ユーリの恩返し
多分…昔。
ある所に、おじいさんがいました。
おじいさんは、今日も任務を終え、雪の積もる道をただ一人歩いておりました。
「…流石に、雪道は辛いな。…だが、これも修行だ」
おじいさんが、一体何の修行なのか。
そもそもおじいさんに鍛える筋肉があるのか?
などと勿論考えてはいけない。
金髪碧眼のおじいさんが、冬の雪道を歩いていると、小さな小さな声が聞こえてきました。
それは助けを求めている様なとてもか細い声で。
仕事柄どうにも気になってしまったおじいさんは、その声がする所へ、声を頼りに向かうとそこには…。
「……犬?」
一匹の青い子犬が、猟師の罠に引っ掛かっていた。
「可哀想に…。今外してあげるからね」
「きゅ〜ん…」
「大丈夫だよ」
優しく子犬を撫でて、小さな足に齧り付いている罠を外し、その子犬の傷付いた足に青いハンカチを巻き付けた。
そのおじいさんの優しい心が通じたのか、スリスリとおじいさんの手に頭をすりつけ青い犬はキャンと吠えると走り去って行ってしまった。
青い犬の姿を見送ると、おじいさんは再び家(騎士団仮宿舎)に向かって歩き続けた。
そして、おじいさんは変わらぬ日々を送っていたある日。
その日は激しい吹雪の夜でした。
窓の外を見ると、雪やおっさんが凄い勢いで飛んでいく。
こんな日は街の巡回も出来ないし、誰も外に出ないだろうから、必要もない。
そう思い、書類整理をしようと椅子に腰かけたその時、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
おじいさんは、何気に偉いので、他の人とは違い平屋一戸まるまる彼の所有物なのです。
ノックされたドアをそっと開くと…。
「…え?」
そこに立っていたのは、黒服の似合う、黒髪ロングの艶やかな髪とそれに似合った超絶美形。
一瞬おじいさんは、目の前に立っているその人を綺麗な女性だと思っていたのですが、口を開き声を出した瞬間。
「よ。あんた騎士団長なんだろ?悪いんだけど、一日泊めてくんない?何処の宿屋もこの吹雪で満杯なんだよ。駄目?」
男の声と気付いた。
だが、そんなの関係ない位おじいさんはその男に一目ぼれしてしまいました。
なので、男のおねだりに一も二も無く頷くのでした。
「それは、大変だったね。勿論構わないんだが、すまない。ベットが無くて」
「ベット?んなのいらねーよ。風と雪を凌げて、寝れる場所があれば十分だ」
「それは駄目だよっ!風邪を引いてしまう。今簡易ベットを出すから」
おじいさんはそれはもう、甲斐甲斐しく訪ねてきた男を世話しました。
男を家に泊めて数日、吹雪が続き、男は外に出る事が出来なかった。
何だかんだで、次の日も、その次の日も外へ出る事が出来ず、男は何時までも居候でした。
けれど、とある日。
「なぁ、フレン?」
「ん?なんだい?ユーリ」
「お前、オレの世話と仕事と疲れてねぇ?」
「いや。全く。全然。平気」
きっぱり、あっさり答えられ、男はどうしていいものか…。
「あのな?フレン。この役は恩返ししなきゃならないわけだ」
「うん」
「だから、お前がそんなに何でもかんでもパーフェクトにやられると、オレはどうしていいか分からないんだが…」
「じゃ、一緒に寝よっか」
「うん。18禁止な」
「でも、ここ解禁に…」
「うん。ちょっと黙っとけ」
………。
沈黙が続きます。
「とにかく、話を進める為に、ちょっとそこの部屋借りたいんだけど」
そして、男が指さしたのは、小さな部屋。
要するにおじいさんのプライベートスペース。書庫の様なものです。
特におじいさんは使っていなかった部屋だったので、おじいさんは不思議に思いながらも取りあえず頷きました。
「いいけど、ちょっと待ってね。掃除をしてからじゃないと」
「そうじ?別にいらねーよ」
「駄目だよ。直ぐ終わるから」
「いや、でもな…」
「大丈夫っ!君は僕が掃除している間にご飯でも作っててくれっ!」
「お、おう…?」
しぶしぶとキッチンへと追いやられ、仕方なく食材を物色する。
ガタンッ!ガタタタッ!!
凄い掃除音だな。
とは思いつつも、とりあえず聞かなかった事にする。
今日の献立はハンバーグに決定。
玉葱を水で洗い、まな板に置き、切り刻む。
バキッ!!バキャキャッ!!!ゴゴゴゴゴッ!!!
「…ん?」
男は玉ねぎを切り刻んでいるだけである。
なのに、何故こんな大工仕事のような音がするのだろうか…?
駄目だ。考えてはいけない。……が、気になる。
ってか、寧ろ普通に気になる。
心のまま、そーっとキッチンから顔を出すと、そこには、つるはしを持って先程男が借りようとしていた部屋のドアを力の限り破壊していた。
…ドアを、と言うよりはおじいさんの勢いは壁まで破壊している。
目が点になる男は、直ぐに我に返り当然の様に突っ込みをするのでした。
「おいっ!フレンっ!!」
「ん?ご飯出来た?」
「いや、まだだけど。ってか、何でドア、いや違うっ。何でドア込みで壁を破壊してるんだっ?」
「ユーリ。決まってるだろう。君とずっと一緒にいる為だよ」
「何で、ドヤ顔。兎に角、止めろ」
男の叱咤により、おじいさんはお仕事(壁破壊)をやめてしまいました。
その後、男とおじいさんは仲良くハンバーグを作り、美味しく頂きました。
そして、男は最初の約束通り。部屋を借りる事にしました。
破壊されたドアと一部の壁は、カーテンを設置されきちんと境目は作られました。
男はおじいさんを見て言いました。
「オレがこの部屋にいる間は、中を覗くなよ?」
「え?」
「見られたくないんだ。駄目か?フレン?」
「分かった。絶対、覗かないよ」
「サンキュな。フレン」
男と約束したおじいさん。
おじいさんは約束を決して破りませんでした。
おじいさんは、約束を決っして、破りませんでしたっ!
そうして、男とおじいさんは幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでた…。
「ちょおーっと待てっ!!」
「あれ?どうしたの?ユーリ」
「めでたくねーだろっ!!まだまだ話続くだろっ!?これっ!!」
「そうだった?」
「そうだったっ!!ってか、お前覗けよっ!!どんだけ、意思が固いんだよっ!!」
「覗くなって言ったのは君だろ?」
「だーかーらーっ!!話が進まないだろーっ!?」
「進まなくていいよ。二人で幸せに暮らしたで終わろう?そうしよう?」
「ただの劇だろー?いい加減諦めろって」
「嫌だっ!僕はユーリと一緒にいるんだっ!」
ぎゅううぅ…。
男、爺抱付圧死寸前。
男はおじいさんを引き剥がし、一本背負いを決め込むと部屋に入りひょっと顔だけを出し、
「今度は覗けよっ!」
と、もう話を自分から宣言する様な事を言って部屋へと戻って行きました。
おじいさんはそれでも覗くまいとしていましたが、数日後。
「早く覗かねーと、二度とお前の相手役やらねーぞっ!!」
ショックな一言を投げられました。
仕方なく、おじいさんは覗く覚悟で数日を過ごしました。
すると、最近可笑しな事が起きるのです。
外へ巡回に行くと、大抵事件は解決しており、その事件を起こした犯人は倒されていたり、部下に伝えようとしていた指示が既に届いていたりと、様々です。
ですが、その全ての共通点はおじいさんの仕事が楽になっている、だったのです。
どんどん、仕事は楽になって行くものの、その度早く帰宅すると、男は部屋にこもりっきりで出てきてくれず、出てきたと思ったら、本人は隠しているつもりでも隠しきれていない、傷が出来ていた。
しかし、とある日。
おじいさんは気付いてしまいました。
男の部屋の前に、血の跡がある事を…。
もしかして、怪我をっ!?
おじいさんはとうとう、禁断のカーテンを開いて覗いてしまいました。
「ユーリっ!?怪我は大丈夫かいっ!?」
「っ!?」
男は驚いて振り返った。
体中、傷だらけ。更に腰まであった髪が残バラになって…。
床に座り込んでいた。
「……見ちまったな…。ってか、やっと、やっと見てくれたな」
感動する所だっただろうか?
はて?
……などと疑問に思うシーンではなく、床に座り込んでいた、男はゆったりと立ち上がりおじいさんの前に立ち、頬にそっと触れた。
「お前がずっと探していた犯人漸く見つけた。場所はゾフェル氷刃海だ」
「ユーリ…?」
「…これで、オレは恩を返せた…。ありがとな、フレン」
「ユーリっ?」
男は悲しげに微笑むと、実はあった窓から飛び出した。
「え……?」
外を走り抜けるその姿は犬の姿、そのまま。
「あれは、あの時の…」
そう、あの雪の日に助けた子犬だったのでした。
おじいさんは予感がしました。
子犬に、あの男に、二度と会えないかもしれないと。
そこから、おじいさんは光速でした。
男が出て行った窓から、飛び出し子犬を追いかける。
追いかけて、追いかけて、追いかけてー、雪ぐ…ごほんっ。
そして、起きてはいけない事が起きてしまった。
そう。飛び出した犬に追いついてしまいました。
「きゃうんっ!?(嘘だろっ!?)」
「捕まえたっ!」
「きゅ、きゅ、くぅん?(まて、まて、フレン?)」
「うん?」
「わんわん、わんわんわんっ。(この話は、追いつけなくて別れるんじゃなかったか?)」
「そうだった?」
「わんっ!!(そうだったっ!!)」
「そっか。とりあえず、家に帰ろうか」
「わんわんわんっ!(こら離せっ!)」
「さ、仲良く帰ろうね」
「あおーーーんっ!?(これでいいのかーーーっ!?)」
こうして、捕えられた子犬は、おじいさんと幸せに暮らしましたとさ。
めでたし、めでたし。
悲恋でも逃げられなかった…。(ユーリ談)



