の隊長。
ある筈のない人の住むシゾンタニア。
当時の恰好に当時の体。
「しっかし、ユーリよ」
「え?あ?何だっ?」
「お前、犬舎の掃除はどうした?」
「へっ?」
「まーた、サボったのか?」
「さぼって…」
ちょっと待て。
これは何時の事だっ!?
犬舎の掃除サボった時だったのか?
そもそもオレの今日の任務のスケジュールはどうなってんだっ!?
サボった?
サボったのか?
サボったのかもしれない?
「えーっと…サボった、かも?」
「何で疑問形なんだ?兎に角戻ったら掃除しておけよ」
「お、おう」
それから他愛もない話をしながら、詰所へ戻る。
オレは、大人しく犬舎へ向かった。
一応考えあっての事だ。
もしかしたら、ラピードがいるかもしれない。
ラピードは確かフレンに着いて騎士の仕事を手伝っていた筈だから。
犬舎に着き、ひょいっと顔を覗かせると、こっちに気付いた子犬が転がる様に走って来た。
「…ラピードか?」
「きゃんっ」
確認の為に聞くと、しっかりと同意の声を発した。
子犬の頃なら取れそうな位振っていた尻尾も中身が成長したラピードの所為か、お座りの態勢でじっとオレを見つめる。
目の前に座ると、ラピードもそれにならってふせをした。
「…お前、可愛い姿に戻っちまったな〜」
「きゃんきゃんきゃんっ!!」
「ははっ、悪ぃ悪ぃ。でもやっと合流出来たな。お前は状況把握出来てんのか?」
「きゅ〜ん…」
「そうか、やっぱりな」
オレにもさっぱりだ。
言って笑うと、ラピードも耳を軽く伏せた。
「所で、フレンはどうした?お前がここにいるってことは、フレンもここにいるんだろ?」
「きゃん。きゃぅ〜きゃんっ」
「あ、成程。帝都に報告に…っておい?それが本当だとすると…」
フレンが帝都に報告に行っていた時。
隊長は確か不在だった筈だ。
そして、その後に来るのは…。
急いで立ち上がり、ラピードと共に走り出す。
誰ならいるっ!?
副隊長ならいるかっ!?
いや、駄目だ。
落ち着け、オレ。
…この時、あいつ…ガリスタはまだ生きていた筈だ。
おかしな動きをすればそれだけ奴に感づかれる。
なら…ヒスカだ。
アイツなら、中庭にっ!
急遽向かっていた方向を中庭に変更する。
中庭に着くと、記憶の通りヒスカが剣の素振りをしていた。
「ヒスカっ!!」
「きゃっ!?ってなによ、ユーリじゃない。って言うか呼び捨てっ!誰が呼び捨てにして良いって言ったっ!?」
「あぁ、悪ぃ。それより、ちょっと付き合ってくれ。魔導器は外して」
「魔導器を外して?どう言う事?」
「説明してる時間はねぇんだ。いいから言う通りにしてくれ。それと、隊のメンバー集めれるだけ集めろっ。いいなっ。ただし、住民にばれない様に。隠密に」
「………分かったわ。あんたの言う通りにしてあげる。けど、後できちんと説明してよね」
「サンキュ、先輩」
ウィンクで軽く流し、オレは倉庫へと戻る。
騎士団の剣は今のオレには使い辛い。
どっかに、二番星に近い様な刀は…ガサゴソと勝手知ったるなんとやら。
倉庫の中を漁りに漁って、二番星により近い刀を見つけ、手に持つと今度は結界の外。
門へと向かう。
「まだ、大丈夫そうだな」
ぐっと刀の柄を握る。
けど、確かにエアルが濃くなっている。
そろそろあの魔物が発生する筈だ。
「ラピード。アイツらの誘導頼んだ」
「きゃんっ!!」
ずっと一緒に走って来たが、歩幅の差で漸く到着したラピードに頼むと任せろと再び走って行った。
走ってるのか転がってるのか。
ちょっと笑いたくなるが。
…生き物の気配が増えて、向こうから馬車の音がする。
馬車が狙われる前にっ。
走り出して、馬車に走り寄る。
何の事か理解していない馬車の主も騎士が走り寄って来た事に急停止した。
「どうかなさったんですか?」
「いや。大丈夫。まだ、何も無い。気にせず走ってくれ。結界の中まで、一気に走り抜けてくれ」
「え?あ、はいっ」
馬車に追いつくのは不可能だが、魔物が来る前に退治する事は出来る。
あの時は、何をするのも出遅れて、ランバートを失った。
でも、今なら…。
グルルルル…。
獣の声が聞こえ、エアルの塊が飛んでくる。
馬車を貫く前にっ!
「やらせるか、よっ!!」
赤いエアルの巨大な塊を叩っ斬る。
バシュっと奇妙な音をたてて斬った場所は消え、しゅるしゅると後退して行く。
馬車が無事かどうか確認する為に振り返ると、荷馬車を走らせている男が脅えて、停止していた。
そりゃビビるか。
けど、オレ一人でしかも魔導器が使えないこの状況。
ここで止める訳にはいかない。
「止まるなっ!!走れっ!!」
敢えて声を大きく発すると、我に返った男が勢いよく馬を走らせ始める。
恐怖からか、スピードはさっきより増していた。
「ユーリっ!!」
遠くからヒスカの声が聞こえる。
どうやら異常を感じたのか隊のメンバーを思ったより早く駆け付けてくれたらしい。
一気に飛びかかって来た狼型の魔物を斬りつける。
するとランバートがオレの傍まで狼に齧りつき倒しながらオレの傍まで走り寄る。
「ランバートっ!先導しろっ!オレはしんがりで行くっ!」
「わんっ!」
馬車の後ろに立ち後方から来る獣を斬りつける。
ふと、馬車をみると、青いマスッコットのぬいぐるみを持った女の子と目が合う。
…エマ、か。
懐かしくて、笑みが浮かんでしまう。
それをどう受け取ったのか、不安そうなエマが微笑んだ。
馬車はそのまま護衛のもと駆け抜け、無事結界内に辿り着いた。
後は魔物を倒すだけ。
エアルの塊はもう一度仕掛けて来た筈。
その時に、ランバートはついて行った。そして…。
案の定、ランバートが匂いを辿り、駈け出しそうになった。
「ランバートっ!!」
強く呼ぶと振り返る。
オレはこの時、強く呼び掛けなきゃいけなかったんだ。
だから…。
「ランバートっ!!行かなくて良い。戻れっ!」
ランバートが視線で疑問を訴えた。



